どのくらいの時間が経っただろう…30分?30秒?私にはわからない

唇を重ねたまま薄目で憂を見た

初めは驚いて目を丸くしていたけど、少しずつ柔らかい表情になっていった

でも、気がついたように目を開くと、私を引き離した

「…お姉ちゃん」

「…ごめん、憂…」

「…」

「…火、止めてくるから、待ってて」

「…えっ?」

私の疑問は解決することなく、憂はキッチンに消えてしまった

私、確実に嫌われちゃったな、そう思いながら唇に残った感触を確かめていた

唇の余韻が消える頃、同時に私の心にモヤモヤが生まれ始めた

これからどうしよう、どんな顔で憂に会えばいいんだろう、憂は私を軽蔑するだろうか…

次々と考えたくもない負の想像が私の頭の中に浮かんでくる

いたたまれなくなった私は自分の部屋に戻ることにした

「どうしよう…どうしよう…」

いくら考えても答えが見つからない

いや、見つけるための思考回路が回らない

このまま消えてしまいたい、とさえ考えた

憂に嫌われてしまったのなら、消えたほうがずっと楽だろう

私は布団に倒れこみ、そのまま考えることをやめてしまった

寝られない、何も考えない…ただそこに存在しているだけの私


空白の時間が部屋に響く音によって途切れる

乾いた木の音、憂が部屋をノックしている

絶望と一緒にほんの少しの希望が生まれたことに罪悪感を感じる

私は必死で平静を装って返事を返す

「どうぞー!」

声が裏返りそうになるのを抑え、なんとかこの3文字を言い切った

ライブでも緊張しない私なのに、やっぱり憂はすごいや

すこしの時間をおいて、ドアの取っ手が音を立てる

入ってくる憂の顔を見られるほど余裕はなかった

「お姉ちゃん、ご飯持って来たよ」

憂の声はわずかに低い。普通の人なら気付かないだろうけど、私にはわかった

私は絶対音感を持っているらしいから、そして私は憂のお姉ちゃんだから


布団にうつ伏せながら憂の声に耳を傾ける

「えへへ…ハンバーグ、焦げちゃった」

照れくさそうに笑う憂の優しい声が聞こえる

きっと天使のような笑顔で笑っているにちがいない

憂は間違いなく私の天使だから

そんなことを考えているうちに返事をすることを忘れてしまった

憂が不安そうに私に話しかけてくる

「お姉ちゃん…私ならもう気にしてないよ?」

気にしてない…嬉しいような、悲しいような、変な気分

でも憂は私のこと、嫌いになってないのかな?

そう思うだけで、心が救われるようだった

たとえそれが嘘だったとしても、単純な私を騙すには十分だ

「憂…私…のこと、軽蔑したでしょ?」

布団に口を塞がれているから、何を言ってるのかわからないよ

それに、せっかく安心した自分をどうしてまた追い込もうとするの?

安心したい私と、憂に嫌われたくない私が戦っているのだろうか

憂がいま、どんな顔で返事を考えているのか、私には知る術がない

あるにはあるけど…今は顔を上げられる勇気がない

そもそもちゃんと通じたのかすらわからない

「軽蔑なんてするわけないよ…そんなこと言わないで」

とても悲しそうな憂の声が聞こえた

どうしてそんなに辛そうな声を出すの?

私は憂の顔を見るために顔を横に向けた

憂とキスをして以来、初めて目が合った

憂は必死で涙をこらえるような、潤んだ瞳で私を見つめていた

「私が…お姉ちゃんを軽蔑するわけないじゃん…」

わかった、わかったよ、憂

だから悲しまないで

涙を流さないで

いつもの笑顔に戻って

こんなとき、人はどうするの?

優しい言葉をかけて涙を止めてあげるのかな?

澪ちゃんなら、きっとそうするだろう

りっちゃんだったら、頭をぐしゃぐしゃって撫でてあげるのかな

でも…私はそんなことできないから…


ベッドの横で正座して目をぐしぐしと拭いている憂を、そっと抱きしめた

さっきとは違う、純粋な気持ちだった

憂にとってはどっちでも同じなんだろうけど…私にはこれしかできないから

「ごめんね…憂」

「ばか…ばかお姉ちゃん!」


憂は私の胸の中で泣き続けた

服の上から涙が滲み、私の肌が暖かくなる

涙ってあったかいな

胸で憂の涙を感じながら、手の方に意識を向ける

右手は憂の頭、左手は憂の背中。

ほどけた憂の髪の毛はサラサラで、すごくいい匂い

同じシャンプーを使ってるのに、どうしてこんなにいい匂いになるんだろう

震える憂の背中は、とっても柔らかい

ごめんね、泣いてるときにこんなこと考えるお姉ちゃんで

ごめんね、『もっと憂を感じていたい』なんて思って

ごめんね、こんなにも憂が大好きで。


憂と抱き合ったまま、時間が過ぎていく

ずっと泣いていて欲しい、なんて少しでも思った自分が憎い

胸の中でだんだん落ち着いていくのがわかる

そして私のない胸に顔をうずめたまま、憂が言った

「ごめん…お姉ちゃんの服、濡らしちゃった」

どうしてこんな時にまで私の心配をしてくれるの?

今は憂の方が泣いてるんだよ?

どうして姉妹なのにこんなに違うのかな、私達

私はやきもち焼きで自己中で、憂が楽しくあずにゃんと喋ってるのにも嫉妬するのに

憂はどこまでも私のことを考えてくれていて…自分よりも私で…

憂がおねえちゃんに生まれてきたらよかったのにね

「ううん、いいの。憂が私のこと嫌いになってなくて…本当によかった」

憂がそっと顔を上げる

目が赤いね。ごめんね、可愛い顔なのに

でも、泣きつかれた憂の顔も可愛いんだよ

でも…笑顔の憂が一番大好きだけどね

「お姉ちゃん…」

「…ん?」

「ほんとはね…お姉ちゃんに抱きつかれた時、嬉しかったんだ」

「…」

「お姉ちゃんは梓ちゃんの方が好きなんだって思ってたから」

「…あずにゃんも好きだけど、憂ほどじゃないよ」

「ありがとう…でも、キスされたときはほんとに驚いたんだからね?」

「…ごめん」

「…ちゃんと、するならするって言ってよ」

「…えっ…?」

一瞬、憂が言った言葉の意味がわからなかった

『するならするって言ってよ』?

するって言えばしてもよかったの?

そんな深い意味はないよね…話の流れだよね

それで済ませばいいのに、私は我慢しきれなくなって聞いてしまった

「ど、どういうこと…?」

デリカシーがないよ、私。

どうやってごまかそうか考えているうちに、その必要がなくなった

「だって…」

「私だって、お姉ちゃんのこと大好きだもん…」

心臓が暴れだす

鼓動が早くなり、頭が真っ白になっていく

夢?これから覚めるのかな?だからこんな真っ白なの?


違うよ、変な勘違いしないでよ、私

憂は私のことをお姉ちゃんとして好きなんだから。

私が思ってるような『好き』じゃないんだから

一生懸命気持ちをコントロールして、自分に言い聞かせる

でも憂はおかまいなしに気持ちをぶつけてきた

「お姉ちゃん、軽音部に入ってからすごく生き生きしてて」

「笑顔も増えて毎日楽しそうだったよね、私も嬉しかったよ」

「でも…だんだん違う感情が生まれてきて…私おかしくなっちゃったんだ」

「だんだん、お姉ちゃんの話を楽しく聞けなくなってきちゃった」

「軽音部が羨ましいな、笑顔のお姉ちゃんをずっと見ていられて」

「お姉ちゃんは私よりも軽音部の先輩達や梓ちゃんの方が大事なのかな」

「いけないことばっかり考えるようになっちゃった…最低なんだ、私」

最低なもんか

憂が誰よりも私のことを考えてくれていた


私はそんなことにも気付かなかった

「えへへ…お姉ちゃん、私、おかしいよね」

おかしくない!憂はずっと憂なんだから!

言葉より先に体が動いてしまった


ちゅっ


今日、2回目のキスだね、憂

また自分を抑えられなくなっちゃった、ごめんね

やっぱりだめなお姉ちゃんだあ


「…ん」


憂の唇はすごく柔らかい

ふかふかの枕よりも、ムギちゃんが持ってきてくれたプリンよりも

きっと澪ちゃんのおっぱいよりも柔らかいんだ、触ったことないけど


憂が言ったこと、また破っちゃった

するならするって言わなきゃいけないのに

憂、怒ってるかな?

そう思って薄目を開けようとしたけど、すぐにやめた

だって、憂いの腕が私を抱きしめてくれてくれたから

憂の気持ちが伝わってくるような気がして、とても幸せな気持ちだった

憂も同じこと、思ってくれているかな?そうだといいな

言葉を発することができないから、心の中でなんども言った

憂大好き、憂大好き

この気持ちが伝わっているといいな

そんなことを考えながら、私も憂を抱きしめ返した


やがて憂の唇が離れてしまった

残念だな、もっと繋がっていたいな

憂がほっぺたを膨らませながら私を見ている

この後なんて言われるかは私でも大体予想がつく

「もう…するならするって言ってってば」

やっぱり。ごめんね、憂

でも、ふくれっ面の憂も可愛いから、いいよね

「えへへ…ごめんね」

憂の顔はすぐにいつもどおりに戻った

心なしか笑顔がいつもよりも可愛く見える

いつもの憂が可愛くないわけじゃないよ?

…もう一度、伝えてみようかな。私の気持ち

「憂…大好きだからね!」

「私も大好きだよ、お姉ちゃん」


憂の笑顔は太陽よりも眩しかった



おわり



最終更新:2010年08月21日 23:20