梓に話そうかと戸惑っていた私を、今日律が学校自体を休んだと言う事実が背中を押した。
相変わらず重たい足取りで部室に入る、心配そうな眼差しがこちらに向けられて私は会釈する。
「話すよ、待たせてごめん」
私が言葉を発しても変わらぬ心配そうな眼差しで皆は頷いた。
紬がお茶を用意してくれて何時もの席に着く。
「ゆっくりで良いのよ」
気遣いの言葉をお茶と共に残して席についた紬を合図につらつらと話をきりだした。
あまり多くは語らない、概要だけでいい。
多くを語ると律に失礼だ、それに私の精神が保たない。
「そんな事があったんだぁ…」
唯が不安そうに私の話に一息つくとしばらくの沈黙が流れた。
解散を切り出そうかとしたがしばらくすると梓が話を振った。
「それって…律先輩が悪いですよ」
疑問符を浮かべる周りを気にせず梓はそのまま語り継ぐ。
「同性への憧れなんて迷惑なだけなんです、だから胸のうちに閉まっておくべきですよ」
「最初から無理だと分かってる恋なんて相手には迷惑な話です」
迷惑、か
その後紬が思春期に有りがちな同性への憧れ、だとか唯は付き合えば良いだとか各々意見をくれた。
けど私は話をしに来ただけで誰かの意見を受け入れるつもりは無かった。
その日も早い解散となった帰り際、最後に部室を出た梓が後ろから駆け寄って来て小さく呟いて行った。
「澪先輩は悪くないですから、思いを口に出した律先輩が悪いです」
もやもやした気持ちが晴れないまま相変わらず怪我を攻撃されているような心境で自宅についた。
相変わらず食事が喉に通らず昨日と同じパターンでベッドに入る。
暗闇になると携帯のライトが点滅しているのが目立った、昨日はいっぱいいっぱいで携帯も見ていなかったから。
「あ…」
昨日の深夜、律からのメールだった。
謝罪メールだろうか、また告白されるんだろうか。
バクバクバクバクバクバク、たった一通のメールを空けるのに心臓が敗れそうだった。
いや、空ける気なんて無かった。
ディスプレイにある『律』って言う名前が怖くて内容なんて見れなかった。
『未読メール消去しました』
そう、一言だけ表示したのを確認すると私は携帯を閉じた。
けど興奮が冷めないみたく眠気が遠退いた体を落ち着かせるために外にでた。
深夜の外出、補導されては困るので近くのコンビニまでジュースを買いに行くことにした。
治安が良いとは言えない地域で深夜にコンビニなんてあまり乗り気では無かった、けど気分転換には最適だと思った。
ジメジメとした気温に身を包まれながらそう遠くはない目的地に足を進める
ふとコンビニの明かりの前に見える異質な明かりが目に入った。
自販機だ。
ジュースを買うだけなんだしわざわざコンビニに入らなくても良いだろう、そこの自販機で済ませよう。
そう思いポケットから小銭を取り出して居ると隣に位置する自販機から煙が流れてきた。
不良だ、
すぐそう思った。
めんどくさいこと極まりない、それよりも怖い。
あまり見ないようにして帰ろう。
「ちょっとお姉ちゃーん、小銭持ってない?」
「は、はいィイイ」
最悪だ最悪だ最悪!
けどこうゆう場合は相手の欲求を飲むのが一番だ、そう習った気がする。
私はすぐさま小銭を取り出し相手に向き直って、
言葉を失った。
「り、律……」
確かに律だ。
前髪を無造作に下ろして何時もの印象とはかけ離れているが、律だ。
私を取り巻いた煙を追うと律の手に持たれた煙草に追いついた。
律がいる自販機を見ると煙草を打っていた。
なんで?
「…澪……」
頭がカッとなって自分の意識じゃないみたいに律の胸ぐらを勢いに任せて掴んだ。
きっと今私は酷い表情をしているんだろう、律が視線を逸らし煙草をアスファルトに落とした。
「なに…なにしてんだよ!!!バカ律!!」
「何で澪…こんな時間に居んだよ」
「そんなの聞いてないだろ!?何してんだよお前!!!何手に持ってたんだ!!」
私が律に酷いことしたから?
律の気持ちに答えてあげられ無かったから?
メール返事しなかったから?
律を追いかけて上げなかったから?
「…ねぇ、なんでよ律……」
ぶつけるだけぶつけた言葉は涙になってボロボロと落ちた。
胸ぐらを掴んだ手もだらりとアスファルトを向き律はぎこちなく私を見ていた。
「もう…会いたくなかった、澪に」
「う、…なんでだよォ…っ……!」
「澪って名前も忘れたかったし呼びたくなかった、姿も見たくなかった匂いも忘れたかった」
「澪は私を振ったんだからな、それは異性も同性も関係ない。」
泣き崩れんとばかりに涙をあふれさす私に変わって律は無に近いような表情をしていた。
本当に私のことを忘れてしまったんだろうか、思い出して欲しいのに。
「振った奴降られた奴が仲良く笑う未来なんて、どこの恋愛にも少ないよ澪」
素敵な私なんか思い出さなくていい、カッコ良くなくたっていい。
律が居ないとダメで、律の前じゃ怖がりでダメダメな親友の私を思い出して。
私やっぱり、律がいないと、
「律、私やっぱり…」
ドンッ
律が吹っ飛んだ。
再開を試みようと手を伸ばした先にいた律が急に吹っ飛んで地面に腰を着いていた。
でも私の手は握られていた、律じゃない熱に。
「あ、梓…」
「すいませんけど澪先輩から離れてもらえますか、この変態野郎。」
律ほど強くない、投げかけるより包む…そんな心地で梓は私の手を握り、地面に腰着く律を蔑んだ目で見ていた。
乱れた前髪で表情が見えないけど律はピクリとも動かなかった。
そんな律を一瞥し、人が違うかのように笑顔を咲かせた梓が私を振り返り声色高く話す。
「ごめんなさい澪先輩、やっぱり澪先輩が心配で…さっき携帯に電話したのに出ないから自宅まで行ったら外出するところを見たんで着いて来ちゃいました」
「もうこんな人と関わらない方が良いですよ、だって仲間の澪先輩をそんな目で見てたんですよ」
「変態ですよ、変態。」
「私が猫耳付けてた時もそんな目で見られてたんですかね、気持ち悪い」
「女なら誰でも良いんじゃないですかぁ?ね、りつせんぱい」
梓は何か糸が切れたみたいにペラペラと一人しゃべりしだした。
言葉は冷静なのにまるで目が冷静じゃない、今にも泣き出しそうな目で怒りを見せている。
こんなに後輩に思われて幸せなんだと思うところなんだろうか、これは
「痛っ…!」
律が煙草吸ってるのを見つけた時みたい、梓の手を振り解き理性のままに梓に平手打ちしていた。
ハァハァと乱れる息を肩で整えて梓の頬を打った手が小刻みに震えるのを感じつつ下ろした。
ぶたれた頬を押さえて梓は信じられないという表情でこちらを見、ボロボロと泣き出した。
「なんで…なんでですか、澪先輩…」
「言い過ぎだ、律に確かに不備があったかもしれない。けど恋愛云々以前に律は私の親友なんだ」
そう言い捨て動かぬままの律を見遣ると前髪から覗いた泣きそうな目が私を見ていた。
「なんでですかぁああ…!!」
律に気を取られ泣き出した梓から目を離した瞬間だった、暴力になる範囲の力で梓が私の肩を掴んだ。
「梓、」
「どうしてそんなに律先輩に拘るんですか!?」
「そんなに二人の絆は強いんですか!?」
「いつもいつもいつも、私が澪先輩を尊敬している横で彼奴はゲラゲラと」
「私だって澪先輩のこと好きでしたよォ…!!」
「けどそんなの言ったら迷惑でしょ!嫌うでしょ?」
「だから我慢してたのに律先輩は、律先輩はぁあ…」
さっきの私みたいだった、言いたいことを言うと梓は手を離し泣き崩れてしゃがみこんだ。
はっきり言ってどうしたら良いのか分からない、こんなの。
泣き崩れた梓と代わるように動かなかった律が立ち上がった。
腰の泥を払うこともせず梓の前へ再びしゃがみこむと子供をあやすような声で話し始めた。
「ごめんな、梓。私梓の気持ち知らなかったわ」
「でも梓も私の気持ち知らなかったみたいだな、お前の予想外れてるよ」
「ごめんだけど澪の私の絆は100年物だし、女だから好きなんじゃなくて澪だから好きなんだ」
「梓は澪より自分が変態と呼ばれずに済む道を選んだろ?けど私は自分より澪を選んだんだ」
ポンポンと泣き声を漏らす梓の頭を撫でやると再び律は私に向いて立ち上がった
乱れたままの前髪を片手で持ち上げ何時もの髪型、何時もの律になって私の名前が呼ばれた。
「は、はい!」
思わず私もドキリとして棒立ちになる。
緊張気味のやたらと大きな声で返事をすると律を見た。
「あの時は取り乱してまともにプロポーズも出来なくてごめん!」
手の内から漏れた髪が律の顔にかかって、それは見たことのない律で、
少しだけ、ドキッとした
「今梓に話した全部が私のプロポーズ!私は自分より澪が大事で澪を選んだ!」
こうゆうの、昔にもあった気がする。
幼稚園のころに、私に色々教えてくれた律をずっと見てて。
胸がドキドキして。
「これで最後にする、…澪が好き」
昔からあったあのドキドキ、あれを 恋 って言うんだろうか。
なら、私
「ごめんなさい!」
一番大きい声。泣いてた梓も真っ赤な目でこちらを見上げている。
私は律が好きかもしれない、でもこれが私の答え。
「…そっか、まぁでも」
「でも、
田井中律さん!」
「は、はい…」
「わわ、私からもプロポーズがあるから!」
声が震え出した。どうしようか、人生初めての告白。
「私と、親友になってください」
親友の私を思い出してください。
ダメダメな私を思い出してください。泣き虫な私を。カッコ良くなんかない私を。
「私は、律が好きかもしれないしそうじゃないかもしれない。でも、親友からもう一度やり直したいと言う気持ちは確かなんだ」
それに私は、と言葉を漏らして泣き声の止んだ梓を見る。優しく、優しく。
「私達には、こんなに思ってくれる後輩が居るんだ。中途半端な付き合いは許されないぞ」
梓にも律にも、そう言って笑ってみせた。そしたら梓も律も、おかしいくらいに笑ってみせてくれた。
「ねぇ、りっちゃんと澪ちゃんは?」
次の日の放課後、唯先輩が無邪気に聞いてくる。なんにも知らないくせにほんとバカですね。
「なんかあの二人結局付き合ったみたいですよ、今頃どこかでイチャイチャしてんじゃないですか」
可愛い後輩をここまで泣かせたんだ、洗いざらい有ること無いこと話してやりますから。
「うへぇ~!素敵だね素敵だね!」
バカみたいに唯先輩がピョンピョン跳ねて私に抱きついてくる。
「く、くっつかないで下さいよ」
「あれれ~?あずにゃんおめめ腫れてるよ、悲しいことあったの?」
「な、何も無いです!離れて下さいよ!」
「やだなぁ私たちの仲でしょ~、洗いざらい話してよあずにゃぁん」
私たちの、仲…
「あ、ぅあ……し、知りませんから!」
こんな日常も良いかもしれない、こんなバカな先輩に甘やかされるのも。
どこで何やってるか知りませんけど部活サボった罪は重いですからね、バカップル!帰って来たら恥ずかしくて顔上げれないくらい噂広めてやりますから!
「やっ……ゆ、唯先輩やめてくださいよ!」 「あずにゃん可愛い~!」
おわり
最終更新:2010年08月30日 21:02