結局その晩は一睡もできなかった。
ただ布団をかぶって子供のように泣いていた。
梓(元はといえば私が唯先輩に会えない寂しさ、心細さを全部憂に押しつけようとしたのが悪いのに、あんな風に拒絶して、憂を傷つけて……最低だ、私)
どんな顔をして憂に会えばいい?
合わせる顔がない。もうこのまま消えてなくなってしまいたい。
憂「梓ちゃん……起きてる?」
私を呼ぶ声もかすれている。憂もきっと一晩中泣いていたのだろう。
合わせる顔があろうとなかろうと、憂が呼んでいる以上答えないのは逃げにすぎない。
梓「うん……」
梓「あの、昨日は……」
憂「昨日はごめん」
私の謝罪の言葉は憂によって遮られた。
謝るべきは私なのに。私の都合で憂を振り回した私が全部悪いのに。
憂「あのね、私の話を聞いてほしい。ちょっと長くなるけど、いいかな」
梓「……うん」
ドア越しの会話。
そういえば、最近憂の顔をちゃんと見ながら話してないなと思った。
憂「私ね、嬉しかったんだ。最初に梓ちゃんが甘えてきてくれたとき」
憂「大好きなお姉ちゃんがしてるみたいに、大切な人に温かさを分けてあげられたらって。そう思った」
憂「大好きなお姉ちゃんみたいになれる、って」
憂「本当のところを言うと、お姉ちゃんから梓ちゃんを引き離せるかもとか思ったり、なんて」
憂「でも、一人でいろんなものを抱え込んでる梓ちゃんの力になりたいって思ってたのは本当だよ」
憂「ずっと一緒にいて、まじめで頑張り屋さんの梓ちゃんだから。大切な人だからって」
憂「でも、結局梓ちゃんを傷つけちゃった」
憂「馬鹿だよね、私」
馬鹿なのは私のほうだ。
憂がこんなにも私のことを考えてくれていたのに。
私は憂になにをしてあげられた?
ただその優しさを受け取ってるばっかりで、こちらからは何もしてあげられなくて、そしてこのざまだ。
一人で勝手に全部背負いこんでるだけだったじゃないか。
「一人じゃつらい、唯先輩がいてくれれば」って、馬鹿じゃないの?
勝手に幻想を追いかけて。
私のそばには、いつだってずっと憂がいてくれたじゃないか。
入学して、同じクラスになって、軽音楽部に入ったあとだって……ずっと、ずーっと。
先輩たちが卒業して心細かった私を支えてくれた憂。
嫌な顔一つしないで軽音楽部に入ってくれた憂。
空回りする私を傍で優しく見守っていてくれた憂。
―――――――こんな私のために泣いてくれる憂。
憂「ごめんね。もう、私のこと嫌いになっちゃったよね」
ドアの外で、憂が泣いている。
これ以上私のために傷つかなくていい。
これ以上私のために涙を流さなくていい。
憂の涙を止めるため、私にできることは何だろう。
憂「じゃあ、話はこれで終わり。じゃあ、さよなら」
これで終わりなんて、絶対に嫌だ!
梓「待って!」
梓「憂……私、憂のことが好き!」
梓「一晩考えて、頭冷やして分かったの。どれだけ私の中で憂が大切かって。どれだけ今まで一緒にいてくれたかって」
梓「今まで、唯先輩のことが好きだって思ってた……でもそれは、やっぱり先輩としての尊敬とか憧れとか、そんな感じのもので……ああもう!とにかく今の私には憂が一番大切なの!憂がいてくれればそれでいいの!他の誰でもない憂が好きなの!」
引かれちゃったかな。
……よりにもよってこんな時に。
タイミングは最悪だ。
でも、それでも今しか私は言えなかったと思う。これでよかった。そう思うしかない。
憂「……梓ちゃん、入るよ?」
返事をする前に、ドアが開いた。
憂の眼は赤く腫れて、今も涙をたたえていた。それもこれも私のせいだ。
梓「憂……その……」
憂「梓ちゃん。告白はね、ちゃんと目を見てするものなんだよ」
そう言って、憂はにっこりと微笑んだ。
こんなに可愛い笑顔は生まれて初めて見た気がする。
憂「私も大好きだよ、“梓ちゃん”」
~音楽室~
あれ以来「雨降って地固まる」というやつで、二人の演奏も一層合うようになっていた。
肩の力が抜けて、いい意味で余裕が出てきたのも良かったのだろう。
ちなみにあの後は決して部室では憂とやましいことはしていない。
二人きりとはいえ学校でだなんてそんな背徳的な。
そんなことしなくたってちゃんと夏休みには合宿と称して憂と二人きりで……げふんげふん。
そりゃあ久々にちょっとだけティータイムしてみたり、まあその時「あーん」とかやってみたりとか、憂のリクエストでネコ耳してみたりとか……で、でもそれくらい先輩たちがいたときから普通にやってるからOKなのだ。部長の私が言うんだから間違いない。
……最近、律先輩化しているような気がするが、きっと気のせいだろう。
憂「そういえばね、梓ちゃん」
梓「うん?」
憂「今度の夏休み、お姉ちゃん帰ってくるって」
梓「そっかあ……なら、唯先輩に私たちのいいところ見せてやらなきゃね!」
憂「うん!」
それを聞いて俄然やる気が出てきた。
私と憂とで作っていく、新しい軽音楽部を先輩に見せられるのだから。
それから先輩の帰省まで、時間はあっという間に過ぎて行った。
勉強、部活、勉強、部活、デート、部活……受験生は忙しいのだ。
そして、唯先輩と会う日にになった。
先輩の帰省してきた翌日にはもう会えることになった。
音楽室で待ち合わせ。私と憂は先に来て準備をしていた。
梓「いきなりでいいの?帰省疲れとかあるんじゃない?」
憂「とにかく早くあずにゃんにあいたい~ってさ」
そういって軽く笑う。
いかにも先輩らしい発言だ。音声が脳内で再生される。
梓「さて……そろそろ時間なんだけどなあ」
梓(まあ唯先輩が憂なしに時間を守れるはずは……)
憂「あ、お姉ちゃんの足音!」
梓「足音でわかるんだ……」
まあ、言われてみれば、今聞こえる必死で階段を駆け上る音は唯先輩以外にはありえないだろう。こんなに急いでいるのにどこかへろへろとした足音は確かに先輩だ。
そして、ドアが勢い良く開かれた。
唯「二人ともごめーん!!」
梓「まあギリギリセーフです」
待ち合わせの時間一秒前といったところだろうか。
できればもう少し余裕を持ってほしいところだが、
それでも唯先輩も成長したといえるだろう。昔ならあと30分は遅れていたところだ。
梓(私たちも成長したんだというところを見せてあげなくては!)
唯「あずにゃ~ん、久しぶり~」
梓「って、言ってるそばから抱きつかないでください!」
憂「そうだよお姉ちゃん。いくらお姉ちゃんでも、私の梓ちゃんにいきなり抱きついたらめっ!だよ」
唯「憂が厳しい~」
そう言って唯先輩は唇を尖らせる。
こんな所は全く変わってない。
梓(それにしても……)
私の梓ちゃん、か。
やばい、にやにやが止まらない。
梓「じゃ、じゃあ演奏始めますよ!」
憂「放課後ティータイムの曲を二人でできるようにアレンジしてみたんだ。これからオリジナル曲も作っていくつもりだけどね」
梓「いつぞやのゆいあずのアレンジとは一味も二味も違いますから、期待してくださいね」
憂「じゃあいきます!『ふでペン ~ボールペン~』!」
演奏が終わった。
最後に残った音が消えていく。
多分、今まで合わせたなかでも最高の出来だろう。
唯先輩に聞かせるのだということが却って程よい緊張感を生みだしていた。
憂「お姉ちゃん、どうだったかな?」
唯「……すごいよ二人とも!!!私は今猛烈に感動しているよ!!!」
憂「えへへ、ありがと」
唯「憂は始めたばっかりなのにすごいよ!私より上手だよ!」
憂「それは言い過ぎだよぉ」
唯「あずにゃんも更に腕を上げたねえ」
梓「あ、ありがとうございます!」
唯「二人とも、もう私のもとを巣立って行ったんだねえ」
憂「えへへへへへ」
梓「別に私は唯先輩に育てられてないです」
そう軽口は言うものの、私も憂も、少しは唯先輩離れできたということだろう。
もちろん、二人とも相変わらず先輩のことは大好きだ。
でも、もうそれを絶対化することも偶像化して依存することもない。
だって、私には憂が、憂には私がいるのだから。
唯「あずにゃんっ!うちの憂をよろしくお願いします!」
梓「はい!って……なにも泣くことはないじゃないですか」
憂「お姉ちゃん……今までありがと」
梓「いやいや憂も!別に嫁入りするわけじゃないし!」
唯「遊びだったのあずにゃん!?」
憂「そうなの……?」
梓「誰もそんなこと……憂もそんなうるうるしないの!ああもうわかりましたよ!憂は私の嫁です!中野憂です!これでいいでしょう!」
唯「……平沢梓」
梓「別にどっちでもいいです!」
憂「あはは、どの道ずっと一緒だからね」
そう言って憂が抱きついてくる。
珍しく積極的だ。でも、正直萌え以外の何物でもない。憂可愛い。
唯「妬けますなあご両人。そういえば、二人のバンド名って……」
梓「あ、それなんですけど……申し訳ありませんが、HTTの名前は封印させてください」
梓「私はHTTが大好きです。でもそれはやっぱりあの五人じゃなきゃだめなんです」
梓「HTTは5人の大事な思い出として仕舞っておきます。そして、私たち二人……まだ名前は決まってないけど、新しいバンド名で、私たち二人の新しいバンドとしてやっていきたいんです!」
梓「その……なんか、生意気言っちゃってごめんなさいです」
唯「そんなの……そんなのダメだよ!」
梓「先輩……」
憂「お姉ちゃん……」
唯「まだ名前決めてないなんて遅いよ!早く新しい名前決めなきゃ!」
梓「ってそっちですか!心配して損しました!」
唯「え~。何だと思ってたの?」
憂「てっきり名前を変えることに反対したのかと思ったよ」
唯「若い二人が新たな人生の船出を迎えようとしてるんだから、名前も新しくして当然じゃない?」
梓「なにやら色々と誤解を招きそうな表現ですが……それにHTTだってギリギリに決めた名前ですよ」
唯「そういやそうだね~。なら焦らなくっていっか」
憂「そうそう。確かに私たち、もう三年生だし、卒業まであんまり時間はないけど……梓ちゃんとなら絶対にいい名前も思いつけるよ!」
唯「なんか子供の名前みたいだねえ」
梓「さっきからニヤニヤしすぎです!」
でも……確かに憂とならいいバンド名も思いつけそうな、いや、なんだって乗り越えて行けそうな気がする。
色々悩んでたけど、もう私たち自身にも過去にとらわれて立ち止っていられるほどの時間はないのだ。
だから信じて進んでいこう。
二人なら、きっと大丈夫。
梓「憂、これからもずっと一緒だよ」
憂「うん!」
おしまい!
最終更新:2010年08月30日 23:32