梓「もう服着ていいですよ」
唯「うぅ……わたしは傷ついたよ」
梓「そちらが言ったんでしょう。どうやって性別の区別をつけるのかと」
唯「そうだけど……」
梓「あなたもご友人に試しては? もしかしたら性別を偽っている不届きな者がいるかもしれない」
唯「友達がいなくなりそうだから遠慮するよ」
梓「あんな臭いしていたのに友達いたんだ……」
唯「ど、どういうこと?」
梓「おや、聞こえてましたか。意外と耳聡いんですね。まあ気にしなくていいですよ」
唯「お風呂入ろうかな……」
梓「どうぞご自由に」
唯「あ、あずにゃんもお風呂入る?」
梓「お風呂?」
唯「うん、お風呂だよ」
梓「お気遣いはありがたいのですが、辞退させていただきます」
唯「えー、どうして?」
梓「私、水が嫌いなんです」
唯「カラダ洗わないの?」
梓「はい。だからこうして自分の舌でなめて身体を綺麗にしているんです」ペロペロ
唯「あずにゃん、すごいポーズだね。なにしてるのかな……?」
梓「局部のお掃除です」ペロペロ
唯「……カラダ柔らかいね」
梓「猫ですもん」
唯「ちなみにお風呂に入ったことはあるの?」
梓「二回ほど。ペットショップで売られていたときと、ご主人に飼われてからそれぞれ一回ずつ」
唯「二回しかないじゃん」
梓「いいんですよ。私たちは猫ですから」
梓「さて、そろそろ私もお暇しようと思います」
唯「ええー、あずにゃんもっと一緒にいようよー」
梓「やっぱり人間といるのは面倒なんですよね」
唯「ヒドイなあ。わたしのお尻の臭いをかいだくせに」
梓「それは関係ないです」
唯「ぶー、せっかくだからあずにゃんに合わせてあげようと思ってたんだよ?」
梓「いいですよ。そんなゴキブリみたいな髪型の人になんか会いたくありません」
唯「あずにゃんはゴキブリじゃないよ」
梓「知ってます……ふあぁ……」
唯「あずにゃん眠いの?」
梓「ええ。ここのところまともに寝てないもので」
唯「どうして寝てないの?」
梓「ここのところはずっと餌と水の確保で忙しかったんです」
唯「そっか……あずにゃん」
梓「なんです?」
唯「少しだけ寝てかない? 今ならわたしが膝貸してあげるからさ」
梓「だからもう帰りますってば」
唯「そんなこと言わずにもう少し一緒にいようよー、ねっ?」
梓「……まあいっか」
唯「さあ、あずにゃん。わたしの膝でおねんねしなされ」
梓「では失礼して」
梓「……柔らかい」ゴロリ
唯「えへへ」
梓「でも少し高いですね」
唯「そう?」
梓「ご主人のお膝はもと細くて寝心地がよかったです」
唯「…………そんなにわたしの太もも太いかな?」
梓「人間のことはよくわかりません」
唯「頭、なでていい?」
梓「……いいですよ。ただし優しくしてください」
唯「えへへ、ありがとう」ナデナデ
梓「…………」
唯「あずにゃんってさ、飼い主さんのこと本当はバッチリ覚えてるんだよね?」
梓「わかりますか?」
唯「うん、わかっちゃう」
梓「眠る前に私の生涯最初で最大の失敗談を聞いてもらっていいですか?」
唯「うん、聞かせて」
梓「まあ、これは失敗談というには少し変な話なんですが、私がもとは飼い猫だっていうのはさっき話しましたね」
唯「うん」
梓「なぜに私が飼い猫から野良猫になったのかと言うと、すごく下らない話なんです」
梓「ある日、ご主人が私を初めて外に出してくれたんです」
唯「そっか、猫は散歩しないんだよね?」
梓「ええ。基本、家の中で十分ストレス解消できるので。私はいわば、深窓の雌猫だったってわけです」
唯「それであずにゃんはどうなったの?」
梓「ご主人に抱かれたまま、外を出たんですが、そのときに偶然、大型のトラックが私とご主人の前を横切ったんです」
唯「うん」
梓「初めて大型トラックを見た私は気が動転して、ほとんど発狂状態になり……」
唯「そんなにトラックがこわかったの?」
梓「箱入り娘でしたからね。トラックなんて見たことなかった。それで、私はご主人の手から脱出しひたすら走ったんです」
梓「で、正気を取り戻したときには見知らぬ場所にいたんです」
唯「そのあとに帰らなかったの?」
梓「普通は帰巣本能とやらがあるそうですが、気の狂った私は完璧に家の場所を忘れたみたいです」
唯「あずにゃん……」
梓「仲間の猫から聞いた話ですが、飼い猫が車を見て発狂するのは珍しくないみたいです」
梓「私はまだ幸運なほうでした。中にはそれによって死ぬ猫もいるそうなので」
唯「それで今に至るんだ」
梓「まあ、そういうわけです」
唯「そっか……あずにゃん、いい子、いい子」ナデナデ
梓「…………」
唯「やっぱり猫のあずにゃんは、わたしの知ってるあずにゃんと全然違うね」
梓「それはそうでしょう。私は猫で、あなたの言うあずにゃんは人間でしょう?」
唯「うーん、そういうことじゃなくてね」
唯「猫のあずにゃんって全然笑わないし、照れて顔を赤くしたりもしないから」
唯「猫のあずにゃんはすごくクールだなあって思ったんだ」
梓「あなたの言うあずにゃんはどんな人なんですか?」
唯「抱き着くとすぐに顔を赤くして、照れてね。でもマジメでしっかりしてて、いい子なんだよ」
唯「それにギターもうまいんだよ。あ、そうだ。あずにゃんはギターできる?」
梓「ギター?」
唯「なんならわたしが弾いてあげよっか?」
梓「ああ、あのうるさいジャカジャカしたやつですか。うるさいの嫌いなんで遠慮します」
唯「そ、そんなあずにゃんがギターを嫌いって言うなんて……!」
梓「……ていうか眠いです」
唯「あ、ごめんねあずにゃん。いいよ、たっぷりわたしのひざ枕で寝てね」ナデナデ
梓「……なんて言うんですか?」
唯「え?」
梓「あなたの名前、なんて言うんですか?」
梓「唯……」
唯「えへへ……あずにゃんに呼び捨てされちゃった」
梓「なにか変ですか?」
唯「ううん、変じゃないよ。だからもう一回名前呼んでほしいなあ」
梓「唯」
唯「あずにゃんに呼び捨てにされるなんてへんな感じがするなあ」ナデナデ
唯「子守唄、歌ってあげよっか?」ナデナデ
梓「できれば静かにしてほしいです」
唯「ちぇー、せっかく得意なのがあるのにぃ」ナデナデ
梓「……唯に撫でられてたら、ご主人のことをまた思い出しました」
梓「ご主人も、私をひざに乗せてそういうふうに撫でてくれました」
唯「あずにゃん、なんならわたしがあずにゃんな飼い主になってあげようか?」
梓「あなたが……ですか?」
唯「うん! わたしがあずにゃんを立派に育ててあげるよ。なんなら服も買ってあげるよ?」
梓「私は猫用の首輪も鈴も服もいらないです」
唯「でも人間になってるとき、今みたいに裸だと困るよ?」
梓「人間に化けるのは、めったにしませんよ。私は猫ですから」
唯「ワガハイは猫である、だね」
梓「なんですか、その吾輩は猫であるって?」
唯「ええと、本だったかな? 私もわかんないや」
梓「私、字はほとんど読めないし書けないんで、本とか言われてもわかりません」
唯「じゃあわたしが飼い主になって教えてあげるよっ」
梓「……そのことなんですが」
唯「遠慮しなくていいよ、あずにゃん」
梓「そうではなくですね」
唯「?」
梓「私は野良猫として適当に気ままに生きるのが好きなんです」
唯「あずにゃん、そんなこと言っちゃって……うぅ、見栄張らなくていいんだよ?」
梓「見栄なんて張りませんよ。それに……」
唯「それに?」
梓「やっぱり私のご主人は、ご主人だけなんで」
唯「……そっか」ションボリ
梓「ありがとう。気持ちだけは受けとっておきます」
唯「じゃあ……寂しくなったらまたおいでよ」
梓「……考えておきます」
――
―――
―――――
梓「…………んにゃ」
唯「あずにゃん、すっかり熟睡しちゃったみたい」
梓「…………すぅ」
唯「寝顔の猫あずにゃんもカワイイなあ」ナデナデ
梓「…………ゅ、い」
唯「えへへ……わたしまで眠くなってきちゃった」
唯「おやすみ、あずにゃん……」
―――――
―――
――
「――ちゃん……お姉ちゃん……」
唯「う、うぅ……」パチリ
憂「よかったあ……大丈夫、お姉ちゃん?」
唯「…………あれ? 憂?」
憂「もう、お姉ちゃんったら。ソファーにもたれたまま寝てるから心配しちゃったよ」
唯「ごめんごめん……あれ? あずにゃんはどこ?」
憂「梓ちゃんならさっき私と別れたばかりだよ」
唯「ほぇ?」
憂「ほら、私、今日は梓ちゃんと一緒に買い物に行ってきたから」
唯「あれ? 裸で髪をしばってないあずにゃんを見なかった?」
憂「なにそれ?」
唯「あずにゃーん、あずにゃん?」キョロキョロ
憂「もしかしてお姉ちゃん、寝ぼけてる?」
唯「……そうかな?」
憂「夢でも見てたんじゃない? とっても気持ちよさそうな顔してたし」
唯「……夢」
唯「夢、だったのかな?」
憂「あ、お姉ちゃん」
唯「なあに?」
憂「戸締まりはきちんとしなきゃダメだよ」
唯「どういうこと?」
憂「玄関のドアのカギがきちんと閉まってなかったの」
唯「わたし、きちんとカギ閉めておいたよ」
憂「でも開いてたよ。もしかして無意識に開けちゃったとか、宅急便とかが来たとか?」
唯(そういえばあずにゃんが来たとき、わたしカギ閉めてなかったかも……)
唯(でも、そのあずにゃんがいないしなあ……)
憂「お姉ちゃん?」
唯「……夢、だったのかな」
憂「? あれ?お姉ちゃん床に紙とボールペンが落ちてるよ」
唯「え?」
憂「紙になにか書いていある……汚い字でよくわからないね」
唯「憂、ちょっと見せて」
唯「ホントだ……汚くて読みづらい、けど……」
憂「なんて書いてあるの?」
唯「んーと……」
唯(そういえば……)
梓『――まあ、私もひとつだけ書ける言葉があるんですが』
唯(あずにゃんが書ける字って、これだったのかな?)
憂「お姉ちゃん、 やっぱり寝ぼけてる?」
唯「……うん、今までずっとステキな夢を見てたのかも」
憂「ステキな夢?どんな夢見てたの?」
唯「んー……それはヒミツってことで」
憂「ええー、お姉ちゃんのイジワル!」
唯「えへへ」
唯(紙には、汚いけどガンバってこう書かれていました)
――ありがとう
おわり
最終更新:2010年09月04日 01:34