澪「……」ウルウル
和「もう、そんな顔しないの。私も一緒に入るから」
澪「……!」パアア
和「夕飯は遅くなっちゃうけど……大丈夫かしら?」
澪「うん、もちろん!ありがとう和!」
和「どういたしまして。それじゃあ着替え持って来ないと……澪の分も、ね」
澪「あ……何から何まで本当にごめん……」
和「気にしなくていいってば。少し待っててね」
申し訳なさそうにしている澪を残し、自分の部屋へ。
そういえば私の着替えを貸すことになるけど……サイズは大丈夫なのかな?
和「……」
視線はついつい自分の胸へ。
小さくはないと思うんだけど……スタイル抜群の澪と比べるのは心許無いわね。
……考えても仕方ないか。
ダイスキー、ダイスキー、ダイスキーヲア・リ・ガ・ト♪
和「あら、電話」
唯の歌声を響かせる携帯が震える。
取り出して見てみると……
和「……律から?」
なかなかに珍しい相手からだ。
律とは仲が悪いということはもちろんないが、頻繁に連絡を取り合う仲というわけでもない。
和「もしもし、律?」
律『ああ、和か!?た、大変なんだ!』
切羽詰ったような律の声が聞こえる。
息も荒いようだし、一体何があったのかしら……
和「落ち着いて。何かあったの?」
律『あ、ああすまん。実は澪が……!』
和「澪が?」
チラリと居間の方に目をやる。
ここからでは見えないが、澪は間違いなくそこにいるはずだ。
律『澪が……まだ帰ってないみたいなんだ!おかしいんだ、携帯にも出ないし……!』
和「えっ?」
律『唯に聞いてもムギに聞いても、みんな知らないって……!』
和「……」
律『くそっ、澪に何かあったら私のせいだ……!和、どんなことでもいいから何か知らないか!?』
和「えっと……律、今どこにいるの?」
律『あちこち走り回って澪を探してるよ!』
時間を確認すると、すでに私と澪が出会ってから一時間は経っている。
律はどうやら澪が逃げ出してからずっと探し続けてるみたいだから……
……はあ、まったくこの子達は。
和「……律」
律『どうした!?何か知ってるのか!?』
和「知っているというか……澪なら今、私の家にいるわよ」
律『……ふぇ?』
予想外の言葉に驚いたのか、気が抜けてしまったのか。
律の口から変な声が漏れる。
……ちょっと不謹慎だけど、可愛いと思ってしまった。
律『……いるの?』
和「ええ。路地裏に蹲ってる澪を見つけて、そのまま保護?したわ」
律『そっかぁ……良かった~……』
安心して力が抜けたのか、その場にへたり込む律。
いや、見えないけども。
和「事情は澪から聞いてるわ。澪と代わりましょうか?」
律『……いや、いいよ。私のつまんない嫉妬で澪を怖がらせちゃったし、明日直接会って謝りたい』
和「そう、その方がいいかもね」
律『ああ、澪のことよろしく頼むよ』
和「この天気じゃ律も濡れてるでしょ?それにずっと走ってたなら疲れてるだろうし……早く帰って休まないとダメよ」
律『ははっ、分かってるよ。じゃあな』ピッ
和「……ふう」
律は澪のこと、本当に大事に思ってるのね。
たぶん、いや間違いなく澪も……
二人の関係が少し羨ましく感じる。
和「おまたせ、澪」
澪「あっ、和。遅かったけど何かあったのか?」
和「ううん、何も?さあ入りましょうか」
澪「う、うん」
和「あ、ところで澪。携帯はどうしたの?」
澪「携帯?……あ、バッテリー切れてる」
なるほど。
……
澪「の、和?う、後ろに誰もいないよな?」
和「……心配しなくても私以外は誰もいないわよ」
お風呂場。
湯船に私が浸かり、澪はその艶やかな髪を洗っている最中だ。
……さっきから澪は背後に何かいるんじゃないかと異様に気にしている。
澪「ううう……」ブルブル
和「……」
曰く、『お風呂で髪を洗っている時に、背後に現れるお化けがいるって律が……!』らしい。
私とお風呂に入りたがったのはそのせいか。
でも、結局怖がってるんだから意味ないわよね……
しょうがない。
澪「ひゃわあっ!?和あっ!?」
和「動かないの。私が洗ってあげるから」
澪「え、えええええええええっ!?」
和「あんなにのろのろされちゃうと、私がのぼせそうなのよ」
澪「で、でも……はう」
澪の髪にそっと触れ、ゆっくりと洗い始める。
柔らかくてサラサラの髪の毛が私の手の中で躍る。
……羨ましい。
和「んしょ……」
澪「ん……」
心地よさそうな声を上げる澪。
恥ずかしいのか、顔は真っ赤だけど。
和「本当に奇麗ね、澪の髪って」
澪「そ、そうかな……ありがとう。和も綺麗だよな」
和「ふふ、ありがと。お世辞でも嬉しいわ」
澪「お世辞なんかじゃ……いたっ!」
こちらを振り向こうとして、急に痛がる澪。
目をギュッと閉じている。
どうやらシャンプーが目に入ってしまったらしい。
和「目に入っちゃったのね。ほら、流してあげるからこっち向いて」
澪「う、うん……」
顔だけでなく、目も赤くなってしまっているわね……
目を傷つけないように、優しく流してあげないと。
澪「ん、もう大丈夫。手間かけてごめんな和」
和「いいのよ。じゃあ続けるわね」
澪「うん、よろしく」
和「……」ワシャワシャ
澪「……」
また髪を洗ってあげる。
何だか楽しくなってきた気がする。
でも、もうそろそろ終わりね、やりすぎるのもよくないし。
和「……はい、流すわよ。目を瞑って」
予め断ってからお湯で澪の髪を洗い流す。
……髪に絡みついていて、なかなか泡が落ちない。
羨ましいと思ったけど、この分だとかなり手入れが大変ね……私には無理かも。
澪「ぷうっ、ありがとう和」
和「どういたしまして。……体も洗ってあげましょうか?」
澪「ふえええっ!?」
悪戯っぽく笑って澪に提案。
私らしくないかもしれないけど、たまにはいいわよね?
澪「いやっ、でも、そそそれは恥ずかしいよっ!」
和「あら、一緒にお風呂に入ってって頼むだけでも十分恥ずかしいと思うけど?」クスクス
澪「ううう~……和ひどいよぅ……」
和「ふふっ、冗談よ」
恥ずかしがる澪は、お世辞抜きにしてすごく可愛い。
律がちょっかいかけたがる気持も分かるわね……
……
和「それじゃあ寝ましょうか」
澪「そうだな」
あれからしばらくして。
遅い夕飯を終え、少しだけ勉強してから就寝することになった。
明日も早いしね。
澪「えっと……その、和?」
和「分かってるわよ、一緒に寝ましょうか」
澪「う、うんっ!」
一緒に過ごしてる間に澪の考えてることが大体分かるようになった。
まあ、いつもこんな風じゃないんだろうけど、ね。
澪「それじゃあ……お、お邪魔します」
カチコチに緊張した澪が、私のベッドに潜り込んできた。
動きがロボットのようにぎこちない。
和「ぷっ、何よそれ」クスクス
澪「うううう~……」
和「ごめんごめん、拗ねないで」
澪「……ふんっ」プイッ
あらら、そっぽ向かれちゃった。
でもそんな姿も可愛らしいのだからズルイわね。
澪「……和は何だか慣れてるよな。その……一緒に寝たりとか、お風呂とか」
和「まあ……唯のおかげでね」
澪「ああ……納得」
和「それじゃおやすみ、澪」
澪「……おやすみ」
灯りを消し、目を瞑る。
……何でだろうか。
隣に人の体温を感じると、不思議と安心して眠れる。
別に誰でもオーケーってわけじゃあ、ない……けどね……
和「……」
……
まどろみの中、突然目が覚めた。
ウッ、グス……
……声が聞こえる。
誰かが……すすり泣く声?
グスッ、リツゥ……
……澪?
和「……泣いてるの?」
澪「グス……和?ごめん、起こしちゃった?」
和「ええ。いったいどうしたの?」
身を起こし、隣にいる澪を見つめる。
時刻は……深夜三時、まだまだ夜明けは遠いが灯りを消してからは結構経っている。
澪は、ずっと眠れなかったのだろうか。
澪「……今日は、本当は律と一緒にいるはずだったんだ」
ポツリと話す澪。
そうか、律のことを思い出して……
薄暗い中なのでよく見えないが、澪の横顔はとても寂しそうに見えた。
澪「でも……喧嘩しちゃった」
和「……」
澪「わ、私は……律と一緒に頑張りたかったんだ。一緒の大学に行って、それで……」
和「……うん」
澪「今日も本当は律と遊べてすごく楽しかった、楽しかったのに。わ、私は、私は……」
和「いいのよ、澪……我慢しないで」ギュウッ
震える澪を抱きしめてあげる。
少しでも澪が落ち着けるように、安心できるように。
澪「和……のどかあ……寂しいよお……」
和「よしよし……」ナデナデ
澪「ううっ、グスっ……律に謝らないと……」
和「大丈夫よ、澪」ナデナデ
澪「でも、謝らないと……」
必死に澪を探し回り、私に電話してきた律を思い出す。
ふふ、意外と似た者同士なのね。
和「大丈夫、大丈夫……。律は明日澪に謝って来てくれるわ」
澪「律、が……?」
和「ええ。だから澪は、その時に笑って律を許してあげて。あの子も色々と思い詰めてるから」
澪「……ほんとう?」
和「本当よ。だから澪、ゆっくり休んで……ほら、目を閉じて……」
澪「うん……」
澪を抱きしめたまま、優しく囁く。
安心したのか、澪の泣き声は小さくなっていき……私に抱きしめられたまま眠りに落ちた。
和「今度こそおやすみ、澪……」
澪「おや、すみ……まま……」
……
律「澪、昨日はほんっとうにゴメン!許してくれ!」
翌日。
予備校の夏期講習に揃ってやってきた私たちの前に、律が飛び出して来て深々と頭を下げている。
和「ふふ……」
澪が驚いた顔をしているので、目配せをして返事を促す。
ほら、このままだと律はいつまで経っても顔を上げないわよ?
澪「律……全然気にしてないよ。私の方こそゴメンな」
律「澪は謝らなくていいよ。私頑張るから、澪と一緒に頑張るから!」
澪「うん、一緒に頑張ろうな」
律「澪……みお~~~っ!」ガバッ
澪「わっ、こら!き、急に抱きつくな~!」
ギャーギャー騒ぎながらじゃれ合う澪と律。
うまくいって良かったわね、二人とも。
律「じゃあ澪、さっそくだけどこの問題が……」
澪「和~!仲直りできたよ、ありがとう!」ダキッ
和「ふふ、良かったわね」ナデナデ
律「あ、あれ……?」
澪「和、あったかい……」ギュウッ
和「ちょっと澪……もう」
どうやら私は澪に相当懐かれてしまったようだ。
今朝から澪が積極的にスキンシップしてくるのだ。
もちろん嫌ってわけではないけど……
澪「そうだ、今日の講習が終わったら時間あるか?昨日のお礼に何かご馳走するよ」
和「ありがと。考えとくわ」
律「……」ジー
澪「楽しみだな!それじゃあ行こうか」
和「そうね……ほら、律も」
律「……うん」ジトーッ
……律からの視線が何だか痛い。
隣を歩く澪はにこにこ笑ってご機嫌だから何も言えないし……
澪「~♪」
律「……」ジトーッ
澪は自覚なし、ね。
……ふう、どうやら私はもう一働きしないといけないようだ。
澪「ひゃあっ!?な、何するんだ律ぅ!」
律「あらー、私は何もしてませんことよ?お化けでも出たんじゃな~い?」
澪「ひいいいっ!?」
律「ふんっ、澪のばーか!」
和「もう……仕方ない子たちね。ふふっ」
このちょっと鈍感で、甘えん坊なところがある臆病な親友と……
普段は明るいくせに、意外と嫉妬深い親友のために。
終わり♪
最終更新:2010年09月05日 20:49