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 最近、憂がそっけない。

小さい頃みたいに抱きついてくることなんてなくなったし、近頃では避けられてる気さえする。

わたしがいつも考えるのは憂のことばかり。
授業にも身は入らない。

憂と触れ合いたい、じゃれ合いたい。

憂と前みたいに触れ合いたくてわたしからたくさん抱きついたりするけれど、憂はわたしの顔を見てはくれず、
すぐに離れていってしまう。

それが悲しくて、わたしはもっと憂に好かれようと頑張ってもみた。

でも憂は変わらず淡白のままでわたしを見てはくれない。

 寂しいよ、憂。もっとわたしに笑ってよ。

もう、壊れちゃいそうなんだよ。

憂の温かさ、優しさに触れないとわたしはおかしくなっちゃうんだよ。

 憂、憂、うい。


 お願い、もっとわたしを求めて。


 その日の部活は、具合が悪いとりっちゃんに伝えて休んだ。

ちょっぴり嘘だけど、全部が嘘じゃない。

だって憂のことを考えて、考えて、もう胸が苦しいんだ。


ホームルームが終わり、憂と一緒に帰れることを期待して真っ先に教室を出た。

息を切らして玄関までたどり着くともう2年生は終わってたみたいで玄関は溢れかえってた。

ああ、残念だと思いながらも帰り道で会えるかな、と思い駆け足で校門を出る。

「はっ、はっ……うい……」

気づくと憂の名前を読んでいた。

 はやく、はやく会いたいよ。

でも、わたしのこと見てくれるかな。

少し怖かったけれど、憂に会いたい気持ちが勝り、わたしは足をはやめた。


 少しすると見慣れた姿が目に映る。

かわいらしいポニーテールが揺れて、わたしの心は弾む。

「憂!」

「あ……お姉ちゃん」

ただ立ち止まってわたしを呼んでくれただけなのに、それだけでも嬉しかった。

憂がわたしを見てくれてる。わたしを意識してくれてる。
嬉しくて駆け寄るままに抱きついた。

「ういー!」

「わっ……お姉ちゃん部活はどうしたの?」

どうしよう。こんなに元気にしてたら具合悪くて休んだなんて言えないよ。

ちょっぴり、本音を交えて行ってみた。

「……憂と帰りたくて、休んじゃった……かも」

「えっ」

憂の反応に意識を注ぐ。

憂はどう思ってくれるのかな。

嬉しいなんて思ってはくれないかな。それどころかうっとおしいなんて思ったら、悲しいな。


 憂の顔を窺う。

「お姉ちゃん、からかわないでよ。今日は休みだったのかな」

「えっ……う、うん……」

憂はわたしが憂のために休んだなんて信じてくれないんだ。
分かってた気もしてたけど、少しだけ変な期待をしてた自分が恥ずかしくなった。

「じゃ、帰ろ」

「……うん」

「お姉ちゃん?どうかした?」

やっぱり憂はわたしのことなんて見てくれないんだ。
どんなにわたしが憂を求めても、憂はそんなこと気づかないし、気にもとめないんだ。

また憂鬱な気分になってきたけど、憂に悟られたくなかったからなんでもないよ、と答えた。


ふたりで家に向かう。

前なら手をつないでいる方が当たり前だったのに、今はわたしは憂のあとについてとぼとぼと歩く。

憂、心配してくれないのかな。

手、つなごうって、言ってくれないのかな。

分かっているのに、また変な期待をする。


 ずっと憂の後ろ姿を見ながら、家についた。

鞄から鍵を取り出す憂を待ち、深呼吸をした。

もう一回抱きついてみよう。

そしたら、憂、笑って欲しいんだ。

それだけでわたしは安心なんだ。それだけしてもらえれば、こんなこと考えなくてよくなるんだ。

だから、笑ってね。

「開けたよ、入って」

「うん」

靴を脱ぎ、階段を登り、わたしの心臓は高く鳴る。

また深呼吸をして、洗面所へ向かう憂に後ろから近づいた。

わたしが抱きつこうとしたその時、憂が振り向いた。

「そうだ、お姉ちゃ……むぅっ」

突然振り向いたので、憂の顔が胸に沈む。

 どうしよう、憂がわたしの胸に顔をうずめてる。

心臓はさっきより高鳴り、それが気づかれないか心配だった。


 憂はまだ落ち着いたまま、わたしから離れようと腕を少し押してきた。

やっぱり嫌なのかな。

また悲しくなったけど、憂のぬくもりを胸いっぱいで感じていたくてわたしも力を入れた。

「ん……おねえちゃん……」

「憂……少しこのままでいさせて」

そういうと憂は静かにわたしを受け入れてくれた。

憂の笑顔が観たくて抱きついたのに、わたしが切なくて抱きついてしまっている。

はは、やっぱりダメなおねえちゃんだなあ。

わたしがダメだから、憂も離れてしまったのかな。

また考えたくもないことが頭をめぐり、目が熱くなっていた。

「……まだ?」

「ん、うん」

涙は流したくなかったから必死で堪える。
その顔を憂に見られたくなくて、必死で抱きしめた。

でも、返事をする声は、涙声。


「お、お姉ちゃんどうしたの?」

「な、なんでもない……」

腕でなんとか滲んだ涙を拭い、憂を離してすぐに背を向けた。

「ご、ごめんね」

「お姉ちゃん……・わたしなにかしちゃったかな……」

わたしを心配してくれるのが嬉しくて、振り向きそうになってしまったけれど、憂のせいだと思わせてしまった自分が憎くてすぐに留まった。

「ち、違うんだ。ほんとになんでもないから」

「そう……?」

そう言って憂はまた洗面所へ向かう。

 あはは、なにも言ってくれないんだ。期待するどころじゃないや。

抱きしめられたこととか、涙声だったこととか、心配して、側にいてほしかった。

 ううん、わたしがいけないんだ。憂に迷惑かけて。心配して欲しいなら自分から言えばいいのにね。

部屋に入り、電気もつけずに暗いまま、ベッドに突っ伏した。

憂がいないから、今度は涙を我慢出来ない。
止めようともせずに枕で涙を拭き続けた。


 しばらくすると、部屋をノックする音が響いた。

「お姉ちゃん……入るよ」

憂に真っ赤な目を見せたくなくて、あわてて後ろに振り返る。

「ご飯、出来たから」

「う、うん。わかった」

それだけ言って憂は部屋を出る。

わたしを待っててはくれない。

だから、わたしから憂についていった。

でも、そうすると憂は歩みを早くして、わたしを置いていく。

 どうして?どうしてなの、憂。

わたし、もうダメなんだよ、憂にそんなふうにされたら、わたしがどっかに行っちゃうよ。

また目が滲んできて、俯きながら椅子に腰掛けた。

「はい、どうぞ」

ご飯をさし出してそれ以上はなにも言わずに憂は食事を始める。

一緒にいただきますって、言おうよ。わたしと、目を合わせてよ。


 早々に食事を済ませて、席を立とうとする憂を、そのままでいてほしくて声をかけた。

「憂、待って」

「え……なに?」

俯いたままだから憂の顔は見られない。
きっと不思議に思ってるんだろうな、わたしなんかが呼び止めちゃったから。

「あのね、聞きたいことがあるんだ」

気がつくと、口から漏れていた。

どうしても聞きたかった、ずっと聞きたかったこと。

「なあに?」

でもその言葉で今よりもっと離れてしまったらどうしよう。

そんな考えが浮かんだけれど、口は動いて勢いのまま尋ねた。

「憂。どうしてわたしを避けるの……?」

「えっ?」

驚いた憂の声。
わたしが好きなかわいい声のまま。

もしかして、避けようなんて思ってなかったかな。そしたらわたし、恥ずかしいや。


 ただ、憂と一緒にいたいだけなんだ。

「わたしの勘違いだったらごめんね。憂は最近わたしといるのが嫌なのかなって……」

「そ、そんなこと……」

あ、やっぱりそうなんだ。

「そっか、ごめんね憂。わたしのせいで」

憂の口から途端に現実を突きつけられて、今まで感じたことのないほどの悲しみがわたしを襲った。

「ご、ごめんねぇ……わたしがそばにいちゃ、いや、だよ……ね」

「そんなことないよ!」

「いいのっ……わたしが憂に迷惑、かけて、ばっかだったからっ……」

憂の前だけれど、涙はぼろぼろ流れてた。

我慢しきれる余裕がなくて、憂の前で足が崩れて涙をこすり続けた。

「ごめんね、ごめんね……ぇ」

「お、お姉ちゃん……」

ごめんね、こんなところ見せて。

ごめんね、こんなお姉ちゃんで。


 ふと、ほのかに甘い匂いに包まれた。

暖かくて、いい匂い。

これは、わたしが大好きな香り。

 憂の匂い。

「ごめんね、そんなつもりじゃなかったんだよ」

「わたし……お姉ちゃんを避けてたんだ。ごめんなさい」

憂がわたしの体を包んで優しい声で言う。

 やっぱり避けられてたんだ。でも、なんでだろ。

「ごめんね、わたしばかだから憂になにしちゃったか思い出せないよ……」

「違うの!わたしが。わたしが……」

憂は腕の力を強くする。

憂に抱きしめられてることがとっても幸せで、わたしは安心してもっと涙が溢れてしまう。

「う、うわあああぁん」

「お姉ちゃん、ごめんなさい!ごめんなさい……」

変わらず憂の匂いはやわらかくわたしを包んで、わたしを脆くする。


 憂が抱きしめていてくれた。

「じゃあ……どうじで……」

鼻水でぐしゃぐしゃになった顔でなんとか尋ねた。

憂はわたしの背を撫でながら、答える。

「わたしね……お姉ちゃんといると、だめになっちゃうんだ……」

「……?」

意味がわからなかった。
だってわたしの知ってる憂は、料理も家事も勉強だってなんだって出来る自慢の妹だから。

「お姉ちゃんの近くにいるとね、自分が変になっちゃうんだ」

 わたしは憂が近くにいないと変になっちゃうよ。

「近くにいるだけで、心が落ち着かなくて、緊張して、体が熱くなっちゃうの」

 それはわたしも同じだよ。憂といるだけでどきどきするんだ。

「それはお姉ちゃんに対して、いけないことだと思ったんだ」

 そんなことないよ、もっとそばにいて。そうすれば、わたしだって幸せでいられるんだ。

「だからね、お姉ちゃんから距離を取ったんだ。ごめんね、自分勝手で」

 憂は悪くないよ。自分勝手だったのは、わたし。


 肩に、温かいものを感じた。

「ほんとに……ごめん、なさい……」

ゆっくり憂の手を離して顔を見ると、憂の顔も涙で崩れてた。

 かわいい憂の顔が、涙に邪魔されて見えないよ。

今度はわたしが抱きしめた。

「ありがと……でもね、わたしは憂がいないとだめなんだ」

「うん……」

「だから、ずっとそばにいてね。憂と同じように、わたしも憂といるとどきどきするんだ」

腕の中の憂は僅かに震えてわたしの声を聞いていてくれる。

それがたまらなくわたしを安心させて、また言葉を紡ぐ。

「憂は、それがいや?」

「……ううん」

「よかった。だったら、そばにいても、いいでしょ?」

でも、憂の声はすぐには返ってこないで、息をする音だけが部屋に響く。
しばらくしてから、ようやく言葉が帰ってきた。

「……でもね、わたし、お姉ちゃんといると、いけないこと考えちゃうの」


 どういうことかな。

「お姉ちゃんともっといたいって、それだけじゃなくてね」

「うん」

「……その、考えちゃいけないことまで……考えちゃうんだよ」

憂はもう泣き止んでいたけれど、まだ震えたままでいた。

「それは……どういうこと?」

自分だって同じことを考えているくせに、憂の口で言ってほしくていじわるに聞いた。

「そんなの……言えないことだよ」

「言って?」

憂の顔は真っ赤に染まって、またわたしにいとおしさを感じさせる。

「うぅ……」

 お願い、言ってよ。聞きたいんだよ、憂の口から。

憂の目を見るとすぐに憂は目を背けて俯いてしまう。

「お姉ちゃん……いじわる」

だって憂だってわたしにいじわるしたでしょ。
わたしは憂に嫌われてないことが嬉しくて、憂をやさしく追い詰めた。


「き、き……」

「き?」

「……うう」

そんなふうに言い淀んではやめてしまう憂がかわいくてかわいくて、頭を撫でて声をかける。

「憂、わたしだって同じなんだよ。憂と……いろんなこと、したいもん」

「えっ……」

「だ、だからね。憂の口から言って欲しいんだ」

「ず、ずるいよ……」

えへへ、そうかもね。

「でも、憂に言ってもらわないとわたし……」

「わ、わかったよ!」

涙目の憂を見て、少し罪悪感を感じるけれど、憂がわたしを求める声が聞きたくて、じっと憂を待った。

 わたしを求めてよ、憂。

「……お、お姉ちゃんと……き、きす……とか」

考えるより先に、わたしの体は動いた。



 唇にあたたかい感触。

 目の前には憂の顔。

 憂だって、わたしを見てる。

 それが、たまらなく嬉しくて、憂の背に手を回してもっと強く押し付ける。

 憂が目を閉じた。

 わたしも目を閉じる。

 ただ唇に触れるやわらかいもののだけを感じて、体も憂に押し付ける。

 憂も背中に手を回す。

 全身で感じる憂の匂い、あたたかさ、やわらかさ。

 部屋には吐息だけが漏れて、わたしにはただ幸せな感情だけが頭を満たす。

 憂と、キスしてる。

 憂も、わたしを求めてる。


 好きだよ、憂。



そう伝えるように、唇に想いを集める。

憂からも、そう返ってきたような気がして、また強く抱きしめた。

時計の針が響く音を聞いて、憂をこの手に抱きしめて、どれくらい時間がたったかな。

ずっと違う世界に行ったような気がしていて、離れるまで時間はわからない。

でも、まだ離さないよ。

もっと繋がっていたいから。

キスなんてしちゃったら、もう抱きしめるだけじゃ満足できないんだ。

これから何回だってキスするよ。

憂が嫌がったって。

だって憂がこんな感情にさせたんだからね。

憂がいなくちゃ、もうダメなんだ。

一回憂を感じちゃったら、もうなしではいられないんだよ。

体と心で感じる憂を、決して離さないように抱きしめて、わたしと憂はずっとそのまま。

ただ、そのままでいた。


   おしまい。



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最終更新:2010年09月06日 21:44