熱した砂の上、梓があんなに遠くに見える。
とにかく混乱していた。澪は溺れている梓を助けようとしたが、
助けようにも声の出し方と歩き方がとっさにわからなくなってしまった。
こんなことが実際にあるのである。
後輩の命の窮地にも情けない自分が恥ずかしい。
恥ずかしいけど泣くことしかできない。それが恥ずかしい。堂々巡りだ。

「うわ、うあああああああ」

そんな自家撞着をよそに梓はなんとか砂浜までたどりついた。
体力を限界ギリギリまで浸かって何とか浜辺にたどりつく。
梓の眼に非難するような色はなかったが、失望はありありと描かれていた。
まあ、実際のところ助けに来ても二人とも溺れてしまう可能性だってあるのだから、
非難の仕様はないし、失望を抱いたのも自分勝手な気がして、
梓はとりあえずのところ澪をどうにかしてあげたいと思うようになった。


澪はそんな逡巡にも気付かずに泣きながら、やっと声の出し方を思い出したのか。

「梓、大丈夫か!?大丈夫だったか!?」

などと今更になって言い出し、梓の失望を少しよみがえらせる。
いい人だけど使えない。梓は無意識化で澪に対してそう判断を下した。
それは半分事実だったが、サバイバル化ではストレスはたまりやすいものだ。
否定的になりやすいし、それはいくらかの危険もはらむ。
この否定的判断が吉と出るか凶と出るかは、いずれわかるだろう。

澪「良かった、本当によかった!!」

澪は馬鹿みたいにその文句を繰り返すばかりでなにも考えられない様子だ。
梓はわかったわかったと手でその動きを制し、いきなり切り出す。

梓「三人を探しに行きましょう。」

その言葉を聞いて初めて、澪は三人の不在に気づいたようだ。
急にあたふたし始めて、なにやら二三ぼそぼそつぶやくと、
にっこりと笑顔を浮かべて、そのまま微動だにしなくなった。
面倒だなあ、と梓は口には出さないけれど、強く思った。

おそらく、意識を失うなりなんなりで潮水をあまり飲まなかったのだろう。
梓と澪は漂着してすぐに行動が開始できた。もっとも澪は再起動にずいぶんかかったが。
同じ浜に流されるなら同時に近い時間で着くはず、
という梓の意見でSOSの置き石を残して二人はビーチから早々に立ち去ることとした。
浜に流れ着いたゴミからサンダルを拾ってきれいに洗って履く。
澪は拾ったものを使うのが嫌そうだったが、後輩の前なので頑張った。

澪「どこをどう探すんだ?」

自分で考えてください、などと意地悪を言おうか迷ったが、正直に伝えた。

梓「とりあえず真水を探しましょう。」

澪「どうして水なんて探すんだ?」

梓「生存には水は不可欠ですよね?」

澪「水さえあれば、三日半は生きられるなんて言うよな」

梓「私たちには絶対必要です。つまり、」

澪「みんなにも必要か!」

梓の推理は非常に、論理的には正しいものだった。
生存に必要な水、それを得ると同時に仲間と再会する。
だが実際には唯たち三人にはそれでは会えない。
無人島であろうことは二人とも理解していたが、二人とも家を見ていなかった。
その二人がまさか井戸が生きている集落があろうなどと予測できるはずもない。

小さな間違えを抱えつつ二人は浜辺に沿って歩き、河口を探すこととした。

河口を探すと一口にいっても簡単なものではない。
梓の思惑に反して、すぐには河口にはたどりつけない。
浜の熱さにやられそうになりながら、二人はせっせと歩く。
この間、二人は一言も言葉を発することはなかったが、それは正しい。
熱と徒歩による疲労以外は最小限に抑えて行動することが本能的にできていた。
40分ほどわき目も振らずに歩くと、海にちょっとした川が流れているのが見えてきた。

澪「なんだか結構細い河だな……」

梓「支流ってやつなんでしょうか……」

二人は少しばかりのどが渇いていたが、下流の水はどうにも信用できず、
火照った皮膚を湿らせる程度で口には含めず、上流に向かって歩き出す。

上流に行くにはどうにも道が歩きにくく、サイズの合わないサンダルでは難行だった。
梓と澪はたがいに怪我のないように注意して、ゆっくりとだが確実に登っていく。

梓「上流に向かえば、この川がどういう構造か少しはわかりますね」

澪「ああ、唯たちも水のきれいな上流近くに向かうだろうし」

残念ながら井戸を手に入れた三人にはその考えでは外れである。
しかし上流を目指すという志向はサバイバルにおいて決して間違いではない。
きれいな水を手に入れるのは最優先の命題なのだ。
山に入って沢を探そうとするようなことは素人には無理だが、
上流をめざし比較的きれいな湧水を探すのは難しくない。

道なき道をかき分けていくと、水がたまっている地点へたどりついた。
ここから水がわいているわけではないが、見たところきれいな水が蓄えられている。
湿った川沿いを歩いてきた二人はそこまでのどが渇いていたわけではないが、
それでもやはり水を飲まないわけにはいかない。

澪「ここの水、きれいかな……」

梓「なんとも言えないですね」

見た目がきれいでも雑菌が繁殖している水など多々ある。
水溜りの近くに作業小屋のようなものがあるのに澪が気付き、
視線で梓を促し、とりあえずは小屋の中をみてみることにした。

作業小屋は八畳もない掘立小屋だったが、所狭しと道具が並べてある。
漁や採集に使うのか釣り具やナイフやマッチや薬缶など役立ちそうなものは多い。
安全靴や作業着のつなぎ、ブルーシートに蚊取り線香、石鹸まである。

澪「すごいな……」

どの道具も少々ふるいがつかいようはありそうだ。
澪は無人島でこのような道具と出会えたことが不思議でならかった。
どうしてこうも使える道具が都合よく並ぶのだろうか。
神秘を感じる澪に対し、梓は早々と道具の中から薬缶とマッチを取り出す。

澪「どうした、梓?」

梓「そうですよ、水が飲みたきゃ沸かせばいいじゃないですか!」

そういうと梓は枯れ木を探しに出ていった。
ワンテンポ遅れて澪も石を探しに出て行った

かまどは、熱効率を高めるために三方を石の壁で囲った「コの字形」がもっとも一般的なタイプである。
その際には、「空気が供給されやすいように、かまどの焚き口を風が吹き込んでくる側へ向ける事が鉄則」
そのような基本事項を知っていた澪はせっせとかまどを組み上げていく。
梓もそれにはくちだしせずにさまざまな太さの枝を拾ってきた。

なんだかんだで二人のコンビネーションは良好だった。
お互いが規則的に自分のやることを理解していたので、
問題もなくかまどと薪の用意はできた。

水溜り近くにあったのでマッチは湿っていた。
なかなかつかなかったが、しばらくしてどうにか弱弱しい火がついた。
それをダメにしたマッチにつけて、かまどの中で木々が徐々にが燃え上がる。

澪「や、やったあ!」

梓「ヤッテヤッタデス!」

澪と梓は手を取り合って我を忘れて喜んだ。
共同作業の達成は人間に喜びの感情を与える。
それは原初の人間が狩をしていたころからの本能である。
作業の中で梓は澪への否定的判断を払拭し、尊敬する澪先輩は帰ってきた。
澪の弱さと強さの両方を受け入れることができるようになったのだ。

共同作業は心の結びつきを強める。
ましてや、二人で生存のために作業するなど、最高の好機だ。

火は楽しみである。そう火遊びは楽しい。
それは少年少女はもちろん大人にも言えることだ。
ろうそくに火をつけたり、枯れ木を燃やすのに人は言い切れぬ高揚感をえる。
本能が火の慰みをもとめるのだ。

さっそく水溜りの水を薬缶に入れて煮沸を始める。
二人は作業着やら何やらをやや下流の水で洗って火干しを始めた。
梓も澪も火にまきをくべる作業が楽しくて仕方がないようで、
服を乾かす間にかまどをもうひとつつくり、予備の火として保存することとした。

梓と澪は火の楽しさを十二分に堪能し、薬缶の中身が沸騰すると、
かまどから薬缶をはずして、じぶんたちは食べられそうなものを探しに歩いた。

梓「たんぽぽがたくさんありますね」

二人があたりを散策すると、タンポポが群生しているのを見つけた。
梓が葉を何枚かつむと、虫食いもなく鮮度もいい。

梓「晩御飯はきまりましたね」

澪「ちょっと待て、たったんぽぽなんて食えるのか?」

梓「食べたことはないですけど、大丈夫らしいですよ」

中東などではタンポポは食用にされる。
日本でも揚げて食べるケースは多い。

澪「わざわざ食べなくても……」

梓「私は食べます。この暑さでお腹に物を入れてなきゃ、最悪死にます」

澪「そんな、大げさな……、第一おなかこわしたらどうするんだ?」

グウゥーと何とも間抜けな音が澪の腹から響く。

梓「とりあえず、二人分作りますから。食べたくなったら言って下さい」

澪「ううっ、私も一緒に作ってたべるよー」

素人にとって野草は簡単に取れる栄養源の最たるものだ。
獣や魚などをとれるなら、野草はサブの食糧だが。
大の大人でもそうかんたんに狩猟はできない。
ましてや女子高生の彼女たちには土台無理な話だ。

食糧に富んだ唯たち三人に対し、不利なように見える二人だが、
このタンポポ食は思わぬ点で唯たちよりも有利な状況を生み出した。

みおみおとあずにゃんの拾いものリョウリショー!!!

澪「というわけで、このタンポポをどう調理するんだ?」

梓「まずはきれいな葉っぱを選び、それを水を入れたなべにぶち込みます」

澪「豪快だな」

梓「いえ、決して豪快じゃないですよ。あく抜きですから、五分ごとに水を入れかえて苦みを抜きます」

澪「何回変えるんだ?」

梓「最低五回くらいです。多分」


澪「あく抜き終了!」

梓「ずいぶん早いですがまあ気にしませんよ。その間にわかしておいたお湯に葉っぱをさっとくぐらせます」

澪「葉がくたくたになるまでやってもいいぞ」

梓「今回はお腹に優しくなるようにくたくたになるまで火に通しました」

澪「で、次はどうするんだ?」

梓「終了です」

澪「へ?」

梓「だから終了です」

澪「味付けとかは?」

梓「醤油はおろか塩もないです。ですからこれで完成です」

澪「……」

料理名
たんぽぽのはっぱのあくをぬいてゆでたの


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最終更新:2010年09月12日 21:56