学園祭前のある日


梓「………」

梓「…一人きりだとこの部室も広すぎるなぁ」

梓「あ、もちろんトンちゃんも一緒だよ?」

トンちゃん「……」

梓「……」

梓「練習しよ…」


~♪~♪~♪


梓「やっぱり一人だとつまらないな…」

梓「静かだぁーーー!!!!!」

梓「………」

梓「はぁ……もう帰ろ」

梓「トンちゃん、また明日ね」

トンちゃん「……」



下校


憂「梓ちゃ~ん!」

梓「あ、憂」

憂「いま帰りだよね?一緒に帰ろ!」

梓「うん」

憂「梓ちゃんは軽音部の練習?」

梓「うん、でも先輩たち来なかったからずっと一人だったよ」

憂「そっか…お姉ちゃんのクラスは劇やるみたいだけど、忙しそうだもんね」

梓「ごめんね、私もクラスのほう全然手伝ってなくて…」

憂「気にしないで大丈夫だよ。梓ちゃんにはライブがあるんだし、私だって軽音部のライブ楽しみしてるもん!」

梓「…そっか。ありがと、憂」

憂「うん!だから頑張ってね!」



平沢家


唯「ただいま~」

憂「お姉ちゃん、おかえりなさい」

唯「今日も疲れたよぉ~…うい~…」

憂「最近は毎日夜遅いもんね。劇の練習?」

唯「そだよー、でも私は木の役だからみんなの手伝いしてるくらいだけど…えへへ…」

憂「軽音部の練習はすすんでる?」

唯「う~ん…そういえばクラスの出し物のことばっかりであんまり考えてなかったかも…」

憂「お姉ちゃん、行ってあげたら?きっと梓ちゃんも寂しがってると思うよ」

唯「! そうだよね…うん、わかった!明日行ってみるよ!」

憂「私もライブ楽しみにしてるからねっ。それじゃご飯にしよっか」

唯「は~い♪」



自室


唯「(そっか……私たちが劇の練習してるあいだ、あずにゃんはずっと一人だったんだよね……)」

唯「(あずにゃん、寂しかっただろうなぁ……)」

唯「(私たちはもう三年生、あずにゃんと一緒に過ごす学園祭も最後なんだ)」

唯「(よし、学園祭のライブ…絶対に成功させないと!!)」

唯「行くよっ、ギー太!今夜は寝かさないぜぇ!!」ジャーン

~♪~♪~♪


憂「ふふっ、ガンバレお姉ちゃん」



翌日の放課後


律「え?早退する?」

澪「どうした唯、具合でも悪いのか?」

唯「ううん、そういうわけじゃないんだけど…」

紬「でも最近忙しくて疲れてると思うし、無理しないで休んだらどう?」

唯「う…うん!ありがとうムギちゃん!ゴメンね、明日は必ず準備手伝うからっ」

澪「ああ、また明日な」

律「気をつけて帰れよ~」

紬「バイバイ、唯ちゃん」



唯「待っててね、あずにゃん」

唯「………」

唯「(でも、みんなのことなんだか騙してるみたいで悪い気がするよ……)」

唯「(みんなにはああ言ったけど、あとでちゃんと謝っておこう…)」

唯「…今はとにかく音楽室を目指さないと」

唯「ふぅーっ…」

唯「初めてここの階段上ったときは緊張したなぁ……今ではこんなに体が軽いのに」

唯「体が軽い……ってあぁーーっ!!ギー太家に置いたままだったぁっっ!!!!」

唯「どうりで背中がスカスカするわけだよ……うぅ…結局一旦家に帰る羽目に……」

唯「きっとみんなに嘘ついたバツだ…急いで帰らないと!」ダッ



音楽室


ガチャ

梓「こんにちはー…」

梓「……って今日も誰もいないか…」

梓「よいしょっと」

梓「トンちゃんにエサあげなきゃ」

トンちゃん「パクパク」

梓「………」ボーッ

梓「はぁ……ムギ先輩のお茶のみたいな……」

梓「トンちゃんも先輩たちがいないと寂しいよね」

トンちゃん「パクパク…」

梓「…そうだよね!先輩たちが来ないとトンちゃんが可哀相だよ!決して私が寂しいなんてわけじゃ……」

トンちゃん「……」

梓「………」

梓「だめだめ!こんなんじゃだめだ私!そもそも先輩たちだって来春には卒業…」

梓「そうしたらいずれは私が部長になって軽音部を引っぱる!しっかりしなきゃ!」

梓「かむばっく私!!!」

梓「はっ、中野梓ただいま戻りました!!(キリッ」

梓「なんちゃって……」

梓「………」



教室


律「にしても、突然どうしたんだろうな?唯のやつ」

澪「律、気付かなかったのか?」

律「? 何をだよ」

紬「唯ちゃん、目の下に大きなクマができていたわ…きっとあまり寝ていないんじゃないかしら?」

律「あー確かに言われてみれば…。数学の授業中もあいつずっと居眠りしてたもんな」

澪「実は夜遅くまでギター弾いてたりしてな」

律「あははっ、唯に限ってそれはないだろー」

紬「でも…もしそうだとしたら、私たちだって負けていられないわ!」

澪「そうだぞ律。たとえクラスの劇が成功しても、軽音部のライブがうまくいかないなんて私は嫌だからな」

律「ムギと澪の言う通りだな。よーし!だったら今日はクラスを早めに切り上げて、久々に部活するかーっ!」


「「「おーっ!!」」」


律「(唯のことだ、きっと梓を心配してこっそり様子を見に行ってるとかそんなとこだろう…)」

澪「おい、律」

律「(まあなんだかんだ言って他人思いだからな、唯は)」

澪「おーい…」

律「(けどなにも黙って行くことはないのにな、あとで説教してやるか)」

澪「律!!!」

律「ふぇっ!?な…なんだよ澪、突然ビックリさせるなよ」

澪「なに言ってるんだ、次は律の台詞だろ…」

律「あれ?え、えーと…そうだったっけ…?」

澪「まったく…どんな考え事してたんだ?」

律「な、なんでもないやいっ!気を取り直して次いくぞ次!な!」


紬「(りっちゃんも唯ちゃんのこと、気にしてるのかな……)」



音楽室


梓「なぜか部室の掃除をしている私……」

梓「テスト期間中に部屋の掃除がはかどるのと同じ原理だよね」

梓「あっ、このネコミミ…」ヒョイ

梓「懐かしいなぁ……さわ子先生が持ってきて、唯先輩につけさせられたんだっけ」

梓「あの頃は先輩たちと意見が合わないこともたくさんあって…」

梓「きっと私、煙たく思われてたよね」

梓「でも…この軽音部に入って本当に楽しかった」

梓「………」

梓「……ってしんみりしてる場合かーっ!」



唯「はぁっ……はぁっ……」

唯「だいぶ遅くなっちゃった……」

唯「でもせっかくギー太持ってきたんだし頑張って練習しないと!!」

唯「音楽室に入るのも久しぶりだと緊張するよぉ…」

唯「あずにゃん…元気にしてるかな……」



梓「そうだ、トンちゃんには私のネコミミ姿見せたことなかったよね」

トンちゃん「……」

梓「…うん、誰もいない。よしっ」キョロキョロ

E ネコミミ

梓「どう?似合ってるかなトンちゃん」

トンちゃん「↑↑」

梓「に……にゃあ」

トンちゃん「///」


ガチャ

唯「あっずにゃ~……」

唯「…ん?」

梓「」


唯「あの…あずにゃん怒ってる……?」

梓「怒ってませんよ、急に先輩が入ってきたから驚いただけです」

唯「目が全然笑ってないよあずにゃん……でもちょっとかわいかったけどね」

梓「ほっといてくださいっ! もう…冗談はここまでにして、唯先輩はクラスの準備はいいんですか?」

唯「私は木の役だから他の人みたいに練習することも少ないし、大丈夫だよ」

梓「木の役ですか…唯先輩らしいですね」クスッ

唯「むっ…ちょっとあずにゃん!それどういう意味さぁっ!」

梓「あはは、気にしないでください」

唯「うぅ…あずにゃんひどい……」

梓「でも…来てくれてありがとうございます。先輩たちがいなくて私、退屈でしたから」

唯「あずにゃん……」


唯「あずにゃん」

梓「何ですか?」

唯「……ごめんね、一人にしちゃって」

梓「いいえ、気にしてないですよ」

唯「……」

梓「……」

唯「……練習、しよっか」

梓「はいっ」

梓「じゃあせっかくですから合わせてみましょうよ、今回の新曲」

唯「なんだか二人で合わせるのってドキドキするね…」

梓「そうですか?私は普段どおりですけど」

唯「でもその前に…あずにゃん」

梓「はい?」

唯「そのネコミミは外したほうがいいと思うよ」

梓「に゛ゃあぁっ!?すっかり忘れてたぁっ!!!」


~♪~♪~♪

ジャーン…


梓「すごい…完璧だ……」

唯「えへへ…そんなに言われたら照れるよぉ……」

梓「唯先輩、家でも練習してたんですか?」

唯「うん、ちょっとだけだけどね…最近帰りが遅かったから夜にちょこっとギー太いじってた感じかな」

梓「先輩はやればできるんですから。やっぱり唯先輩にはかなわないです」

唯「ありがとうあずにゃん。でもね、それもこれもみんなのためだよ!」

唯「だから、学園祭のライブ…絶対成功させようねっ!」

梓「……はいっ!やってやるです!!」

ガチャ

律「どうも騒がしいと思ったらこんな所にいたのか、唯」

唯「りっちゃん!」

澪「私たちに内緒で練習だなんて、水くさいじゃないか」

紬「そうよ、同じ部員なのに誘ってくれないなんてひどいわ唯ちゃんっ」

梓「澪先輩にムギ先輩…」

唯「みんな……」

律「クラスの準備をサボってしかも部長に無断で勝手に抜けがけとは…いい度胸してるじゃん?」

唯「……ごめんなさい……」

澪「まあまあ律、そう言うなって」

紬「形はどうあれ、こうしてみんなで集まれたんだもの。恨みっこなしよ♪」

律「わーってるって、冗談だよじょーだん」

唯「で、でも……」

律「ただし!クラスのほうをサボったのは許さん!罰として明日の後片付けは唯一人でやるよーに!!」

唯「…それも冗談?」

律「いいや、マジだ」

唯「そんなぁ~……」

梓「久しぶりに全員そろいましたね」

律「確かに最近は劇の練習が忙しくてずいぶん来てなかったからな~」

澪「梓は私たちがいない間も音楽室に来てたのか?」

梓「はい、一応」

澪「そうか…あんまり顔を出せなくてすまないな」

紬「ごめんね、梓ちゃん…」

梓「いえいえ、私は全然気にしてないですから。それよりも先輩たちは最後の学園祭なんですし、やっぱりクラスでの出し物を優先するべきです」

澪「……」

澪「……それは違うな、梓」

梓「へっ?」

澪「確かに私たち三年生は今年が最後の学園祭だ」

澪「けど…それってつまり梓と過ごせる学園祭もこれで最後ってことなんだ」

唯「(あっ!それ私のセリフだったのに~!)」

律「私たちが軽音部のライブをないがしろにするわけないだろ?」

紬「梓ちゃんと演奏できる最後の学園祭、絶対に成功させましょうっ!」

梓「先輩…みなさん……」ジーン

唯「(みんな考えてることは同じだったんだね……えへへ、私の見せ場、なくなっちゃったな)」

律「んじゃ、そうと決まれば早速練習すっか!!野郎ども、準備はいいか~っ!?」

梓「あ、ちょっと待ってください!」

澪「ん?どうしたんだ急に」

梓「せっかく全員そろったのに、なにか大事なことを忘れてませんか?」

律「大事なこと?なんだそりゃ」

唯「なんだろ……」

梓「ほら、練習の前にいつもしてるじゃないですか」

紬「練習の前に」

澪「いつも」

唯「してること…」

律「歯みがき?」

紬「なんでやねんっ!」ポカッ

律「ぐはっ!?いってぇ~…軽いジョークだったのに…」

澪「(ムギに先を越された……)」

梓「もう!とぼけないでください!『お茶』ですよ『お茶』!」

唯澪律紬「えっ…?」

梓「どうしてそんなにキョトンとした顔するんですか…普段からいつもやっていることですよ?」

律「いや…そりゃまあそうだけどさあ……まさか梓からその言葉が出てくるとは」

澪「それに急にそんなこと言ったって、ムギにだって準備が…」

紬「ええ、もちろんバッチリよ♪」

律・澪「持ってきてるんかいっっ!!!」

唯「あぁ~…やっぱりムギちゃんのお茶はおいしいねぇ~…♪」

律「ぷはーっ!一仕事おわったあとの一杯は格別だなぁ~~!」

澪「律、ジジくさいぞ」

律「へーんだ!どーせあたしゃ女の子らしさのカケラもないオヤジ女子高生ですよーだ!!」

澪「なっ…なにもそこまでは…」

紬「あらあらうふふ♪」

先輩たちは泣いても笑っても来年の春、卒業する。

いつまでもこんな時間がつづけばいいのにな。

やっぱり一人は……寂しいから。

でも、まだ先輩たちがいなくなったわけじゃない。

いまのこの時間を大切にしなきゃ。

学園祭のライブを最高の思い出にするために。

そして、大好きな軽音部を思い出で終わらせないために――

澪「それにしても、梓がお茶だなんて言い出すなんて珍しいな」

律「何か悪いもんでも食ったのか?」

唯「ねえねえあずにゃん、何があったのか教えてよ」

梓「失礼ですねっ、なんにもないですよ?」

唯「じゃあ…どうして突然お茶にしようって言ったの?」

梓「ふふっ、なに言ってるんですか。そんなの簡単です」



梓「だって、私たちは『放課後ティータイム』ですから」





おわり



最終更新:2010年09月13日 21:41