ガタンゴトン、ガタンゴトン……


澪「はあっ…はあっ…な、なんだ、今頃動き始めたのか…
  もう駅が見えてるって時に…はあっ…はあっ…」

澪「…もうひとふんばり、だ…って、あれ…?」フラッ

澪「…そりゃこんな走ったら、バテるよな…
  けど、水…飲んだら、大丈夫だ…」フラフラ

澪「あ…暑い…」フラフラ…





【…列車の到着が遅れましたことを、深くお詫び申し上げます…】


唯「澪ちゃん…いま行くからね」

唯(やっぱり澪ちゃんの性格なら、絶対走ってでもここまで来てる。
  電話に気付かないのもきっと走ってたからだ。
  電車が35分止まってたから、3、4駅ならずっと走ったら多分間に合う。
  途中でバテても、電車が動き始めたらすぐわかるから、一番近い駅からそれに乗るはず。
  …それならあんまり問題は無いけど、もしずっと走って、もうこの駅に着いてたら、
  澪ちゃんはそのままりっちゃんの家までの道を走って行こうとする。
  けど、この暑さじゃ絶対そんなの無理だ。どこか途中で倒れちゃう。
  せめて携帯の着歴に気付いてくれたら…走ってないなら気付いてくれるかも…!)

ピッ、ピッ、ピッ
…プツッ、…ルルルル、トゥルルルル、…

唯「お願い、気付いて…っ!」


…ヴー、ヴー、ヴー、…


澪「…あ、電話…唯から…?」ピッ

唯『もしもしっ! 澪ちゃん今どこっ?』キーン

澪「うわっ…ゆ、唯、落ち着け…」

唯『ご、ごめんっ』

澪「今は…駅に着いて、そこからちょっと…律の家方向に行ったところだ」

唯『やっぱり走ってたね…無茶しちゃダメだよ!』

澪「う、うん…ごめん…」

唯『すぐ行くから、どこか涼しいところに入って待ってて!』

澪「わかった…そうするよ…」フラッ…

唯『今、フラフラでしょ? 場所だけ教えて?』

澪「じゃあ…商店街の角の、ローソンにいるから…」

唯『うん。すぐ行くから、待っててね』プツッ



澪「唯…」


……

「いらっしゃいませー」


唯「澪ちゃんっ」

澪「はは…ほんとに早いな…」

唯「こんな汗だくになって…ほら…」フキフキ

澪「あ、ありがと…」

唯「荷物、全部音楽室に置きっぱなしでしょ?
  携帯持っててくれたからよかったけど…もうちょっと冷静にね」

澪「うん…ごめん…」

唯「もうすぐムギちゃんが車で来てくれるから、それまで涼んでよ?」

澪「…」

唯「私、飲み物買ってくるから…」

澪「…唯」

唯「なぁに?」

澪「律の家、ここからそんなに離れてないんだ」

唯「うん、知ってるよ」

澪「律のやつ、変なところで意地張るから、
  …もしかしたら、ほんとにその辺で倒れてるかも知れないんだ」

唯「…」

澪「私はもう大丈夫だから…それより、律が心配なんだよ…」

唯「…私もだよ。
  けど、おんなじくらい澪ちゃんも心配なんだよ」

澪「それは…わかってるけど、でも、もう大丈夫だから…
  ここで涼んでるなんて、もしその間に律に何かあったら…っ」ジワッ

唯「澪ちゃん…」

唯「…もし、途中で澪ちゃんが今よりちょっとでもしんどそうにしてたら、すぐ引き返すからね?」

澪「唯…ありがとう…」

唯「ゆっくり行こ?」ギュッ

澪「うん…」ギュ…

唯「西日がすごいね…」

澪「そうだな…ストーブの前にいるみたいだ…」

唯「こんな時に走るなんて、澪ちゃんったら…」

澪「うう…だからごめんってば…」

唯「そうじゃなくて、…
  …りっちゃんのこと、大好きなんだね」

澪「…うん」

唯「こんなにふらふらだと、逆にりっちゃんに心配されちゃうよ?」

澪「普段からもっと運動してれば…うあっ」フラッ

唯「澪ちゃんっ」ガシッ

澪「ちょ、ちょっとつまずいただけだから大丈夫…ほんとに、平気だから…」

唯「そこにもう一軒コンビニあるけど、休んでいこ?」

澪「唯…お願い…」ギュッ

唯(…もう。
  澪ちゃんとりっちゃんにはかなわないなあ…)







律「お熱いこったなぁ…見せつけてくれちゃってさ…はは」



ヴー、ヴー、ヴー


唯「あっ、メール!」

澪「あれ、私も…」


律『今家に着いたー。焼けそうなあつさだな!
  シャワー浴びて寝るよ。
  心配かけてごめんな!』


唯「…だってさ」

澪「よ…よかったぁー…」


唯「私まで送ってくれてありがとう、ムギちゃん」

紬「ううん、みんな無事でほんとによかったわ!」

唯「一時はどうなることかと思ったけどねー」

紬「でも、明日からも暑いみたい…」

唯「太陽が働きすぎなんだよー。
  たまにはお休みすればいいのにね」

紬「うふふ、そうねー」

唯「じゃあまた明日ー」

紬「うん、また明日ねっ」


バタン、ブゥーン…



律「はぁ…」パカッ



澪『みんなで心配してたんだぞ!
  もう無理するなよ!』

唯『無事でよかったよー
  また元気になったらバンド頑張ろうね!』



律「…やっぱり意地っ張りは損だなあ…」



梓「…」


唯『しっかりお水飲んでご飯食べなきゃだめだよあずにゃん!
  夏バテに勝ったら、またバンド頑張ろうね!』

澪『唯がしっかり送ってくれたみたいでよかったよ。
  梓もあんまり無理したらダメだからな!』


梓「…いくじなしはつらいなあ…」




ふつかご!



唯「放課後ティータイム復活! 放課後ティータイム復活! 放課後ティータイム復活!」クワッ

澪「嬉しいのはわかるが、ちょっとうるさいぞ唯」

紬「あらあら、うふふ」ニコニコ

律梓「ご心配おかけしました」ペコリ

唯「2人ともおかえりだねっ」

律「りっちゃんは地獄の底の裏側からでも這い上がってくるぜ!」

梓「久しぶりって感じです」

唯「じゃあ2人の復帰を祝して…ムギちゃん、あれを!」

紬「はーいっ」トテトテ

律「お、なんかあるのか?」

唯「ふふふ、もちのろんだよ!」

澪「嫌な予感しかしない…」

梓「あはは…」

紬「おまたせっ」ドーン

唯「フルーツケーキアイスっ! いぇい!」

澪「デカいな…こんなの食べたらまた太るよ…」

唯「澪ちゃんはこの間いっぱい走ったから大丈夫だよ!
  それに、澪ちゃんがもうちょっとだけやわらかくなったらもっと抱きごごちも…」ワキワキ

澪「ば、ばかっ」

梓「…それまでは私で我慢してくださいね」

律「おおっ、連日の猛暑日で梓の心の氷がとけたみたいだぞ!」

唯「わーい! あずにゃーんっ!」ダキッ

梓「ちょっ、唯先輩っ
  いきなりですかっ」

澪「急に賑やかだなぁ…」

紬「やっぱりこれがいいわぁ」キラキラ

澪「結局、また練習出来なかった」

唯「まーまー澪ちゃん、堅いこと言わないでさぁ」

律「そーだそーだ、一番いっぱいケーキアイス食べたくせにー」

澪「なっ、りっ、律の方がいっぱい食べてただろっ!」

律「そうかあ? 唯、どう思う?」

唯「あずにゃんが1番かなぁ」

梓「違いますよっ!」

紬「紅茶のおかわりいかが?」カチャリ

唯「いただきまーす」

律「あ、私も私も」

澪「いきなり元通りすぎる気がする…」

梓「そうですね…」



ゆいのいえ!



唯「もしもーし、みーおちゃんっ」

澪『もしもし、どうしたんだ?』

唯「んー、…ちょっと声が聴きたくなって?」

澪『なんで疑問文なんだよ』

唯「あはは、なんでだろうねー」

澪『なんだそりゃ』

唯「えっとねー、…また、行きたいなーと思ったんだけどね、デート」

澪『うん』

唯「もうちょっと涼しくなってからのほうがいいね!」

澪『…私も、そう思ってた』

唯「さすがに暑すぎるもんねー。
  今年の夏は長いよ、きっと」

澪『そうだな。
  多分、だいぶ先になりそうだ』

唯「だから、その前にさ、みんなで遊びに行こうよ!
  プールとかどうかな?」

澪『お、いいんじゃないか?
  律は絶対喜ぶぞ』

唯「あずにゃんもはしゃぎそうだねー。
  ムギちゃんも張り切ってキラキラするよ」

澪『ああ、きっとそうだ』

唯「ねー」

澪『…』

唯「…」

澪『なあ、唯』

唯「なぁに?」

澪『…楽しかったぞ、デート』

唯「私もだよ。
  ついてきてくれてありがと、澪ちゃん」

澪『唯、意外と頼りになるもんな』

唯「むー、意外にとは失礼な!」

澪『普段ぽやっとしてるから、なおさらかっこよく見えたよ』

唯「どーせ私は普段ぽやっとしてますよーだ」プイッ

澪『あはは、今ぷいってしたろ、ぷいって』

唯「そう言う澪ちゃんも、たまにすごく突っ走るよねー」

澪『ま、まぁな。たまーにだぞ、ごくたまに、だ』

唯「えー、そうかなぁ?」ニヤニヤ

澪『も、もう、からかうなよー』

唯「今ぷいってした?」

澪『してないっ』

唯「なぁんだ、残念…えへへ」

澪『なに笑ってんだよー』

唯「いやぁ、…私たち、ほんとはまだいっぱい知らないことがあるんだね」

澪『そうだな』

唯「…」

澪『…』

唯「…ゆっくり、知っていきたいね」

澪『うん、そのうちまたいろいろわかるさ』

唯「そうかな?」

澪『そうだよ』

唯「そっか」

澪『うん』

唯「…じゃあ、そろそろ切るね」

澪『ああ、…おやすみ』

唯「おやすみー。また明日ね」

澪『また明日』



ガチャッ…

唯「ねえ、憂」

憂「どうしたの? お姉ちゃん」

唯「憂って、わたしのことどれくらい知ってる?」

憂「え? うーん…
  大抵のことは知ってると思うけど…」

唯「ずっと一緒にいたからかな?」

憂「それもあるけど…私がお姉ちゃんを大好きだからだよ、きっと」

唯「そっかー。
  だから私も憂のことたくさん知ってるのかな」

憂「だったら嬉しいな。えへへ…」

唯「じゃあ、そろそろ寝るね。
  おやすみ、憂。ありがとー」

憂「おやすみなさい、お姉ちゃん。
  どういたしましてー」







唯「…大好きだから、ね…」




 結局涼しい季節になっても、私と澪ちゃんが二人でお出かけすることはなかった。

 なんでかは、よくわからない。
 なんとなく、そうした方がいいような気がしたからかもしれない。

 私の『大好き』が、他の誰かの『大好き』を消してしまう…
 …そんな気がしたからかもしれない。

 澪ちゃんとりっちゃんはやっぱり仲良しだ。
 私は恥ずかしがるあずにゃんに抱きつく。
 ムギちゃんはいつもニコニコしている。
 憂のご飯は今日もおいしい。

 …それ以上深く考えるのが、怖くなることがたまにある。
 深く知るのが、怖くなるとがたまにある。



 澪ちゃんと二人で行ったあの喫茶店のコーヒーの味は、もう忘れてしまった。



終わり



最終更新:2010年09月14日 23:22