“ΝНΚアーカイブス 戦争特集アニメ「幻の放課後」
(中略)
今回は、前回に引き続き、第13話「懲罰!」をお送りします”
学事課執務室での騒動から数日後。
作業室で布地の裁断をしていると、平板な声で放送が響く。
“庁内放送、庁内放送。以下の者は軍需生産局長室に出頭せよ。
第32検品室室長、
田井中律。検品員、秋山澪、琴吹紬、
平沢唯。
第21作業室、作業員、
中野梓。
繰り返す。以下の者は…”
「あれ?いま梓も呼ばれたよね?何かしたの?」
純がマスクをあごにずらして私に話し掛ける。
「今のやっぱり私だよね…」(あの騒動のことか…先輩方も呼ばれてたし…)
私が溜め息まじりにつぶやくと、憂も心配そうに言う。
「お姉ちゃんとかも呼ばれてたけど、何だろう?」
「…何だろうね?行けば分かるよ」
憂は唯先輩のこととなると、途端に我を失ってしまう。詳細は言わないほうがいいだろう。
私は適当にはぐらかして検品室に先輩方を迎えに行き、軍需生産局長室に向かった。
──軍需生産局長室
初めて顔を見る軍需生産局長の間延びした声が響く。
「おー、君たち良く来たネ。そこに並んで。
おイタしたようだが、いかんヨ。もう子どもじゃないんだから…」
義足を引きずって律先輩が一歩前に出る。
「すみませんが、責めを負うのは室長の私だけで十分です。直接手を出したのは私ですから」
「…そういうわけにもいかないのよ。組織全体の秩序を維持しないといけないから」
背後から入室する足音がして、聞き慣れた、しかし今やいまいましい声がする。
「和ちゃん…」
唯先輩が心細そうな声を上げる。
律先輩は無言でにらみ付け、ムギ先輩は歯がみし、澪先輩はうつむく。
軍需生産局長が和先輩を手招きしながら言う。
「ああ、それで、結論から言うと、君たちは教育局さんに引き取ってもらうヨ。
懲罰という形でネ。もちろん現在の検査室や作業室の仕事は解任だ。
具体的な懲罰内容はこちらの学事課長さんにお任せしてある」
澪先輩が緊張して生唾を飲む音が聞こえた。無理もない。
要は、和先輩のなすがままにされるということか。
今やこの女は、まさしく工廠の小役人だ。どんな報復を受けるかわからない。
「…軍需局長、お手数をかけました。後は教育局にお任せください」
和先輩が深々と軍需生産局長に礼をして、私たちに向き直る。
「あなたたち、昼まで病室で待機よ。中野さんは作業に戻って。
午後からは懲罰房で懲罰を受けてもらうから」
事務的に何度も発せられる“懲罰”という響きに、背筋が寒くなる。
──昼食後、学事課執務室前
「全員揃ったわね?じゃあ、懲罰房に案内するわ」
誰も返事をしない。ただ、黙って和先輩の後ろを足取りも重くついて行く。
「和…悪いのは私だけだろ。今更だけど他の部員はなんとかならないのか?」
途中一度だけ、律先輩が口を開いたが、これに対する返事もまた、なかった。
そして着いた先は、旧第32検品室と同じ部屋。つまりは元の部室だ。
ただし、その入口には真新しく『懲罰房』の札が掲げられている。
せっかく、軽音部の活動を再開しようとした矢先なのに、
その部室だった部屋で懲罰を受けることになろうとは。
他にも空いている部屋はあっただろうに、これも懲罰の一環なのか。
サディスティックで悪趣味な扱いに、軽音部員の誰もが、この女を呪った。
「懐かしの部室で懲罰を受けられるなんて、最高でしょ?」
そしてこの女は、私たちの心中を見透かしたようにあざ笑う。
これから拷問まがいの仕打ちを受けるのだろうか?
もしかすると何か恐ろしい器具でも置いてあるのか?
懲罰房の扉が開けられ、私たちは小役人の手で中に押し込まれる。
「あ…」
室内の光景を見た私たちは絶句する。
ただ一人、その光景の分からない澪先輩が、不安に満ちた問いを発する。
「お、おい、どうなってるんだよ…何があるんだよ…」
「…楽器よ。私たちの」
ムギ先輩が恍惚とした表情で言う。
そう。私たちそれぞれの楽器がここ、部室にあった。
和先輩がしてやったりという表情で言う。
「“公用”で必要だからみんなの家から強制的に“徴発”させてもらったわ。
じゃあ、具体的な“懲罰”の内容を伝えるから聞いて。
“来たる明治節、出征兵士を送り、帰還兵を迎えるため、
決起大会兼慰問大会を工廠と高校の共催で行う。
ついては、その会で演奏を発表すること。
曲目は"When Johnny Comes Marching Home"など”
以上よ。
ちなみに今言ったように、非公開情報だけど、近日中に、
三年生の中隊全体が再編成のため戻ってくる予定だから」
「和ちゃん…それって、どういうこと?」
まだ何が起きたのかいまいち理解していない唯先輩が問うと、和先輩は眉を寄せて笑う。
「フフ、今言ったじゃない。要は、あなたたちがこの前書いた企画書のとおり。
まあ、三年生も帰ってくるっていうのはちょっと企画書と違うけど、良い知らせでしょ?
一日中練習してね。あと一か月もないから。
これは“懲罰”だから、手を抜いたら承知しないわよ!」
私たちはここまで来てようやく事態の全貌を把握する。
和先輩は、一芝居打ったのだ。私たちと、狸親父どもの両方に対して。
私たちは、この人の手のひらで踊らされたのだ。
「律、あのときはごめんなさい。私の挑発に乗ってくれてありがとう。
ここまで上手くいったのもあなたのおかげよ。
こうでもしないと検品業務からあなたたちを解放できなかったから」
「はは、全然褒められてる気がしないな…」
和先輩の礼に、あきれ顔でつぶやく律先輩。
そしていたずらっぽい笑みを浮かべながら、和先輩がみんなの顔を見て言う。
「ね、私の言ったとおり、
懐かしの部室で“懲罰”を受けられるなんて、最高でしょ?」
確かに、今の私たちにとって、これは最高の“懲罰”だ。
そして、私は律先輩の指示で必要書類を書いて、和先輩に提出する。
その後、ふと気付いて、上機嫌な律先輩に話し掛ける。
「律先輩、まずくないですか?」
「どうした書記。何がまずいんだ?」
「“納期後ティータイム”って新バンド名です。名前を変えること自体は心機一転ってことでいいんですけど…」
「なんでだよ。書類は通ったんだから問題ないだろ。実際、いまはもう放課後の活動じゃないんだし。
“納期”ってのが工廠の管理体制へのアテツケに聞こえるとか?細かいこと心配するなって」
怪訝な顔をして私の顔を覗き込む律先輩に、私は淡々と反論する。
「元検品室長らしい考えですけど、もっと単純な話です」
「単純な話ねぇ。一体どんな話?」
「あの、略称が……」
「……あ」
気まずそうな顔をする律先輩から、私は溜め息混じりに目をそらす。
「やっぱり全然意識してなかったんですね……」
「いっそのことさぁ、略称の後ろに何か付ける?“東日本”とか」
「絶対やめてください!」
[第13話 終]
最終更新:2010年09月22日 00:00