───全校決起大会・慰問大会後の後夜祭。
校庭の中央に焚かれた火を全校生徒が囲みながら、あちこちでグループを作り、談笑している。
もちろん、私たち軽音部もその中にいる。
「いやー……ひどい発表だったなぁ……」
律先輩が、パイプ椅子に腰を掛けて、義手義足を外してくつろいだまま、
配られた紅白まんじゅうを頬張ってつぶやく。
「そうですか?うまく合ってたと思いますよ?」
「おや、いつも手厳しい中野大先生が褒めてくださるとは珍しいね。
まあ、演奏そのものじゃなくってさ…」
すると、ほうじ茶を飲んでいた澪先輩が苦笑しながら割り込み、ムギ先輩が補う。
「律が本当に言いたいのはそういうことじゃないだろ?」
「会の趣旨として、選曲とか歌詞とかが平気だったのか、ってことでしょう?」
「でも、盛り上がったから大丈夫だよ。結果オーライだよ!
みんな号泣してたし、私の名MCのおかげだね!」
一見、相変わらず能天気に、唯先輩が両手首でまんじゅうを器用に挟んで、
両手が使えたとき同様に、皮をポロポロこぼしながら食べている。
澪先輩が不安そうに声のトーンを落として言う。
「でも、"Johnny I Hardly Knew Ye"だけでもまずいだろうに、イングリッシュ・シヴィル・ウォーまでやるのはなあ…
いっそオリジナル曲のほうがマシだったんじゃないか?とても決起大会とかに似合う内容じゃないよ…」
が、唯先輩が意地悪く突っこむと、
澪先輩はキャンプファイヤーに照らされた顔をさらに赤らめて赤面する。
「でも澪ちゃんが一番ノリノリで歌ってたよね?
"Johnny I Hardly Knew Ye"もメインだったし、ある意味主犯格だよぉ~」
「だ、だって、“赤信号みんなで壊せば怖くない”って律が…」
私はその矛先を律先輩に向けた。
「そうですよ!そもそもイングリッシュ・シヴィル・ウォーは
律先輩がやろうって急に言い出したんじゃないですか!
やってしまったことは仕方ないですけど、もはや軍歌と全然関係ないですし…」
「はは、だって和がさあ、“「懲罰」なんだからちゃんとやれ”って
カンペ出してたくらいなんだから、和が何とかしてくれるだろ。
メチャクチャきつかったよな!あの鬼畜…」
「誰が鬼畜眼鏡よ。ずいぶんな物言いね。すでに何とかしてあげたわよ。
ところで、お茶のお代わり持ってきたんだけど」
律先輩が恨み言を言っていると、背後から、聞き覚えのありすぎる声が聞こえる。
「ブフォッ!」「ムグっ!」
全員が茶やまんじゅうをむせ込む。澪先輩が驚愕して、声の発せられた方向に振り向く。
「和か!?聞いてたのか…」
「ま、まだ鬼畜までしか言ってないぞ私は!眼鏡なんて言ってないからな!」
うろたえている律先輩を尻目に、和先輩が溜め息まじりに言う。
「律、それ言い訳になってないから…。
この発表、私のクビひとつで済むなら安いもんでしょ?
あなたたちは“懲罰”をこなしただけなんだから、何の責任もないし、安心していいわ」
「え?和ちゃん、クビって…」
と唯先輩が状況を確かめようとすると、“元学事課長”はこともなげに、
「さっき、校長先生、じゃなくて教育局長に辞表出してきたの。
不適切な発表内容は私の懲罰房に対する監督不行届きです、って。
それにこの行事で、職権濫用しちゃった。
未承認の予備費とか電力とか、簿外の物資とか、だいぶ使っちゃったし。
講堂の季節はずれの冷房とか、キャンプファイヤーとか、このお茶とか、
おまんじゅうの砂糖や小豆や小麦粉も全部そうなのよ?」
と、隙間の空いた前歯を見せ微笑しながら言う。
全員の、まんじゅうを咀嚼する顎の動きが止まる。
律先輩は、思ったことをそのまま口にした。まんじゅうの皮の欠片がその口からこぼれる。
「…それ、すごいな」
「だって、“役に立つ人”って書いて“役人”よ。私はただみんなの役に立ちたかっただけ。
それに、元々こうするつもりだったから、問題ないわ」
和先輩はさも当然のことをしたように言うが、ムギ先輩が心配そうに眉を寄せる。
「でも、学事課長って、工廠の公職でしょう?
それを外れてしまったら、私たちみたいに、前線行きじゃ…」
「そうよ。でもこれで“徴兵逃れ”呼ばわりされなくて済むし、気は楽ね。
後輩と一緒なら張り合いもあるもの」
「ふふ。まあ、この上なく頼れる老兵であることは間違いないな」
澪先輩が、和先輩の言葉を聞いて仕方ないな、とでも言いたげに苦笑する。
「フフ、失礼しちゃうわね。一学年しか違わないのに老兵って。
じゃあ、私、他の人にもお茶のお代わり配ってくるから…」
達成感に満ちたすがすがしい笑みを浮かべ、和先輩は去っていった。
再び、全員がキャンプファイヤーに目線を移す。
唯先輩が、改めて目を輝かせながら言う。
キャンプファイヤーの灯に照らされる瞳は、いっそう輝きを増す。
「でも、“放課後ティータイム”が再結成できてホントによかったよね!」
「はは、今はその名前じゃないだろ。誰かさんが変えちゃったからな!」
光を失ったその目に新たに熱を宿しつつ、澪先輩が失笑して言うと、
私はその勢いを借りて、律先輩にあてこする。
「律先輩のせいで電話屋さんみたいな略称になっちゃいましたよ!どうするんですかこの名前!」
「気付かなかったんだって!実際、放課後じゃないんだからいいだろ…」
唇をとがらせながら恨めしそうに言い返す律先輩。
それを受けて、ムギ先輩が全員の顔を見回して提案する。
「フフ、じゃあ、戦争が終わって梓ちゃんが帰ってきたときに、名前を戻さない?
そのときには、放課後も、ティータイムも、復活しているはずよ!」
律先輩が、その提案に賛同してまた笑う。
「そうだな!そしてまた、それぞれの楽器を演奏しよーぜ!」
その言葉を聞いた澪先輩が、ムギ先輩の袖を引っ張って注意を促しながら言う。
「…戦士の心を喜びで満たすために、な」
澪先輩の意図を察したムギ先輩は、
「…そして私たちは、みんなきっと嬉しくなるわ」
と言って、唯先輩に耳打ちする。耳打ちを受けた唯先輩が私に向き直る。
「…あずにゃんが凱旋するときに!」
「………あっ!それ4番の後半の歌詞ですか?"When Johnny Comes Marching Home"の!」
そう言って微笑んで目を細めた私の目尻から、涙滴が一滴絞り出される。
律先輩が、一瞬きょとんとして、その後決まりの悪そうな苦笑を浮かべる。
「…実は全然意識してなかったんだけど、うまく拾ってつないでくれたなぁ。
英語なんか全然わかんなくってさ」
「フフ、律のことだから、そうだろうと思ったけどな。意味も分からず歌えないだろ。
ふと気付いたんだ。意訳だけどなかなか粋だろ。耳はいいんだぞ?」
「あら澪ちゃん、ちょっと前まですぐ見えない聞こえないとか言ってたのに」
「ムギちゃん意外と毒舌になったよね。少し変わった?」
「あらあらヒドいこと言わないで。唯ちゃんも変わったわよ。成長したわ!」
「いやぁそれほどでも~」
以前とは少し変わった先輩方が、以前と同じようにダベっている。
(こんな他愛のないふざけたやりとりも、当分見納めかぁ…)
そんな感傷を抱きながら、私は、まんじゅうを飲み込んだ。
甘い甘いあんこの味を、涙の塩気が、さらに甘く引き立てた。
────その後、冬の訪れとともに、私たち二年生は兵役に就いた。
──熊本県熊本市北部
そして、今や小隊の戦友となった級友たちとともに、
合志市を経て南に向かう軍用トラックの荷台に揺られながら、私は憂、純と語らう。
一瞬、鼻に焦げ臭さを感じて、幌の隙間から外を覗くと、
休耕田に大破した装甲車が、そのタイヤから黒煙をくすぶらせながら転がっている。
運転席にほど近い荷台の上座で、私たちの様子を眺めながら、
鉄鉢を被った元生徒会長が微笑を浮かべている。
「あー、こうして振動受けてるとお腹が減るよね」
「純はいつでも腹ペコだよね…」
「ふふ、『オツベルと象』みたいだね、純ちゃん」
「野戦なら食料調達は任せてよ!」
「純ちゃん、私たちは市内で市街戦みたいだよ。それに私たちは自然薯堀りが主任務じゃないよ…」
「そうだね。春先はフキノトウとかも採る自信あるよ。意外と街中にもたくさん生えてるし」
「純はたくましすぎるんだって!」
そう言って、私は苦笑した。
戦闘服の胸ポケットに、名刺大のカードが入っている。
先輩方から出征の際にもらったものだ。取り出して眺める。
"When AZUSA comes marching home again, Hurrah! Hurrah!
We'll give her a hearty welcome then, Hurrah! Hurrah!
YUI will cheer and RITSU will shout
MIO and TSUMUGI will all turn out
And we'll all feel gay
When AZUSA comes marching home! by HTT 改め NTT"
私は苦笑しながら、裏面も見る。
“あずにゃんぶんがたりなくてこっちがしにそうです! ゆい”
“やられる前にやってやるですの精神で敢闘せよ! by 律”
“恥ずかしい略称を直せるのは梓だけだ。絶対帰ってこい! MIO(代筆律)”
“■←ここをこするとバニラの香りがします。帰ったら本物を! 紬より”
何度見ても吹き出しそうになる寄せ書きを見て、カードをポケットに戻す。
「フフ…この人たちには、かなわないなあ」
先輩方は傷つきながらも、約束通り凱旋してくれた。
次は、私が約束通り凱旋する番だ。
そして、本格的に“放課後ティータイム”の活動を再開させるんだ。
(Come back、私!)
軍用トラックの荷台の上で、私は小さくガッツポーズをした。
───そして、
“梓は戦場へ行った”
┼ヽ -|r‐、. レ |
d⌒) ./| _ノ __ノ
制作・著作 ΝΗΚ
ラストは一応投げっぱなしではなく、示唆というか後日談というか的な何か。 ピンときてわかった人もいるかもしれないが、わからない場合は“最後の一行”を少し変えてググると吉。 ヒントはスレタイなど。
最終更新:2010年09月22日 00:05