気がつくと、目が熱かった。

唯「あれ……?」

 それに視界も霞むから、目を何度も何度も擦った。

唯「……なんで……」

 憂とはもうこれでおしまい。

今まで一緒にいたのも、一緒に笑ってきたのも、今日で終わり。

 これから憂は、わたしのところにはいられない。

わたしがいられなくしたんだ。

 それがどんなに辛いのか、まだまだわかってないのに辛かった。

唯「……うい……」

 泣いてなんかいなかったけれど、目を拭った服の袖は濡れていた。


──
────

 部屋の戸を閉め、ベッドに沈む。

憂「……」

お姉ちゃんは、わたしの言葉を遮った。

たぶん、なにを言うのか分かってたんだ。

 わたしはどんなにばかなことだったかも知れず、勢いのままに言おうとした。

 お姉ちゃんに抱くこの気持ちは、ずっと胸に秘めていたものだったけど、ただあの状況がいやでつい口から漏れた。

憂「ばかだな、わたし」

だからお姉ちゃんはそんなばかな自分を止めてくれたんだ。

 わたしのお姉ちゃんだもんね。わたしのことはお見通し。

こんな気持ちはだれにも言っちゃいけないんだ。

 お姉ちゃんにだって。

憂「……」

 明日、梓ちゃんからのお話。

聞きたくはなかったけれど、聞かなきゃいけないのは分かってた。



──朝。

いつも通りにご飯を作って、いつも通りにお姉ちゃんを起こしにいく。

 いつも通りにしなきゃ。

憂「お姉ちゃん、起きて」

 でもやっぱりできなくて、お姉ちゃんの体に触れなかった。

唯「うん……」

 いつもよりはやく帰ってきた返事は、わたしに出ていってと言っているようで、わたしはすぐに部屋を出る。

憂「じゃあ着替えてきてね」


 返事はない。

 毎朝のことだけれど、わたしにはそれがとても苦しかった。


憂「あ、おはよう……」

唯「おはよう……」

いつもなら待ってるのに、今日はもうご飯は済ませた。

 なんだか、お姉ちゃんに合わせる顔がなかったんだ。

 一足先に家を出た。

お姉ちゃんには、用事があると嘘をついて。

憂「……」

学校に行きたくなかった。

 お姉ちゃんと笑って、いっしょにいられればよかった。

なのに昨日あんなことをしてしまった。

 全部、わたしが悪いんだ。

憂「そうだよ……」

 こうなったのは、わたしのせい。

自分を責めて責めて、もう心が限界だったけど、これ以上迷惑かけたくないからなんとかこらえた。


 いつもふたりで通っていた道を、ひとりで歩く。

 けれども体は、倍より重い。

 足は、ただ意志もなく進んでいた。

「あっ憂おはよう」

 教室へ入ると、声をかけられた。

憂「あ、梓ちゃん。おはよう」

梓「う、うん」

 いつものように交わす返事だけれど、どこかぎこちない。

わたしはでも、なにも変わらず振る舞った。

梓「きょ、今日のこと……」

憂「うん、わかってるよ。放課後ね」

 梓ちゃんが緊張しているのがわかった。

梓「ありがとう!じゃ、じゃあね」

 そそくさとわたしから逃げるように梓ちゃんは去っていく。

一度も目は合わせなかった。

そのことに、なんだか罪悪感を感じ、後ろ姿を目で追った。

憂「……」

 わたしだって、割りきらなきゃ。

 授業は頭に入らなかった。

どうみても集中できていない梓ちゃんとか、なんだかよそよそしい純ちゃんも気になったけど、わたしの頭には何も入らない。

 お姉ちゃんのことも考えた。

今頃どうしてるかなとか、課題わすれてないかなとか、今のわたしはそれだけの余裕しかない。

どうすればいいのか分からないんだ。

 こういう時、いつも頼りにしてたのはお姉ちゃんだから。

だからどこにも頼れる当てがなくて、泣きそうにもなったけど、泣いたって誰も助けてはくれない。

 それに、これは自分で作った状況だ。自分でなんとかしなきゃだめ。

心を奮い立たせて気を保とうとするけれど、辛くて辛くて折れそうになる。

 お姉ちゃん。

 どれだけ大切だったのか、分かってなかったのかな。わたし。


そんなことを考えているうちも、時間はあっという間に過ぎて、放課後のチャイムが鳴り響く。

 次々と出ていくクラスメイトたちを横目に、空を見た。

憂「ちゃんと決めなきゃ」

 もうあとは、自分で責任をとらなきゃいけないよ。

 しばらくして、人気のなくなった教室に、ふたりだけ。

どこからともなく口を開いた。

憂「もう平気かな」

梓「う、うん」

声色が震えてる梓ちゃんを見ると、手も震えてた。

 そんなにならなくても、平気だよ。

梓「う、憂」

憂「はい」

梓「わ、わたし……」

 そうだよね、わたしがしっかりしなきゃ。

梓「えと……その」

 だから大丈夫、大丈夫だよ。梓ちゃん。

梓「憂のこと、好きなの!」

 そっか。

梓「だから、もしよかったら、つ、付き合って……ください」

 梓ちゃん、わたしのこと好きなんだ。

梓「あ、あの……?」

 うれしいな。そんなこと思われてるなんて。

憂「ありがとね、梓ちゃん」

梓「……い、いや」

憂「わたし……」

 こんなに幸せなのは、すごく久しぶりな気がする。

梓「……」

 ほら、梓ちゃんがわたしをの言葉を待ってる。

 わたしだって、いつまでもお姉ちゃんなんて言ってられないよ。

憂「……」

 今までありがとね、お姉ちゃん。

憂「わたしは……」

 ……大好きだったよ。


──
────

唯「ただいま」

 誰もいない部屋に呼びかける。

 いつもなら、あの子が迎えてくれる。でも、もういつもじゃないんだ。

部屋のカーテンは閉めきって暗いまま、ベッドに倒れ枕に顔を突っ込んだ。

唯「憂……」

返事もあるはずのない名前を呼ぶ。

 だめだよ、もうあずにゃんのところだもん。

唯「……うい……」

 呼んだって、来てくれるわけじゃないんだよ。

唯「うい……いや、やだよ……」

 ばかみたい。自分のせいでしょ。

唯「おねがい……もどって、きてよぉ……」

 悲しくて悲しくて、涙が止まらなかった。

 それでもわたしは、ずっとひとりのまま。


──
────

 夕焼けがオレンジに照らす道を、ふたりで歩いてた。

憂「ね、梓ちゃん」

梓「は、はい?」

 まるで機械のように動く梓ちゃんの横顔は、淡く染められてとってもきれい。

憂「手、繋いでいい?」

梓「えっ?え?」

 そんな初々しいところもまた新鮮で、わたしから手を取った。

梓「あっ……」

憂「えへへ」


梓「あ、ありがと……」

憂「んーん」

梓「……憂、わたしね」

憂「なあに?」


梓「……憂のこと……」



 そして、

 夕焼けがかなわないくらい、顔を真っ赤にした梓ちゃん。

 わたしの顔は、どうなってるかな。

 今握ってる手は、いつもとは違うけど、

 これからは、これがいつもの風景なんだ。

 それをわたしは、その手に想いを込めるよう、

 強く握って確かめた。


                                              おしまい。



最終更新:2010年09月24日 00:51