唯「何で私達は部室に来るの遅れたでしょーか?」

ただ、遅れただけじゃ無いらしい。
何か理由があって遅れたんだ……何で遅れたんだろう?

長く考えるけど全く分からない。
長考する私を見兼ねてか澪ちゃんはヒントをくれた。

澪「ヒントはムギだぞ!」

紬「わ、私?」

ますます分からなくなった……。
私がみんなをある理由で遅らせたの?

紬「分からないわ~」

唯「わかった!じゃあ少し待っててね!」

唯ちゃんは踵を返し部室から出て行った……っと思ったら帰って来た。

手にケーキを持っている。
それを天使のような笑顔で私の前に差し出した。

唯「はい!どーぞ!」

紬「え?……え?」

ケーキを見て私は戸惑った。
ケーキにはチョコレートで『ムギちゃんいつもありがとう』……そう書かれている。

唯「ムギちゃん何時も私達に色々してくれてありがとう!」

唯ちゃんに続いてみんな私にお礼を言った。

紬「………………」

律「ム、ムギ?」

ズルイ……ズルイわよ。
こんなの……卑怯よ。

紬「うぅ……ぐすっ……みんな……みんな……」

こんな事されたら泣いちゃうじゃない……。
みんな卑怯よ……。

紬「ありがとう……みんなありがとう……」

唯ちゃんは立っていられないぐらいに泣いている私の背中をさすってくれた。

紬「ひぐっ……ゆいちゃん……ゆいちゃん……」

唯「ムギちゃん……」

紬「ありがとう……みんな本当にありがとう……」

律「いやいや、これでもまだ足りないぐらいだよ」

澪「うん、私達はムギに何かされる事はあったけど何かする事は無かったからな……」

梓「ムギ先輩、本当にありがとうございます!」

私は立ち上がりケーキの上に置いてある苺を摘み上げた。
それを口の中に入れる。
噛んで潰すと甘酸っぱい風味が口いっぱいに広がった。

それから私はみんなが作ってくれたケーキを食べ続けた。

紬「美味しい……美味しいわ!」

太る?そんな事は気にもしなかった。

唯「ムギちゃんが持って来てくれたケーキも美味しいよ~」

紬「ふぅ~唯ちゃんありがとう!あ、このケーキ作るの凄く苦労したでしょう?本当にありがとう!」

律「まぁ……スポンジと生クリームはあらかじめ用意してあったけどそれでも難しかったなぁ~」

梓「唯先輩がムギ先輩にケーキを作ってあげようって提案したんですよ!」

紬「ゆ、唯ちゃんが?」

梓ちゃんが言った言葉に驚き思わず手が止まった。

唯「えへへ~」

唯ちゃんは照れ臭そうにはにかんだ笑顔を見せた。

再び泣きそうになったけど……なんとか涙をこらえた。

涙をこらえる事で精一杯だったからこの言葉しか唯ちゃんに言えなかった。

紬「唯ちゃんありがとうね」

唯「ううん。ムギちゃんもこのケーキありがとうね!」

苺ケーキを食べてから唯ちゃんは笑顔でそう言ってくれた。
そう、私はこの笑顔が見たかった。

ケーキをお腹いっぱいに食べた私は何だか満たされた気分に浸っていた。

でも、少し……いやかなり食べ過ぎたみたい。

気分が悪くなった。
だって、あまりにも美味しすぎるんだもん。

少しだけ休もうと思いソファーに座ると唯ちゃんが私を心配してくれて私の横に座ってくれた。

唯「ムギちゃん食べ過ぎだよぉ~」

紬「だって美味しいかったの食べ過ぎてしまうのは当たり前よ!」

きっと、みんなの行為が私を最高の気分にさせてくれたんだと思う。
この日の私は何時もより饒舌だった。

紬「本当に美味しかったわぁ~」

唯「もーう何回言うの~?流石に照れちゃうよ~」

律「そうだぞー」

梓「唯先輩が殆どケーキを作りましたからね!」

紬「そうなの?」

澪「さっき律がスポンジや生クリームがあらかじめ用意してあるって言っただろ?あれ、唯が一人で自分で作ったんだって」

紬「ゆ、唯ちゃんが?」

唯「うん!憂に手伝ってもらって何か無いよ!一人で作ったんだよ!」

紬「そうなの?唯ちゃん凄いわぁ~!」

唯「えへへ~ありがと~!」

隣で笑う唯ちゃんそれを見詰める私。
唯ちゃんにもっと近付きたい。

そう思った私は唯ちゃんの体に自分の体をピタリと寄せた。
気付か無いフリをしながら体を寄せた。

唯「でも、あずにゃんもケーキ作り上手だったよぉ~」

唯ちゃんは今、梓ちゃんと話していて私には気付いていない。

その頬が、喋る度にプルプル動くその頬が凄く可愛らしい。

私はずっと唯ちゃんの頬をずっーと見ていた。

柔らかそう。
きっとよく笑う人だから凄く柔らかいんだろうなぁ……。

唯「本当だってばぁ~憂に手伝ってもらってなんかいないよ~」

街灯の光に誘われる虫のように……私は唯ちゃんの頬に誘われていた。

律「あ……っ!」

無意識に……本当に無意識にだけど。
私のファーストキスは唯ちゃんの頬に奪われた。

唯「ム、ムギちゃん!?」

澪「ムギ……!」

梓「…………えへへ」

我に帰った私はすぐに唯ちゃんの頬から唇を離した。

紬「ご、ごめんなさい!」

唯「う、うん……えっとどうして私の頬にキスしたの!?」

紬「ご、ごめんなさい!つい……その…えっと」

律「ついってなんだぁー!」

紬「唯ちゃん本当にごめんなさい!」

唯「う、うん……ムギちゃんの唇柔らかいね!」

紬「そう……なの?」

唯「うんプニプニしてたよ!」

思わず自分の唇を触ってしまった。
プニプニしてるのかな?

律「あーびっくりした~いきなりムギが唯にキスするんだもん」

澪「本当にびっくりしたぞ!」

紬「ごめんなさい!」

再び謝る。今度はびっくりさせてしまったみんなに対してだ。

本当に突拍子の無い事をしてしまった……。
梓ちゃんは呆気に取られたのか何だかよく分からない表情をしている。

唯ちゃんを見る。
私と目が合い目線を逸らされてしまった。

あぁ……嫌われたのかなぁ?

律「あ、もうこんな時間か……そろそろ帰るかぁー!」

壁掛け時計を見ると時刻は5時を過ぎていた。

澪「そうだな。そろそろ帰るか」

唯ちゃんは私の側から離れてみんなの鞄をまとめて置いてある場所へと行った。

紬「…………」

やっぱりいけない事をしてしまったみたい。
唯ちゃんの顔には何だか元気が無くなっていた。

梓「ムギ先輩、頑張って下さいね」

いつの間にか梓ちゃんが私の横に来て、耳元でそう小さく呟いた。


唯「みんなまたねー!」

律「あぁ!またなー!」

澪「じゃあなー」

梓「頑張って下さいねー!」

私もみんなに手を振りさようならを告げる。
梓ちゃんは何を私に頑張って欲しいのかが分からないけど……。

唯「じゃあ……ムギちゃん行こっか」

紬「え、えぇ……」


紬「…………」

さっきの出来事のせいで会話が無い。
この沈黙がまるで重力のように私の体を押さえ付ける。

唯「ムギちゃん?」

紬「ど、どーちたの?」

緊張のせいか噛んでしまった。
けど、これが幸いしたのか唯ちゃんは笑い始めた。

唯「あはははは。どーちたのだって!ムギちゃん可愛いよ~」

噛んでよかった……そう思いながら唯ちゃんの顔を見る。

唯「ムギちゃん……なんで私の頬っぺたにキスしたの?」

言葉に詰まってしまった。
何て言おう?唯ちゃんの事が好きだからとは言えないし……。

唯「何で私の頬っぺたにキスしたか言えないの?」

コクリと頷く。

唯「ねぇムギちゃん空を見て綺麗だよ」

空を見る。
綺麗赤が混じり始めトンボが空を泳ぐように飛んでいる。

私の左の頬っぺたに柔らかい感触。
目だけを動かして左を見る。

唯ちゃんが爪先立ちをして私の頬に唇を寄せていた。

時が止まったように思えた程に長い時間私は唯ちゃんにキスをされていた。

唯ちゃん髪から匂うシャンプーの匂い。
目を閉じて唇を微かに尖らせている彼女の表情。

唯「……ふぅ」

唯ちゃんは私の頬から唇を離した。

紬「ゆ、唯ちゃんなんで!?」

唯「なんで私の頬にキスしたかって聞きたいんでしょ?ムギちゃんが好きだからだよ」

なんだ夢なのね。
でも、頬を摘まんでも夢から覚めない。

唯「夢じゃないよ!」

紬「夢じゃない……」

そう、夢じゃない。

紬「え?夢じゃないの?」

唯「うん……夢じゃないよ」

紬「夢じゃないなら……夢じゃないなら唯ちゃん……さっきの言葉をもう一度言って?」

唯「三回目は無いよ~私はムギちゃんの事が好き。友達としても人間としても恋の相手としても私はムギちゃんの事が好き!」

紬「…………わ、私も唯ちゃんの事が好き……大好きよ!」

私は唯ちゃんの体に抱き着いて強く抱きしめた。


同じ女の子がこうやって抱き合ってたらおかしいのかも知れない。

だけど、今はそんな事は考え無いようにしよう。

遠くに見えるトラックに乗っている運転手も道を歩いている子供も……みんな私達を見ていた。

だけど、今の私達にはそんな事は関係が無かった。

唯「ムギちゃん暖かいね……」

紬「唯ちゃんも暖かいわ……」

今は私の体に伝わる唯ちゃんの体温だけに集中していよう。

風が吹いて私達を優しく包む。
私と唯ちゃんはお互いに顔を近付けて軽いキスをした。

よく最初のキスは苺の味と言うけど本当にそうだった。

キスが終わり私達は同時に空を見上げた。

綺麗なぐらいの夕焼けを背景に二羽の鳥が優雅に空を飛んでいた。

唯「行こっか!」

紬「そうね!」

私達は夕焼けを背景に歩いき出す。

唯「ねぇ……」

紬「どうしたの?」

唯「ねぇでわかって?」

唯ちゃんは私の手に指を絡ませた。
二つの長い影が尾を引いて交わっている。その交わる二つの影はまるでハートの形をしているみたいだった。



END



最終更新:2010年09月27日 02:06