ここまで来るのに随分と遠回りをしてしまった。
でももう迷わない。私が澪を守る。
だって澪のことが、好きだから…。

律「澪、澪っ…!」

私の足は自然と速くなっていった。


澪の家に着いた。
呼び鈴を何度押しても何の反応もなかった。

家の玄関に手をかけると、鍵がかかっていなかった。
もちろんこのまま入ったら不法侵入だ。
でも今はそんなのどうだってよかった。
私は玄関のドアを開け、澪の家に入った。


もう薄暗いというのに、家のどこにも電気がついていなかった。

私は叫んだ。
律「澪!私だ、律だよ!!出てきてくれ!」

何の返事もない。
ここで引き下がるわけにはいかない。
たくさんのものを犠牲にしたんだ。
ここで私が前に進まなきゃ、何の意味もない。
何のために、ムギにあんな辛い思いさせたのかわからないじゃないか。
私は靴を脱ぎ、澪の部屋に向かった。


バタン

律「澪!澪ッ!!」

部屋はもっと薄暗かった。
しばらくして目が暗さに慣れる。

律「澪…?嘘だろ…?」

私は自分の目に映った光景を疑った。



澪は、首を吊っていたのだ。



律「澪!!!」

澪を縄から解放し、ベッドに下ろした。

律「澪!おい澪ッ!起きろって!!」

返事はなかった。
遅かった。何もかも。
私の想いは永遠に澪に届くことはなかった。
やっと、気づいたのに…。
やっと、わかったのに…。

小綺麗な澪の部屋。
部屋の机の上にはペンとノートのようなものがあった。
私はそれを手にとった。


律「これは…」

文化祭の劇でやるロミオとジュリエットの台本だ。
だいぶ読みこまれていて汚れや折り目がたくさんあった。
至る所にペンやマーカーがひかれていた。
ぱらぱらとめくっていると、あるページに目が止まった。
ロミオがジュリエットに愛を告げるシーンだ。
見ているだけで恥ずかしくなるようなセリフ。
その一帯にマーカーが引かれていた。
マーカーの横には目立つ色のペンで大きく文字が書いてあった。

『律のことを想いながら!』

涙が溢れた。
止まらなかった。
澪…。お前は、どれだけ私のことを…。


――――――
――――
―――
――

~回想~

澪『こ、こんなセリフを言うのか…?』

律『聞いてるこっちまで恥ずかしくなるぞ』

紬『何を言ってるの二人とも、そこがロミオとジュリエットの山場じゃない!』

唯『ねぇ、私にはセリフないの?!』

紬『んー、唯ちゃんにはちょっとないかな…』

唯『えーっ!!私も何かしゃべりたい!!』

律『木がしゃべる劇なんて嫌だろ…』

キャストも無事に(といっても多いに揉めたが)決まり、いよいよ練習が始まると言った頃。
渡された台本には見ているだけで耳まで熱くなるようなセリフが並べられていた。

最初の頃は恥ずかしくて口に出来たもんじゃなかったし、
澪が真剣にそんなセリフを口にしてるのがおかしくてたまらなかった。

しかし練習を重ねるごとにそんな恥ずかしさはなくなり、
お互い役にもハマるようになってきた。


紬『カット!』

紬『澪ちゃん、今のところすごくよかったわよ』

澪『そ、そうかな…。ありがとう』

紬『この調子ならいい劇が出来そうだわ』

唯『りっちゃんのジュリエットもかわいかったよ!』

律『う、うるさい//』

紬『あ、りっちゃん照れてる!』

唯『んもう、素直じゃないんだからぁ』すりすり

律『うわ!や、やめろって///』


【放課後】

唯『音楽室行こうよ!』

澪『そうだな、梓も待ってるだろうし』

紬『私は劇の演出と話をするから少し遅れていくわ』

律『あ。おーい、澪ー!台本忘れてるぞー!』

澪『?!』

律『にしても、よく読んでんだなぁー。ほら唯も見てみろよ。ボロボロだぜ』

澪『み、見るなぁぁぁ!!!』ばっ

律『お、おい!いきなり奪うことないだろ!』

澪『う、うるさいっ///勝手に見るなっ!』がんっ

律『あいてっ!』

澪『さ、さぁ。部室に行くぞ!』

律『何だってんだよ…』

澪『見られて…ないよな、あのページ…』ぼそっ

律『なーにぶつぶつ言ってんだよ』

澪『な、ななな何でもないっ///』

律『変なやつだな』


――
―――
――――
――――――

ふと、そんなことを思い出した。
あの時の『見られてないよな』って、このページのことだったのかな。

律「ばか…。澪の、ばか…」

それしか言えなかった。
馬鹿なのは私の方なのに。
なぁ澪。
もう一度「ばか律」って呼んでくれよ…。
そう言いながらさ、頭…叩いてくれよ…。



律「…よし」

台本を閉じた私は立ちあがった。
もう涙は出なかった。

そして私は戒めた。
勝手な生き方をしていた自分を。
いい格好ぶりしていた自分を。
これはそんな私に対する罰なんだと。

辛い思いばかりさせてごめんな。
せめて最期ぐらいは…
お前と同じように。

あっちで会えたら、ちゃんと想いを伝えるよ。
おんなじところに行けるかはわからないけどな…。

私は澪の髪を撫でた。
そして私は澪を吊るしていた縄に、自分の首をかけた。



ありがとう、澪。大好きだ。



澪「………」

ここは…どこだ?
私は、死んだのか…?

澪「うっ…げほっ、げほっ!」

喉が苦しい。
そうだ。私はあのあと家に帰って。
首を吊って死のうとして、それから…

澪「えっ?!」

私、生きてる…?

私は軽くパニック状態だった。
首を吊って死ぬつもりだったのに、
何で気絶してただけなんだ?
しかも、ベッドの上にいる…。
誰だ…?私を縄から解放したのは。


こつん

澪「いたっ」

頭に何かぶつかった。
天井を見上げる。
そこには私が吊られているはずの縄に別の誰かが吊られていた。

黄色いカチューシャ。
広いおでこ。
だらしのない制服。



律だった。


澪「え…。律…?」

澪「りつっ!!!!」

ようやく状況を理解した私は、急いで律を下ろした。
私のように気絶しているだけかも知れない。
そう思ったが、そんな淡い期待はすぐに打ち消された。
心臓が、止まっていたのだ。

澪「なんで…。どうして、私を助けたんだよ…」

澪「私のことなんか、放っておけっていったじゃないか…」

澪「ん…?」

足元に何かある。
私の劇の台本だった。
机の上に置いてあったはずなのにな…。
よく見るとペンがしおりとなって挟まってた。

私はそのページを開いた。
物語の山場、ロミオがジュリエットに愛を伝えるシーンだ。
色ペンで書かれた『律のことを想いながら!』の文字。
その下に、覚えのない言葉が書いてあった。

『澪、大好きだ。』


このくせのある字は、律の字だ。
ぐしゃぐしゃで、滲んでいた。
律、泣いてたんだな。お前は冗談でこんなことするような人間じゃないもんな。


だからこの言葉は、信じてもいいんだよな?


たった一言。それだけですべて伝わった。
律のことだ、そのたった一言を言うためにここまで来たんだろう?
なんだよ…。お前も私と同じくらい不器用じゃないか。
馬鹿だな…本当に。大馬鹿だよ。


私は律の顔を見た。
なんて安らかで、幸せそうな顔をしているんだろう。
人がこんなに悲しんでるってのにお前って奴は…。
呑気に劇の練習か?
まったく、しょうがない奴だな。
いいよ。付き合ってやる。
最後のクライマックスのシーンだな。

澪「あぁ、美しいジュリエット!なぜこんな姿に!」

澪「君を、一人で死神のところに行かせはしない!」

澪「この身が朽ち果てるとも…、二度…と君…を離しは…しな…い」ぽろぽろ

澪「おい、律…。次はお前のセリフだぞ…、なぁ…」

澪「起きてくれよ、律…。起きて、私に愛を告げてくれよ…」

澪「ジュリエットが先に死んだら、話がちがっちゃうないじゃないか…」

澪「なぁ、律…。りつぅ…」

今、私の腕の中で大好きな人が眠っている。
私の、大好きな人が。
ずっと片思いだと思ってた。
想いが届くことはないって思ってた。
けど、最後ににその人は私のことが好きだってわかった。
やっと想いが伝わった。
でもさ、律。やっぱり、納得いかないよ。
こんなのってないよ…。

澪「うっ、うぐっ…。うわあああああああ」

私は泣いた。
声が枯れるまで泣いた。


泣き尽くした私は妙に穏やかだった。

律、お前を一人になんかしないよ。
お前は私がいなきゃダメだからな。

私は部屋にあった裁ちばさみを手に取り、それを高く振りかざした。

そう、気高く最期を迎えたジュリエットのように。

そして私は、喉を突いた。



―――なぁ、律。
私たち、これからずっと一緒だよ。
もうすぐ律のとこに行くからさ、待っててくれよ。
会ったら真っ先にお前を叱らなきゃな。遅すぎだって。
私がどれだけ待ったと思ってるんだって。
めいっぱい叱ったあと、思いっきり抱きしめるんだ。
あ、劇の続きもしなきゃ。ジュリエットからまだ愛の言葉を聞いていないからな。
恥ずかしがる律の顔が目に浮かぶよ。
それから、そうだな…―――

意識が遠のいていく。

―――みーお!こっちこっち!―――

迎えに来たのか?せっかちだなぁ。
ふふっ、まぁ律らしいか。

―――なーに笑ってんだよ?―――

―――なぁ、りつ―――

―――ん?―――

―――…大好き―――



おわり



最終更新:2010年09月28日 23:44