律「なあ澪…最近わたしのこと、避けてないか?」
律と話せなくなってから数日、律はわたしに問いかけた。
澪「いや…別に、そんなことないよ。」
律「そんなことあるだろ。わたしなんかしたか?」
何もしてない。ただ…律はもう、わたしのモノじゃないんだよ。
澪「気のせいだよ。」
苦し紛れに言った。すると律はわたしを睨みつけた。
律「おい、ちょっと話あるから昼休み部室来い。」
あの雑誌は、折り目もそのまま開かれることはなかった。
あんなに楽しかった日々が、嘘のようだ。
何でこうなった?
やっぱり…澪に気持ちがバレた?
今までのこと全部、わたしが壊してしまったのか?
部室に呼びつけたはいいが、何から話していいのか。
もう・・・戻れないのか?
澪はまだ来ない。来ない気なのかな。
ドアノブに手を掛けた。
ドアの向こうに律がいる。何話せばいいんだろう。
この数日、たった数日なのにとても長く感じた。
わたしたちが一緒に過ごした時間よりも、ずっと長く。
何で好きになっちゃったんだろう。
何で…律を応援してやれないんだろう。
わたしが律を思う以前に、律は親友だっていうのに。
でも、ダメなんだよ…律。
わたし、好きなんだよ。律のこと。
ドアを開けると、ソファに座る律がこちらを見る。
ドアがゆっくり開く。澪だ。
澪は、初めて見るような顔をしてた。
とっても悲しい目。ごめんな…そんな顔させて。
もう多くは望まない。うまく、気持ち消すから。
ただ、親友に戻ろう。
律「呼び出して悪かった。まあ、ここ座れよ。」
澪「…わたしも遅くなってごめん。待ったか?」
律「いや、大丈夫。それより、話なんだけどさ…」
澪「…何だ?」
律「こっちが聞きたいよ。」
澪「わたしが律を…避けてたこと?」
律「そうだ。何で?わたし…なんか悪いことしたか?」
澪「してない。律は、悪くないよ。」
わたしの頬を涙が伝う。
涙は床に2滴、3滴と落ちて、小さなシミを作った。
律には好きな人がいること。
それに喜んで、笑ってあげなきゃいけないんだ。
そう思う度、涙は奥から奥から流れ出た。
律「じゃあ何で泣くんだよ…
ごめん、謝るから、だから泣かないでくれよ…」
やめてくれ。もうそんな悲しい顔しないでくれ。
澪が笑ってくれたら、それでよかったんだ。
なのにわたしは、困らせて。今までを台無しにした。
律「わたしが…好きな人が居る、なんて言ったからだよな…?」
それが澪を、泣くほどまでに追い詰めたんだ。
澪は何も言わず、頷く。
やっぱり。澪は苦しんだんだ。
わたしが澪を好きなこと。その事実。
それが澪を、自ら遠ざけた。
言葉を発そうとする。
でも声は出なかった。首を縦に振って、思いを告げる。
律「そっか、ごめんな。わたし…澪を泣かせるつもりなんてなかったんだ。」
何で律まで泣いてるんだ…?
律は悪くないよ。わたしがもっと、強くならなきゃいけないんだ。
今は一番近くに居たとしても、いつかは遠くから見守らなきゃ。
律「この前さ、唯に『りっちゃんに恋する乙女は似合わん』なんて言われちゃってさ…
あいつひどいよなー!でも…その通りなんだ。」
律は涙を溜めて、ただ笑う。そんなことないよ。
「好きな人が居る」
その事実をわたしに告げた律は、あんなにいい顔をしてたんだから。
だからわたしは、こんなに泣いてしまったんだ。
澪「わたしにもさ、『澪ちゃんほど片思いが似合う女子は他に居ない』だって…
律も聞いただろ。失礼じゃないか?唯のやつ…憂ちゃんに叱ってもらわなきゃな…」
今、ちゃんと笑えた?
もう律を困らせない、そんな笑顔だった?
これでもう、終わりにしよう。
わたし、ちゃんと律を応援するよ。
もし律が好きな人と付き合えたら、「律をよろしく」ってちゃんと言うよ。
だから…
澪「片思い、やめるよ。いくら似合ってても。」
澪はめいっぱい笑って言った。
そうか、澪も好きな人いるんだな。
でも…その言葉の意味はわからなかった。
律「?いや…何でやめんだよ、やめるのはわたしの、似合わない恋する乙女だ。」
わたしもめいっぱい笑った。
そこからだ、話が噛み合わなくなったのは。
澪「え?何でやめんだよ。」
思わず律と同じセリフを発していた。
澪「律は頑張れよ、わたしが諦めるから。」
律「何でそうなるんだよ、大体何を?わたしが諦めれば済むことだろ?」
澪「律が諦めたら、わたしが泣いた意味ないだろ?」
律
「は?何?ごめん、何の話?」
ん?ちょっと話がわからなくなってきた…。
律「待て、話を整理しよう。」
どこからだ、話がこんがらがり出したのは…。
律「まずさ、何で澪はわたしを避け始めたんだ?」
澪「そりゃあ…律に好きな人がいるから…。」
律「泣かない。で、だからわたしを避けたんだろ?」
澪「そうだよ?今言ったぞ?」
律「じゃあ何で、わたしが諦めたら意味ないの?」
澪「だって…ここは身を引けば…。」
律「澪ひく?」
澪「違う、わたしが、『身』を引くんだ。」
律「何から澪は身を引くんだよ。」
澪「ごめん、今わたしの名前呼ぶとややこしい。」
律「秋山さん、何から身を引くんだ?」
澪「律からだろ?」
律「いや、わたしが身を引くんだよ、秋山さん。」
澪「えっ?」
律「えっ?」
澪「あのさ…律の好きな人って…誰?」
律「もう言わせるなよ~。これだけ泣いたのに恥ずかしいだろ。」
澪「いいから言え!誰だ!わたしの知ってる奴か!?」
律「知ってるも何も…本人じゃん。」
澪「えっ?えっ?」
律「
秋山澪だよ!わたしの好きな、でも身を引いた人。」
澪「はあああああ?」
律「何でキレんだよ今更。」
澪「違う、待って、頭おかしくなりそ…」
律「諦めさせて、そのくせまた言わせて、何故かキレて。相変わらずひどい女だな!」
澪「違う!違う!わたしも律が好きだよ!」
律「へっ?」
澪「えっ?」
律「えっ?」
「どういうこと…?」
二人で問題を整理した。
「澪はわたしが澪を好きだって気付いて、引いたんだよな?」
「違う、わたしは律に好きな人がいるって言われて…落ち込んだ。」
「だから避けた?」
「そう、思い出なんていらない、とか言っちゃった。」
「え?何それ?」
「いやこれは今考えてる歌詞で…」
「歌詞の話、後にしてくんね?」
「ごめん…。」
「で、話の続き。」
「好きな人がいる律を、独り占めしちゃいけないって思った。」
「ほう。」
「そう思うと、うまく話せなくて…なあ恥ずかしいよ。律は?」
「わたしは…澪に彼氏が居ないって聞いて…まだ独り占め出来るって思った。」
「ほう。」
「で、いつか彼氏が出来るまでに、いっぱい思い出作ろうと思って、誘った。」
「それって…」
「「うちら両思いってこと?」」
思わず重なる声。
相当大きな声だったから、誰かに聞かれたかも。
でもこの際…もうどうでもいい…。
ポジティブ過ぎるわたし。
ネガティブすぎる澪。
同じ思いでいた二人。なのに捉え方が違い過ぎて、無駄にいくつもすれ違いあってた。
そして無駄に疲れた。
とりあえず…何だ?どうすりゃいい?
「とりあえず、顔洗って教室戻ろうか。秋山さん、ひどい顔だぞ。」
「澪って…呼んでくれよ…。」
唯とムギがこっちを見る。
二人とも赤い目して何してたの?と聞かれる。
説明する気力もない…いや、説明しちゃまずいだろ。
律が適当にごまかした。
アイツはそういうことが、昔からうまい。
そして他の二人は、基本的に「疑う」ということを知らない。
授業中、澪を見ると、珍しくウトウトしていた。
きっと泣いたことで、疲れて目がジンジンするんだろう。
「澪の分、ノートとっておくか…」
わたしは珍しく、ほぼ白に近いノートをめくり、せっせと黒板を写した。
そして、いつも通りの部活をした。
昼休み、わたしたちがたくさん泣いて、たくさん混乱して、気持ちを確かめ合った場所だ。
ちゃんと新曲の練習もしたのに、リズム隊はグダグダだった。
梓「律先輩も澪先輩も…どうしたんですか。」
梓、ごめん先輩お答え出来ません。
部活が終わり、澪と二人きりになった。
澪「すっかり、夕方だな。」
律「だな。今日は何かすぐ寝れそうだ…。」
澪「わたしも…。」
律「でも、嬉しかったよ。」
澪「それも、わたしも…。」
澪が腫らした目で、笑った。
律「ははっ、ひどい顔ですよ秋山さん。」
澪「うるさい。で、澪って呼んでくれ。」
律「はいはい、みーおーちゃん。」
澪「でさ…部のみんなには、話すのか?」
律「澪、やだろ?」
澪「あ…うん、出来れば黙ってたい。」
律「仕方ないか~。」
澪「ごめん…。」
律「でもその代わり…次の日曜、遊んで?二人きりで。」
澪「うん、楽しみにしてる。」
大好きなこの時間。
オレンジ色の空、夕日に照らされる律。
澪「わたし、この時間好きなんだ。」
律「でも日が落ちるの早くなっちゃったな。もう時期暗くなる。」
澪「暗くなったらさ…見えないと思うんだ。
律「?うん。」
澪「手、繋いでもいいか…?」
律「もっちろん。」
家を通り過ぎて、わけもなく歩き続けた。
辺りが暗くなった途端、律が黙って手を差し伸べてくれた。
律が腕をブンブン振り回すから、何度か手が離れたしまった。
でもその度、次は離れないように強く、握りなおした。
約束の日曜。
律は折り目だらけの雑誌を片手に、
「次の約束、その次の約束…」とたくさん丸を付けた。
でも、約束なんていらないよ。
わたしたちには、必要ない。
新しく書いた歌詞も完成した。
いつも通り、律に見せた。
律「澪…『思い出なんていらないよ』ってあの時の…。」
澪「まあまあ、その後読んで。」
だって“今”強く、深く愛してるから
終わり。
最終更新:2010年09月29日 01:03