私の声に似た声が聞こえてきたのと、トラックに跳ねられる瞬間を想像して私が目を閉じたのはほとんど同時でした。
梓(ああ、死ぬのかあ……あはは、結局痩せられなかったなあ)
私は死を覚悟しました。
梓「…………?」
しかし、いつまでも来るはずの衝撃が来ないのです。
うっすらと目を開けるとすごい横にだけ巨大な背中がありました。
梓「……へ?」
「だ、い、じょうぶう゛う゛!?」
梓「誰ですか?」
「わ、たしだよ」
巨大な背中が振り向きました。
それはあのデブ声優でした。
「デブも以外と役に立つでしょ?」
私は未だに上手く回転しない頭で考えました。
どうやらこの女の人が軽トラを止めたみたいです。自力で。
「ふぅー」
梓「ほぇ?トラックが止まった?」
「そう、私が止めたんだよ。ほら覚えてない?最後に会ったときの会話」
私の脳みそは未だ活動を開始していないのに、なぜか彼女が言った言葉を思い出しました。
『この前トラックにはねられたんだけど、逆にトラックがふっとんでたよ、あはは』
どうやらあれは嘘でも冗談でもなかったらしいです。
「ね?デブも悪くないでしょ?」
梓「……はあ」
「それにそんなにやつれてると男にモテないよ?」
梓「そうですか……バタンキュー」
「ええー!?ちょっとしっかりして!誰か救急車!!」
私の意識はそこで途切れました。
梓「……ん」
唯「あ、あずにゃんが目を覚ました」
梓「あ、あれ……ここどこ?」
律「市民病院だよ。学校に一番近い」
梓「……へ?」
澪「覚えてないのか?梓、お前道路で倒れてたんだぞ」
梓「……はぁ」
律「おいおい大丈夫か?なんかえらいポケーってしてるけど」
梓「……点滴されてる」
純「栄養がずいぶん足りなかったみたいだよ」
梓「純……」
憂「私もいるよ」
純「憂……」
梓「ムギ先輩は……?」
唯「あずにゃんのために飲み物買ってくるって」
梓「…………」
憂「梓ちゃん?」
梓「……っんなさい」
律「え?」
梓「……ごめんなさいっ」
澪「ど、どうしたんだよ梓、突然泣き出して」
梓「……ぐすっ……ごめんなさい……私のせいで……みんなに迷惑かけて」
純「梓……」
梓「私、どうしても、どうしても痩せたくて……だから……」
律(そこまで思いつめていたとは……)
梓「もうこんなことにはならないよう……きちんとこれからは、ご飯食べます……」
唯「そうだよ、あずにゃん。ご飯はしっかり食べなきゃ大きくなれないよ」
律「まあすでに横になら、あだっ!」
澪「空気を読め」
純「そうそう、食べすぎもよくないけど食べなさすぎもダメだよ」
梓「……ぅんっ……」
憂「また一緒にお昼食べようね、梓ちゃん」
梓「うんっ!」
みなさんに私は何度も頭を下げた。
みなさんは笑ってくれた。また一緒にご飯食べよう、お茶しようって言ってくれた。
そして……
紬「よかった梓ちゃん……!」
みんなが帰ったあたりにムギ先輩が私の病室に入ってきた。
紬「もう……梓ちゃんったら……」
梓「ご、ごめんなさい。心配かけて」
紬「ううん。梓ちゃんだけじゃないわ。悪いのは。私も謝らなきゃいけない」
梓「そ、そんなことないですよ。ムギ先輩はなにも……」
紬「いいえ、私も梓ちゃんに色々ひどいことを言ったし、辛いことを強要した」
紬「だから、私も謝らせて」
紬「ごめんなさい」ペコリ
梓「私もごめんなさい」ペコリ
紬「それじゃあお互い様ということでね、仲直りに握手」
梓「……はい」ギュッ
紬「ひとつ気になってたんだけど梓ちゃんを轢きかけたトラックの運転手さんが変なことを言ってたの」
梓「変なこと?」
紬「うん。俺のトラックが止められた。馬鹿なみたいなことを言っていたの」
梓「……」
梓(そういえば私が轢かれかけたときあの人が止めてくれたんだよね、トラックを)
紬「梓ちゃん?」
梓「えと……まあ世の中には恰幅のいい素敵な声優さんがいるんです」
紬「どういうこと」
梓「そういうことです」
梓「その、ムギ先輩……また私のダイエットにつきあってもらってもいいですか?」
紬「うーん……」
梓「ダメ?」
紬「喜んで引き受けるわ。ただし、無理しないって約束してくれるなら」
梓「今度は無理しません。約束します」
紬「ふふ、じゃあ指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ーます、からね」
梓「覚悟しておきます」
紬「じゃあ、せーの」
梓紬「指切った!」
まあそんなこんなで、私は再びダイエットを始めました。
退院するさいにお医者さんに色々口酸っぱく言われました。
親にもたくさんたくさん、叱られました。お母さんは私を泣きながら叱ってくれました。
普段はあまり説教めいたことを言わないお父さんも、珍しく私を一時間近く説教しました。
ちなみに今現在の体重は[ピー]です。
上がったり下がったりしつつ、緩やかに下がってきました。
しかし、最近は本当に筋肉がついてきて、足あげ腹筋も二分できるようになりました。
ちなみに拒食症になりかけていた私ですが、あの事件以来、ご飯はしっかり食べています。
体重計に乗って現実逃避したくなることはありますが、決して吐いたりはしていません。
ご飯は全部平らげています。
ちなみに私を助けてくださった声優さんはなぜかすっかり痩せていました。
むむ……いったいどんな魔法を使ったのでしょう?
まあ私は普通に高校生らしく普通の高校生として普通のダイエット方でムギ先輩のもとで、痩せるつもりです。
まああとりあえずあの命の恩人である声優さんには感謝してもしきれません。
そして。
本日も放課後のティータイムです。
紬「今日のケーキもおいしいはずだからみんな食べてね」
唯「ほほう。たしかにどれもうまそう……ジュルリ」
律「唯、よだれ垂れてるぞ」
澪「さて、みんなはどれにする?」
唯「たまにはあずにゃんが先に選びなよ」
梓「え?いいんですか?」
律「まあたまにはな」
え?なんでダイエット中のお前がケーキを食べているのかって?
簡単です。私も軽音部の一員だからですよ。それにみなさんといる時間は楽しいし。
まあ、ケーキを食べたいだけなのかもしれないと思わなくもないけど。
まあとにかくこの時間をじっくりたっぷり堪能しよう。
紬「梓ちゃんどれにする?」
梓「じゃあ私は……これでおねがいします!」
おわり!
最終更新:2010年09月30日 02:37