梓(何だかとても、神秘的……)

何分経っただろう。

純「あーずさっ!」

梓「うひゃうっ!」

梓「な、何だ純か。びっくりさせないでよ」

純「いや、何度呼んでも反応なかったんだ」

梓「え? 何度も呼んだ?」

梓「うん。とりつかれたように見入ってたよ」

梓「そ、そう……」

純「でもまあ、梓が目を引かれるのも無理はないかもね」

梓「でしょ? こんなに綺麗なんだよ」

純「うん。クラゲって思ったより綺麗だね」

梓「うん――」

純「何かの本で読んだんだけどさ。ベニクラゲって死なないらしいよ」

梓「へえ、そんなクラゲいるんだ」

純「うん。死ねないクラゲなんだって」

梓「死ねない、か」

純「可愛そうだよね。死にたくても死ねないなんて」

梓「かもね」

純「――ねえ、もし私が死んだらさ、泣いてくれる?」

梓「何? いきなり」

純「何となく、感傷的になったんだよ」

梓「そういうのは感傷的って言うの?」

純「私の中では言うよ。それで、梓は泣いてくれる? 私が死んだら」

梓「純が死んだってわかったら、私は泣くでしょうね。だから誰にも知られずに死んでね、そのときは」

純「そんな死に方あるの?」

梓「死なないでって言ってるんだよ」

純「……そっか」

梓「それにしても、クラゲって見ていても飽きないね」

純「だね」

梓「ねえ、純」

純「ん?」

梓「今回のライブ、成功させようね」

純「うん」

梓「怒涛の拍手もらえるようなさ、演奏しようよ」

純「うん」

梓「ずーっと記憶に残るようなさ、そんなライブにしようね」

純「うん」

梓「ライブ終わったらさ、最高だったねーって笑えるようにさ」

純「うん――絶対」

梓「私、嬉しくて泣くかもしれないけど、その時はよろしくね」

純「そのときは、梓の涙拭いてあげるよ」

梓「純も泣いてるんじゃない?」

純「かもね」

憂「あ、ここにいたんだ。梓ちゃんたち」

梓「憂。もう見終わったの?」

憂「うん。あ、クラゲ?」

梓「うん。クラゲ」

憂「綺麗だね、宝石みたいに輝いて」

梓「でしょ」

憂「ああ、何かロマンティック」

梓「わかる、現実味がなくなるよね」

憂「うん」

三人はクラゲの水槽を見やる。

一緒に仲良く並びながら。



月曜日

梓「来週だよね、学園祭」

純「うん。もう時間もないし、頑張って練習しよう!」

憂「だね! 頑張るぞー!」

純憂梓「おー!」

ジャズ研部員(やかましいなぁ……)


火曜日

純「昨日は全部出来なかったね」

梓「うん。だから今日は通してやってみようか」

憂「それがいいね」

純「よーっし、1、2、1、2、3、4!」


水曜日

梓「あー、日に日に胃が痛くなるなぁ」

憂「緊張しちゃうね、どうも」

純「不安だよね、いくら練習しても」

憂「うん。成功させたいね」

梓「だね。今日も練習頑張ろう!」


木曜日

憂「あとすこし!」

梓「ああー! どきどきする!」

純「もう、勉強なんか手につかないよー」

梓「うん。受験生なのにね」

純「ま、学園祭終わったら頑張ればいいよ! それまでは目下、ライブのことだけ考えよう!」

憂「うん!」


金曜日

梓「いよいよ来週だね」

憂「うん。私達がやれることはやったし、――成功するよ」

純「うん。絶対ね」

梓「じゃあ、今日は最後の確認程度に練習しよっか」

憂「だね。変に根詰めて、体調崩してもなんだしね」


そして――文化祭当日

舞台裏

純(どうしよう……かなり緊張してる)

純(心臓もバクバクしてるし、手もかなり汗かいてる)

純「憂、緊張するね」

憂「うん、かなり」

純「いやー、トチらないか心配だよ」

憂「だよね」

梓「な、なーに辛気く、臭い顔してるの」

純「梓は平気なの?」

梓「も、もちろガッ ……舌噛んだ」

純「やっぱ緊張してるのね」

梓「……うん。そりゃあね」

純「緊張しない方がおかしいよね」

梓「でも、純たちがいるから、すこし心強いかな」

純「え?」

梓「すこしだけどね。すこし」

純「……正直じゃないなあ。かなりって言えばいいのに」

梓「個人の感覚よ」

純「確かに」


アナウンス『それでは、昼時ランチタイムの……』

純「始まるね」

梓「いよいよだね」

憂「絶対、成功させようね」

純梓「――うん」

そして、舞台の幕が開いた。

幾百の視線は、総てステージにいる三人に向けられていた。

期待と好奇の入り混じった視線を、三人は感じていた。

憂「あ、皆さん、こんにちわー!」

憂がMCを始める。

憂「えーと、私達は……」

憂のMCが、体育館にいる全員の耳に響く。

衆人環視に晒されながらも、憂の声は震えることなく轟く。

そして、憂のMCが終わると同時、体育館内の静寂が強まり――。

憂「それじゃあ聞いてください! 『U&I』!!」

――演奏が始まった。

その激しい旋律は、或いは聖歌の様でもあった。


”君がいないと何も出来ないよ
 君のご飯が食べたいよ

 もし君が帰ってきたら

 とびっきりの笑顔で
       抱き着くよ”  

客席が沸き立つ。

梓のギターが激しさを増す。

”君がいないと謝れないよ
 君の声が聞きたいよ
 君の笑顔が見れれば

 それだけでいいんだよ

 君がそばにいるだけで
 いつも勇気もらってた
 いつまででも
 一緒にいたい
 この気持ちを伝えたいよ ”

歓喜と驚喜と声援が、客席から聞こえる。

スポットライトを浴びた三人の演奏は続く。

”晴れの日にも雨の日も
 きみはそばにいてくれた

 目を閉じれば
 君の笑顔
 輝いてる

 君がいないと何もわからないよ
 砂糖と醤油はどこだっけ
 もし君が帰ってきたら
 びっくりさせようと思ったのにな”

天上の天歌のような歌声が、その滑らかな韻律が、体育館にいる人々の心を奪う。


歌詞は続く。

客席にいるしべ手の人が圧倒され、感動に震える。

優雅なメロディが、人の魂を飲み込む。

高揚が伝わってくる。

興奮が伝わってくる。

              ” 思いよ

               届け    ”

憂「ありがとう――っ!!!」

憂の科白が終わった瞬間

体育館を吹き飛ばすほどの拍手の豪雨が、三人に浴びせられた。

少しばかり眩しいスポットライトの中で、

憂達は静かな達成感をおぼえていた。
                               and more…




エピローグ       祭りの後に

憂「学園祭、終わっちゃったね」

三人はジャズ研部室にいた。

三人以外誰もいないそこは、いやに静かだった。

純「うん。終わっちゃった……」

梓「……虚無感がひどいね」

純「心にぽっかり穴が開いたみたい」

梓「陳腐な表現だね」

純「でも、本当にそんな感じ」

純「好きなドラマが終わっちゃったときよりも寂しい感じ」

憂「……これで、最後だもんね」

梓「……うん」

純「泣いても笑っても、最後、か」

梓「……おかしいな、泣きそうだよ」

純「もう泣いてるじゃん。梓」

梓「そういう純こそ、泣いてるよ?」

純「え? 本当?」

純は目元をぬぐう。

純「本当だ……泣いてる」

憂「あはは、純ちゃん泣き虫だな~」

純「……憂もね」

三人全員の声は、震えていた。

梓「――成功したよね? ライブ」

純「うん。した」

憂「大成功だよ」

梓「楽しかったよね? ライブ」

憂「うん」

純「楽しかったね」

梓「また……出来るかな?」

純「…………」

憂「…………」

純「……出来るよ、きっと」

梓「いつ?」

純「大学行ったらさ、また、皆で出来るよ」

梓「その時は――」

純「もちろん、唯先輩達と一緒にさ」

梓「……よかった」

純「ねえ。笑おうよ」

梓「え?」

純「だって、泣いてばっかじゃつまらないよ。笑おう」

梓「……うん」

憂「そうだね」

純「ほら、皆もっとスマイルスマイル!」

梓「こう、かな?」

純「そうそう、いい笑顔!」

梓「私、ちゃんと笑えてる?」

純「うん。あ、でも待ってね」

梓「え?」

梓がきょとんとしていると、純がハンカチを取出して、梓の目をこしこしと拭いた。

純「笑顔に涙は似合わないよ」

梓「そう、だね」

純「ほら、憂も笑って!」

憂「う、うん」

純「――うん。やっぱ皆、笑顔の方がいいよ!」

梓「笑顔浮かべてると、何だか自然に楽しくなってくるね」

純「うん。楽しくなってくるんじゃなくて、楽しいんだよ」

梓「だね」

純「ねえ、皆。打ち上げ行かない?」

梓「え?」

純「今日のライブの打ち上げ。ね?」


憂「いいね。カラオケにする?」

純「うん。食べて飲んで歌って、遊ぼうよ!!」

梓「そうしよっか」

純「決まりね! じゃあ、行こう!」

憂梓「うん!」

いつかまた、ライブを三人で出来るよう、今日という日を忘れないでおこう。

口には出さずとも、誰もがそう思っていた。
                                            fin



最終更新:2010年10月02日 20:57