唯「あずにゃん、新しいクラスはどう?」

梓「どう、って何がですか」

唯「ハブられたりしてない?」

梓「どうしてそういう発想に至ったんですか」

唯「なんとなく」

梓「ないですよ」

唯「え~?『あずにゃんって付き合い悪いよね~』とか言われてない?」

梓「そもそもあずにゃんと呼ぶ人がいません」

唯「そっかぁ。あずにゃんってあだ名、定着してないんだぁ。もっと広めなきゃねぇ」

梓「やめてください」

唯「どうしてぇ」

梓「私をあずにゃんと呼んでいいのは唯先輩だけだからです」

唯「えっ?」

梓「嘘です。何ときめいてるんですか」

唯「やだなぁ。そんなのわかってるよ」

梓「そうですよね」

唯「憂と純ちゃんはどう?」

梓「憂はみんなから頼られてます。純はようやくみんなに名前を覚えてもらえたみたいです」

唯「そうなんだ」

梓「はい」

唯「一年間憂のことをよろしくね」

梓「任せてください」

唯「学校が見えてきたね」

梓「はい」

唯「ごめんね、あずにゃん」

梓「はい?」

唯「新入部員のこと」

梓「今さらですね」

唯「来年はあずにゃん一人ぼっちだよ」

梓「舐めないでください」

唯「え?」

梓「私は唯先輩とは違うんです。一人でも部員集めくらい簡単にやれます」

唯「そ、そうなんだ」

梓「そうなんです。
  律先輩以上の部長になりますし、ムギ先輩が入れるよりおいしいお茶で新入部員をもてなしますし、
  澪先輩以上の巨乳になります」

唯「そ、そうなんだ」

梓「すみません。最後のはツッコんでもらいたかったです」

唯「ごめん」

梓「いいです。先行きます」

唯「あ、待ってよ、あずにゃぁ~ん」






唯「あずにゃんや」

梓「はぁ」

唯「どうしたの溜息なんかついて」

梓「もう夏も終わりだなぁって」

唯「今年の夏はつまらなかった?」

梓「いえ、楽しかったからこそ名残惜しくて」

唯「私は今年ほど疲れた夏はないよ」

梓「受験生なんですからしょうがないですよ」

唯「もっとあずにゃんと一緒にいたかったよ」

梓「口説き文句のレパートリー増やしたらどうです?」

唯「本音だよ~」

梓「もういいですから。それよりこれ、お土産です」

唯「どうしたのこれ?」

梓「家族で旅行に行ったとき買ったんです。よかったらどうぞ」

唯「どうして沢庵?」

梓「唯先輩が好きなんじゃないかと思いまして」

唯「うん、好きだけど。うん、ありがとう」

梓「喜んでもらえてよかった」

唯「でもよかった」

梓「何がです?」

唯「思ったより寂しがってないみたいだから。憂と純ちゃんに感謝しなくちゃ」

梓「そうですね」

唯「私もプール行きたかったなぁ」

梓「来年まで我慢してください」

唯「来年はあずにゃんが受験生だよ」

梓「私も行くこと前提ですか」

唯「憂や純ちゃんも一緒にね」

梓「再来年まで我慢してください」

唯「どうせだからこれから二人で行かない?」

梓「ギターの練習しようって言い出したの唯先輩ですよ」

唯「今エネルギー不足で」

梓「沢庵食べたらどうです」

唯「ご飯ちょうだい」

梓「アイス持ってきますね」

唯「ごちそうさまでした」

梓「さぁ練習しますよ」

唯「うん、いいよ」

梓「やけに物わかりいいですね」

唯「だって考えてみたらあずにゃんに練習、練習言われる夏も今年で最後だからね」

梓「最後?」

唯「だって来年私はだいがk」

梓「最後?」

唯「どうしたの?」

梓「そう思いたいなら勝手にそう思っていてください」






唯「あずにゃんや」

梓「そこ、私まだ習ってないからわからないです」

唯「勉強のことじゃないよ」

梓「じゃあ何ですか」

唯「今どこ行きたい?」

梓「は?」

唯「いや~、大学生になったら車の免許取って好きなところに遊びに行きたいなぁって」

梓「そこの訳は『彼女は綺麗な飾り棚の中にモエ・エ・シャンドンを忍ばせている』です」

唯「ごめんごめん」

梓「まずは受からなきゃ免許どころじゃないでしょ」

唯「でも未来に思いを馳せながら勉強した方がはかどると思うんだぁ」

梓「そんな余裕ないでしょ」

唯「浪人したら一緒に勉強してくれる?」

梓「お断りです」

唯「ひどいね」

梓「ようやく進路決定したんですからそろそろ本腰入れてください」

唯「あぁ~。こんな紙きれで私の何がわかるんだぁ」

梓「世知辛いですね」

唯「せめてムギちゃんのお茶とお菓子があればもう少しはかどるのに」

梓「課外授業でしたっけ。澪先輩と律先輩も」

唯「うん」

梓「なんで唯先輩は受けてないんですか」

唯「だって私には難しすぎるんだもん」

梓「3人と同じ大学に行くんですよね?」

唯「ねぇ、あずにゃん」

梓「フィンランドに行きたいですね」

唯「車じゃ行けないよぉ」

梓「そうなんですか。じゃあ私ギターの練習しますね」

唯「わかったよ。ちゃんと勉強します」

梓「その意気です。わからないことがあったら聞いてください」

唯「はーい。……ふーんふんふんふーんふんふーんふんふんふーんふん」

梓「今日の練習はこれまでです」

唯「え、もう終わり?」

梓「はい。でも部室に残って宿題を片付けようと思います」

唯「そっかぁ」

梓「はい」

唯「わからない所があったら聞いてね」

梓「はい」

唯「……私もう帰るよ」

梓「まだ早いですよ」

唯「うん、だからあずにゃんはここに残るといいよ。私、家の方が集中できるから」

梓「帰るんですか」

唯「うん」

梓「じゃあしょうがないですね。私も帰ります」

唯「あずにゃん、ギター弾けないって辛くない?」

梓「唯先輩もそうでしょう」

唯「残りなさい。そのうちさわちゃんが来ると思うからギター教えてもらいなよ」

梓「ケーキがないから来ませんよ」

唯「いいから残りなさい」

梓「わかりましたよ。今日はお疲れ様でした」

唯「うん、おつかれ。じゃあねあずにゃん。また明日」

梓「……待ってください」

唯「何?」

梓「おみやげ、持って帰ってください」

唯「また旅行に行ったの?」

梓「違いますよ。はい、これ」

唯「なに、これ?」

梓「誕生日、おめでとうございます」






唯「あずにゃんや」

梓「ふぅ」

唯「どうしたの」

梓「ホッとしてるんです」

唯「私たちがみんな合格したこと?」

梓「唯先輩以外は心配なかったんですけどね」

唯「りっちゃんだって危なかったよ」

梓「唯先輩よりはましでしょう」

唯「今日はどうしたの?わざわざうちに来て」

梓「とくに用事はありませんよ。ただ顔を見たかっただけです」

唯「口説き文句を増やそうよ、あずにゃん」

梓「本音ですから」

唯「大学合格した後もまともな生活送ってるから心配しなくていいよ」

梓「憂がいますからそんな心配はしません」

唯「やっとギー太にさわれてうれしいよ」

梓「よかったですね」

唯「でもみんなと一緒に演奏したいなぁ」

梓「じゃあ学校に来てくださいよ」

唯「それは……ちょっと」

梓「澪先輩達はちょくちょく顔出してくれるのにどうして唯先輩は来ないんですか」

唯「うん」

梓「はっきり答えてください」

唯「う~ん。恩返し、かな」

梓「誰へのです」

唯「憂への」

梓「はぁ」

唯「憂は私が部活してる間いつも家事をやってくれてたから、少しでも今までのお返しができたらなぁって。
  ほんの1,2カ月の間だけどね」

梓「つまり憂が学校に行ってる間に掃除とか洗濯とか料理とかをしてたってことですか」

唯「まぁね。あんまりうまくいってないけど」

梓「よくわかりました」

唯「ごめんね、あずにゃん。これからは少しでも部室に行けるように時間を作るから」

梓「いいですよ。唯先輩のことちょっと見直しましたから」

唯「えへへ、ありがとう」

梓「ホントのこと全部話してくれればもっと好きになるんですけどね」

唯「へ?」

梓「まだ隠してることあるんじゃないですか、唯先輩?」

唯「ないよ」

梓「あります」

唯「断定したね」

梓「ええ」

唯「ないよ」

梓「あります」

唯「もう」

梓「家事をやり始めた理由、恩返しだけじゃないんじゃないですか」

唯「恩返しだけです」

梓「違います」

唯「……一人暮らし始めるんだ」

梓「どこでですか」

唯「あんまり驚かないんだね」

梓「予想はしてましたから」

唯「N女子大の近く。ここからじゃ気軽に行き来できる場所じゃないかな」

梓「憂は何て言ってるんですか」

唯「最初は反対してきたんだけど私がどうしてもしたいって言ったら認めてくれたよ」

梓「きっと憂は一年後唯先輩の所に行きますね」

唯「二人で住むにはちょっと狭い部屋かな」

梓「もう部屋を決めてるんですか」

唯「うん。正式な契約はまだだけどね」

梓「唯先輩の口から契約なんて言葉が出るとは」

唯「あずにゃぁん。私ももう大学生だよ」

梓「まだ高校生です」

唯「そりゃそうだけど」

梓「気軽に会いに行けない距離ですか」

唯「あずにゃん。寂しいの?」

梓「笑わせないでください」

唯「ぐへぇ」

梓「私だって4月からのことで頭がいっぱいなんですよ。このまま軽音部を廃部にするつもりはないですから」

唯「頼りになりますなぁ、部長」

梓「卒業式を迎えるまでは律先輩が部長です」

唯「そうだね」

梓「唯先輩。もう遅いので帰りますけど、最後に二つだけ質問させてください」

唯「いいよ~」

梓「唯先輩、軽音部は楽しかったですか」

唯「もちろん」

梓「もうひとつの質問です」

唯「うむうむ」

梓「唯先輩。唯先輩が住む部屋の隣の部屋って空いてますか?」






唯「あずにゃんや」

梓「どうぞ上がってください」

唯「お邪魔しま~す」

梓「散らかってますけど」

唯「謙遜しなくていいよ。来たばっかりなのに散らかってるわけないでしょ」

梓「そうですね。私じゃどう頑張っても唯先輩みたいに散らかすことはできません」

唯「相変わらずだね。でも憂が来てくれたから今は私の部屋の方が綺麗だもんね~」

梓「虚しい自慢ですね」

唯「あずにゃんももう大学生かぁ」

梓「そうですね。この一年はあっという間でした」

唯「ご苦労様でした。あずにゃん部長」

梓「唯先輩達が度々見に来てくれたおかげです。ありがとうございました」

唯「おやおや珍しく素直だねぇ」

梓「私だって礼儀くらいわきまえてますよ」

唯「そうかいそうかい。でもお礼を言うのは私だけじゃなくてりっちゃん達にもね」

梓「えぇ。後日会いに行くつもりです」

唯「ダメだよ。今日じゃなきゃ」

梓「連絡もしてないのに訪ねるのは迷惑ですよ」

唯「連絡なんて必要ないよ。これから会うんだから」

梓「え?」

唯「隣の部屋でみんな待ってるよ」

梓「みんな?」

唯「澪ちゃん、りっちゃん、ムギちゃん、憂、純ちゃん。今夜は3人の歓迎会だよ」

梓「聞いてないですよ」

唯「教えてないもんね」

梓「唯先輩はろくなこと考えませんね」

唯「えへへ~。それほどでも~」

梓「褒めてません」

唯「変わってないねぇ、あずにゃんは」

梓「唯先輩もです」

唯「私は一歩大人に近づきましたから」

梓「まさか」

唯「免許取りました!」

梓「それだけ?」

唯「お酒飲みました!」

梓「それだけ?」

唯「あとは……特にないや」

梓「ですよね」

唯「なに?」

梓「何でもないです」

唯「さて、そろそろ時間だ。行こっか、あずにゃん」

梓「もうですか」

唯「みんなに会いたくないの?」

梓「唯先輩は余韻ってものがわからないんですか」

唯「余韻?何の?」

梓「もういいです」

唯「じゃ、行こう」

梓「はい」

唯「あ、その前に」

梓「なんですk」

唯「ぎゅ」

梓「なんなんですか」

唯「これがないと一日が始まらないよ~」

梓「この一年どうやって生活してたんですか」

唯「胸にぽっかり穴が開いていた、っていうのかな」

梓「唯先輩らしくない表現ですね」

唯「やっと始まるんだなぁ」

梓「ええ」

唯「あずにゃんや」

梓「はい」

唯「行こっ!」

梓「はい!」


END



最終更新:2010年10月03日 22:03