澪「ただの馬鹿か…。そこは間違ってないのかもしれないな」

澪は自嘲を含めて笑った。

梓「澪先輩…」

澪「律、私がやりたい事って何だろうな」

律「知らねーよ。それは自分で考えろ」

澪「…そう言うと思ったよ」


オヤジ「おい律。ちょっとこっち手伝え」

律「へい」
律がオヤジのほうへ向かった

澪「さて、私はそろそろ帰るかな。梓、おあいそで」

梓「あ、はい。1200円です。ちょうどいただきます。」

澪「あ、それと…」
澪は鞄に入ってた飴を全部梓に渡した。

澪「これ、梓と律とオヤジさんで食べてくれ。疲れた時には甘いものって言うしな」

梓「はい、ありがとうございます!」

澪「じゃあな」

梓「澪先輩。あの…」

澪「わかってるよ」

梓「…え?」

澪「私だって、それくらいはわかってるよ じゃあな」

店を出る澪を、梓は立ち尽くしたまま見ていた。
澪は笑顔だったが、その笑顔が何かを始めるのではなく、何かを諦めたような表情に梓は見えた。


澪「ああ、私だってわかってるよ」

澪「…あの音楽で繋がってた日々は、もう戻らないんだって」

澪「私、やっぱり変われないよ…」

澪「やっぱり、死ぬしか道はないんだよ」

家で首を吊ろうとも思ってたが、この前ネットで一番綺麗な死に方は凍死と書いてあったから、そっちでもいいと考えていた。

この寒い時期なら、睡眠薬を使って道端で寝たって死ぬには十分なはずだ。

澪「雪山 …なんてのもいいかもな」

澪「睡眠薬か… 数年前パパが使ってたものでも大丈夫かな?」

澪「試しに今日一錠飲んでみよう」

澪「そうするとロープと包丁はいらないかな? そうだ、どうせなら包丁は律にあげよう。」

澪「あと遺書も書かないとな。どんな内容がいいかな?」

遺書の内容を考えて楽しんでる自分に澪は、ある意味では自分も変わったな と苦笑した。


――――――
数日後

律「ふぃー 今日も終わった終わった。さっさと風呂入って寝るか」

そう言って自分の部屋に戻った時、携帯が光ってるのに気づいた。
仕事中に着信が来てたらしい。律は何気なく携帯を開いた。

律「うお!? 着信が28件? …しかも全部家から」

そんなに急いで伝えたい事でもあったのだろうか?
とりあえず着信の後に来てた母親からのメールに目を通した。

律「…え?」

律はこの時あまりに現実離れしたような内容だと思った。


『電話が繋がらないのでメールで伝えます。
 澪ちゃんが自殺しました。
 明後日にお葬式があるから、なるべく帰ってきなさい。』

本文全てに目を通した時、ちょうど29件目の着信がきた。
律は慌てて通話ボタンを押す。

律「母さん!? このメール本当なのか!? 本当に澪は…」

律「……」

律「…うん、わかった。休み取るよ。じゃあ…」ピッ

律「澪…」

――――――


翌日河岸に行く車の中で、律は休みを取るように頼んだ。

律「オヤジさん…」

オヤジ「どうした? そんな顔して」

律「私と梓、明日から2日間休みをもらいたいんですけど…」

オヤジ「ほう お前が休みを欲しがるなんて珍しいな。家にでも帰るのか?」

律「実は… この前ここに来た私の友人が、自殺したんです…」

オヤジ「何?」

律「『私は変われない。私の心はずっと高校の時のままだ』って内容の遺書を家に残して、雪山の麓で凍死してるのが見つかったって話でした」

オヤジ「雪山か… 遠くまで行ったもんだ」

律「この間来た時に私達に高校の時からのバンドをまた続けたいって言ってきたんですけど、それが出来ないってわかったら…」

オヤジ「……」

律「オヤジさん。私、間違ってたんですかね?」

オヤジ「友人を自殺に追い込んだって意味では間違ってるかもしれねえが、それがお前が選んだ道なんだろ?」

律「はい、私はこれからもずっと寿司職人として生きていくつもりです」

オヤジ「じゃあそんな心でまた音楽を続けても仕方ないだろ。お前がそう思うなら、お前にはそれしか選択肢はなかった」

律「はい…」

オヤジ「まあその2日間は店は俺一人で何とかするから、その友人に最後の挨拶してこい」

律「ありがとうございます」

――――――

律「ただいま…」

仕事が終わってから家に着いた時、既に家族は寝ていたらしい。
静かな家の中を歩いて久々に自分の部屋に入ると、前と変わらない風景があった。
部屋の電気も点けずに、テーブルの前に腰掛けた。

律「澪…」

律「なんで、死んじゃうんだよ…」

そう言って、律は夜通しで泣き続けた。
人前では泣かないようにしていたが、いざ一人になるとどうしても泣かずにはいられなかった。



当日はよく晴れていた。
良くも悪くも行事日和だった。

律が会場に着いた時には、既に他の3人がいた。

唯はさっきまで思いっきり泣いたらしく、まだ目が腫れている。
紬はいつものぽわぽわ雰囲気もなく、俯いたままだ。
梓はただ呆然と式場を見ていた。

律「お前ら早かったな」

唯「りっちゃん… わああああん!」
律を見た途端に唯は泣き出した。こうやって一人ずつ会う度に泣いていたのだろうか。

律「唯、そんなに泣くなよ。こっちまで悲しくなるだろ…」

唯「だって、澪ちゃんが…」

律「わかったわかった。よしよし」
とりあえず唯の頭を撫でておく。

紬「りっちゃん。久しぶり」

律「ああ、久しぶりだな。まさかこんな形で会うとは思わなかったよ」

紬「そうね… 澪ちゃん、どうして自殺なんか…」


梓「私のせいなんです…」

紬「梓ちゃん?」

梓「あの時の笑顔は絶対普通じゃなかった。あの時に澪先輩を呼び止めておけば…」
式場を呆然と見つめたまま、梓は淡々と喋る。

唯「あずにゃん…」

律「梓、気にするな」

梓「律先輩?」

律「あいつは昔から人と生きる事が苦手だった。軽音部が初めてだったんだよ。まともな人付き合いがあったのは」

唯「……」

律「だから、離れたくなかったんだろ。私達と」

梓「律先輩…」

律「それでもさ、私達は別々の道を歩まないといけないんだ。いつかは…」

紬「りっちゃん…」

律「さてと、そろそろ始まるから中に入ろうぜ」

唯「…うん」

4人は誰からともなく、式場の中へ入っていった。

棺の中の澪はあまりに綺麗だった。
今にも起き上がるんじゃないかと思う程にそのままだった。
それだけがあまりにも印象的だった。


――――――

唯「…式、終わっちゃったね」

紬「ええ」

梓「……」

律「……」

4人はそれ以上何も話せなかった。
思い出話をしようにも、今は辛いだけだ。

唯「じゃあ、私とあずにゃんは家こっちだから…」

紬「私はあっちの駅だから、ここでお別れね」

律「そうか… 皆、今日は本当にありがとう」

梓「いえ… 私はまた明後日から宜しくお願いします」

唯「りっちゃん。私、絶対正社員になってまたりっちゃんのお店に行くからね」

律「ああ、待ってるぞ」

紬「私も今度空きが出来たら是非行くわ」

律「ムギとはなかなか会えなかったし今日もあまり話せなかったから、私も楽しみにしてるよ」

紬「ええ、梓ちゃんもその時はよろしくね」

梓「はい、楽しみに待ってます」


律「じゃあ… またな」

唯「バイバイ」

紬「また今度」

梓「さようなら」

それからの帰り道が妙に長いと思ってよく考えたら、高校の時は澪と一緒に歩いてたからだった。
隣に誰もいないと長くも感じるし、いつもより寒くも感じた。

人のまばらな通りの中を、律は早歩きで家に戻った。


律「ただいまー」

律が家に入ると、誰もいなかった。
きっとこの一件で色々出回ってるのだろう。
自分が何もしないのもどうかと思ったが、幼馴染が亡くなった自分への周りの配慮なのだろう。
ありがたみを感じながら、とりあえず部屋に戻る事にした。

律「ん? 何だこれ?」

部屋のテーブルには、朝にはなかった箱があった。
箱の上にメモ書きで「澪ちゃんから」と書いてあった。

律「澪… から?」

とりあえず箱を開けてみると、新品の包丁と一枚の手紙が入っていた。
あまり良い予感はしなかったが、律は手紙を広げてみた。



『 律へ
 この包丁、仕事で役立ててほしい。
 自殺用に買った縁起悪いもので悪いんだが、律が包丁研いでるところを見たら使えなかった。
 良い職人になれよ。私は応援してるからな。
 最後に、こんなどうしようもない私と仲良くしてくれてありがとう。






 生まれ変わったらまた一緒にバンドやりたいよ
                                          澪 』




最終更新:2010年10月05日 01:34