美水かがみ「さっきも言ったでしょう。静かで平和に暮らすためには、失踪するくらいの覚悟で、何もかも捨てる必要があると」
かきふらい「でも、そんな事をしたら……」
美水かがみ「もちろん収入は途絶えますし、何より唯たちに会えなくなります」
かきふらい「そんなの、嫌ですよ!」
美水かがみ「でもね、かきふらい先生。今度は私の勝手な推測ですが、先生の原稿を描き続ける意欲は、かなり下がっているのでは?」
かきふらい「……確かに、以前と比べれば」
美水かがみ「それは何故?」
かきふらい「……描けば描くほど、唯たちが遠くへ行ってしまうような気がして」
美水かがみ「遠くへ、と言うのは?」
かきふらい「……私が『けいおん!』の原稿を描く度に、唯の夫の数が増えていくんです。私の原稿は、やつらの餌になるばかりじゃないですか」
美水かがみ「あぁ、その感覚はわかるなぁ」
かきふらい「自分の嫁を、何千何万という男たちの慰み者にするために、私は『けいおん!』を描いている訳じゃない」
美水かがみ「うんうん、わかるわかる」
かきふらい「そんな事を考えると悔しくて、原稿に向かうのが苦痛で仕方ないんです」
美水かがみ「可愛く描ければ描けるほど、これを見てまた豚どもが狂喜するのか、と思ってイライラしてね」
かきふらい「……逆にお聞きしたいんですが、美水先生はどうして今も原稿を描き続ける事ができるんですか?」
美水かがみ「ふふっ、愛だよ、愛」
かきふらい「……そのセリフは」
美水かがみ「まぁ冗談はさておき、こなたたちに会えるからですよ、やっぱり」
かきふらい「大きいですよね、魔法の存在は」
美水かがみ「かがみに会いたい、つかさに会いたい、みゆきに会いたい。その一心で原稿に向かってますよ」
かきふらい「確かに、それは愛だ」
美水かがみ「いや、結局どっちが強いかだと思うんですよ。嫁に会いたい気持ちと、他の夫に対する嫉妬心と」
かきふらい「……あぁ、なるほど」
美水かがみ「私の場合、前者が勝ったんでしょうね。だから今も『らき☆すた』を描いているんです。皆に忘れ去られる、その日まで」
かきふらい「逆に言えば、嫁に会える喜びよりも、嫉妬に狂う痛みの方が大きいようならば」
美水かがみ「何もかも捨て去ってしまうしかないでしょうね、最初に言った通りです」
かきふらい「……あぁ、そっか。そうだ、うん」
美水かがみ「何かヒントは見つかりましたか?」
かきふらい「……はい。もう少し時間はかかりそうですが、自分の中で考えはまとまりそうです」
美水かがみ「それなら良かった、かきふらい先生のお役に立てたみたいで」
かきふらい「今日はお会いできて本当に良かったです。ありがとうございます!」
美水かがみ「こちらこそ、こんなに腹を割って話せる相手は初めてですよ。また会いましょう!」
さらに1ヶ月後
友人「……お前は本当にそれでいいんだな?」
かきふらい「あぁ、もう決めた事だからな」
友人「わかった、それなら俺は何も言わない。上層部は俺が説得しておくから心配するな」
かきふらい「いつも悪いな、ありがとう」
ピンポ-ン
かきふらい「そうか、今日は客が来る日だった。すまないが、電話を切るぞ」
友人「わかった、じゃあ、また」
ガチャ
唯「ヤッホー、ふらちゃん!」
かきふらい「どうぞ、いらっしゃい」
紬「今日は焼きプリンを持って来たの~」
梓「うわぁ、美味しそう……」
律「おっ、興奮した梓に猫耳が生えたぞ」
梓「そんなもの生えませんっ!」
澪「お前たち、人の家では静かにしろよ」
かきふらい「……なぁ、みんな」
唯「ん~?」
かきふらい「いつも俺の家に来てもらうばかりだし、たまには外に出掛けるのはどうかな?」
唯「どうしたの、急に?」
梓「今日は練習が終わってから来たから、もう薄暗いし……」
紬「紅茶も入れたばっかりだし……」
澪「あっ、やっぱり毎回家で騒がしくしたから!?」
律「うへっ、ごめんなさい! 今後気をつけるから、出入り禁止だけは勘弁して!」
かきふらい「いやいや、別にうるさい訳じゃないし、今日これから外出する訳でもないよ」
唯「じゃあ、いつ?」
かきふらい「丸一日くらいかけて、パーッと遊びに行ける日がいいな」
紬「そうすると、週末はみんな揃って予定を合わせるのが大変だから……」
澪「期末試験が明けて、夏休みになっちゃうかな?」
律「ちょっと先の話になっちゃうけど、ふらちゃんはそれで大丈夫?」
かきふらい「もちろん大丈夫。仕事の調整もできると思うし」
梓「ていうか先輩たちこそ、受験勉強は大丈夫なんですか……」
唯「大丈夫、大丈夫。普段からちゃんと勉強してるもん!」
梓「えーと、それ、本当ですか?」
律「んでんで、ふらちゃん。どこに出掛けるよ?」
かきふらい「そうだな、野外フェスなんかどうだろう?」
澪「……あれ、野外フェス?」
梓「そう言えば今年の夏、さわ子先生と一緒に行ったような」
紬「でも今は夏休み前で、あれれ?」
かきふらい(まずい、作中の記憶とこっちの世界の記憶とで混乱している!)
かきふらい「それはきっと去年だったんじゃないかな、うん! だから今年も行こう、野外フェス!」
律「えーと、あー、うん。そういう事だな!」
唯「今年も行こう、野外フェス!」
かきふらい(うまく誤魔化せた、かな?)
さらに1ヶ月後
澪「よし、みんな集合時間までに揃ったな!」
律「本日の天気予報は快晴のち土砂降り、絶好の野外フェス日和!」
梓「準備も万全だし、やってやるです!」
紬「串焼きも焼きそばも、どんと来いです!」
唯「じゃあ行くよ、ふらちゃん!」
かきふらい「今日は思いっきり楽しもうか!」
全員「おーっ!!」
唯「……でも、ふらちゃん。突然外で遊ぼうなんて言い出して、何かあったの?」
かきふらい「特に何もないってば。ただ、みんなとの思い出を残しておきたいな、と思って」
唯「思い出を、残す?」
かきふらい「そうそう、大切な事だぞ?」
唯「……なんか、まるで、もうすぐお別れみたいな言い方だね」
かきふらい「……そう、かな?」
唯「……じゃ、ない?」
かきふらい「……そんな事、ないだろう」
唯「……うん、そうだよね! えへへ、ごめんごめん~」
かきふらい「まったく、何を言い出すかと思えば。ほら、もうすぐ会場に着くよ」
唯「よ~し、張り切っていくよ!」
……
バタン
かきふらい「……ただいまを言う相手がいませんよ、っと」
かきふらい「野外フェス、楽しかったな」
かきふらい「丸一日ずっと、飛び跳ねて、腕を振って、叫んで」
かきふらい「歩いて、走って、食べて、寝転がって」
かきふらい「5人との、いい思い出になったよな」
かきふらい「いい……、思い出に……」
かきふらい「あぁ、くそっ、泣かないって決めてたのに」
かきふらい「涙が、止まらないなぁ、くそっ……」
かきふらい「唯、たち、と、違って、うぐっ」
かきふらい「俺、なんか、泣い、ても」
かきふらい「画に、ならない、じゃ、ねーか」
かきふらい「あっ、ふぁっ、ふぁっ……」
3ヶ月後
かきふらい「美水先生、お久しぶりです」
美水かがみ「やぁ、あの時以来ですね。『けいおん!』最終回、お疲れ様でした」
かきふらい「おかげさまで、漫画もアニメも綺麗に終わらせる事ができました」
美水かがみ「あっ、でも『けいおん!』劇場版がまだ残ってますね」
かきふらい「そうですね。でも私は、映画の方にはタッチしないんですよ」
美水かがみ「おや、そうなんですか。という事は、やっぱり……」
かきふらい「放課後ティータイムとは、もうお別れです」
美水かがみ「……そういう結論に達した、という訳ですね」
かきふらい「美水先生、貴方は本当に凄い人ですよ」
美水かがみ「また唐突に何をおっしゃいます」
かきふらい「……結局、私には『けいおん!』を描き続けるだけの強さがなかったんです」
美水かがみ「前にも話しましたか、嫉妬心に対する強さ、ですかね」
かきふらい「『けいおん!』を終わらせた今になって、改めて『らき☆すた』を描き続ける事の過酷さがわかります」
美水かがみ「過酷だなんて。ただ私は、現実から目を背けただけです」
かきふらい「……どういう事ですか?」
美水かがみ「かきふらい先生にお会いしてから、私も改めて考えてみたんです。自分と『らき☆すた』について、色々な事を」
かきふらい「……そうだったんですか」
美水かがみ「私は嫉妬心に打ち勝ったんじゃない。嫉妬心を感じないように、現実から目を背けただけです」
かきふらい「それは、つまり?」
美水かがみ「全人格を賭けて創り出した嫁が、何万人の夫たちに汚されていく現実を、私は意識した事すらなかった。貴方にお会いするまでは」
かきふらい「私に、会うまでは?」
美水かがみ「そうです。あの後、私はその現実を真剣に受け止めてみる事にしました」
かきふらい「……何か変化はありましたか?」
美水かがみ「考えれば考えるほど、どうしようもなく悲しくなりました。だから、私は考えるのをやめました」
かきふらい「ありゃ、結局そうなりましたか」
美水かがみ「無理ですよ、本当に。そんな事を考えてしまったら、原稿なんて、とてもとても!」
かきふらい「……でしょうね。考えるのをやめて、正解だったと思いますよ」
美水かがみ「かきふらい先生、貴方は真面目な人ですね」
かきふらい「……はぁ、真面目ですか」
美水かがみ「貴方から見れば、私は強い人間と映るのかもしれませんが、実際は不真面目なだけですよ」
かきふらい「……そんなもんでしょうか」
美水かがみ「そんなもんです。私はこれからも、現実に目を背けながら『らき☆すた』を描き続けますよ」
かきふらい「美水先生は、そうでなくちゃ。楽しみにしてますよ!」
美水かがみ「ありがとうございます。それで、かきふらい先生は、これからどうするんですか?」
かきふらい「……近いうちに、ソープランドにでも行こうと思ってます。ありがたい事に、お金はたくさん貰ったので」
美水かがみ「……かきふらい先生、貴方、まさか」
かきふらい「……はい、お察しの通りです。もう一生、魔法は使いません」
美水かがみ「自分の嫁に会う事ができなくなっても、構わないと?」
かきふらい「放課後ティータイムの5人とお別れしたのに、この先どんな嫁と会おうって言うんですか」
美水かがみ「……ふふっ。貴方は本当に真面目な人です」
かきふらい「ありがとうございます。美水先生こそ、現実逃避し続ける強さを、いつまでも持っていてください」
美水かがみ「既にただの痩せ我慢ですけどね。いつか限界が来て、私も『らき☆すた』を終わらせる時が来るかもしれない」
かきふらい「……縁起でもない事を言わないでくださいよ」
美水かがみ「その時は、かきふらい先生に倣って、こなたたちと一緒にコミケへ行こうかな?」
かきふらい「……あぁ、もうこんな時間だ。そろそろお開きですね」
美水かがみ「そうだ、最後にひとつ聞いてもいいですか?」
かきふらい「はい、何でしょう」
美水かがみ「放課後ティータイムのみんなと、どんなお別れをしたんですか?」
かきふらい「……特別な事は、何も。さようなら、さえ言いませんでした」
美水かがみ「……へぇ」
かきふらい「いつもと同じように、淡々と過ごして、じゃあね、って感じでした」
美水かがみ「それで良かったんですか?」
かきふらい「いいんです。それが一番『けいおん!』らしい終わり方かな、と思ったんで」
おわり
最終更新:2010年10月10日 22:49