憂「38.9℃……か」

唯「ういーういー」グスン

憂「完全に風邪だね……」

憂「ごめんねお姉ちゃん。私の風邪、うつしちゃって」

唯「平気だよ~」ゴホゴホ

憂「はい、ティッシュだよ。チーンして」

唯「すびばでん」チーン

憂「お水、ここに置いておくね?」

憂「冷蔵庫にミカンゼリーあるからね?」

憂「何かあったら携帯に電話してね?」

唯「心配性だな~ういは。学校行ってきなよ~」

憂「うう……だってお姉ちゃんが……」うるうる

唯「ほらほら。一日寝てたら治るよ~」

憂「うん……。行ってくるね」

憂「学校終わってお買い物したら、すぐ帰ってくるからね?」

唯「ふぁ~い~」



憂「はぁ……」

お姉ちゃんが風邪をひいてしまいました。
風邪をひいた私に、付きっ切りで看病をしてくれたので、うつってしまったようです。
同じ部屋で寝てたからかなぁ。

そんなお姉ちゃんは、私へ向けた歌詞を書いてくれていたのに
風邪をうつして辛い思いをさせるなんて……私はダメな妹です。

学校へ向かう足取りが重くて仕方ありません。
お姉ちゃんの事が何度も気になり
家の方を向き「お姉ちゃん……」とつぶやいてしまいます。

いつも一緒に並んで学校へ行ってるので
今日みたいに一人でいると寂しくて泣きたくなってきました。

遅刻ぎりぎりで教室へ入ると
「憂がこんな時間に来るなんて珍しいね」と、純ちゃんが話しかけてきました。
笑いながら適当に返事をして席へつきます。

HRも終わり授業になりましたが――はい、退屈です。
早く帰りたい一身なので授業の内容は全く頭に入らず、イライラしてしまうばかりです。
仕方ないので適当にノートをまとめつつ、頭の中でお姉ちゃんと遊ぶ事にしました。

憂「えへへ……」

授業中は頬がゆるみっぱなしだったと思います……。

梓「唯先輩風邪ひいちゃったの?」

憂「うん……」

純「唯先輩よく風邪ひくね。去年の文化祭も前日までひいてたんだっけ」

憂「今回は私の風邪をうつしちゃったみたいなの」

梓「唯先輩ならすぐ元気になるよ」

憂「そ、そうだといいけど……」クスン

純「ほら~泣かない泣かない」

梓「そーそー。明日には元気になってるって」

純ちゃんと梓ちゃんに慰められて少し元気が出てきました。
でも、お姉ちゃんの顔を見ればもっと元気になると思います。
本気で早く帰りたいです。

退屈な午後の授業も、お姉ちゃんと遊ぶことで乗り切りました。
普段、頭を使っていて良かったですね。


憂「早く帰らなきゃ」

純ちゃんと梓ちゃんにお別れの挨拶をして駆け足で教室をでます。
登校中は重い気分でも、下校中は晴々としています。


あ~早くお姉ちゃんに会いたい!


憂「お姉ちゃん食欲はあるのかな」

いつものお姉ちゃんは
ご飯もアイスもいっぱい食べるので、作るのに腕が鳴るんですけど
さすがに風邪をひいたら食欲は落ちるのでしょうか。

一応アイスは買っていこうかな。
ご飯は食べれなくても、アイスは別腹で食べてしまいそうですし。
強請る姿にアイスをあげた時の嬉しそうな顔はいつ見ても格別ですからね。

適当な食材にそこそこのアイスを買いました。

憂「今日はやっぱりお粥かな。ネギに梅干入りだね」

梅干食べて眉間に皺を寄せ「すっぱーい」と笑いながら舌を出すお姉ちゃんを想像して帰ります。
うん、やっぱりかわいいかわいい。


憂「ただいま~」

買い物袋をテーブルに置いた後、静かにお姉ちゃんの部屋へいきます。

憂「お姉ちゃん起きてる~?」

返事はありません。わずかに寝息だけが聞こえてきます。
起こさないようにゆっくり近づきおでこに手を当てました。

憂「まだ熱は残っているね。……お姉ちゃん辛そう……」

よく見ると、またギー太と添い寝していました。


唯「うーいー?」

憂「あ、ごめんね。起こしちゃって」

唯「ん、お水飲みたいぃ」

憂「はい、お水だよ」

唯「美味しい~」ゴクゴク

憂「も~、じっとしてなきゃダメだよ?ギー太と遊ぶのはまた今度ね」ひょい

唯「あん、ギー太が攫われた~」

憂「はいはい、お粥作ってくるけど……食べれる?」

唯「やった~ういのお粥、食べたいよぉ」


――トントントン

只今お粥作りの準備中です。
お姉ちゃんは食べたい、と言ってくれました。

それだったらいつもみたいに好きな物を
いっっっぱい作ってあげたかったのですが
胃に負担をかけて風邪を悪化させるのも忍びないので
お粥で我慢をしてもらいます。

……食後のアイスくらいなら大丈夫かな。後で持っていこう。

風邪、治ったら好きなものをリクエストしてね。食べきれないほど作っちゃうから。


憂「お姉ちゃん~お粥できたよ」

唯「ありがと~うい~」

憂「熱いからね、食べさせてあげるね」

唯「だ、大丈夫だよ。一人で食べれるよ」

憂「だめっ。お姉ちゃんは風邪なんだからゆっくりして!」

唯「ひゃい」

憂「ん、熱そう」フーフー

憂「はい、あ~んして?」

唯「う、うん。あ~ん」パク

憂「おいしい?」

唯「うん、おいしい。でもすっぱーい」

憂「このすっぱいのがいいの。風邪によく効くから我慢我慢」

唯「ふぁ~い」

憂「アイスもあるから後で食べてもいいよ?」

唯「あいー食べるよー」

唯「ごちそうさま」

憂「はい、お粗末さま」

憂「……お姉ちゃん、ちょっと顔が赤くなってきたね、ぶり返してきたのかな」

唯「そうかな~ういがお粥作ってくれたからすぐ治るよ~」

憂「うん、でも暖かくして寝ていようね」

唯「分かったよ~」ハァハァ

憂「じゃ、私お皿洗ってくるから」


少し心配になってきました。
息も荒くなっていましたし
このまま風邪を拗らせて肺炎にでもなったらと考えると
目の前が暗くなり、血の気が引いてきてしまいます。

取りあえず手作りの梅干湯を作り、持っていきました。
体を温めて汗をいっぱいかけば熱もひいてくれると思います。


憂「お姉ちゃん?」

唯「うーいー?」

憂「寝る前にこれ飲んでおくといいよ」

唯「うん」ズズッ

憂「熱いから気をつけてね」

唯「あちゃちゃ……すっぱー。これ何入ってるの~?」

憂「梅干と生姜だよ。体温めてくれて風邪を治すのにいいの」

唯「おぉ、ういの優しさが身にしみるねぇ」

憂「えへへ」

唯「これはがんばって治さないといけないね」

憂「うん!がんばって。応援するから」

唯「ふぅ、ごちそうさま」

憂「はい、片付けてくるね。ちゃんと寝ててね」

唯「分かったよ~」

お姉ちゃんの髪の毛を撫でて部屋を出ました。

少し恥ずかしそうに照れてるのがかわいくて、私も笑顔になりましたが
一人になると、寂しさと風邪をうつした申し訳なさで胸が苦しいです。

憂「あ~私、晩ご飯食べてなかったなぁ」

憂「一人で食べても美味しくないから簡単なものでいっかぁ」

適当な余り物で、適当に食事を済まします。
一人だとやっぱり寂しいし
お姉ちゃんの笑顔を見ながらじゃないと、美味しくありませんから。

憂「……お風呂入ろうっと」

憂「キミを見てるといつもハートどきどき」

憂「ふーわっふわっ」

お姉ちゃんと一緒にお風呂に入るとよく歌うので、歌詞を全て覚えてしまいました。
リビングでもいっぱいギー太を弾いてるので
ふわふわ時間は忘れることはないくらい頭に入っています。

文化祭で行った舞台上での演奏は、今でも鮮明に覚えています。
あんなに楽しそうに演奏するお姉ちゃんは、今までにないくらい輝いていました。

輝いているお姉ちゃんの顔を想像していると
今の弱りきった顔が頭に浮かび、自然と涙が出てきました。

憂「あ……涙」

一度出た涙は簡単には止まらず、ポロポロと目から溢れてきます。
何度指で拭っても止まりません。

ふと目の前にある鏡を見ると、泣いているお姉ちゃんがぼんやりと写っていました。
髪型が若干いつもと違うけど、お姉ちゃんの泣き顔を見て「ごめんね」と小さく呟きました。

憂「……体洗わなきゃ」

しばらくぼーっとした後、体を洗いました。

憂「あ、お姉ちゃんもいっぱい汗かいたから綺麗にしたほうがいいかな。せめて服くらい変えたほうが」

軽く浴槽につかってからお風呂場を出ます。
髪も取りあえずそのままで、タオルとお水を用意してお姉ちゃんの部屋へ向かいました。


憂「お姉ちゃん~?」

返事はありません。寝てしまったのでしょうか。

憂「お姉ちゃん寝ちゃったの?服変えたほうがいいよ。汗いっぱいかいたよね」

とりあえず額のタオルを新しいのに変えておきました。

憂「お姉ちゃん、服ベタベタだよね」

憂「タオルとお水持ってきたんだよ」

憂「…………」

憂「…………」

憂「…………」

憂「か、勝手に着替えさせちゃってもいいかな……?」

「いいよ~」と言うお姉ちゃんの言葉が頭に浮かんだので
「分かったよ~」と軽く返事をしました。

憂「じゃ……脱がすからねぇ……」

少し手が震えます。
大丈夫。淫靡な気持ちなんてないはずです。
とりあえず無心でシャツに手をかけました。

憂「……Tシャツじゃやっぱ脱がせないかな。大丈夫かな」

憂「お姉ちゃん起きないでね」

唯「……ん……」

憂「!」

唯「……」

憂(危なかった。もっとゆっくりやらないと)

少しずつ……少しずつシャツをずらしていき
バンザイの姿勢にして何とか服を脱がせることに成功しました。

起きなくて良かったです。

私の心臓はドクンドクンと大きく鳴り続けていて、喉の渇きが止まりません。
上半身が裸になったお姉ちゃんを見て、ますます鼓動が早くなります。
見慣れた素肌なのに、今日は一段となまめかしく感じました。

あっと……見とれてる場合ではありません。
お姉ちゃんの体が冷えぬうちに汗を拭き取る事にしましょう。

まず腕から優しく撫でるように拭いていきます。

憂「えへへ~すべすべ~」

唯「……んふ」

憂「ひゃんっ!くすぐったいのかな。……もう少しゆっくりやろう」

憂「ふぅ、意外と疲れちゃうな」

憂「でもお姉ちゃんのためだから、そんなこと言ってられないよ」

憂「次はお腹かな。う~んぷにぷに~」

憂「あぁ、突っついてる場合じゃないね。拭かなきゃ」

お腹も優しく拭いてあげました。

憂「次は……胸も拭かないといけないよね」

少し息が荒くなって手が震えてくるのを感じます。
震える手で今までより優しく拭いてあげました。

ドクンドクンと波打つ胸の鼓動が、私を一層興奮させていきます。

この部屋に響くのは、私の荒い息づかいとタオルの擦れる音だけ。
なるべく何も考えないように拭き続けます。

だって顔も熱いしもう心臓が限界ですから。

憂「はぁ……はぁ……これくらいでいいかな」

なんとか体を拭くことができました。
早く新しいシャツを着せてあげなくっちゃ。


また同じ感じでシャツを着せてあげます。

お姉ちゃんの乱れた髪を整えてあげた後、私は一息入れました。
正座で、少しうつむいたまま鼓動が納まるのを待ちます。

今までにないくらい緊張していたんだと思います。

だいぶ落ち着いてきてからじっとお姉ちゃんの顔を見つめました。
軽く、肩で息をしている感じです。

憂「まだ辛そうだねお姉ちゃん……」

憂「ほんと、私が風邪ひかなければお姉ちゃんもひくことなかったのにね」

憂「ごめんね……代わってあげられたらいいのになぁ……」

そう呟きながらお姉ちゃんの頭を撫でていると、去年の事を思い出します。
梓ちゃんと教室での会話を――

梓『唯先輩の体調どう?』

憂『うーん、治るまでにはまだ時間かかりそう……』

梓『そっかぁ……学祭まで残り四日かぁ』

憂『うぅ私が風邪代わってあげられたらいいのになぁ……』

憂『風邪うつるにはやっぱり――』

――そうです、こんな会話をしてました……。


梓ちゃんとの会話を思い出した途端に
また胸の鼓動が少しずつ大きくなっていきます。

私は気づきました。次に何をするべきかを。

見つめるのはお姉ちゃんの薄く開いた唇。
呼吸のたびに微かに開く唇。

私は軽く息を吐いて立ち上がります。

憂「お姉ちゃん、ちょっとタオル取るね?」

額のタオルを取り、お姉ちゃんの顔を覗き込みます。
苦しそうです。でも大丈夫……!。
私がその苦しみから助けてあげるから。
もうこれ以上辛い思いはさせないから。

憂「……いいよね、しても……だって元々は私の――」

そう、これは私の風邪……。ただそれを私に戻すだけ。

この時点で私の胸の高鳴りも、最高潮に達しました。
ゴクリと唾を一飲みし、少しずつ顔を近づけていきます。




そして目を瞑り、私の唇をお姉ちゃんの唇に――――


長いことそうしてたんだと思います。
お姉ちゃんの息を私の中へ取り込むように……ただひたすらに。

これでお姉ちゃんの風邪は治るからね。
明日元気な顔を見せてね。
美味しいご飯もいっぱい作ってあげるからね。
まずは朝ごはんかな、今日食べれなかったよね。

風邪が治ったら一緒に学校行こうね。

そんなことを考えているうちに何だか眠くなってきました。
多分安心したためでしょうか。

もうここで寝ることにしました。
お姉ちゃんから離れたくないのでこの状態のままです……。


――おやすみなさい、お姉ちゃん。


ドタドタドタと重い足音で目が覚めました。
あぁ、もう朝になったんだ。きちんと寝なかったためか体が少し痛いです。

憂「いたぁ……あ」

気付けばベッドにはお姉ちゃんがいません。薄暗い部屋の中で私一人でした。

水の流れる音が聞こえてきたので顔を洗っている最中でしょうか。
私は部屋の外へ出ます。

――ガチャ

憂「お姉ちゃん?」

唯「あ、ういーおはよう!」

憂「お、おはようお姉ちゃん。風邪はもう治ったの?」

唯「うん、もう~バリバリ元気だよ。憂のおかげでね!」

憂「そっかぁ、よかったねお姉ちゃん!」

唯「うん、ありがとう憂!」

はい、すっかり元気になったみたいです。
とても安心しました。朝からあんな笑顔が見れて幸せいっぱいですね。

「じゃあ朝ごはん作るね」と言おうとした瞬間、お姉ちゃんが喋ります。

唯「憂。憂も風邪ひいちゃったらお姉ちゃんが看病してあげるからね……!」

体をくねらせ、微かに上目遣いでそう言うと
お姉ちゃんは頬を朱く染め、二階へ下りていってしまいました。


憂「え…………」

憂「……あぁ……そっかぁ……」

自分の頬に触れると少し熱いです。ちゃんと貰えたのかな。



憂「あ~早く風邪ひかないかなぁ……」

軽く微笑みながら私もお姉ちゃんの後を追いかけました。



                              おしまい



最終更新:2010年10月11日 02:12