唯(でも、血でべとべとになっても綺麗な髪とか)
唯(小さな体とか、ひんやりしたほっぺとか)
唯(やっぱりあずにゃん?)
唯「あずにゃん、あずにゃーん?」パシャパシャ
唯「返事してよー。……ねぇっ!」
唯「何か喋ってよ……お返事じゃなくていいから……」
唯「あずにゃん、呼吸しないと死んじゃうよ……?」
唯「やだよ、あずにゃん……無視しないで」
唯「だらしない先輩なことも、あずにゃんのロマンを笑ったことも謝るから」
唯「だからお願い……死なないでよぉ」
唯「……ダメ?」
唯「ん。じゃあ……やるしかないね」フワッ
――――
桜ケ丘高校 1階廊下
梓「……唯先輩? 大丈夫ですか?」ポン
唯「あずにゃん……」
唯「……」ギュッ
梓「わっ……どうしたんですか急に……」
唯「……なんでもないよ。ちょっとね」
唯(本人には言えないよね、あずにゃんが車につぶされて死んじゃってたなんて)
梓「もう、こんな所で……離れて下さいよ」グイッ
唯「ご、ごめんね……」
梓「いえ、いいんですけど。それより唯先輩、もう帰られるんですか?」
唯「うん。調子悪いから……ばいばい、あずにゃん」
梓「そうですか……お大事に」
唯(さて……帰ろう)
梓「あのっ、唯先輩!」
唯「うん?」
梓「やっぱり私も一緒に帰りますよ。体調悪いんですから、一人じゃ危ないです」
唯「だめだめ。あずにゃんは練習してなきゃ!」
梓「ですけど……」
唯「ん……あれー? あずにゃん、もしかして部活サボろうとしてる?」
梓「なっ! そんなことないです!」
梓「ああもう……分かりましたよ、一人で帰ってくださいです!」ダダッ
唯「あ……」
唯(怒らせちゃったかな)
唯(でもあずにゃん、私と一緒に帰ったら死んじゃうんだもん。しょうがないよね)
唯(背に腹は代えられないってやつだよ)
テクテク
唯(……)
唯(あずにゃん、生きてたね)
唯(……そういえば、腕のアザは)クイッ
唯(01になってる。やっぱり残りの回数を表してるんだね)
唯(でも……私の力であずにゃんの命を助けられたんだ)
唯(……最後の一回、大事にしなきゃ)フンス
唯(私は何されてもいい。みんなを助けるんだ)
テクテク
唯(……このへんであずにゃんが事故に遭ったんだよね)
唯(このお店に車が突っ込んで、壁との間であずにゃんのお腹が潰れちゃったんだ)
唯(私もそろそろ行かないと、同じ目に遭っちゃうかもね)
唯(……想像したくないな、それは)
唯(よし、行こう……)スック
ガタンッ
唯「えっ?」クルッ
唯(車……さっきの車がこっちに来てる)
唯(なんで、こんなに早く……)
唯(私も死ぬの? あずにゃんみたく?)
唯(まだりっちゃんにツッコミあげてないのに!)
唯「嫌あああぁぁっ!!」ダダッ
唯(……)
唯(……痛い)ガクッ
唯「うぐ、えおっ」ゴボッ
――――
一週間後
唯「……う」パチッ
唯(私、死んだはずじゃ)
唯(……病院?)
唯(なんか体がうまく動かない……)
梓「すー、すー……」
唯(……ああ、あずにゃんが乗っかってるからか)
唯(私、助かったんだ。事故には遭ったけど……生きてるんだ)
唯(……良かった)
唯「あずにゃん、あずにゃん」
梓「ん……あ?」ムクッ
唯「えへへ……おはよう」ニコッ
梓「唯……先輩」
唯「よいしょ。いつつ……よしよし、看病ありがとうね」ナデナデ
梓「ゆいせんぱぁい!」ヒシッ
梓「バカぁ……目を覚ますのが遅すぎです!」
唯「ごめんね、あずにゃん……心配かけちゃって」ギュ
唯「ん、あれ?」クイッ クイッ
唯「あずにゃん……私の左手は……?」
唯「ねぇ、あずにゃん?」
梓「ごめんなさい唯先輩。ごめんなさい……」
唯「答えてよ、あずにゃん」
唯「私の左手……付け根からみんな、どこ行っちゃったの……?」
梓「ごめんなさい、ごめんなさい……」
唯「……」サワッ
唯「……足も」
梓「……」ピク
唯「ごめん、あずにゃん。今日はもう帰ってくれない?」
梓「一人にはしません」
唯「帰ってよ。お願いだから……」
唯「こんな姿……見られたくないの」
梓「……分かりました。外に出ています」
梓「でも、憂と先輩たちにだけは……唯先輩が目を覚ましたことを伝えますからね」
唯「良いよ……けど、明日までは来ないように言って。でないとみんなのことも傷つけちゃうから」
唯「明日になったら、元に戻ってるから……お願い」
梓「はい。……待っていますね」
ガララ パタン
唯「……」
バサッ
唯「半分だけしかない」
唯(……すごい事故だったんだね)
唯(生き残れただけでも、幸せなんだろうね)
唯(……でも、足はまだいいよ)
唯(この、なんにもない左手……)チラ
唯(これじゃあ……なにも出来ないよ)
唯(……私……ギター弾けなくなっちゃった)
唯(あずにゃんを抱きしめられなくなっちゃった……)
唯(ビーチバレーをトスできない。玉ねぎを切れない)
唯(私にできることは、ケーキを食べることと線香花火を持つことだけだね)
唯(……跳ぼうかな)
唯(跳べば、私の体も元通りになるよね……)
唯(……でも、これから先みんなの命を脅かすようなことがあったら?)
唯(もう止めよう。私は生きてるんだ)
唯(これはみんなを助けるための力を……イタズラなんかに使っちゃった私への報い)
唯(ほんと馬鹿だな。憂の言うことをちゃんと聞いてたらよかった……)
唯(……)サスッ…
唯(私の左手……)
唯(ギー太を弾くために必要な腕……)
唯(……欲しい)
ガラララ
唯「!」
唯「……誰? あずにゃん?」
さわ子「やっほ、唯ちゃん」ヒョコ
唯「さわちゃん先生……」
唯「あ、やだっ」バサッ
唯「……」
さわ子「そんなに慌てて隠さなくても知ってるわよ」パタン
さわ子「唯ちゃん、一週間も眠ってたんだから。私がひん剥いてないとでも思った?」
唯「……思わないけど」
さわ子「だったら良いじゃない。……唯ちゃん、ちょっと右手を見せて」
唯「……」スッ
さわ子「包帯ずらすわよ」グッ
唯「いたっ……」
さわ子「うーん、01……なんだ、まだ残ってるじゃない」
さわ子「……どうして戻らないのかしら?」
唯「これは……私のために使う能力じゃないから」
さわ子「あら、昔はケーキを食べるためにさえタイムリープしていたのに?」
唯「今回あずにゃんの命を助けて、わかったんだ。そんなチンケな力じゃないって」
唯「だから私は、もう自分を助けないよ。大切なみんなのための力で……」
さわ子「……おかしな子」
さわ子「価値観の違いかしらね。命ってそんなに尊大なもの?」
唯「……そりゃそうだよ。命がなかったら何もできないもん」
さわ子「命なんて、ただの猶予期間じゃない。60年あったら無条件で消えるものよ?」
さわ子「はっきり言ってグダグダね。ロクなもんじゃないわ」
唯「さわちゃん先生は充実してないからだよ」
さわ子「してるわよ。でも80年も必要ない……要るのは輝いてる日々だけ」
さわ子「先達として言わせてもらうけど、楽しい時間なんてそう長くないわよ」
唯「……」
さわ子「ま、唯ちゃんの考え方しだいよね……」
さわ子「あなた達5人の人生60年分が、唯ちゃんの五体満足を支払う程の価値があるものか……」
さわ子「今の唯ちゃんに正常な判断が出来るかどうかは微妙だけど、しっかり考えてみなさい?」
唯「さわちゃん先生……」
唯「でも、もし私たちの輝いてる日々のうちに、誰かが死んじゃったら……?」
唯「私が時間を戻してまたギターを弾けるようになっても、もっかいあずにゃんが死んじゃったら、やっぱりそこは楽しい時間じゃなくなるよ」
さわ子「……そんなことは心配いらないわよ」
唯「なんで……」
さわ子「もう分かってるんじゃない? 唯ちゃん」
さわ子「これまでタイムリープに関して、私の言ったことは全て当たってきたわよね」
唯「……もしかして、さわちゃんって」
さわ子「ふふっ。見えるかしら、この肩の所……」グイッ
唯「28……だね」
さわ子「年齢じゃないからね?」
唯「分かってるよ」
さわ子「そうね。とにかく安心して」
さわ子「唯ちゃんたちが高校にいる間に何かあったら、私が教師としての責務を果たすわ」
さわ子「だからね、唯ちゃん。あなたはもうその力を失くしなさい」
唯「……さわちゃん。でも良いの?」
さわ子「何がよ?」
唯「あんまり過去に跳ぶと老けるよ?」
さわ子「なめてもらっちゃ困るわね。未来のアンチエイジングはすごいのよ?」
唯「……」ジトッ
さわ子「い、いいじゃない! 残り回数にはちゃんと気を遣ってるんだから!」
唯「不安だなぁ……」
唯「でも……さわちゃん先生に任せるよ」
唯「私たちの顧問だもんね。それくらい働いてくれないと!」ムフン
さわ子「人づかいが荒いんだから、もう……いいから早く跳びなさい」
唯「うん。またねさわちゃん。ありがとう」
唯「……」フワッ
――――
唯(……)
唯(大人って、すごいな)
唯(私みたいな子供には、過ぎたおもちゃだったみたい)
唯(……00。さようならだね、タイムリープ)
唯(……)ストッ
唯の部屋
唯(さ、みんな忘れよう)
職員室
律「廃部……?」
さわ子「正確には、廃部寸前ね」
さわ子「昨年度までいた部員は全員卒業しちゃって、今月中に四人部員が集まらないと廃部になっちゃうの」
ガチャ
唯「せんせー」
さわ子「はい、今行くわね。……ごめんなさい。次、音楽の授業あるから」
さわ子「頑張ってね、軽音部」ニコ
律「……はあ」
コツコツ
唯「……」ボー
さわ子「それじゃ、行きましょ」
唯「あの……」
澪「ん?」
唯「さっき話してた、軽音部って……」
律「お、軽音部に興味あるのか?」パアッ
唯「どんなのかなぁって」
律「よし、お姉さまがいろいろ教えてやろう!」
唯「ひいぃ~」ズルズル
さわ子「……」クスッ
コツ コツ…
さわ子「唯ちゃん、やっぱり職員室に呼ばれた理由忘れてたわね」
さわ子「ま、そんなもの無いに等しいのだけど」
さわ子「……フフ」
さわ子「また楽しい3年間を期待してるわよ」
おわり。
最終更新:2010年10月13日 00:19