唯「…」
舞台袖へと続く扉。そのドアノブに手を伸ばした
扉は古いのか、独特な音をたてながら開いていく
梓「先輩?早く進んで下さい」
唯「りっ………りっちゃ…ん?」
そこには紛れもない、見間違うハズのない、あの見慣れた後ろ姿があった
扉が開く音に気付いたのか、その姿がこちらに振り向く
律「…よう。遅かったな、お前ら」
澪「律!」
梓「先輩!」
ムギ「りっちゃん…!」
唯「…」
みんなが駆け寄る中、一人呆然と立ち尽くす私
律「…」
りっちゃんと、目が合う
律「遅くなったな。
田井中律、ただいま帰還しました!!」
唯「りっちゃ……りっちゃああああっん!!」
駆け寄り、抱きつく。ああ、これだ…私が欲しかった安らぎが、今、目の前にある
唯「りっちゃんりっちゃん!りっちゃぁああん!!」
律「こらこら、泣くな泣くな。そろそろ幕開くぞ」
澪「と、いうか、律。大丈夫なのか?その、色々と」
律「はは、無理言って抜け出してきたんだよ。少しくらいなら大丈夫なんだってさ」
澪「そうか、ならいいんだ」
司会「次は、放課後ティータイムによる」
ムギ「あっ、みんな!始まるわよ!」
律「よし!…唯、やれるか?」
唯「ぐすっ…ずびっ…。モチロンだよ!!」
律「…よし!梓!」
梓「やってやるです!!」
律「澪!」
澪「大丈夫!」
律「ムギ!」
ムギ「いつでもオッケ~よ~」
律「よし!聴かせてやろうぜ!見せてやろうぜ!私たち、放課後ティータイムをさ!!」
唯「うん!」 澪「ああ!」 ムギ「ええ!」 梓「はいです!」
幕が…開く
観客の視線が、私たちに集中する
さっきまでの私なら、この状況でもう参っていただろう。けれど、今はもう違う
後ろに…居てくれている
安心を…くれる人がいる。だから…もう大丈夫
唯「…あー…コホン」
唯「ここに来るまで、とても長い道のりでした」
唯「楽しい事や嬉しい事。もちろん、辛い事や苦しい事もありました。もうダメだと、何度か諦めかける時もありました」
唯「けど、私はこうして、ここに、立っています」
唯「それは…みんなが……仲間が支えてくれたおかげです」
唯「こんな…こんな喜びを皆さんにも知ってほしい…そんな気持ちを込めて、歌います」
澪ちゃんを見る。ニコッと、頷いてくれた
あずにゃんとムギちゃんの方を見る。ニコッと、頷いてくれた
最後に、後ろに振り向く。ニコッと、頷いてくれた
唯「…」
唯「聴いてください。放課後ティータイム、曲は―――――――
さわ子「…」
「凄い子たちだねぇ。アレ、みんな君の教え子?」
さわ子「あらアナタ…。…ふふん、凄いでしょ」
「伝わってくるものが違うよ。他とはね」
さわ子「…決めた?」
「あぁ。決まりだ」
さわ子「そう…。あの子たちも喜ぶわ」
「だといいね」
唯「ふぅ…ふぅ…」
歌い終わると同時に大きな歓声。鳴り止む気配がない。それがとても心地よく感じられた
梓「…い、今までで、一番…イイ演奏が出来た気がします…」
澪「はは、梓、泣いてるぞ」
梓「えっええっ!?そ、そういう澪先輩だって泣いてます!」
澪「な、なにぃっ!本当か!?」
ムギ「はいはいそういうのは幕がおりてからね」
唯「あはは」
相変わらずだなぁ、みんな
幕がおりる。その時だった
りっちゃんが一言も喋っていない事に気付く
唯「りっちゃん?」
私の声に反応する事はなく、視界には、横たわったりっちゃんが、そこにいた
唯「ーーっ!りっちゃん!!!!」
さわ子「みんな!」
唯「さわちゃん!りっちゃんがっっ!!」
さわ子「とにかく落ち着いて!今医者が来てるから!みんなは後片付けを!」
梓「は、はいっ」
病院にて
律「…」
りっちゃんはすぐに意識を取り戻し、面会可能という事になったので、病室にみんなが集まる事になった
医者「…私はダメだと言ったんですがね」
澪「あの…どういう事ですか?」
医者「…田井中さん」
律「いいです、先生。私から言います」
唯「…」
医者「それじゃあ私は退室するよ。何かあったら呼んでくれたまえ」
さわ子「ありがとうございます」
律「・・・・・腕…」
唯「え?」
律「腕が…弱ってるらしいんだ」
梓「ど、どういう事ですか?」
律「腕に負担をかけると…事故の時の痛みが再発して…まともに動かせなるんだ。私生活では問題ないけど」
律「…負担っていうのはまぁ…ドラム…くらいのレベルな訳で…」
律「それに、もしかしたら将来的には、もっと弱まるかもしれないって」
唯「…りっちゃん…まさか……」
律「うん。だから、この腕がまともに動かなくなる前に、放課後ティータイムの…最後のドラムを…やりたかったんだ」
律「だから、無理に病院を抜け出したんだ。たはは」
唯「わたしの――
律「唯」
律「唯のせいじゃない。気にするなよ」
澪「待て。待ってくれ。じゃあ放課後ティータイムのドラムはどうなるんだ!?」
ムギ「澪ちゃん!落ち着いて!」
澪「これが落ち着いていられるか!なぁ律、冗談なんだろ?冗談って…冗談っていってくれよ!なぁ!!」
梓「先輩!!」
澪「っ!あ…ごめ…わたし…さ、最低だ…なにやって…」
ムギ「澪ちゃん…」
律「澪」
澪「なん…だよ…」
律「あ、いや。やっぱ後で」
澪「…お前、今、私放課後ティータイムを抜けるよ。とか言おうとしてただろ」
律「え、いや、あの…えと…」
澪「そんなの絶対に許さないからなっ!!」
ムギ「澪ちゃん、ここ病院だからっ」
澪「あ、ごめん…」
ムギ「…ちょっと外に出よ?ここじゃ冷静で居られないでしょう?」
澪「うん、そうする…ごめん、律、ムギ…」
律「あ、ああ」
ムギ「りっちゃん」
律「ん」
ムギ「私も、りっちゃんが抜けるなんて、絶対に認めないからね」
律「ムギ…」
梓「…律先輩、私もですよ」
律「梓…」
ムギ「さ、澪ちゃん」
澪「ん…」
梓「何か、冷たいもの買ってきますね、私」
律「あ、ああ。ありがとう」
さわ子「私はお邪魔みたいだし…じゃあね☆」バタン
こうして、室内に取り残された私と唯
重たい雰囲気の中、先に口を開いたのは
律「いやぁそれにしてもあれだな」
私だった
律「腹へったなぁ…」
唯「………ねぇ、りっちゃん」
律「唯…どうした?」
唯「ドラムはダメなんだよね…?」
律「あ、ああ?」
唯「ギターは、どうなの?」
律「ぎ、ギター?ああ、ギターなら多分大丈夫だよ。先生が言ってたんだよ」
律「誠に残念です。まさかドラムとは…ギターやベース、キーならまだ何とかなったのに…ってな」
唯「じゃありっちゃん!!」
私が言い終える前に、笑みを浮かべた唯が顔を近づけてきた
律「お、おう。どうした」
唯「ギターやろうよ!!」律「は?」
律「なに言って…」
唯「それでね!私がドラムをするの!!そうすれば全部解決だよ!」
律「…あのな、唯。お前がどれだけ練習したか私は知ってる。ボーカルもギターも。それを全部壊す事何て私には出来ないよ…」
唯「りっちゃんが壊すんじゃないよ。私が壊すんだ」
律「へ、屁理屈を…」
唯「それに、私は」
律「?」
唯「ギターやボーカルがしたいんじゃない」
律「…唯?」
唯「りっちゃんと…みんなとバンドがしたいの!!」
律「……唯…」
唯「待ってて!」
律「あ、おい」
律「これ…」
唯「ギー太だよ!」
律「…ダメだ、受け取れないよ…」
唯「むー……」
律「第一、そんな大切なもの、他人に簡単に譲渡しちゃいけません」
唯「りっちゃんだからだよ」
律「えっ」
唯「他の誰でもない…りっちゃんだから」
唯「だから、渡せるんだ」
律「唯……」
唯「だから受け取って、りっちゃん」
これを受け取れば私は…
ダメだ…受け取れない…
唯の頑張りを知っているからこそ…受け取る事なんてできない…
唯「りっちゃん」
律「なん…だよ…」
唯「本当ならそこには…私が座っていたハズなんだよ」
律「!」
唯「これはその…ほんの少しの恩返しで…」
唯「それに…りっちゃんは言ってくれたよね…」
唯「楽しい事も、辛い事も…半分こ…ぜん…ぶ…半分こっ…て…」
律「っ…!」
唯は泣いていた。多分、私も泣いてる
唯「全部背負わないで……私、りっちゃんの事…大好き…だから…。少しでも力になりたくて…うぐっ」
私は…馬鹿だ。こんなにも近くで、すぐ傍で、私を思っていてくれてたのに
律「唯…ごめんな。そしてありがとう」
ベッドからおりて、唯と向き合う。もう逃げないよ
唯「りっちゃん…」
律「唯の気持ち…全部、貰う事にするよ」
唯「りっちゃん…!」
律「唯…」
唯「うん。ギー太をよろしくね」
律「うん」
ギー太を受け取る。重いなぁ。きっと色んなモノが詰まってるんだろう
唯「私がい~っぱい、色んな事教えてあげるからね!」
律「うん。私も…ドラム、教えるよ」
唯「うん!」
律「……」
唯「りっちゃん?」
律「えーっと…だな」
律「あ、唯。顔にゴミついてるぞ」
唯「へっ?どこどこ?」
律「あぁ待って、ちょっと顔近づけて」
唯「う、うん」
言われるがままにりっちゃんに顔を近づける
その時だった。唇にやわらかな感触
唯「…へ?」
律「へへ。ついていたのは可愛い唇でした!なーんてな。びっくりした?」
唯「……・・・・・ーー~~っ!!!?~~○×△□!?!」
律「お、おいおい唯、落ち着けって」
唯「りりりりり、りっちゃん!これはそのあのあ、あ、あれ、えと、そういう意味で捉えてもイイのでしょうか!!」
律「……ふふ。うんっ」
唯「り、り、りっちゃぁああああああん」ガバッ
律「お、おわっ!唯っ!?」
廊下にて
「りっちゃあああああんっ!」
梓「…入りづらいです」
澪「…私なんてあんな事言っちゃったんだぞ。もっと入りづらいんだぞ」
ムギ「まぁまぁ」
さわ子「あ、そうだ皆、デビューが決まったわよ」
梓「へ~…ってえええ!?」
ムギ「あらあら」
澪「ホントですか!?」
さわ子「うん」
梓「軽っ!って、そうなると大学にもあまり行ってられませんね」
ムギ「私、一度大学を中退するのが夢だったの~」
澪「どうしてそうなる!というか何だその夢は!」
「院内ではお静かに!」
澪「はひっ、す、すみません!」
さわ子「…(デビューを推したのは私だけど…何だか不安になってきたわ…)」
おしまい
最終更新:2010年10月15日 03:40