【三日目・純】
もうダメだ! 耐えられない!
しかし、いくら嘆いても、世界は変わる気配がありません。
自分の無力さを痛感します。
私は、いっそ開き直ることにしました。
どうせ誰もいないのなら、普段やれないことをやってしまおう。
極度の寂しさの裏返しです。
私は商店街へ赴くと、適当な店の中へ勝手に侵入し、片っ端から美味しそうなものを袋に詰め込みました。
お菓子やジュースを始め、なるべく高級そうな食べ物を選びます。
アイスは溶けるといけないので選びません。
満足した私は、両手に袋をぶら下げて歩きます。
行くあてもなくフラフラしていると、いつの間にか私は桜高の前に立っていました。
つい三日前のことなのに、随分と懐かしい気がします。
三連休に入る前日、憂や梓とパンを食べていた時のことを思い出しました。
あの時はまさかこんなことになるなんて考えもいなかったなぁ。
その瞬間、私の頭の中で、プツンと何かが切れました。
両手の袋を放り投げると、グラウンド脇に転がっていた、恐らくソフトボール部のバットを掴み上げ、校舎の窓ガラスに片っ端から叩き付けていきます。
頭は真っ白になっていました。
溜まっていた不安や恐怖、苛立ちが一気に爆発してしまったのです。
気付くと私は、涙を流しながらポツンと突っ立っていました。
なんだか少しだけ胸が軽くなった気がします。
そこでやっと悲惨な校舎を見て、ハッと我に返りました。
純「ど、どうしよう……」
そうは言っても所詮誰に咎められることもありません。
私は気にせずその場を立ち去ろうとしました。
ふと、そこで思い立ちます。
そういえば、ベースを部室に置いたままにしていたなぁ。
誰もいないのだから、家で思う存分練習をしよう!
と、私は素敵なことを思い付いたので、ベースを取りに部室へと向かいました。
軽音部の部室では、スッポンモドキのトンちゃんを飼っています。
人がいなくなってしまったこの状況で、亀はどうなっているのでしょう。
私は部室の戸を開けました。
トンちゃんの入った水槽は、普段と変わらず、そこにありました。
彼がいるのか確認しようと近付いて行くと、私の気配に気付いたのか、トンちゃんは手足を一生懸命動かして水槽の奥から泳ぎ出てきました。
純「トンちゃん!」
思わぬ自分以外の生物との遭遇で、私のテンションは上がります。
私はトンちゃんを水槽から出し、しばし戯れました。
純「おお、トンー」
呼び捨てにもしてみます。
トンちゃんをひっくり返しては起こし、ひっくり返しては起こし、を満足するまで繰り返した後に、ご飯をあげようと思いました。
トンちゃんを水槽に戻し、ご飯を入れてあげます。
私はトンちゃんのご飯係ではないので分かりませんが、確か梓はこうやっていたはずです。
ここで困ったことに、私はご飯係ではないので、トンちゃんが普段どのくらいご飯を食べているのか分かりません。
これくらいで足りるかな?
いや、もう少し……。
散々悩んだ末、私はトンちゃんが食べたいだけ食べさせることにしました。
ご飯係も難しいものです。
満腹になったであろうトンちゃんを尻目に、私は校舎内を探索することにしました。
もしかしたらトンちゃんのように、まだ何か生き物がいるかもしれません。
部室前の階段を降りて行くと、教室の方から甘い匂いがしてきました。
純「これはっ」
間違えるはずはありません。
まさしくゴールデンチョコパンの香りです。
まさか誰かが食べて……。
私は教室へと走り出しました。
せっかくの期待も虚しく、教室には誰もおらず、肝心のゴールデンチョコパンは半分以上が食べられていました。
純「……はぁ」
悔しがる気持ちを紛らわそうと、私はゴールデンチョコパンを食べました。
満腹になったトンちゃんを見たおかげで、自分もお腹が空いていたので丁度良かったのです。
純「甘ーい」
パンの甘さにウットリしながら部室へ戻ろうとした時です。
足に力が入らなくなり、私はその場にへたりこんでしまいました。
純「んあ、あれっ?」
私は突然の出来事にどうすることも出来ませんでした。
そして、同時に謎の激しい睡魔に見舞われた私は、瞬く間に深い眠りへと落ちて行ったのです。
【四日目・梓】
ガヤガヤと騒がしい教室。
みんな何事もなかったかのように楽しそうな会話を繰り広げています。
梓「お、おはよー」
緊張しながら教室へ入ると、いきなり視界が真っ暗になりました。
純「あずさぁっ!」
純が私に抱き付いてきたのです。
純の匂いがします。
梓「むぐっ……な、なに?」
久し振りに会えた純に私も抱き付いていたかったけど、変な趣味があると思われたくないので振りほどきました。
純「この三日間! 大変だったんだからぁ!」
梓「三日間?」
そんなの、私の三日間に比べたら絶対大変じゃない。
憂「純ちゃんね、この三連休中ずっと独りぼっちだったんだってぇ」
梓「へぇ……」
へぇ……。
え?
純「怖かったんだよー。ねっ、憂?」
憂「う、うん」
梓「ちょっと待って! ……どういうこと?」
それから私は純から詳しく話を聞きました。
街に誰もいなくなったり、奇妙なことが立て続けに起こったりと、私が過ごした三日間とほとんど同じでした。
純「それでさ、今日になったら何事もなかったみたいに一日が始まったんだよね!」
同じだ。
純「憂もほとんど同じ体験したんだって」
憂「ちょっと違うところもあったけどね」
思いがけない事実に面食らってしまいましたが、私は気を持ち直して言いました。
梓「それ、私も同じ……」
純憂「ええっ!?」
【四日目・純】
その日の朝、気付くと私は自室のベッドの上にいて、突然お母さんに叩き起こされました。
純「お母……さん……」
突然泣き出した愛娘に向かって、三日ぶりに会った母親が放った言葉は「早く学校行きなさい」という感動の欠片もない厳しい一言でした。
悪夢から覚めた私は、ルンルン気分で学校へと向かいました。
教室に入ると、憂を見つけました。
久し振りの再開を喜んで、抱き付いてみると、意外にも憂は嫌がりません。
それどころか、私の制服に顔を埋めてメソメソと泣き始めたではありませんか。
純「ちょっ、ちょっ!」
やっとのことで憂をなだめると、彼女はポツポツとこの三日間の出来事を話始めました。
それを聞いて、私がおったまげたのは言うまでもありません。
しばらくして、梓が登校して来ました。
またしても抱き付いてみたものの、梓からは冷静にひっぺがえされてしまい、ちょっと残念です。
梓「むぐっ……な、なに?」
私と憂の気も知らないで、梓はひどい人間です。
純「この三日間、大変だったんだからぁ!」
梓「三日間?」
梓が、驚いたような、怪訝そうな顔をしました。
【四日目・憂】
私と純ちゃんは、梓ちゃんにこの三日間の出来事を話しました。
途中で梓ちゃんは、驚いた顔をしたり、納得するような顔をしたりしていました。
全部話し終わると、梓ちゃんが静かに言いました。
梓「それ、私も同じ……」
純憂「ええっ!?」
私と純ちゃんは、声を揃えて驚きました。
まさか純ちゃんだけでなく、梓ちゃんも私と同じ体験をしてたなんて……。
梓ちゃんは、梓ちゃんの三日間について話してくれました。
やっぱり、私たちとほとんど同じです。
でも、ちょっとずつ違うところがあるのはなんでだろう?
【梓】
全て話し終えると、私たちは自然と黙り込んでしまいました。
私たちは、自分たちに起こった事件について考えを巡らせていました。
偶然にも似た経験をしたことに加え、それぞれの三日間で同じ点もあれば、食い違う点もあって……。
純「どういうことなのー」
梓「私だって分からないよー」
そんなこんなで、話はまったく進みません。
私と純が困り果て、諦めかけた時、それまで黙っていた憂が口を開き始めました。
憂「私、なんとなく分かったかも……」
純「ほんと!?」
梓「なになに?」
私と純が余りにも食い付いたからか、憂は少し怯んでから喋り出しました。
憂「たっ、たぶん、私たちはそれぞれバラバラの世界に飛ばされちゃったんじゃないかなぁ?」
純「はっ?」
【純】
私は耳を疑いました。
梓も私と同じく、突拍子もない憂の発言にびっくりしています。
そんな私たちを無視して憂は続けました。
憂「たぶんね、三つの世界があって、そこに私たちが一日ずつ別々に飛ばされたんだよぉ」
頭がついて行けません。
梓「ちょっと待って! 三つの世界? どういうこと?」
憂「ほらぁ、パラレルワールドだよ」
パラレルワールドって……。
私は混乱しながらも憂に聞きました。
純「パラレルは分かったけどさ、なんでそう思ったのさ?」
憂「うん。私たちの話では、ちょっとずつ食い違ってた箇所があったでしょ?」
梓「うんうん」
憂「例えばさぁ、純ちゃんは三日目に学校で窓ガラスを破ったでしょ?」
純「う……、うん」
なにやら恥ずかしい過去の傷をつつかれたような気分です。
憂は独特の緩い口調で淡々と続けます。
純「えっ、ちょっと……」
憂「こういうことだよっ」
憂はそういうと、サラサラと紙に次の図を描きました。
『純→梓→憂→純→梓→憂……』
純「これは?」
憂「三つの世界が、一日おきにこんな風にループしてたんだよっ」
梓「これのせいでトンちゃんがいつの間にか部室に戻ってたり、ロックバンドの解散ライブの日が違ったりしたんだよ」
純「な、なるほど……」
この通りにパラレルワールドが進行していたなら、筋が通ります。
まさか私たちが経験した三日間がこんなことになっていたなんて……。
ここで、ある疑問が私の頭に浮かびました。
純「なんで?」
憂「え?」
純「なんでこんなことが起きたの?」
【憂】
憂「え?」
純「なんでこんなことが起きたの?」
純ちゃんからの鋭い質問に私は閉口してしまいました。
何が原因で、私たちはパラレルワールドなるものに巻き込まれてしまったのでしょう。
憂「うーん……」
私が困っていると、梓ちゃんが話を割ってきました。
梓「ああっ!」
純「どっ、どうしたの?」
梓「授業始まっちゃうよ!」
純「ほ、本当だー!」
こうして私たちは授業の用意に追われ、結局例の三日間についての考察はお預けとなりました。
放課後もなんやかんや忙しくて、再びあの三日間について考えることはありませんでした。
おわり
最終更新:2010年10月17日 01:11