【第一話:梓の猫】

時は江戸。
人口百十一万人を越えるこの街で探し物を探すと言うのはとても難しい。

だからこそ、このお店は繁盛しているのだろう。

私の目の前にあるお店の看板には探し屋と書いてある。

私一人ではこの街で行方不明になった猫を探すのはとても無理だ。

風の噂で聞いたがこの探し屋の主……変わり者らしい。

梓「……よし!」

迷ってはいられ無い私の大事な猫を探さなきゃ。


梓「こんにち……」

紬「あら?お客?」

中に入り彼女を見て驚いた。
金色の髪に青い瞳……こんな容姿をした人がこの街にいたのか。

紬「どうしたの?」

それに随分美しい顔立ちをしている。

梓「あの……探し物を……」

紬「まぁ!仕事ね!で何を探して欲しいの?」

梓「猫を……」

紬「何だ猫なのね……」

私の探し物を聞いて落胆したようだ。
無理もない……この街で猫を探そうとするのはとっても大変な事だ。

梓「あの……やっぱり無理ですかね?」

紬「無理じゃないわ!」

梓「……へ?」

紬「私は何でも探す探し屋よ。たかが猫一匹、一日で見つけられるわ!」

梓「す、凄いですね……」

胡散臭い。
この広い街で小さな猫を一日で見つけられるなんて……胡散臭い。

紬「胡散臭いと思っているでしょう?」

梓「うっ……!」

顔に出ていたのか頭の中で思っている事を言い当てられてしまった。

紬「貴女お名前は?」

梓「あ、梓です」

紬「梓ちゃんね~随分可愛らしい顔立ちをしてるわね~」

梓「あ、いえ……」

私は褒められのは苦手だ。
だって何て反応を返せば良いのか分からない。

梓「それより猫……」

紬「わかってるわぁ~じゃあちょっと着いて来て。猫探すわよ」

梓「え?私の猫を探してくれるんですか?」

紬「勿論よ。暇潰しには調度いいわ」

私の猫探しを暇潰しだ何て……まぁ一緒に探してくれると言ってくれてる。

さっきの言葉は忘れよう。

紬「ふぅ~気持ち良い日差しね」

彼女は大きく背を伸ばした。
……そう言えば彼女の名をまだ聞いてはいない。

梓「あの……お名前は?」

紬「紬よ」

梓「紬さん……ですか」

紬「えぇ!今日一日よろしくね!」

そう言う紬さんに私は頭を下げた。
頭を上げた時にはもう歩き出していたのだけれど……。

梓「ま、待って下さい!」

紬「もう!ちんたらしていたら日が沈んでしまうでしょ!私は日が沈んでからは仕事をしないの」

梓「そう……ですか」

眉間に皺を寄せ不機嫌そうに紬さんは言った。
……この人、眉が太いなぁ。

紬「さぁ!早く探すわよ!」

梓「あ……はい!」

そう言えば私は紬さんに猫の名前や姿は伝えていない。

梓「あの……猫の名前とか姿とかは……」

紬「それはいいわ。猫なんて同じ姿をしたものばかりだし名前何て私が呼びながら探しても反応しないわ」

だから私を猫探しに着いて来させたのか。

紬「気まぐれで人に媚び売って餌を貰う……なんて都合の良い生物なの!」

梓「は、はぁ……」

紬「だけどそこが可愛いんだけどね」

しばらく歩いているて人の集まりを見付けた。
その中から微かに聞こえる三味線の音色。

紬「あら?もう始まっていたのね!」

紬さんは走り出し人の集まりの中に混じった。

梓「あ……紬さん!」

何が始まったかは知らないが彼女は多分、私の猫の事など忘れているに違いない。

梓「つ……紬さん!」

紬「梓ちゃんこっち!場所は空けておいたわ!」

梓「は、はぁ……」

紬「三味線……聞きたいでしょう?」

聞きたく無い!私は一刻も早く私の大事な猫をこの手で抱きしめたい。

梓「は、早く猫を!」

紬「しーっ!黙って!」

三味線の音がさっきよりも大きく聞こえる。

それもそうだ、私と紬さんの目の前で黒くて長い髪をした女が三味線を弾いているのだから。

紬「彼女は澪って言うのよ~」

梓「澪……」

澪と言う名の女の人は目を閉じ三味線を弾いていた。

何だかこの三味線の音色は私の心を悲しみで満たすようだった。

澪「ありがとうございました」

聞こえるか聞こえないかぐらいの声で彼女はお礼を言った。

紬「澪ちゃん今日もよかったわぁ~」

澪「……紬さんですか?」

何かおかしい。
彼女の目は紬さんを見てる見てるのに何故、彼女が紬さんだとと確かめる必要がある?

紬「そうよ~紬よ~」

澪「毎日聞いて頂いてありがとうございます」

紬「こちらこそありがとうね~あ、お金が落ちたわよ拾ってあげるわね~」

澪「お願いします……」

あぁ、成る程。
彼女は目が見えていないのか……。

紬「はいどうぞ!」

澪「ありがとうございます……」

紬「どう致しまして~」

澪「それじゃあ私はそろそろ……」

紬「えぇ!また素敵な三味線の音色を聞かせてね?」

澪「はい……」

彼女は杖を使い歩き出した。
本当に目が見えないのだろうか?
そう思うぐらいにしっかりとした歩き方だった。

紬「じゃあ猫を探しに行きましょうか」

梓「あ……は、はい!」

梓「むったーん!むったーん!」

紬「むったん?」

梓「あ、私の猫の名前です。呼んだら出て来るかなと思って……」

紬「随分と変な名付けたわね~」

変な名と言った彼女に謝らせたい。
私にじゃなくむったんに謝らせたい!

むったんはこの名を気に入っているのだ!

さわ子「おや?梓ではないか」

梓「あ、版元!」

このさわ子と言う人は私の売れない絵を店に置といてくれている。

さわ子「絵の順調はどう?捗ってるかい?」

紬「まぁ梓ちゃん絵師なの?」

さわ子「売れない絵師だけどねェ~」

梓「ううっ……」

彼女はいい人なのだけど思った事をすぐに口に出す。

紬「うふふ。売れない絵師なのね~」

あまり売れないとは言わないで欲しい。

さわ子「そいじゃ私はここで」

梓「何処か行かれるんですか?」

さわ子「決まってるでしょう。酒よ酒!」

昼間から酒とは贅沢な。

梓「い、行ってらっしゃい」

紬「明るい人ね~」

梓「そう……ですね」

さわ子「そいじゃ私はここで」

梓「何処か行かれるんですか?」

さわ子「決まってるでしょう。酒よ酒!」

昼間から酒とは贅沢な。

梓「い、行ってらっしゃい」

紬「明るい人ね~」

梓「そう……ですね」

紬「聞こえなかったの?ほら着いたわよ」

梓「ここ……って」

紬さんが指を指した方向を見ると小さな廃屋があった。

紬「ここはね~猫屋敷なの!」

梓「猫屋敷……?」

紬「えぇ!あ、猫のめし屋と言った方が聞こえは良いわね」

梓「まさか……まさかこの中にむったんが!」

紬「探して見たらどう?私は入りたくないけど」

梓「は、はい!探してみます」

扉を開けてみる……。

梓「ううっ……!」

強烈な匂い。
それに、あちこちに猫が居る。

梓「臭い……」

袖で鼻を押さえながらむったんがいないか確かめて…………。

梓「…………」

紬「いたー?」

梓「…………」

むったんはいた。
だが、猫と交尾をしている最中だった。

むったん…………。

梓「はぁ……」

紬「元気出して!ね?ほらお茶よ」

梓「はい……ありがとうございます」

むったんは今私と言う親から離れ自由となり廃屋に置いて来た。
もう……むったんは大人になってしまったのだ。

梓「はぁ……」

紬「元気だったしよかったじゃない?」

梓「はい……」

また、しばらくすれば私の元に帰って来るのだろうけど……はぁ。

梓「そう言えば……よくあんな場所を知ってましたね」

紬「この街の何処にあるかは私の頭に入っているもの。すぐ分かるわ」

梓「凄いですね……あ、そう言えばお金」

紬「いらないわ~」

梓「……え?」

紬「今日のお散歩はとっても楽しかったの!だからいらないわ。猫も連れて帰って来てないしね」

梓「で、でも……」

紬「いいのよ。売れない絵師さんからお金は取れないわ!」

むったんの事で言い返す気にもならず紬さんから差し出されたお茶を飲んでみた。

梓「美味しい……」

紬「うふふ。ありがとう!」


第一話
終わり



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最終更新:2010年10月17日 21:57