【第十話:一蓮拓生2】
澪「家に泊めて欲しい?」
紬「えぇ!泊めて欲しいの~」
今日で律さんの行方が分かる何て本当だろうか?
それに何で澪さんの家に泊まる必要があるのだろう?
澪「いいですけど……何も出ませんよ?」
紬「大丈夫よ~あ、澪さんの為に団子持って来たのよ~」
本当、何を考えているか分からない人だ。
澪「団子……ですか」
紬「えぇ!純団子って店の団子屋なの!結構美味しいのよ~」
澪「……立ち話も何ですしとりあえず入って下さい。」
紬「わかったわ~あ、梓ちゃんは団子食べちゃダメよ!」
梓「なっ……!」
紬「これ全部、澪ちゃんのだから~」
梓「わ、分かりましたよ……」
澪さんの部屋の中は荒れていた。
浴衣の帯が床に投げ出され部屋の隅には蜘蛛が巣を作っている。
澪「汚いでしょう?」
梓「そ、そんな事ありませんよ!個性的なお部屋ですね!」
澪「掃除をしたいんですが……出来なくて困っているんです……今まで律が全部してくれていたから」
紬「いい人ね律さんは……あ、団子を食べましょ?」
澪「……はい」
私は団子を食べる澪さんをずっと眺めていた。
団子が食べたいから眺めているんじゃない。
団子を食べる彼女の顔……とても悲しそうだ。
澪「美味しいです……」
紬「本当?気に入って貰えてありがたいわぁ~」
澪「律もこの団子好きでした。純団子と言うお店……神社の近くですよね?」
紬「そうよ~」
澪「あの神社には犬をお姉ちゃんと呼んでいる人がいるらしいですよ」
梓「犬をお姉ちゃんと呼んでいる人……」
憂の事だ……。
澪「私はあの人達にも世話になった事があります……何時かお礼を言わないと」
梓「私も憂には世話になりました」
澪「憂……?」
梓「あ、犬をお姉ちゃんと呼んでいる人の名です」
澪「そうですか……憂と言うんですね。悲しい名だ」
梓「でも、人の事を思いやれる良い人でした」
澪「私も彼女には感謝しています……私を拾ってくれたあの人にもあの犬にも……紬さんにも貴女にも礼を言わないといけない人が沢山いる」
紬「優しいわね澪ちゃん」
澪「いえ……私は優しくなんか無いですよ。団子もういりませんお腹いっぱいになりました」
紬「そう……残りは梓ちゃんにあげていい?」
澪「……どうぞ」
梓「むふぅ~美味しい」
澪「私そろそろ寝ますね」
梓「あ、はい!」
澪「おやすみなさい……」
紬「おやすみなさい澪ちゃん。いい夢見られるといいわね」
澪「……はい」
梓「じゃあ私達も寝ましょうか!」
紬「あ、言うの忘れてたわ今日は徹夜よ」
梓「て、徹夜!?」
紬「まぁ訳を話したいから外に行きましょう?」
梓「わ、分かりました……」
澪さんを起こさないように私達はそっと外に出た。
梓「それで何で徹夜をするんですか?」
紬「律さんが来るからよ~だから徹夜をするの」
梓「律さんが来る?」
紬「澪さんが言ってたでしょう?律さんが来たってだから今日も来ると思うの」
梓「まさか……澪さんには悪いんですけど……夢じゃないんですか?」
律さんが首を絞める夢を澪さんは見た。
その夢を澪さんは現実と勘違いしてしまって夢だと疑ってもいない。
そんな私の考えを紬さんは真っ向から否定した。
紬「夢なんかじゃないわ」
梓「夢じゃ……ない?」
紬「えぇ澪さんが話した事は夢じゃない……彼女は律さんの姿を見たし律さんは彼女の首を締めた。これは紛れも無い現実よ」
梓「あはは……まさか」
紬「だから徹夜して待っていれば律さんは来ると思うの」
私には律さんが来るとは到底思え無かった。
今まで姿を現らわさなかった律さんが何故今になって姿を現す?
考えれば考える程、疑問が疑問を呼ぶ。
紬「それじゃあそろそろ戻りましょう」
梓「え?……は、はい!」
再び澪さんの家へと戻った私達はすっかり眠っている澪さんを見た。
紬「幸せそうな表情ね」
きっと律さんの夢を見ているのだろう。
彼女は笑みを浮かべながら寝ていた。
彼女の笑顔を始めて見た。
とても美しい。
紬「じゃあそろそろやりましょうか!」
梓「何をですか?」
紬「決まってるじゃない掃除よ」
澪さんは掃除をしたくても出来ないと言っていた。
朝になるまでの暇潰しにもなるし、何より澪さんの為にもなる。
梓「はい!掃除やりましょう!」
紬「じゃあ私は寝るから梓ちゃん頼んだわよ~」
梓「えぇぇー!」
紬「うふふ。冗談よ冗談!」
一通り掃除をし終わり私達は休憩を取る事にした。
梓「結構、綺麗になりましたね」
紬「えぇ!澪ちゃん喜ぶと思うわ~」
梓「そうですね!」
ギシッギシッ。
何かが軋む音が聞こえた。
澪さんが寝返りを打っているのか……。
最初、私はそう思っていたが違うようだ。
急激な冷気が部屋を包みまた何かが軋む音が聞こえる。
ギシッギシッギシッ。
梓「な、何ですかこの音……」
紬「しーっ黙って」
ギシッギシッギシッ。
私は見た。
澪「ぐうっ……!」
私達以外、誰もいないこの部屋に急に現れ澪さんの首を絞める女の姿を見た。
澪「く、苦じい……っ!」
律「澪……澪ぉっ!」
澪さんの名前を呼んでいる女は透けていた。
彼女越しに壁が見える。
幽霊……彼女はもしかして幽霊なのか?
この寒いぐらいの部屋の冷気に透けた体……。
律さんの行方は生か死か……今日、全てが分かる。
紬「貴女……律さんよね?」
彼女は律さんなのか?
律「……お前らは誰だ?」
幽霊は澪さんの首を絞めるのを止め私達を見た。
紬「私は紬この人は梓……澪ちゃんの友達よ」
幽霊とはもっと怖い物だと思っていた。
私は彼女に恐怖の感情は抱いていなかった。
むしろ、彼女を見て悲しいと思った。
だって彼女は涙を流している。
幽霊も涙を流すんだね……。
律「そうか……澪の友人か……私は律だ」
紬「そう……やっぱり律さんなのね」
律「あぁ……」
紬「ずっと貴女を探していたの澪ちゃんも私も……ずっと探していた」
律「そうか……」
律さんは澪さんを見た。
律「綺麗な寝顔だ……狂うぐらいに愛おしい」
夜明けを伝える鳥の声が聞こえた後……律さんは消えた。
紬「やっぱり律さんは死んでいた……みたいね」
梓「……はい」
生きている者は幽霊にはならない。
紬「この事を澪ちゃんに伝えないと……あまり言いたくは無いのだけど……」
戸の隙間から太陽の日差しが差し込んだ。
それから、数時間後……私達は澪さんに律さんが死んでいる事を伝えた。
彼女の泣き顔は直視出来ない程、悲しい表情だった。
紬「未練が残っていたのよ」
団子の串を食わえながら紬さんは言った。
紬「心中死するも自分だけが死に……愛する者はまだ生きている。だから彼女は幽霊となり澪ちゃんの元へ現れた」
この世に大きな未練を残す者は幽霊となると言われている。
梓「でも……何で澪さんの首を絞めてたんですかね?」
紬「……幽霊は自分が居ると言う事に気付いて貰えないと寂しくなるらしいわよ」
梓「寂しくなる?」
紬「そうだから印を残すの」
梓「あぁ……澪さんの首の痣」
律さんは澪さんに伝えていたんだ。
私は側にいると……。
梓「また律さん……澪さんの元に現れるんじゃないですかね?」
紬「ううん……彼女はもう気付いていると思うわ……律さんが何時でも側に居ると言う事を」
梓「だから……もう現れない」
紬「えぇ、現れない」
梓「何で紬さんは律さんが幽霊として出るって分かったんですか?」
紬「川で澪ちゃんの話しを聞いた時……思い出した事があるの」
梓「思い出した事?」
紬「これよ」
紬さんは私に瓦版をそって手渡す。
川で白骨死体が見付かる。
瓦版にはそう書いていた。
紬「もしかしてこの白骨死体は律さんじゃないかな?と思ったの」
紬「それから……澪ちゃんの首の痣を見てもしかしたら律さんが幽霊として、側にいると伝える為に痣を付けたんじゃないかなって思ったの」
梓「よくそんな事を考えましたね」
紬「本当よね。自分でも当たっているか不安だったわ……」
でも、当たっていた。
梓「紬さん……やっぱり貴女は凄いです。普通の人ならこんな事思いもしませんもん」
紬「あら?皮肉?」
梓「とんでもない。褒めてるんですよ」
紬「じゃあ、そろそろ行きましょう」
梓「そう……ですね」
紬「後で番屋に行きましょう。そこに律さん骨があるから団子を供えましょう」
梓「はい……あ、澪さんも誘いませんか?」
紬「そうね。このまま無縁仏として弔われるのはあまりにも可哀相だものね」
心中死をした者は弔う事は許されていない。
だが、私達にはそんな事気にもならないし私達以外にその事を知るのは誰もいない。
律さんが愛する者を思いながら死んだ。
それでいいじゃないか。
―――私は何時ものように三味線を弾きに行こうと思った時、律の声を聞いた。
こっちだよこっちだよ。
律は私にそう言っていた。
杖を手にし外へ出て彼女の声を追い掛けた。
こっちだよこっちだよ。
澪「り、律……待って!」
声が遠くなって行く。
私は必死に追い掛けた。
律は死んだと聞いた……私もその現実を受け止めた。
なのに、聞こえるんだ律の声が聞こえるんだ。
必死に追い掛けた。
もっと近くで律の声を聞きたい。
澪「待って!律待って!」
何かにぶつかりながらも必死で彼女の声を追う。
「おい!待てっ!」
こっちだよこっちだよ。
澪「律!待って!」
幻影を追い続ける足はやがて宙を切り水の中へと沈む。
狂うぐらいに愛おしい澪の顔を私は見た。
ずっと見たかった律の顔を私は見た。
「身投げだァー!女が一人川の中へ飛び込んだぞー!」
薄れ行く思考の中、 私の手に律の手が重なった。
律「会いたかったよ澪」
彼女の笑顔を見た後、眩しいぐらいの光が私を包んだ―――
死んだ後も極楽浄土で同じ蓮華の上で生まれよう。
第十話
おわり
最終更新:2010年10月17日 22:09