さわ子「澪ちゃんはいいのかしら?」
澪「いえ…、私は部室の戸締まりがあるし…」
さわ子「だったら、私が戸締まりはしておいてあげる。……こう言ったらどう?」
澪「さ、さわ子先生……!」
バタンッ
紬「……あら、アレってまさか」
タッタッタッタッ!
澪「おーい、みんな待って!待ってくれよ、私も行くー!」ダッ
唯「み、澪ちゃんまで…。ありがとうみんな!」
律「店の中で走ったらダメじゃなかったのかー澪!」
さわ子「あ、ちょっと待ちなさい唯ちゃん。これを持って行きなさい!」シュ
パシッ!
唯「こ…これは!?電車でもバスでも使える『Suica』!でも、これはさわちゃんのじゃ…!」
さわ子「レンタル料は助手席の、このウーパールーパにしておくわ。持って行きなさい」
唯「あ、有り難う!これで百人力だよ!」
律「はは…、まさかあのぬいぐるみが本当に役に立つなんてな」
さわ子「駅はこの建物の裏手だからね。車に気を付けて遅くならない内に帰るのよ」
唯「りょーかいだよ!よし、行こう!行こうよ皆」
……
……ブチン
梓「何このドラマ、完全に打ち切りエンドじゃない。最後まで見て損した。はぁ、……退屈。やっぱり無理してでも部活に出れば良かったかな」ゴロン
ピロッパッニャー♪
憂『あ、梓ちゃん!今ちょっと良いかな、寝てたりしてた?』
梓「ううん、ドラマ見てたから大丈夫だよ。何か用?」
憂『うん!お姉ちゃんがそっちに行ってないかな?』
梓「唯先輩?来てないよ。どうかしたの」
憂『実はまだ、お姉ちゃんが帰って来てないの…。電話しても繋がらないし。……迷子になってたらどうしよう』
梓「落ち着きなよ憂。そんな訳無いじゃない、唯先輩はもう高校生なんだから」
憂『で、でも……』
梓「そんな事よりアウトレットはどうだったの?純と行ってきたんでしょ」
ホーホー…
唯「う、ういー!ここ、どこ…、ジャスコは?ジャスコはどこなの。うぃー!」キョロキョロ
澪『よし、大体場所は分かったぞ。皆の携帯に転送するよ』ピッ
紬『…ふむふむ。今の時間から間に合わせ範囲の総合スーパーはこの四つね』
唯『よし、迷ってる暇は無いよ!私は北西のジャスコ、澪ちゃんは南南西の西友、ムギちゃんは東のイズミヤ。そして律っちゃんはココのお値段以上ニトリだよ!」ズビシッ
律『おぉ!唯のヤツなんか凄いな。異様な気迫に充ち満ちているぜ』
紬『本当ね、とっても頼もしいわ!』
唯『甘いね、今の私はただの
平沢唯じゃないの…。そう、コマンダーユイなのさ!』
紬『おぉー。それじゃ司令官の唯ちゃん、命令をどうぞ』
唯『時は満ちた、今こそあずにゃんカップをこの手に…。その為にここまで耐え忍んだんだよ!いくよ、皆の衆!』ダッ
律『どうしたんだよ澪?やけに志気が低いじゃねーか!』
澪『………なんか心配だな』
「はぁ…、こんな事ならあんなの言わなきゃ良かった。凄い恥ずかしいよぅ…。とにかくジャスコの位置を確認しないと」サッ
ピッ…ピッ……ブチン…
「……え?あれ!?嘘っ、こんな所で電池切れなの!」
カチカチ…
「ど、どうしよう…。これじゃ律っちゃんに電話も出来ないよ!」
ホーホー…
「あぁ…いつの間にか真っ暗だよ。月が出て無いのかな。………うん。月が無い?」
私は自分で口に出した言葉に疑問を覚える。しかし、それがどの単語かを理解する前に私の頭から爪先までを、まるで冷や水を被せられたかの如く寒気が走った。
『唯が夜道を歩いてるときに背後からムスタングで……』
『月の無い夜には気を付けるんだぜ……』
瞬間、私は遥か虚空に目を向ける。その瞳に映った物は黒。呆れる程に黒一色だった。
「月の無い夜……。いや、まさかね。何を驚いてるんだか…。どうせ律っちゃんが脅かしただけだよ…」
私は一度深呼吸を付こうと大きく息を吸い込もうとした。しかし、その行為は私の耳に響いた物音により中断される。
「こんな所に人…?いや、違う。そんなはず無い…。こんな時間にこんな道を通る人なんか居ない。これは…」
吸い込んだ息を吐き出す事さえも忘れて、私はただそこに立ちすくむ。まるで両足を鎖でがんじがらめにされたように……。
「あ……あずにゃんなの……」
私は自分を安心させる為に、その言葉を呟きかける。
有り得ないのだ、あずにゃんがここに居るはずが。
有り得ないのだ、返事が返ってくる事が。
だから、こそ安心できる。今私の頭に過ぎった事はただの妄想に過ぎない、返事が無い事がそれを証明しているのだから。
「……ぃ…パイ…。ゆぃセンパ…」
刹那。私の足は幻想の鎖を引き千切り、猛然と前方を虚空を翔けた。
己に宿る製造本能がそうされるのだろうか、私は自分でも驚く程の速力だった。
「あ、あれは私の知っている
中野梓じゃない…。三十六手で必ず私を仕留める、悪鬼。そう、あずにゃんカップの怨念なんだから!」
振り払え、迷いを。振り払え、己の限界を。
でなければ、私はもう二度と演奏をする事は出来ない。
だって…その時には既に私という固体は生命活動を停止してただの蛋白質へと姿を変えて……
梓「ゴチャゴチャうるさいですッ!止まれって……言ってるでしょ!」ブォン
スパコーンッ!
唯「はふぅ!?」ドサッ
ガッシ!
梓「やっと、捕まえましたよ!どこまで世話をやかすんですか」
唯「痛たたた…、これはサンダル?それじゃ足があるの!?本当にあずにゃんなの」
梓「だからそう言ってるでしょ!他に誰が居るんですか」
唯「そ、それはそれで具合が悪いよぅ!後一日成仏してくれないかな!?」
梓「だから、私幽霊じゃありませんよ!」
唯「でも、どうしてあずにゃんが私の居場所分かったのさ?」
梓「憂が余りに心配するから、澪先輩に電話したんですよ。そしたら、本当に迷子かもしれないって言うから…」
唯「そ、それでわざわざ私を探しに来てくれたの?」
梓「私だけじゃないですよ。律先輩やムギ先輩も、皆探してくれてるんですよ」
唯「うぅ…、皆の足を引っ張るなんて…。コマンダーYUI失格だよ…」
梓「なんですかコマンダーって?ほら行きますよ」
唯「…え?行くってどこにかな」
梓「向こうですよ。ほら、明かりが付いてるでしょ」
唯「明かり…?あっ、あれはジャスコ!?こんな所にあったの!?」ダッ
梓「あ、ちょっと!?」
ガラガラガラガラ…
唯「シャッ…、シャッターが閉まる。遅かったって言うの……」
梓「私のマグカップですか?別にいいですよ、他を使えば」
唯「えっ!?なんでそれを!もしかしてあずにゃんカップの怨念に…」
梓「違いますよ、澪先輩から電話で聞いたんです。あんまり怒らないでくれって言われたけど…」
唯「それじゃあずにゃん怒って無いの?あずにゃんカップ割っちゃったんだよ!」
梓「怒るよりも呆れてますよ……。そんなに私に怒られるのが嫌だったんですか?」
唯「それもあるけど、あずにゃんが可哀相だったんだもん…」
梓「私が可哀相…?」
唯「だって、あんなに可愛くて素敵なあずにゃんカップを無くしちゃったんだもん…。それも私のせいなんだよ?だったら見つけるしかないじゃない…、たとえ0.01%の確率しか無くても…」
梓「唯先輩…。違いますよ、0.01%なんかじゃありません…」
唯「……え?」
梓「澪先輩やムギ先輩。それにさわ子先生…、皆頑張ってくれたんです。0.05%、それでも見つからないんだったら文句は無いですよ」
唯「で、でも本当に良いの?大事なあずにゃんカップなんだよ!」
梓「そうですね…。でもそんなマグカップよりも、私の為にここまでやってくれる軽音部の皆…。そっちの方が私にとっては何倍も大事なんですよ」
唯「あ、あずにゃん!ありがとうあずにゃぁぁん!」ガバーッ
梓「ふふ…、やっと笑ってくれましたね。やっぱり唯先輩には…笑顔が」
唯「あずにゃん…?どうしたのあずにゃん!」
梓「ごめんなさい、無理し過ぎたみたいでちょっと頭痛が…。少し、休ませてもら…」ズルッ…
唯「あずにゃん、しっかりして!大丈夫なの!」ガシッ
…
梓「あ、あれ……。ここは…」パチッ
唯「気が付いたかな?心配したんだよ」
梓「唯先輩のウチですか…。私をおぶってここまで?」
唯「当たり前じゃない。あずにゃんカップの罪滅ぼしだよぉ」
梓「ふふっ…。ありがとうございます、唯先輩」
ガチャリ…
憂「あ!お姉ちゃん、良かった無事だったんだね!」ダッ
唯「大袈裟だよぉういー。私はジャスコに行ってただけだよ」
憂「早く上がって、梓ちゃんも!いま温かい飲み物淹れるね」
憂「それじゃ、お姉ちゃんはずっと梓ちゃんのマグカップ探してたんだ?」
唯「聞くも涙、語るも涙なんだよういー」
憂「……めっ!だよ、お姉ちゃん」ビッ
唯「はふぅ!?な、なんでういが怒るの」ビクッ
憂「悪い事をしたら、まずは謝らないとだめだよ」
唯「そ、そっかー…。ういは厳しいねぇ」
梓「別にいいよ憂。また別の買えばいいし」
憂「そう?ゴメンね梓ちゃん」
唯「うぅ、ゴメンよぅぃー」
憂「でも、お姉ちゃんも今日一日頑張ったしね。ほら、コレ。私からのプレゼントだよ」ガチャガチャ
梓「…プレゼントってそのホットココアなの?」
憂「違うよ。ほら、このお姉ちゃんのカップ、可愛いでしょ」
唯「こ、…この丸いフォルム…。このぷりてぃな取っ手の尻尾…!?」ガタタッ
梓「私のマグカップ!?でもなんで憂が持ってるの!」
憂「なんでそんなに驚いてるの?このマグカップは今日行ったアウトレットモールで売ってたんだよ」
梓「アウトレットモール…。そうか、そういう事だったのね」
唯「ど、どういう事なのかな!?あうとれっとって何?考古学部の事?復元したのかな!」
梓「違いますよ…。ほら、ココアでも飲んで落ち着いてください」サッ
ズズズズ…
唯「はふぅ…!やっぱりあずにゃんカップは魔法のマグカップだよぉ」
憂「良く分からないけど、お姉ちゃんが幸せそうで私も嬉しいよ」
=翌日=
澪「アウトレットモールっていうのは、メーカーの訳あり品や半端ものを取扱ってる所だよ」
唯「訳あり品…。そっかー、だから倒産した会社のあずにゃんカップもそこに流れついてたんだね」
律「まさか駅前にそんなモンが出来てたなんて…。知ってりゃ最初からそうしたのにな」
梓「今回ばかりは純の無駄な情報網に感謝ですね」
律「感謝っていやぁ、さわちゃんにもしとかないとな。まだ来ねーのかな」
梓「さわ子先生なら、青い顔して教頭室の方に歩いて行きましたよ。何かあったんですかね」
唯「え…!?あー、うん何だろうねぇ律っちゃん」ガクガク
律「さ、さぁなぁ…、私に聞かれても至極見当が付かないぜ……」ガクガク
梓「……どうしたんですか?ねぇ澪先輩」
澪「ごめんなさい…ごめんなさい…」ブツブツ
紬「さぁ、皆。お茶が入ったわよ。はい、梓ちゃんのあずにゃんカップよ」サッ
梓「ムギ先輩までそう呼ぶんだ…。どうもです」サッ
澪「さて、それじゃ頂こうか」
唯「…………………」チラッチラッ
梓「な、なんですか唯先輩。そう何度もチラチラ見られると落ち着かないんですが……」
唯「え!?違うよぉあずにゃん。気のせいだよぉ」
梓「そ…、そうですか?」ズズズズ…
紬「ささ、今日はチーズスフレよ。沢山食べてね」サッ
澪「おぉ、そうなのか?私はこれ好きなんだよな」ズズズズ…
梓「へー、そうなんですか。それは初み……」ズズズズ…
唯「……………………」チラッチラッ
梓「あーっ、もう!唯先輩、そのカップ貸して下さい!」バッ
唯「え、ちょっと何するのあずにゃん!?」
梓「こうですっ……!」ゴクゴクゴク…
律「こらこら梓、そいつは唯の分だぞ。がっつくなよ」
梓「…はふぅ。す、凄いですよこの唯先輩のカップ!紅茶の味が二倍にも三倍にもなってますよ!」
唯「何言ってるのあずにゃん。これは普通のカップだもん。あずにゃんカップじゃあるまいし」
梓「いいから騙されたと思って飲んで見て下さいよ」サッ
唯「うぅ……」ズズズズ…
律「どうだ唯なんか変った味するか?」
唯「……はふぅ!?」ガタタッ
紬「ど、どうしたの唯ちゃん!大丈夫かしら」
唯「な、何これ!?まるで魔法みたいだよ。あずにゃんカップを凌駕する深い味わい…、これがゆいういカップ!?」ズズズズ!
澪「…おいおい、梓お前一体唯に何をしたんだ?」
梓「別に…、ただ魔法を掛けただけですよ」
律「馬鹿言うなよ、魔法なんてあるわけねーだろ」
梓「ふふっ、ありますよ。プラシーボ効果っていう魔法です」
紬「あ…!な、なるほどねぇ」
唯「ゆいういカップー、ゆいゆいういー♪不思議なカップー、ゆいういカップー♪」ズズズズ
律「……ほんと、思い込みの効果なら唯には絶対だな」
唯「この、ゆいういカップなら何杯でもオカワリできるよぅ!」サスサス
=おしまい=
最終更新:2010年10月23日 21:16