唯「……じゃあね、私授業に戻るから。ゆっくり休んでね」

唯「あと……男の子になったこと隠してたつもりなんだろうけど」

唯「はっきり言ってバレバレだよ。しっかりしないと、皆にバレちゃうよ?」

律「う……わかった。サンキュ」

 シャッ

律(いつのまにか萎びれてる)ハキハキ

律「……」

律(告白……失敗したのか?)

律(なにが、いけなかった)

律(私が卑屈……? 確かに否定はできないけど……)

律(でも、それが普通じゃないのかよ)

律(男と女で付き合って、セックスして結婚して子供作って)

律(女同士じゃできないことだろ……?)

律「……」グス

律(なんだよ。なんで、涙が……)

律「う……」ボフッ

 ドン ドンッ

律「くそぉ……!!」

――――

 キーンコーン カーンコーン…

律(……)

律(……)

律(元に戻るか……)

 ゴソッ

律「……」ニギ

律(でも、戻ってしまったら、二度と……)

律(……馬鹿が、それが卑屈だって言われたんだろっ!)ギュッ

 グチュ

律(これで……元通りだ)フキフキ

律(もう、ないよな?)バッ

律(……うん。体つきも角張ってない)

律「……」

律(良かったのか? これで)

律(……うあー、わっかんねぇ)

律(私はどうするのが正しかったんだろう)

 ゴロッ

律(金玉なんてもとよりなければ良かったのかな)

律(そしたら私は、女の子同士でも唯に告白できたのか?)

律「……」フッ

律(できっこねぇよ)

律(忘れてたんだから。金玉を持ってないのが、今までの状況だったんだから)

律(そんで、私は半ば諦めてたんだからさ)

律(……でも、よぉ)

律(そしたら、このせり上がってくる気持ちは何なんだ?)


律(諦めたくない……)

律(唯を諦められない)

律(昨日まで、こんな感情は微塵もなかったのに)

律(なんとしてでも、唯と付き合いたい)

律(……動こう)ギッ

律(女の体は重たい、けど)

律(どうしてか、さっきまでより動きやすい)

 シャッ

 「あら、もう平気なの?」

律「はい。それじゃ私、授業に戻りますんで」

 「……なんだか、いい顔になったわね?」

律「そうですか? ……ベッド、ありがとうございました」

 ガチャッ パタン

 テク テク

律(……なんだろうな)

律(昔、澪に読まされた本にそんな台詞があった気がする)

律(『好きって言ったら、もっと好きになった』……か)

律(けど、それとはちょっと違う気も……)

律(好きって気持ちよりも、私の心の中で膨張した気持ちってのは)

律(ぜったいにこの恋を諦めたくないって気持ち)

律(いろんなしがらみに負けたくないっていう闘争心だ)

律(私は一体……誰と戦ってんだろうな?)

律「……」テクテク

律(……さっきまでの私自身、とか)ガチャ

律「すいません、体調崩して保健室で休んでました」


――――

 放課後 音楽準備室

 ジャーン ドトドン!

澪「……うーん」

唯「うーん?」

紬「うん?」

梓「ハイ……」

澪「律。……どうやったらそんな大音量でドラムを叩けるんだ?」

律「溢れだすソウルだな」

澪「じゃあそれ少し抑えて次行ってみようか」

律「ぷー」

唯「りっちゃん、私は良い感じだと思うよ?」

律(おっ)ドキ

律「サ、サンキュ。でもちょっと抑えるよ」テレテレ

律(唯かぁわいいぃ)キュンキュン

梓「……律先輩? 次ですよ」

律「おぉ。スマンスマン」

 カン カンッカンッ

 チャーチャーチャーラ…

――――

唯「練習が終わったんじゃない。私たちで終わらせたんだ」

梓「たった10分で、ですね」ジトッ

唯「だってねぇ、疲れたでしょあずにゃん?」ガバッ

梓「唯先輩と一緒にしないでください!」グイィ

唯「あーうにゃーんー」ムギュギュ

澪「梓もやるようになったな」

紬「今日はケーキを持ってきたのよ」

 カパッ

唯「これは……」ムンッ

澪「ホールケーキか……一人あたり72度だな」

梓「こちとら人間なんですから、そんな精密に切れませんよ」

律「じゃあ、アレやるか」

澪「アレ?」

律「人間の欲望があからさまに出るあのゲームだよ」

紬「りっちゃん教えて!」キラキラ

律「あいよ。まずナイフで中心まで1回切る」ストン

律「で、ナイフを持ったままケーキを台ごとゆっくり回して」クルクル

律「んで、それぞれ好きな所でコールをかけて回転を止めたってください」

律「そしたら、このケーキを止めたところまでが、その人の取り分になる」

唯「駆け引きのあるチキンレースってわけだね……」

律「そういうわけだ。……やるか、皆?」

唯「イエス!」

紬「賛成でーす!」

澪「……ハイ、多数決だな」

梓「えぇ。ま、こうなった以上は大勝を収めてやるしかありませんね」

律「よーし、じゃあいくぞ?」

唯「おうっ!」

律「ミュージック・スタート!」

律「ぴ……ぴ、ぷぅ……ぴ」クルクル

梓「吹けない口笛はやめましょうよ……」

律「ぴゅぴ……ひ、ふ」クルクル

律「……るーるる、るるるるーるる……」

律(もう4分の1来たぞ……まだ誰も動かないのか)

律(きっと恐らく誰もが、ここまで来たら半分いただこうと思っているはず)

律(だが、そうもいかな)

紬「ストップっ!」ビシ

律「うわあああああっ!!」ストン

――――

紬「たっぷりねー♪」ドサッ

梓「二度とこの世の土を踏ませねぇ……」

律(狙ってたんだな、梓……)

律(だが、次にでかいケーキを頂くのはこの私!)

律「じゃあいくぞー」

律「るーるる、るるるるーるる、」クルクル

律「るーるーるーるーるーるる」

澪「そこっ!」

律「早っ!」ストン

唯「澪ちゃんずるいー!」

澪「堅実だと言ってくれないかな」

梓「チキン」

澪「いいよっ! どうせ臆病さ! だがおかげで最低限量は確保できたねっ!」

律「はーい次いきまっせー」

律「ひゅーるりー ひゅーるりーららぁー」クルクル

律(半分を超えたか……)

律(ここらで確保しないとマジでやばいことになる……)

唯「ねぇ、りっちゃん」

律「ん?」クルクル

梓「ストップですっ!」

唯「今日の部活終わったあと、ちょっと残ってくれる?」

律「えっ……あ、あぁ」

律「いいけど……その」クルクル

梓「ちょ、無視ですか!?」

唯「その、何?」

律「いや。いいのか?」

唯「何が……?」

律「ああぁ、いやっ、何でも。何でもないぞ?」

梓「ストップと言ってるのが聞こえないのか馬鹿律ぅ!!」

律「ハッ!?」ストン

律「……」

唯「あと10度くらいかな……」


――――

紬梓「うめー!」バクバク

澪「梓が泣きながら手づかみでケーキ食ってる画像下さい」パシャパシャ

律「……」

 ペラーン

律「……唯。ありがとう」

唯「りっちゃん……?」

律「唯のおかげで、私の分のケーキも立っていられるんだ」

唯「そんなこと言ったら、りっちゃんだって……」

律「そうかもな。私たち、支え合ってる……」スッ

唯「りっちゃん……」ギュ

紬「うめえええぇぇぇ」

澪「その横でムギが百合に悶えていたら最高です」パシャパシャ


――――

澪「じゃあ今日はここらへんにするか」

唯「よーし、終わり終わりー♪」ガサッ

律「はーっ。散々な目に遭った……」

澪「そういえば唯の話って、すぐ済むのか?」

唯「んーん。長引くと思う。だから先帰っちゃっていいよ」

梓「……そうですか。それじゃ、お先に失礼しますね」

紬「ばいばい、りっちゃん唯ちゃん」

律「おーう」

澪「また明日な」

 スタスタ パタン

律(……さて)


律「えっと。単刀直入に訊くけどさ、どうして私を残したんだ?」

唯「……座ろっか」

律「……」

 ガタ…

律(いつもの席に並んで座って)

律(唯は今、どんなことを考えてるんだ?)

唯「……」

律(横顔からはまったく分からない)

律(つーかこっち向けよ)

律「……」

唯「……ねぇ」

唯「りっちゃん。どうして女の子に戻ってるの?」

律「それは……」

律「最初は単に、もうダメだって諦めて、元に戻るアイテムを使ったんだ」

律「そいつはもう一個も残ってない」

唯「うん……」

律「で、なんか……元に戻った瞬間、これでいいのか? って思った」

律「そんでさ。そう思ったらすごく闘争心が湧いてきて」

律「これで終わってたまるかって気になってさ」

律「だから……私は、この女の体でも、唯を手に入れてやるって決めた」

律「幸せにしようって」

唯「……」

律「そのための障害とか、全部乗り越えてさ」

律「唯と幸せになろうって」

律「まぁ、こんなのは唯の気持ちも考えてない、私の勝手な妄想の暴走だけど」

律「少しでも、私や澪みたいのが生きやすい場所を得られたらって思う」

律「澪みたいな、傲慢なくらいの豪胆さで同性愛を主張できたらって思う」

唯「……」

律「……順番は逆になったけど。私はそう思って、女に戻った」

唯「りっちゃん」

律「……」

唯「かるく韻を踏んでる所に、イラッときたよ」

律「……」

唯「でも、それ以外は満点だね」

律「そう、か?」

唯「……」コクン

律(なんか、やっぱり)

律(唯って何考えてるか分からないよなぁ)

唯「……」

律(……でも、何故かそこに惹かれる。のかな)

律(なにも考えてないように見えて、実はちゃんと考えてて)

律(見せびらかさない強さってのがある)

唯「……りっちゃん? ちょっと、近いよ」

律「え……あ」

律「……」

律(なんだかこう、無意識に近付いていってしまって)

律(愛おしくなって抱きしめたくなって、キスしたくなって)

唯「あ……りっちゃん」

唯「待ってよ、私たちまだ……」

律「……」ギュウ

唯「あぁっ……」

律(普段やってる抱きつきとは違って)

律(恋人同士がするような深い抱擁)

唯「りっちゃん……」

律(夕日はとっぷり沈んだはずだけど)

律(ちょっとだけ顔が赤くなってる)

律「唯。好き」

唯「……うん。私もりっちゃんのこと好きだよ」

律(唯の腕が私の背中に回って、やわらかく、だんだんきつく、私を抱きしめる)

唯「ほんとはね。戻ってきたときのりっちゃんの顔を見て、分かってた」

唯「りっちゃんはもう大丈夫だなって」

律「……」

唯「でも、あんなふうに振っちゃったばかりだから……」

唯「しばらくりっちゃんに距離置かれちゃうような気がして」

唯「……だから今日、残ってもらったの」

律「最初の質問の答えだな?」

唯「うん。……」

律「……かわいい」ギュ

唯「りっちゃんだって……」

律「っ……」カアッ

律「今、すごいキュンてなったわ」

唯「りっちゃんかーわいい」ギュウ

律「うっさいな……」ギュウ

唯「……」ギュー

律「……」

律「なぁ、唯。私たちのことだけど」

唯「うん。まずは軽音部のみんなからだね」

律「……理解を強要する訳にはいかないけどさ、分かってもらうために頑張ろう」

律「これは、普通のことなんだって」

唯「……」ニコ

唯「それじゃ、帰ろっか」

律「あぁ。遅くまでいると怒られちまうしな」

 ガタ…

律「よいしょっと」

律(……カバンに差したドラムスティックって、なんか寄り添ってるみたいだな)

唯「まだあんまし時間経ってないね」

律「そーだな。……よし、あいつら追いかけるか!」スッ

唯「いよっし、追跡だね!」ハッシ

律「走るぞー! 手離すなよ、唯!」タタッ

唯「おうおーう!!」ダタタ

律(私たちは手をつないだまま、階段を駆け降りた)

律(男と女とか、女同士とか、少なくとも私にとってはどうでもよくって)

律(ただ、唯が大好きなだけだった)

律(それを忘れちゃ、いけないよな?)キラッ☆

唯「ジャーンプ!!」ピョーン

律「……のわぁっ!?」ガクン


 おしまい



最終更新:2010年10月23日 21:49