律「いや、どう考えたって唯が得しないじゃん」

梓「得?」

律「カワイク見せるために演技するなら、もっとほかにするべき行動があるだろ?」

梓「たとえば?」

律「……梓、この猫耳カチューシャつけてみろ」

梓「どっから出してきてんですか」

律「細かいことは気にするな。さあ、つけるんだ」

梓「いやですよ。こんなところで」

律「いいじゃん。どうせ今までにもカチューシャつけたことあったんだし」

梓「イヤです。どうして人前でこんなのつけないといけないんですか」

律「そんな固いこと言うなって。ほんの少しの時間でいいからさ」

梓「……今回だけですょ。」

律「さっすが、梓。……はい、猫耳カチューシャをセット」

梓「にゃん……って、何やらせてんですか!?」

律「猫耳カチューシャをつけるだけに留まらず、猫の鳴き声までやるとは……」

梓「い、今のはなしです!」

律「気にするなって。誰も見てないって」

梓「そういう問題じゃありません! 私の中の何かが傷つきました」

律「大げさだなあ。だいたい、にゃん、なんて鳴き声までは私は求めてないぞ」

梓「うっ……ていうか、なんで私にこんなことさせたんですか?」

律「今みたいなのを狙ってやるならまだ理解できるもなあ、と思っただけ」

梓「意味がわかりませんよ。まったく……」

律「でもまあ、やっぱ唯のアレは天然なのかもな」

梓「なんか段々わからなくなってきましたね」

律「つうか、あの性格が完璧に素だったら、それはそれで大問題だけどな」

梓「大学生活大丈夫なんですかね、唯先輩」

律「大学はともかく、社会人になった時の方がヤバい気がする」

梓「たしかに」

律「ところでさ。さっきから私さ、言いたいことがあったんだよ」

梓「……? なんですか?」


律「梓もけっこうイタいよなって」


梓「え゛?」


梓「え? え? ちょっ……? はい? 私がイタい? 何言ってんですか律先輩?」

律「キョドりすぎ。落ち着けよ」

梓「いえ、私は極めて冷静です。それより律先輩こそなにをおっしゃってるんですか?」

梓「私がイタい? ははは、笑えないですよ?」

律「梓、顔が引きつってんぞ」

梓「ちょっと説明していただけませんか? 私のどこらへんがイタいのか」

律「自覚ないのか?」

梓「え? なんです、その知ってて当たり前的な質問。なんかムカつくんですけど」

律「そういきり立つなよ。きちんと説明してあげるから」

梓「むむ」

律「うん、梓はもっと自覚を持つべきだと思うな」

梓「な、何を自覚しろって言うんですか?」

律「梓は覚えてるか? 私と澪が二年の文化祭でケンカした時のこと」

梓「覚えてますけど、それがどうかしましたか? ……ていうか律先輩、ニヤニヤしすぎです」

律「悪い悪い。つい笑えてきちゃって」

律「で、梓は、私と澪がケンカした時、なんて言ったか覚えてるか?」

梓「…………なんでしたっけ?」

律「あれれ? 覚えてないのかあ?」

梓「忘れました。覚えてないです」

律「じゃあ、バッチリ覚えてる私が教えてしんぜよう」

律「『みなさん、 仲良く練習しましょう』」

梓「普通じゃないですか。どこもおかしくないですよ」

律「ただし、そう言う前に猫耳カチューシャをつけてたよな?」

梓「うっ!」

律「なんで、わざわざ猫耳カチューシャをつける必要があったのかなあ? あーずーさー?」

梓「あ、あれは少しでも場を和ませようと……」

律「ほほう。場を和ませる時には、梓は猫耳カチューシャをつけるのかあ」

梓「ぐぐっ……! でも、実際、先輩たちは一時的とは言え、言い争いをやめて練習してくれたじゃないですか!」

律「そりゃあ、シリアスな場面で唐突に後輩が猫耳つけだしたら、私らも気まずくて練習しようと思うぞ」

律「実際にあの時、私も澪も気まずさが顔に出ちゃったからな」

梓「律先輩、それがいったいなんだって言うんですか?」

律「え? 普通にイタくね、って話なんだけど」

梓「わ、私がイタい!?」

律「さっきからそう言ってんじゃん」

律(ヤバい。後輩いじりちょー楽しい!)

律「唯みたいに高校生にもなって、ホームセンターで電動ドリル遊びするのもイタいけどさ」

律「人がケンカしている最中に猫耳つけ出すヤツは、もっとイタいと思うんだ」

梓「ぐぎぎぎ……!」

律「しかもよ、梓。それだけに終わらないんだよ」

梓「すでに満身創痍の私にさらに追い撃ちをかける気ですか?」

律「うん」

梓「うう~、この際ですから受けてたってやります!」

律「いざとなったらムギにでも癒してもらえ」

梓「そ、それで私の他のイタいエピソードとやらは?」

律「そう死に急ぐなって」

律「さっき話したのは猫耳エピソードだが、今度も猫耳エピソードだ」

梓「またですか……」

律「次は進入生勧誘のために作ったムービーの話だ」

梓「…………何かありましたっけ?」

律「とぼけるのもほどほどにな」

律「ムービーの最後のとこで撮ったアレを、忘れるなんてありえないだろ」

律「軽音部にようこそ……にゃん☆」ニャン

梓「ぬぬぬぬ……!」

律「なあ、梓」

梓「な、なんですか律先輩……?」

律「なんで『にゃん』なんて最後につけたんだ?」

梓「『にゃん』ってつければウケるかな、って」

律「誰にだよ」

梓「……わかりません。でもウケる気がしたんです」

律「つうか、まだほかにもあるんだよなあ」

梓「さ、さらに私に精神的ダメージを!?」

律「初めて猫耳カチューシャをつけた時。梓は、指示通り、猫耳をつけ、その上で『にゃん』って言った」

梓「あ、あれはそうしろって言われたから……あれはイヤイヤやったんです!」

律「ふうん。そのわりにはバッチリ上目遣いだったけど?」

梓「は、はは……なんででしょうね……」

律「それにさ、梓。さっき私が猫耳カチューシャ渡したら、梓、つけてくれたよな」

梓「……え、ええ」

律「あの時も、『にゃん』をつけたよな?」

梓「……なんでそんなに人が覚えていてほしくないことばかり、覚えてんですか?」

梓「もしかして、律先輩は私のことが嫌いなんですか?」

律「馬鹿だなあ。大大大好きだから、梓のことを沢山覚えてんじゃん」

梓「くっ……さらりと嬉しいことを言ってくれますね」

律「だから、梓がイタい女の子でも全然問題ないぞ」

梓「律先輩、来世で私が猫耳をつけようとしたらどんな手を使ってもいいから止めてください……ブクブクブクブク」

律「銭湯で自殺しようとするな」

梓「ええ、そうなんです。私は唯先輩なんて目じゃないくらいのとってもイタい女なんです」

律「そんな急にテンション下げなくても……」

梓「いえ、私は空気も読めないし、練習しろと言いながら結局遊んでいたり」

梓「それにすぐ日焼けするし……なにより、私、わざとやってたんで……」

律「わかってたけど、本人の口から聞くと余計イタいな」

梓「あ、やっぱりバレてたんですか」

律「そりゃあなあ。私と澪がケンカした時とか、どこにも猫耳カチューシャなかったのに、急に現れたからな」

梓「実は毎日猫耳カチューシャを持参してます。なんなら律先輩にも一つ贈呈しますよ?」

律「いらねえよ」

梓「ですよねー。私みたいなイタいヤツからのプレゼントなんていらないですよね……ブクブク」

律「だから、湯の中で窒息死しようとすんな」

律「まあまあ、人間である以上は多少は演技したりすることは珍しくないじゃん」

梓「私の場合、その演技が度を越えてたみたいでしたが……」

律「ていうかいつから、その……イタい行動をするようになったんだ?」

梓「……思い返してみると、中学生の時からイタい行動はしてた気がします」

律「たとえば?」

梓「くっ、右腕が疼くとか言いながら教室から飛び降りたりとか?」

律「さらりとスゲーこと言うな」


梓「ははは、いや、もう自分のイタさかげんに笑うしかありませんね」

梓「ていうかですね。高校に入ってからなんですよ。私がさらにイタくなったのは」

律「そうなんだ」

梓「ええ、少なくとも昔は猫耳つけて『にゃん』とか言ったりはしてなかったはずです」

律「もしかして……梓、お前は唯のことが好きなんじゃないのか?」

梓「何のぼせたこと言ってるんですか。そんなわけないでしょう」

律「じゃあ一つ聞くけど梓が一番、練習をしようって言う相手は誰だ?」

梓「……たぶん、唯先輩だと思います」

律「梓、この本を見てみろ」

梓「どっからこの本出したんですか……って、なんですか、この本?」

律「『サルでもわかるオモシロ心理学』っていう本だ。このページに目を通してみな」

梓「……好きな人には理解してもらいたいから、ついついキツク当たってしまう……これが何か?」

律「わからないかなあ。この本の通りだとしたら、梓は唯のことが好き」

律「それで、好きな唯には自分の考えを理解してほしくて、ついつい辛く当たってしまう、みたいな」

梓「……じゃあ、どうして私は唯先輩に抱きつかれるとムカつくんですか?」

律「好きで、抱きつかれるとドギマギして情緒不安定になるのを、ムカつくのと勘違いしてるんじゃない?」

梓「な、なんと……」

梓「いやいや、しかしですね」

律「根拠はこれだけじゃないぞ。梓は高校に入学してからよりイタくなったって言ったよな?」

梓「言いましたね。それがどうかしました?」

律「ようは梓のイタい行動は猫のモノマネをすることだろ?」

梓「はい……ていうかイタいイタい言わないでください。傷つきます」」

律「悪い悪い……それで、梓の猫のモノマネをもっとも好むヤツは誰かわかる?」

梓「……唯先輩」

律「そう、つまり私の考えはこうだ。梓は唯のことが好きで、無意識に唯が喜ぶ、猫のモノマネをしてしまうんだ」

梓「ふ、不覚にも納得しそうになりました」

律「そう、梓。お前は唯のことが好きなんだよ」

梓「な、なんということでしょう……! わ、私はどうしたら……」

律「今まで普通通りに接すればいいんだよ」

梓「そ、そうでしよね」

律「うん。そういうこった。これで梓の悩みは解消したな」

梓「そうですね。ありがとうございました、律先輩」

律「なに、気にすることはない」


梓「律先輩、お礼に一つ雑学を」

律「ん?」

梓「さきほど、日本特有の文化である銭湯の話をしましたよね?」

律「したな。それがどうかしたか?」

梓「昔の銭湯は会話の場所として利用されていて、みんなけっこう長い間つかっているんです」

律「さっき言ってたな」

梓「ただ、会話に夢中になって長く湯につかりすぎる人が時々いるんですよ」

律「うんうん」

梓「だからよく、のぼせてしまう……お゛え゛え゛えええええいっ」

律「」


おしまい




おまけ

梓「こんにちはー」(今日からはもう少し優しく唯先輩と接しよう)

唯「あ゛?」

梓「え?」

唯「……なにジロジロ見てんだ? ああん!?」

梓(え? なに?どうしちゃったのこの人!?)

唯「おら! 早くお茶いれんかいー!」

梓「は、はい……ただいま!」

―――――――――――

唯(昨日、私も憂と一緒に銭湯にいたんだよね)

唯(まさか私、イタい娘扱いされてるなんて……いいもん)

唯(今日からイメチェンして、カッコよくなるもん!)





最終更新:2010年10月24日 22:20