唯「澪ちゃーん。ギターが上手く弾けないよ」

澪「何だよ。梓に教えてもらえばいいだろ」

唯「あずにゃん今忙しそうだもん」

唯先輩はそういいながら澪先輩に抱きついた。
私は最初に唯先輩から教えてと言われたが
恥ずかしさからか、つい忙しいと言ってしまった。

一瞬、唯先輩の顔は暗くなったがすぐ明るくなり
「ごめんね」と言い澪先輩の所へ向かった。

――やってしまった。そう思った。

素直じゃない自分に嫌気がさした。

唯「このコードなんだけどぉ」

澪「どれどれ」

唯先輩と澪先輩の指が重なり合っている。
そんな光景を見ると胸がチクリと小さく痛んだ。

ギターなら私のほうが上手く教えれる
そう思ったいた。

だから本来ならそのポジションは私のはずだった。
でも自分から壊してしまった。
もっと素直になれればよかったのかな。

唯「澪ちゃんの指はやっぱりぷにぷにだね~」

澪「そ、そんなことないぞ。唯だって綺麗だし、ぷにぷにだよ」

澪先輩がテレながら話している。
頬を紅潮させている澪先輩は
唯先輩にそう言われて満更でもない様子だった。

普段の様子を見ていると解るが
澪先輩は少なからず唯先輩に好意を抱いている。
それもライクではなく――ラブのほうだ。

仲良さそうに寄り添う二人を見てたくはなかった。
自分が取り残された感じがして
とても惨めに思い、泣き出したくなるからだ。

唯先輩、私は今貴方を見ています。
本当は忙しくなんかありません。
だからいつもみたいに私に抱きついてきてください。

ギターを肩からぶら下げ、二人を見詰めながら心の中で思っていた。

唯「ここのコードが一番の難関なんだよねぇ」

澪「難しいな。ここは梓が――」

はっとする澪先輩。
言ってはいけない言葉を発したようで顔はまごついていた。

ちらりとこちらを見る澪先輩。

行くなら今かな――。

梓「唯先輩。そこなら私が教えてあげますよ」

唯「あずにゃーん。本当?でも今忙しいんじゃ?」

梓「だ、大丈夫です。問題ないです」

唯「わーい、ありがとう!」

梓「いえ……ふふ」

ぎゅっと抱きつかれる。
得も言わぬ心地良さが私を包んだ。

ふと前を見ると澪先輩は顔を曇らせて佇んでいた。
澪先輩にとっての至福のひとときを
私が奪ってしまったからだろう。

――やっぱり少し胸が痛む。

唯「澪ちゃーん。ありがとうね、続きはあずにゃんに教えてもらうから!」

唯先輩は能天気に澪先輩に話しかけた。
これを見る限り唯先輩は私達の心情など気にも留めてないだろう。

唯先輩にとって、澪先輩はただの親友であり、私はただの後輩だ。

女同士での恋愛――そんなのは毛頭考えてないだろう。
もし、私が男であったならば少しは、少しは可能性が出たかもしれない。

澪先輩もきっと同じ気持ちだろう。

胸が苦しい。
唯先輩が好きで好きで好きで堪らないのに。
決して実らないこの恋が。

ニコニコと、笑顔の唯先輩。
この無邪気な笑顔を見るだけで私の胸は張り裂けそうだった。

唯「おぉ、あずにゃん流石!うまいねー」

うまくいかなかった箇所を演奏した。

梓「ここはこうするんですよ」

唯先輩の指に触れ、音を奏でるべき位置へと指を持っていく
唯先輩の指は少し冷たかった。
そんな唯先輩の指を暖めたかった。
暖めて、ありがとうと言われて、抱きつかれたかった。

唯先輩の指を触っているだけで私はどんどん高揚していくのが解った。
これも唯先輩が居るから。唯先輩に触っているから。

胸もどきどきと鼓動が高まり、うっすらと汗が出てくる。

この気持ちを静めて下さい――唯先輩。

唯「あずにゃんの手はやっぱり小さくてかわいいねぇ」

練習中だと言うのに、唯先輩は私の指を触るのに必死だ。
練習中ですよ、と言うがもう少しだけと言われてしまった。

唯先輩が指を触ってる間、顔を上げると澪先輩が自分の手を見ている。
昔、自分の手が大きいと言われたことを気にしているのだろうか。

ちらりと澪先輩がこちらを見る。眼が合った。
私はばつが悪くなり顔を背けた。

おそらく同タイミングで澪先輩も顔を逸らしただろう。

でも、そんな中私は優越感に浸って少し顔に笑みが出ていた。

かわいいと言われただけでいい気になるなんて――子どもみたい。

それから暫くの間唯先輩にコードを教える。
私にとっての至福のひととき。
ここから離れたくなかった。唯先輩から離れたくなかった。

でも、そんな時間も終わりに近づく。

唯「おっし!これで完璧だ!!」

唯「ありがとうね、あずにゃん!!」

今日一番の抱きつきだった。嬉しさで床を転がりたくなった。

一人でベースの練習をしていた澪先輩が近づいてきた。

澪「唯、出来たのなら一度音合わせしてみないか?」

唯「だね!練習したし良い音だせるよ!!」

澪先輩の提案に賛成し、私は準備を進めた。
するりと私の手から離れる唯先輩の手。
寂しさを感じつつも、演奏をして気を紛らわせようと思った。

唯「皆で演奏だ~」

楽しそうに、本当に楽しそうにはしゃぐ唯先輩。
まったく、いつもこんな感じなら練習も捗るのにね。

私も愛用のギター――むったんを肩に掛け、定位置へ向かう。

途中で澪先輩と眼が合う。
すれ違い様で「負けないからな!」と言われた。
私は目を見開かされたが
私だって――負けていられない!

梓「望むところです!私も負けませんから!!」

私と澪先輩は一秒ほど見詰め合う。
視線がぶつかり合い火花が飛び散る勢いだろう。
とても真剣な眼差しだ。

唯「ふぇ?どうしたの?」

梓「ふふふ……何でもありませんよ」

梓「さあ演奏しましょう!唯先輩!澪先輩!」

澪「ああ、やるか」

唯「やっちゃうよーー!」

天真爛漫で純粋無垢な唯先輩。
そんな唯先輩を私と澪先輩は好きになった。

嫌われるかもしれない、拒絶されるかもしれない。
でも、いつかは伝えたい。

――好きです。愛しています。付き合ってください。

澪先輩も同じだ。
どちらが先に振り向かせるかの勝負になる。

先輩にその気がないなら、その気にさせるまでだ。
頑張れ私。澪先輩だって頑張っているんだ。

いつか届くと良いな……この想い。



                    おしまい



最終更新:2010年11月01日 20:17