「他のみなさんはどうしたんですか?」

「みんな都合悪いんだってー」

「珍しいですね」

「そうだね~」

放課後の部室。
唯先輩と二人だけ。

「紅茶でも淹れましょうか?」

「お、あずにゃん気がきくねぇ」

二人だけの部室はとても静かだ。
外からは微かに運動部の掛け声が聞こえる。

「どうぞ」

「ありがと~」

唯先輩と部室で二人きりなんてトンちゃんの水槽を掃除した時以来だろうか。

「あずにゃんが淹れてくれた紅茶もおいし~」

「どもです」

一口飲んでは机にもたれかかってる。
家でもこんな感じなんだろう。

「机に顔つけてたらその部分が赤くなっちゃいますよ」

「もうなっちゃってるよ~」

「じゃあいいですけど……」

唯先輩との掛け合いはいつもこんな感じだ。
普段は難しく考えてしまうような事でも、柔らかく考えることができる。
本当はどうでもよくなってるだけかもしれないんだけど。


「あずにゃんや」

「なんでしょう」

「暇だね」

「暇ですね」

こんな状況は、普通の人だったら気まずい以外の何物でもないだろう。
でも……この優しい雰囲気はなんだろう。

「練習でもしますか?」

「もうちょっとこうしてよーよ」

「まあ……いいですけど」

先輩たちにとっての最後の学園祭は終わった。
それは何かに向かってみんなで練習をする必要が無くなったってことかもしれない。
そう考えるとちょっと寂しい。
先輩達もそう思ってるのだろうか。


「勉強はしなくていいんですか?」

「みんないないからね~」
「今日は家に帰ったらやるよ~」

「そうですか」

途切れ途切れの会話。
でも居心地の悪さは欠片もない。
それがまるで当たり前かのように、自然なことのように。

「ねえ、あずにゃんってクラスではどんな感じなの?」

「どんな感じって……普段通りですよ」

「そっか~」

「どうしたんですか?急に」

「えへへ~、なんとなく」

普段通り。
クラスでも軽音部でも普段通り。
クラスではみんな同じ歳。
軽音部ではみんな年上。
この違いの中で普段通りでいられることはちょっと特別な事なのかもしれない。

「憂がね、あずにゃんはクラスではずっと軽音部の話しをしてるって言ってたんだ」

「そ、それは……」

「あずにゃんは軽音部が好きなんだね」

「そりゃあ……そうですよ」

「私も、大好きだよ」

「……」

意識したことなんてなかったのかもしれない。
好きとか嫌いとかなんて。
するまでもなかったと言ったほうがいいかな。

「私達四人でスタートした軽音部」
「二年生の春に一生懸命新入生の勧誘をしたんだ」
「そしてあずにゃんが入部したんだね」

「はい」

あの時は先輩達の新歓ライブでの演奏を聴いて凄く感動した。
入部を決めた一番の理由でもあった。
その後色々な葛藤はあったけど、今となっては下らないこと。
でもその時悩んだ自分がいるから今の自分がいる。

「今年も新歓みんなで頑張ったよね」

「そうですね」

「一人も新入部員来なかったけど」

「こなかったですね」

「あずにゃんはどう思った?」

「そりゃあ……残念でしたよ」

「そっかあ」
「たしかにちょっと残念だったけど、私はそれでよかったとも思ってるよ」

「え?」


「りっちゃんに澪ちゃん」
「ムギちゃんにあずにゃん」
「そして私」

「……」

「一緒にお茶して、一緒に演奏する」
「一緒に勉強して、一緒に帰る」
「誰かが入る隙間なんてなかったんだよ」

「……」

私が当たり前だと思って受け流していたようなこと。
唯先輩はここまで考えてたんだ。

「なんか……唯先輩っぽくないですね」

「そうかな~?」

「はい」
「なんか……大人みたいです」

「大人か~、照れますな」

みんな大人になっていく。
学校でお茶したり好き勝手騒いだりしてるのは十分子供。
ということは、大人になって前に進むことはそういうことを我慢するってことなのかな。
だとしたら……もうしばらくは子供のままでいたい。
まわりに置いて行かれたっていい。
後からちゃんと追い付くから……。

「もう暗くなってきたね」

「そうですね」

夕日に染まる空。
カラスの声が聞こえてきそうな綺麗な色。
手元のカップに入ってる紅茶は冷めきっている。

「もう帰ろっか?」

「帰りましょうか」

ギターケースを背負う唯先輩。
弾かないことも多いのに毎日持って来てる。
そういう私も。


―――
――

伸びる二つの影。
持ち主は私と唯先輩。

「今日のご飯は何かな~」

「今日も憂が作ってくれてるんですか?」

「そうだよ~」

「憂の料理美味しいですよね」

「自慢の妹だからね!」

「唯先輩が威張るとこじゃないです」

「でへへ~」

こういう風に先輩と一緒に帰れるのもあと少しなのかな。
この時間を手放したくない。
でも自然と遠ざかっている。
先輩達の前では何にもないかのように振舞ってるけど。
素直に……寂しいって言えばいいのに。

「明日はみなさん来ますかね?」

「ちゃんとくるよ~」

「そうですね」

「あ、私こっちの道だから」

「あ、はい」

「ばいば~い」

「はい、また明日」

少しづつ離れてく唯先輩の背中を見つめる。
ちょっとふらふらしてて危なっかしい。
そして次の瞬間、私は叫んでいた。

「唯先輩!」

立ち止まる唯先輩。
一瞬おいてゆっくり振り返る。

「なあにー?」

「明日、みんなで練習をしましょう!」

「練習?」

「はい!練習です!」
「勉強の前のちょっとの時間でも休憩時間でいいです」
「みんなで……練習がしたいです!」

もっと言うべきことがあるのかもしれないけど、今はこれで精一杯。
今の素直な気持ちを言えた。

「うん!そうだね!」
「みんなでやろう!」

「はい!」

―――
――

家への道。
伸びる影は一つ。
部室での唯先輩の言葉を思い出す。

――誰かが入る隙間なんてないんだよ

それは言い換えれば、私達は狭い世界にいるってことかもしれない。
でもそれは悪い事じゃないと思う。
時が経てば広い世界へと引っ張り出される。
先輩達は私よりも一足先に。
それまでは……世界が狭くてもいい。
この時間が少しでも続くなら……。

なんか私、難しく物事を考えすぎてる。
変に思いこむのはやめよう。
目先のことだけでいい。
まだ先は見えないけど、前には進めるから。

とりあえず……明日の練習が楽しみだな。



                       おわり



最終更新:2010年11月06日 04:12