「何してたんだよお前ら。毎日、放課後何やってたんだよ?」
ああ、そうだ、そうだった。放課後ティータイムをないがしろにしてまでの、何か。
それを聞きたかったんだ。
「……えっとな、その、」
「犯人を探してたんだよ。ね、澪ちゃん?」
「ゆ、唯……!? お、おまえ」
「本当のこと教えようよ。あのね、りっちゃん」
私達、ムギちゃんに協力してもらって、放課後、聡君を殺した犯人を探してたんだ。
唯の口からそんな言葉が出た。私は何も言わず、それを聞いてその言葉の意味を考え始めようとしたのだが、何も考えられなかった。
覚えているのは澪のとち狂ったような慌てた様子と、それを何とも言えないような表情で見つめているムギと梓。
そして、ペラペラと何か喋ってる唯。
私は何も言わずそれを聞いて、やっぱり何も考えられない。
気がつくと、家にいた。
「大丈夫だよ、澪ちゃん」
「な、なにが大丈夫なもんか! もし……もし律が」
「でも聡君が成仏しちゃう以上、いずれバレるよ。それだったらいっそ」
「変な勘ぐりを入れられるより、伝えても心配の無い本当のことだけ伝えてしまえばいい。そいうことなのね?」
「うん」
「でも、でも……!」
私を除いたHTTメンバーで聡を殺した犯人を探し出し、警察にその情報をリークしたらしい。
今、テレビではその犯人逮捕の
ニュースで一杯なのだという。
聡の言葉の意味がわかった。なるほど、犯人が捕まれば心残りは無くなり成仏するのか。
私に似て単純な脳味噌の弟はもう既にいない。
私は家にいる。
「私、律の家に行ってくる! あいつが心配だ……」
「ダメよ澪ちゃん。澪ちゃんがそんな状態で行ったらきっと」
「そうだよ澪ちゃん。澪ちゃんは狂ってなくちゃならないんだから。じゃないと」
「今の澪先輩、どうみてもただの澪先輩です。全然しっかりしてるし、それじゃあダメです」
「あっ……そ、そうだよな、あはは……しっかりしないとな」
「逆よ、逆。澪ちゃん」
「あ、そっか。うふふふ、うふふふ……よし、これでよし! それじゃあいってくる」
梓の言うとおり、澪はしっかりしていた。まさに狂う前の澪。何の心配もいらない澪。
なんだよ、私もう必要ないじゃん……はっ? 何がだよ。
よくわからない虚無感と、自分が自分でなくなるような危うい感じが胸の中に広がっていく。両親も良くなったし、聡も無事に成仏した。
頭がイカれたと思っていた澪は、どうやら狂ってなどいなかったみたいだし。
なんだ、やっぱり私もう必要ないじゃん。何が必要ないのかわからないし、必要が無いからといってどうなるのかも、よくわからない。
なんだか澪に会いたくなった。
……。
……。
……。
気付くと、澪が目の前にいた。
私の部屋だった。
「よっ。どうした、そんなに慌てて」
「律に……キスしたくなったんだ」
「それは奇遇だな。私もだよ」
「えっ?」
驚きを隠せない澪にそっと唇を寄せた。ギュッと噛み締めていたのか、少し皮がむけて痛々しい。
私はそれを優しく舌先で舐めてあげた。
「もういいよ。そんなおかしなことしなくても。最後くらい、普通の澪と話がしたい」
「な、何言ってんだよ律。……あ、もっとキスしてくれ……全然足りないよぉ……」
「……ぷくく……改めて見ると、おかしいな、やっぱ」
変なこと言うなよぉ、と澪が声を震わせて言う。見る見るうちに目じりに涙が溜まっていった。
私はそれを優しく指先で拭ってあげた。
「な、なあ、律。私ってやっぱりおかしいだろ? なあ、そうだろう? 狂ってるよな」
息を切らしながら澪が必死になって、狂っているという言葉を連呼した。途中で息切れを起こし、前かがみになって苦しそうな様子を見せても、
「おかしいよな、私?」
と続ける。
だから私は言ってやるのだ。
「狂ってないよ。好きだよ、澪」
「あははは、何言ってるんだよバカりつぅ。ほら、パンツ脱ぐぞ、パンツ。もうここもこんなになって――」
「好きだよ、澪。だからもう、そんなことしなくていいってば」
「な、なんでそんなこと言うんだよぉ……ねえ、セ、セックスしようよ」
流石に、理解した。
「私、死んでたんだな」
気だるい。
静寂が私の部屋を支配して、澪の瞳の瞳孔が一気に開いた。
「私、死んでたんだな。なーんで気付かなかったんだろう」
「……は、はは。あはは。何言ってるんだよバカりつぅ。今度はお前が狂う番なのか?」
「お前のせいだよな、澪。色々手を回して、よくもまあ」
「何言ってるんだよバカ! お前は死んでなんかいない、死んでなんか……ない」
思い切り肩を掴まれた。流石はベーシスト、ミシミシと音が出るほど強く肩に痛みが走る。でも、それも痛くないのだから、やっぱり、
「よく思い出せないんだけど、私も聡と一緒にブスリとやられたんだな。さっきニュース見たよ。聡の横に私も写ってた」
「違う! お前は死んでない! 第一、ほら、私も唯もムギも梓も、お前の事が見えてるし、一緒にお喋りだってしただろ?」
「繋がりってすごいな」
「な、なにを言ってんだよ」
「軽音部メンバー以外には見えないんだろ? 人気者のりっちゃん隊員としてはちょっと堪えるなぁ」
「……お前、ホントにおかしいぞ? 今、おばさん達を呼ぶからな。おばさーん! おじさーん!」
大粒の涙を零して澪が大声を上げた。階段を上る音。
両親が現れた。私のことも聡のことも見えない両親が。
「律がですね、おかしなことを言うんですよ! 律が実は死んでるなんて言ってるんですよ!」
お母さんもお父さんも信じられないくらいに驚いていた。
律ったら何言ってるの、澪ちゃんをからかうのもほどほどにしなさい、とお母さん。
聡のこともあるのだからそういう冗談はやめなさい、とお父さん。
私は壁際に立って息を殺しているのに、二人はベッドの方を見ながらそう言った。
「もうやめようぜ。なんか切なくなる」
澪の表情を見て、両親の目に涙が浮かんだ。あまり見ていて気持ちの良いものでもない。
湿っぽいのは嫌いなのだ、昔から。
私は部屋を出た。
聞いた事の無い、両親の叫びにも似た嗚咽を背中に聞きながら、でもやっぱり私はそれを、自分と聡の葬儀で聞いた記憶を思い出す。
澪が追いかけてきた。
家を出て、道を歩く。
澪が追いかけてきた。
聞いてて痛々しいほど、声が震えた音程の整わない澪の声も追いかけてくる。
私はそれを無視して道を歩く。
「どこ行くんだよ! ま、待ってよ!」
「待てない。もうここにいる意味ねーし」
そう、もう私はここにいられない。というより、いる意味がない。
『……わ、わたし……りつが、律が一緒にいてくれるなら……』
私が今までここに居た理由は、単純に澪が心配だったからだ。おかしくなった澪、それを私は放っておけなかった。
でも実際は逆で、澪がおかしい風を装う事で私をここに引き留めていたのだ。どうりで澪がおかしくなった原因がわからないはずだ。
わからない、といえば、いろんなことが未だにわからない。でも心残りは感じていない。だから、思い出す必要も探る必要も無いのだろう。
「おねがいだよぉぉ! いかないで、いかないでくれ律ーっ!!」
「だからそれは無理だってば」
「あやまるから、騙してたこと謝るから、だから――」
「怒ってないよ。好きだよ、澪」
私にはお前が必要なのだと澪がクシャクシャな顔で言った。
「でもすげーよな、お前。犯人見つけるわ、気狂い演じるわ、両親と口裏合わせるわ。なんかお姉ちゃん的には寂しいな」
そんなことない、と澪。
「あ、わりーわりー。恋人的には、だったな」
いつの間にか見覚えのある道に出ていた。花が供えてあるところ見ると、どうやら私はここで死んだらしい。
帰巣本能っていうの? なんか違うか。
「それじゃあ、澪」
「待って、待って、待って待って待って待って待ってーーーーーーーーー!!!」
「おいおい、本当にキ○ガイみたいじゃないか……それじゃあな」
「あっ……ああぁ……」
「バイバイ澪」
……。
……。
……。
……。
土曜日。
何もやる気がおきない。律はいない。
気を利かせて軽音部の3人が遊びに来てくれたが、律はいないし、私はやる気がおきない。気だるい。律はいない。何も考えたくない。
「澪ちゃん、澪ちゃんの大好きなケーキ買って来たよ」
唯。
こいつがあの時余計な事を言わなければ律は消えなかったのだろうか。
いや、消えた。唯の言った事には関係なく律は消えたのだ。
「映画でも見に行かない? 私、映画館でポップコーンを食べるのが夢だったの~」
ムギ。
そもそも聡と律を殺した犯人を探したのが間違いだったのだろうか。
聡さえ成仏してしまえば、事件を連想させるものは無くなると踏んだ私の考えが愚かだったのか。
いや、そういうわけもないか。
「げ、元気出してください澪先輩! あ、私、最近、通販で面白いもの買ったんですよ?」
梓。
梓がもっと自然に律と接してくれていたら、律は私達を探しに出る事も無かったのではないか。
律とセックスして全てを忘れさせる事で満足していた。あれ自体が問題だったのか。
いや、どうでもいい。そんなことじゃない。
「そうだな。ケーキでも食べて映画でも見に行こうか」
全ては私のせいなのだ。律に甘えた私。律を求めた私。全ては私のせいなのだ。
でも……それをいつまでもウジウジと後悔していても仕方ない。私は考えを改める事にした。そう、考えを改めることにしたのだ。
「澪ちゃん……?」
「流石に寝巻きじゃ出歩けないから着替えるよ……ちょっと外に出ててもらえるか?」
Fin.
最終更新:2010年11月08日 00:24