澪「そうだよな……こういうのも、もう二度と、無いかもしれないんだな……」
梓「……あの、どうかされ――」
澪「ほら、流すぞ?」
梓「あ、はい」
ザパァッ
梓「ふぅ……ありがとうございました、澪先輩」
澪「…………」
梓「澪先輩……?」
コツ
梓「え?」
梓(背中に何か……澪先輩の頭……?)
澪「なぁ、梓」
梓「はい?」
澪「突然だけどさ、今から罰ゲームだ」
梓「え?」
澪「私が素直になる罰ゲーム。その続きだ」
梓「ど、どうしたんで――」
澪「出来れば、そのままが良い。振り返らないで欲しい。
今、とんでもなく情けない顔、してるから」
梓「あ、はい」
澪「…………」
梓「…………」
澪「なぁ、梓」
梓「はい」
澪「好きだ」
梓「……え?」
澪「私、梓のことが好きなんだ。
梓のいる軽音部が好きなんだ。
梓と一緒に演奏できる、放課後ティータイムが大好きなんだ」
梓「…………」
澪「でもさ……それも、今日で、終わりなんだな……!」
梓(澪先輩……泣いてる……)
澪「それなのに私ったら、梓に何も残せてない……!
先輩なのに、大好きな後輩に、何も残せてない……!」ポロポロ
梓「…………」
澪「しかも、梓の方が後輩で、梓の方が不安なはずなのに、
先輩の私が先に泣いちゃってる……!
本当に……本当に、情けない……!
私はっ……! 私のことが、情けない……!」
梓「…………」
澪「しかも、そのことを……! こうやって、梓の髪を洗ってる時に、脳裏を過ぎっちゃって……!
後輩の前で、情けなくも泣いちゃって……!
他人のお風呂場で、泣いちゃって……!
自分の弱さを後輩に吐き出しちゃって……!
本当に私は、ダメな先輩だ……!」
梓「……そんなこと、ありませんよ」
澪「ある……! あるんだ、梓!
だって私はっ、今までっ、大好きな後輩のお前と、こんなスキンシップを取ったことも無かったんだぞっ!?
大好きなのに! 大切なのにっ!
恥ずかしいだなんて下らない理由で、お前と満足に接することもしてこなかったんだぞっ!
それのどこが、情けなくないっていうんだ……!」
梓「……それでも、情けなくないんですよ。澪先輩は」
梓「だって私は、澪先輩とスキンシップを取ってなくても、澪先輩のことが大好きなんです。
大好きな先輩で、尊敬できる大先輩で、憧れのお姉さんなんです。
私に何も言わず、私に触れてもこなかった先輩が、私にそう思われていたんです。
それって……とんでもなくスゴイことじゃないんですか?」
澪「…………」
梓「それだけ澪先輩は、私のことを引っ張ってくれていたってことです。
澪先輩が自覚していないところで、私に憧れさせるだけのことをしてきたんです。
だから澪先輩は、情けなくないです」
澪「……こうやって、後輩の背中で泣いていてもか?」
梓「はい。それもまた、澪先輩の素晴らしいところです。
だってその涙は、私のための涙ですよね?
私と一緒に入れなかった後悔の、私ともっと話せなかった悲しみの、その涙ですよね?
それだったら、むしろ私は、澪先輩にお礼を言わないといけません。
……私のことを、そんなに好きでいてくれてありがとう、って」
澪「梓……」ギュッ
梓「澪先輩……」ソッ
澪「……私こそ、ありがとう。梓」
梓「お礼を言われるほどのことはしてませんよ。
それに私、澪先輩だから言いますけど、先輩方皆さんのこと、大好きです」
澪「それはたぶん、皆も同じだよ」
梓「知ってます」
澪「え?」
梓「というより、今知れました。……教えてくれて、ありがとうございます。
澪先輩のこの暖かさのおかげで、私は、そうであって欲しいって思ってることが、叶いました。
皆さんに好かれていたい、って思いが」
澪「……どうして?」
梓「どうしても何も、触れる皆さんの手と、今の澪先輩の手が、同じ暖かさだからです。
だから澪先輩と同じ事を、私は思われてるんじゃないか、って思えました」
澪「……手の暖かさなんて、その日によって違うだろ?」
梓「もう、澪先輩ったら。
放課後ティータイムの作詞担当が、そんな夢の無いこと言って良いんですか?」クスッ
澪「それは……その……」
梓「……違いますよ、澪先輩」
澪「え?」
梓「手の暖かさ、じゃないんです。手から伝わってくる心の暖かさが、同じなんです。
……ある人からの言葉の引用ですけど、手と手が触れると、心が通じ合うんです。
そしてその通じた心の暖かさが、皆さんと澪先輩は、同じだった。
だから……私は皆に好きだと思われてる。
私がそうであるように、皆さんも好きだと思ってくれている。
それが、伝わってきました。
だから、澪先輩はちゃんと、私に残してくれてるんです。
この、暖かな思いを」
澪「梓……」
梓「澪先輩……大好きですよ、私も。
そうして情けないと自分を責めるあなたも、何もかもが」
澪「……あずさぁ~……」
梓「……良いですよ。私の背中でなら、いくら泣いても。
こんな、頼りの無い後輩の背中で良ければ、ですけど」
澪「ううん……! ううん! 梓は私以上に、とっても頼りになる、後輩だよっ……!」
梓「そうですか……ありがとうございます」
澪「……卒業式では、絶対に泣かない……だから、今だけは……!」
梓「そんな意地を張らなくても……まぁでも、そう思うことで、今思いっきり泣けるのなら、そうしてください」
~~~~~~
お風呂上り
澪「ごめんな、梓。あんな情けないところ見せてしまって……」
梓「気にしないで下さい。
というか、さっきも言いましたが、別に情けなくはないですよ?」
澪「でも……私としては、あんなところを梓に見せるのは、恥ずかしかったから……」
梓「全く澪先輩は……そんなに壁を作られたら、悲しくなります」
澪「か、壁を作るとか、そういうのじゃ……」
梓「……くすっ、分かってますよ、澪先輩」
澪「も、もぉ~……梓のイジワル」
梓「大丈夫ですよ。他の皆さんには言いません。
ああして泣く姿は、私だけの澪先輩です」
澪「梓だけの、私……」
梓「そうです。そういう意味でも澪先輩、ちゃんと私に残してくれてるじゃないですか。
私だけの澪先輩を、沢山」
澪「そ、そうか……?」
梓「ええ、そうです。あまり二人きりになることがありませんでしたが、沢山ありますよ。
私だけの澪先輩。
だから、そもそも情けないって泣くこと自体、澪先輩の取り越し苦労だったんですよ」
澪「うぅ……考えすぎてたのかな、私……」
梓「そうですね……そういう部分、確かに澪先輩には沢山ありますね」
澪「うっ」
梓「でも、それも澪先輩の魅力ですから」
澪「梓……」
梓「さぁ、皆さんのところに戻りましょう。
あまり長すぎると、心配してくるかもしれませんからね」
澪「あ、ああ……そうだな。……本当、梓は私以上にしっかりしてるよ」
梓「でも日頃澪先輩がしっかりしてるのは、律先輩がいるからでしょう?」
澪「? どういうことだ?」
梓「頼りにされたらしっかりするけど、頼りになる人が近くにいたら甘えちゃう。
それが、私の中の、大好きな澪先輩です」
澪「……それって、褒められてるのか?」
梓「少なくとも、貶してるつもりはありませんよ?
それに、嘘も言ってませんし。
私が頼りになるって思われてる、ってことでもありますから、正直嬉しいですし」
澪「そうか……本当、梓はしっかりしてきてるな。
卒業が近付くにつれて。弱気になってきてる私とは、全く逆だ」
梓(でもそれは……先輩方皆さんが、私に沢山のものをくれるからなんですけどね……)
澪「? どうかしたのか? 梓」
梓「いえ、なんでもありません」
梓(でも……さすがにコレは言えないよね……。
もっともっと、沢山のものをもらってからでも……遅くは無いしね)
梓「ただ……そうですね、最後に、励ましの一言だけ良いですか?」
澪「ん?」
梓「素直になって頑張って! 澪お姉ちゃんっ!」
澪「っ……! ……ああ、頑張るよっ!」
終わり
オマケ・蛇足・次回予告?
梓『素直になって頑張って! 澪お姉ちゃんっ!』
澪『っ……! ……ああ、頑張るよっ!』
律「全く……ここまで聞こえてきてるっての」
唯「でも……そっか……これで澪ちゃんも、あずにゃんに何かを残せたんだね」
律「だな。……あ~……頑張った甲斐があったってもんだ」
唯「りっちゃんらしいね、そういうの?」
律「そうでもないさ。澪がずっと悩んでて、文化祭終わりまできちまったからな。
推薦があるっていっても、このままだと受験に響きそうだから、こんなムリヤリな方法を取っただけさ」
唯「そういうさり気なさが、りっちゃんらしいんだよ」
唯「……憂もムギちゃんも、寝ちゃったね」
律「まぁ、憂ちゃんは私たちとは違って普通に文化祭を楽しんでたし、疲れてて当然だろ?
ムギはまぁ……アレだけはしゃいだらな」
唯「でも、ムギちゃんは起こさないとだね」
律「だな。一緒に風呂、入るんだろ?」
唯「うんっ!」
律(さて、と……次は私かな。唯はまぁ……やっぱり、ギリギリまで楽しみたいだろうから、最後の最後だろ)
律「…………」
律(私が梓に残すもの……先輩として、部長として……)
律「…………」
律(……はぁ……決まっちゃいるが、結局形あるものじゃなくなったな……。
出来ればそういうのが良かったんだけど……ムギや澪に影響されちまったかな。
……でもま――)
律「――それでも、残せるもの、か……」
最終更新:2010年11月10日 21:37