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ちょっとだけ未来(むかし)のお話。


「澪ちゃん、澪ちゃん!」

「どうしたの、りっちゃん?」

「私ね、たいむすりっぷ出来るんだよっ!」

「……へえ」

「それでね――」

――――― ――

多分、まだ小学校に上りたての頃だったと思う。
私はある日、タイムスリップできるようになっていた。
ただ、一度きりだったのと、だいぶ昔のコトだったのとで、
どうやってタイムスリップできたのかはわからない。

私はいつのまにか、未来の世界に立っていた。
高校生の私がいる世界に。

そこで何をしたのかとか、
細かいことは何も記憶に無い。
けど、ただ一つ、覚えてる出来事がある。


私は誰も知っている人がいなくて、
そこがどこなのかもわからなくて、
ただ道の片隅でべそをかいていた。

「どうしたの?」

声がして、顔を上げると黄色いカチューシャをした高校生が、
心配そうに私を覗き込んでいた。
その横にいた、何かの楽器のケースを持った黒髪の高校生が言った。

「迷子、かな」
「そうなのかなあ……大丈夫?えっと、名前とか住所、わかる?」

当時の私は、高校生というだけで「怖い」というイメージがあったので、
何も答えられずぶるぶると首を振った。

「警察に連れて行くのは可哀そうだよね」
「だよなあ。でも住所とかわかんないならしょうがないよな」
「けどこの子、まだちっちゃいのに……。今日家に誰もいないんだろ?
連れてってあげたら?」
「って、人任せかよ!」
「だってうち、今人上げられる状態じゃないし……」
「まあ……もう暗いし危ないもんな、このままここにいるのは」

突然、カチューシャのほうに手を引かれた。
びくっとした私に気付いて、もう一人が私に、
「大丈夫だよ」と笑いかけてくれた。

「名前、答えたくないんなら仕方ないけど、もう一回聞いていい?」
「うん。……りつ」
「えっ、私とおんなじ名前!?」
「すっごい偶然だなあ。あ、私はみお。あきやまみお。こっちのうるさいのが……」
「律だよ。りつちゃんと一緒だ!漢字で書いたら旋律の律……って、
まだ漢字はわかんないか」

みおさんは、私と同じ目線になると、
「お家、わかんないんだよね?もし良かったら、今日はもう遅いし律の家に来ない?」
と訊ねてきた。

「私たちだけじゃ探せないしさ。この辺りじゃ全然見ない顔だし。
お母さんとか心配する?」
「……わかんない」
「だよなあ」
「とりあえず、警察に寄って捜索願い出てるか確認してから律ん家行くか」
「ん、そーだな。そーするか」

りつさんは、みおさんの言葉に頷くと私の手を引いて歩き出した。


警察に行って、よくわからないうちに私は知らない家のリビングに
ちょこんと座っていた。

「ごめんな、散らかってて」
「お前が言うな。つーか澪、帰らないのかよ」
「うん、もう帰るよ。帰るつもりだけど、気になるし……。
昔の律に似てて気になるんだよ」

みおさんはそう言って、私のカチューシャに触れると
「これもお前、持ってただろ」とりつさんを見た。

「まあそうだけど……。もしかして、過去から来た私、だったりしてなー」

りつさんは笑いながらそう言うと、私の前にオレンジジュースの入ったコップを
置いてくれた。

「……自分で言ってて本気でそうかもと思ってきた」

置いた後に、私をまじまじと見てりつさんは呟いた。

「うん、私もそんな気がする。って、そんなわけないよなハハハ」
「澪、顔が引き攣ってるぞ」
「で、でもさ。もし過去から来た律なら、この家来たらわかるじゃないか」
「忘れたのか、澪さん。私がこの家に来たのは小三だ。なあ、りつちゃん、
りつちゃんって今何年生?」
「えっと、一年生」

りつさんとみおさんが顔を見合わせた。

「まさか、な」
「そうだよ、大体過去から来たんなら律自身が覚えてるはず……」

「そんなことないみたいよ?突然、運命の軌道から外れちゃうことってあるらしいし」
「……へえ、ってムギ!?」
「こんばんは、澪ちゃん。お招きありがとう」

二人が頷きあったとき、後ろからふいに声がして、二人も、勿論私も文字通り
飛び上がった。
綺麗な髪の女の人がいた。

「お招きって、何だよ澪?」
「いや……、さっき家に着いたとき、ムギたちに今日律ん家泊まらない?って
メール送ったんだよ……」
「だめだったかしら、りっちゃん?」
「いや、そんなことはないけどさ……。そんな急に……ていうかムギ、玄関の鍵
開いてたの?あとムギたちってことは唯とかも来るわけ?」

みおさんが頷いたとき、「おいーっす!」と元気な声が玄関から聞こえた。

「……唯が来ちゃったな」
「悪いな、律。何も言わないで呼んじゃって」
「……反省して無いだろ、澪。まあいいけどさ」
「いや、知らない家で律と二人きりって、この子も怖いだろ?」
「何もしねーよ、どんなふうに思われてるんだ私は!」

夫婦漫才のようなものを繰り広げるりつさんとみおさん。
その後ろで、にこにことそれを見守ってる沢庵みたいな眉毛の人。

「おいーっすりっちゃん!ってあれ、澪ちゃんとムギちゃんも来てたんだー」
「こんばんはです、先輩方」

そしてそのまた後ろにいる、ギターケースを抱えたほんわりした雰囲気の人と、
黒髪のツインテールで小さい人。

「おっす、唯、梓」
「唯ちゃん、梓ちゃん、こんばんは」
「突然悪かったな、律がどうしてもって言うから……」
「もう、りっちゃんは寂しがり屋さんだねえ」
「律先輩が寂しがり……ぷっ」

あ、いいな。
何となくそう思った。こんなふうに集まれて、こんなふうに笑いあえるこの
五人が、いいなって、単純に、子供心にそう思った。

「で、この子は誰なんですか?律先輩の隠し子?」
「人聞きの悪いこと言うな!」
「だって、律先輩そっくりじゃないですか……」

ツインテールの小さい人が、私の顔をさっきのりつさんのようにまじまじと
眺めてきた。

「さっき迷子っぽかったから家に連れ帰ってきたんだよ。というか澪が半ば無理矢理に」
「へえ……」
「とりあえず、今夜は家にいてもらおうってことになって……。明日親捜そうって話になってさ」
「犬や猫じゃないんですから」
「そうだけど仕方ないじゃん。警察に預けるのは不憫なわけだし」

「ねえ、名前は?」

突然、ツインテールの小さい人が尋ねてきた。
私が答えようとする前に、りつさんが「りつ」と答えた。

「律先輩に聞いてません!私はこの子の名前を……」
「だからりつなんだってば」
「え、りっちゃんにそっくりなのにおまけに名前まで一緒!?」
「唯、お前急に入ってくんな」
「なんというかもう……同じ人物としか……」

と、突然唯と呼ばれたギターケースを背中に抱えたままの人が、ほい、と何かを
渡してきた。

「ドラムスティックだよ、りっちゃん!りっちゃんなら叩けるよね!」

「ドラムスティック?」

私は首をかしげながらそれを受取った。
ゆいさんが、きらきらと期待したような目で私を見る。

「もし叩けたらりっちゃんは天才だったって認めてあげるよ!」
「いや、別に認めてくれなくていいし!というかりつちゃんが可哀そうだし!」
「ぷっ、律先輩が自分でりつちゃんって……」
「中野ォ、お前はもう黙っとけ!」

「なあ、りつちゃん」

りつさんが、ツインテールの小人さんの頭をぐりぐりしだすと、みおさんが
声をかけてきた。その横には沢庵さんもいる。

「大丈夫?」
「……うん?」
「そう。ならよかった」

私は突然訊ねられ、よくわからなくて首を傾げつつも頷くと、
みおさんはほっとしたように笑って私の頭を撫でた。

「澪ちゃんったら」
「え、なにムギ?」
「りっちゃんの頭撫でるの好きなの?」
「好きっていうか、昔撫でられてばっかだったから……って、別にこの子が律って
決まったわけじゃないし。ていうかにやにやするなムギ」
「あらごめんなさい」

なんだか不思議な人たちだなあ。
私はみおさんの大きな手に撫でられながら思った。

だけどあったかかった。
何にもわからなくて、誰もいなくて不安だった気持ちが、寂しかった気持ちが、
一気に吹き飛んでいってしまった。

「そーだ!ねえりっちゃん!」
「なに、唯?」
「りっちゃんに一曲演奏してあげない?」

「楽しいんだよ、音楽!」

ゆいさんは本当に楽しそうにそう言って、
ギターケースからギターを取り出した。

「けど唯ちゃん、家で演奏は出来ないんじゃ……」
「あー、そっかー……どうしよっか」

「……学校、行くか?」

それまで黙っていたりつさんが、呟くように言った。

「え、けどさすがに無理だろ、時間が時間だし……」
「それに音楽室締め切ったって、音、漏れちゃうんじゃないですか?」
「まず学校って開いてるの?」
「やめたほうがいいんじゃないかしら?」

四人に反論され、りつさんが「だよなあ」と肩を落とした。

「……たい」

「え?」
「聴きたい、音楽」

私は言っていた。
聴いてみたかった。その頃の私は、音楽なんて全くわからなかったし、
楽器だって幼稚園で太鼓を少し叩いただけで。
だけど、聴いてみたいと思った。

「……よっしゃ!そんじゃ、部長が一肌脱いでやる!」

りつさんが私の頭をくしゃっとすると、笑った。
みおさんたちは顔を見合わせると、口々に「まぁいっか」と言って、立ち上がった。

沢庵さんが近付いてきた。

「りっちゃん、りっちゃんは何か好きな曲、あるかしら?」

「好きな曲……」

私は精一杯頭を捻らせ、今までで知っている曲を思い出した。
そして、私は「あ」と声を発した。

「なにかあった?」
「翼をください!」

沢庵さんは一瞬きょとん、とすると、何でかわからないけどすごく嬉しそうな
表情をして「わかった!」と頷いてくれた。
そして、沢庵さんは私の手を掴むと、「上手かどうかはわからないけど」と
笑って先に歩き出した四人を追おうと歩き出した。



夜の学校は暗くて怖かった。
けど私以上に怖がっているのはみおさんで、何か物音がするたびに
りつさんや、誰かに抱き着いて震えていた。

「りつぅ」
「あー、はいはいわかったわかった」
「澪ちゃんは甘えん坊さんだねっ」
「ちょっと違うんじゃないですか、唯先輩……」
「りっちゃんは怖くない?」

沢庵さんに訊ねられ、私はこくっと首を縦に振った。
全く怖くないわけじゃないけど、皆がいてくれるから、震えるくらい怖いとは
感じなかった。
けど、自然と力が入っていたのか、ツインテールの小人さんが「平気だよ」と
私のもう一方の手を掴んで言ってくれた。

「昔の律先輩は、大人しくて可愛かったんですねえ」
「何だよその今は可愛くないみたいな言い方!つーか昔の私って断定するな!」
「りっちゃんはこんなふうになっちゃだめだよー?」

唯さんが私の後ろに立って言った。ぷっとツインテールの小人さんがまた笑う。

「ならないよ、こんなうるさい人」

私が答えると、ツインテールの小人さんがぷぷっと二回笑った。

「くっ……流石に今のは堪えるぜ……!」

「大丈夫よりっちゃん!私はどんなにうるさかったって、元気で明るい
今のりっちゃんも、小さい頃の大人しめのりっちゃんもどっちも大好きだから!」
「私も私もー!ムギちゃんと同じだよー!」
「……あー、そう?」
「まあ私も嫌いじゃないです」
「梓、お前は素直になってくれ」

と、突然りつさんにしがみついていたみおさんが笑い出した。

「みおー?どうした?とうとう怖くて発狂したか?」
「くくっ……違うっ、ただ……」
「何ですか?」
「……、もし、本当にこの子が昔の律なんなら、なんか凄いよなって思って……。
私たち、もうずっと昔から律に会ってることになるんだから」


りつさんは「あぁ」と呟いた。
沢庵さんとゆいさんが、「ほんとだねえ」と感慨深げに頷くと、
ツインテールの小人さんが「それじゃあここで潜在教育でもしちゃいます?」
と笑った。

「せんざいきょういく?」
「今の律先輩みたいにならないように!」
「変なこと教えるんじゃねー!」

りつさんがそう言ったとき、階段を上りきった私たちは立ち止まった。

「ここが、音楽室?」
「そう。私たちの部室だよ、りっちゃん!」

音楽室の中は意外と広くて、大きな棚が置いてあった。
その中に入っていたものがティーカップやお皿で、「何に使うの?」と訊ねると
沢庵さんが「将来、軽音部に入ったらわかるよ」と言って笑った。

「さーて、そんじゃ始めますか」

りつさんのそんな号令で、楽器の調整をしていた皆が静かになって、りつさんの
ところに視線が集まった。
りつさんが、ドラムスティックを振りかざし、頭上で「1、2、3!」と叩いた。

音楽室に、私の大好きな曲が鳴り響いた。


ゆいさんが、本当に嬉しそうに、楽しそうに歌を歌う。

沢庵さんの指が、軽やかにキーボード上を舞う。

ツインテールの小人さんが、力強いギターをかき鳴らす。

みおさんが、安定したリズムを刻んでいく。

そしてりつさんは、そんなみおさんの音と一緒に、音楽の土台を作っていく。

かっこいい、と思った。
あの頃の私でも、大して上手いとは思わなかったけど、だけど心の底から
かっこいいと思った。すごいって思った。
こんなに楽しそうに演奏できるこの人たちが、凄くすごく、輝いて見えた。

演奏が終わっても、私はしばらくずっと五人の前で動けずにいた。
りつさんが立ち上がると、「どうだった?」と私の前まで来て訊ねてきた。
それにならって、皆も私の周りに集まってくる。

「……かっこ、よかった」

りつさんたちの顔が一気に嬉しそうな顔になった。

「だろ!?で、やっぱり一番かっこよかったのって私だよな!?」
「りっちゃんじゃなくって私だよね!?」
「それとも私かしら?」
「醜いです、先輩方」
「まあ、そんなことどうでもいいよな」

みおさんは苦笑しながらそう言うと、私に目線を合わせて訊ねた。
「音楽、好きになった?」と。
私が頷くと、「よかった」と微笑んだ。

「さて、帰るか」
「えー、もう一回演奏しようよ澪ちゃん!」
「だめ。早く帰らないとそろそろやばいだろ」

みおさんが言うと、皆は渋々と楽器を片付け始めた。
楽器の片づけがないのか、りつさんはドラムスティックだけを持って私の傍に
やってきた。

「なあ、りつちゃん」
「なに?」
「もし、りつちゃんが過去の私なんだったら、さ。今のまま、迷わず思ったままの
道を突き進んで来てよ。そしたら必ず、この場所に辿り着くからさ」
「……うん」

私は頷いた。りつさんは「よし、約束な」と言って私の頭を乱暴に撫でた。

「会いに来いよ、また今度、私たちに」


――――― ――

それからのことは、よく覚えていない。
ただ、いつのまにか元の世界へ戻ってきていて、その日から私が音楽を
好きになったということだけ、はっきりと記憶に残っている。

あと、学校からの帰り際。私はみおさんに言われた。
「もし本当に大切な友達が出来たら、その子に一緒に音楽やろうって誘ってみて」
と。

そして今。

――――― ――


「それでね――

こーこーせいになったら、一緒に軽音部入ろうよ!私、向こうで会った人たちと
約束したんだ、絶対会いに行くって!だから、澪ちゃんも一緒に入ろうよ!軽音部!」

約束だよ!

終わり。



最終更新:2010年11月15日 02:23