りっちゃん「面白いっ!! みおちゃん!!
そのツッコミ、お笑い芸人みたいで面白いよ!!
イタタ。あ、でも、もう少し手加減してね?」
りっちゃんは頭にできたタンコブをさすりながら笑った。
ゲンコツが面白いの!?
私は心の中で言った。
「バカ」
面白いのはりっちゃんの方だよ。
そして私は気が付くと、つられて笑っいてた。
待ちに待った日が来た。
と同時に、恐れていた日でもある。
晴れてガーゼが取れるのだ。
しかしそれと同時に、毛を剃られた部分が露呈してしまうことにもなる。
ママと病院に行き、ガーゼをとってもらった。
帰りは帽子を目深にかぶり、差している傘に隠れるように歩いた。
しとしとと雨が、降っていた。
家に着き、まず自分の部屋へ向かった。
どうしよう。
どれくらい剃られたのかな。
見るのが怖い。
傷口も見えちゃうよね。
でも見ないと。
明日から学校に行くのに、対策を練れないもの。
髪が無い部分をどうやって隠すか。
上手くいけばポニーテールで隠せるはず。
しかし場所が悪かったり、剃られた面積が広ければ隠せないかもしれないな。
その時は、どうしよう……。
沈みこんだ気分のまま部屋のドアを開けた。
りっちゃん「お帰り」
みお「うわっ!! なんでいるんだ!?」
びっくりした。まさかりっちゃんがいるとは。
制服着てるから、学校帰りにそのまま来てずっと待ってたのかな。
りっちゃん「みーおちゃん! 帽子、取らないの? ここ、部屋だよ」
みおちゃん「うぅ。分かってるよ。それより、なんでここにいるんだ?」
りっちゃん「みおちゃん冷たいっ! あたしがみおちゃんの家に来るのに、
理由なんていらないだろ?」
私はベッドに座っているりっちゃんを避けるように、机の近くにあるイスに座った。
りっちゃん「で、病院はどうだった?」
みおちゃん「うん。もうガーゼいらないって……」
りっちゃん「そっか! 良かったな、みおちゃん!!」
私は机に突っ伏してしまいそうなほどうつむき、とりあえず蚊の鳴くような声で返事だけした。
りっちゃん「みおちゃん……もしかして、まだ髪の毛見てないのか?」
私は素直にうなずく。
だってさ、怖くて見れないんだよ。
りっちゃん「帽子とれ。カリスマ美容師りっちゃん様が見てやる!」
そう言うとりっちゃんが近づいてきた。
みおちゃん「ひぃぃぃ!! やめてくれ!!」
ダメダメ。河童みたいになってるかもしれないんだから、絶対見せられない!
りっちゃんなんかに見せたら、1か月はからかわれるよ。
りっちゃん「じゃあどうすんだよ。明日、帽子かぶって登校すんのか?」
みおちゃん「うん」
りっちゃん「こら!! できるわけないだろ! 校則違反だっつーの!」
みおちゃん「うーん……」
りっちゃん「だからさ、私が見てやるって」
みおちゃん「やめろ! 近づくな!」
りっちゃん「じゃあみおちゃん、自分で見れるの?」
私は首を左右に振った。
みおちゃん「こ、心の準備がまだ……」
りっちゃん「だーーーっ!! いいからさっさと取れ!!」
みおちゃん「いやあああああ!!!」
私が帽子を押さえるより速くりっちゃんが帽子をはぎ取った。
私は目をぎゅっとつぶった。
もうダメだ。
今日から1ヶ月はからかわれるんだな、私。
きっとりっちゃんは今頃笑っているはず。
あれ、おかしいな。
笑い声どころか、物音一つしないぞ。
私は恐る恐る、少しずつ目を開けた。
りっちゃん「……」
みおちゃん「りっ……ちゃん?」
りっちゃんの目は、笑ってなんかいなかった。
りっちゃん「……ごめん!」
そういうとりっちゃんは物凄い勢いで逃げだした。
え? 何? 私の頭、そんなにひどいの?
あまりの恐怖に、りっちゃんを追うことも、
声をかけることもできなかった。
部屋には取り残された私と、
投げ捨てられた帽子。
聞こえてくるのは、
玄関が乱暴に開かれる音、
遠ざかる少女の靴音。
そして何も聞こえなくなると、
雨の音がしとしとと部屋の中に入り込み、
部屋を冷やしていった。
「みおちゃん?」
ふいに掛けられた声に体がビクついた。
見ると、乱暴に開け放たれたドアからママがのぞいていた。
澪ママ「りっちゃん、どうしたの? なんかものすごく急いでたみたいだけど」
澪ちゃん「うわあああああああん、ママァァァァァァァ!!!」
しばらくしてママのお陰で落ち着きを取り戻した私は、
勇気を出して、ママと一緒に鏡を見ることにした。
前髪のすぐ後ろから綺麗に一列、刈り込まれている。
幅は10センチほど。つむじの方まで続いている。
この髪。
これは、こ、これは、
みおちゃん「落ち武者!」
いっそ、殺して……。
しばらく放心状態だったらしいが、なんとか戻ってこれた。
ママが、
傷口が複雑な形をしていて……だとか、
だからたくさん剃った……だとか、
でも傷口はとってもきれい……だとか、
髪の毛が伸びれば目立たない……だとか、
色々言っていた気がする。
私は未だ喋り続ける母を置き去りにし、自室へ引きこもった。
もうダメ。
私、一歩もこの部屋から出たくない。
たしかに剃ったよ。
そして確かに毛が生えてきたよ。
でもさ、
明らかに周りの長さと違うよね。
そうだ、
周りの長さと同じくらい伸びるまで、ここで引きこもってればいいのか。
そうだそうだ、そうしよう。
いや待て。
ウィッグは?
いやいや、あれは地毛に偽の髪の毛を結びつけるから、
ここまで短かったら付けられないんじゃないか?
じゃ、じゃあ、
カツラ?
でも、カツラってばれないかな?
しかも、きっと、ものすごく高いよね。
あぁ、消えてなくなりたい……。
ピーンポーーーン。
玄関のチャイムが鳴った。
時計を見ると、20時だ。
こんな時間に誰だろう?
なんとなく不審に思った私は、応対しているママの声に耳を傾けた。
足音。
誰かが私の部屋に近づいてくる。
この足音は……。
と思う間もなく、豪快な音と共にドアは勢いよく開け放たれた。
「みおちゃん!!」
みおちゃん「ノックくらいしろ! ていうかキャップ! その帽子脱げよ。ここは部屋だぞ」
さっき聞いたばかりのセリフを返してやると、
「まぁまぁ」とか言って、てきとうに流された。
こらこら。
しかしりっちゃんは、いつになく真剣な目で私を見つめて言った。
りっちゃん「みおちゃん。見てほしいものがあるんだ。じゃーーん!!」
りっちゃんがキャップに手をかけ、一気に脱いでみせた。
私は言葉を失った。
りっちゃんが、りっちゃんが、
丸坊主だったのだ。
みおちゃん「り、り、り、り、りつ、りつ、つっちゃ、ちゃ!?」
りっちゃん「えへへ。けっこう頭の形いいだろ? 聡に使ってるバリカンでさ、
自分でやったんだよ」
りつはニヤニヤしている。
嬉しいのか?
坊主になって嬉しいのか?
私は落ち武者だし、りっちゃんは坊主だし。
私の頭の中は完全にパニック。
何?
なんなの?
いったい何がおきてるの?
りっちゃん「みおちゃん。あのね、えっと、その、ごめん!」
りっちゃんが両手を合わせ、頭を下げている。
みおちゃん「なんで? なんでりっちゃんが謝ってるの?」
りっちゃん「あ、あの時、私がプリント追っかけていかなきゃよかったんだ。
ずっと……えっぐ、ひっぐ」
りっちゃんの声は、涙声に変わっていった。
りっちゃん「うぅ、ずっと、みおちゃんの、そ、そばにいればさ、
えっぐ、みおちゃんが、ひっぐ、怪我しなかったんだ。みおちゃん
、あ、あたしの腕、離したくないって言ったのに、ひっぐ、あたしがふりほどいたからぁ。
だからね、私も髪の毛いらない!みおちゃんの傷、私が半分もらうことはできないけど、
うぅ、ひっぐ、みおちゃんが髪の毛なくて恥ずかしいって思う気持ちは、
えっぐ、私と、私と、半分こしよ?」
りっちゃんは、謝る必要なんてどこにもないのに……。
りっちゃん「ふえ? みおちゃん?」
りっちゃん、やっぱり、りっちゃんは、
みおちゃん「バカ! りっちゃんのバカ!」
りっちゃん「え? ええええええええ!?
は、初めてみおちゃんにバカって言われた! みおしゃん、ヒドイ!!」
りっちゃんが私の腕を振りほどこうとしたけど、
私はぎゅっと腕に力を入れて阻止。
みおちゃん「りっちゃんの髪、サラサラでとっても……えっぐ、ひっぐ、
キレイだったのに、うわあああああああん!!!」
私たちは抱き合ったまま、声を上げて泣いた。
たくさんたくさん、泣いた。
どっちの涙なのか、どっちの鼻水なのか分からないくらいに。
どれくらいの時間が経ったんだろう。
りっちゃんがふいに話し始めた。
りっちゃん「ねぇ! あたしさ、これからみおちゃんって呼ばない!」
みおちゃん「え?」
りっちゃん「これからはさ、澪って呼ぶよ。だからあたしもさ、律って呼んでよ。
坊主になって、心機一転!! 生まれ変わるってのはどう?」
澪「え? いや、私、坊主にはならないぞ?」
律「へ? じゃあ、そんな落ち武者みたいな頭のままで登校す……アフンッ!!
澪! ゲンコツは良いけど、手加減して! 手加減!
えっと、じゃあ、ちょんまげ結ってごまかすの……ゲフンッ!!
う、うん。そのくらいの強さなら耐えられる……かも」
あれ? なんだろ。
ゲンコツすると手が痛いけど、ちょっと楽しいかも。
律「ていうか、澪は坊主にならないのかよ!?」
澪「当たり前だ。だって私が坊主になったら、
高校一年生のころまでにマンガと同じ長さにならないだろ?
つじつま合わせるためには、カツラとかウィッグ駆使してしのぐしかないんだよ」
律「あぁ、それなら大丈夫だ。
澪はムッツリスケベだから伸びる早さは尋常じゃな……ゴフッ!!
う、うまくなってきたじゃないか、ゲンコツ。
いや、そうじゃなくて、だったら高校生になった時に、
マンガに合わせてウィッグでもカツラでもつければいいだろー!
今は一緒に坊主にするんだぁ! ほら! 親切にバリカン持ってきてやったぞ! 観念しろー!!」
澪「バカ! バカ! やめろバカ律っ! こっちにくるなぁ!!」
あれから3年か。
あっという間だった、かな。
もう一度手紙を読み返そうと下を向くと、来客を知らせるチャイムが鳴った。
今日は家に私一人。
仕方ない、私が出るか。
インターホン越しに応答する。
みお「はい、どなた……」
「私だよん!」
律か。学校のプリントでも持ってきてくれたのかな。
ドアを開けると、待ってました! と言わんばかりにぴょんぴょんと家の中に入ってきた。
本当、犬みたいなやつだな。
律「澪、顔色いいみたいだな!」
唯「やっほー! 澪ちゃん! 私も来ちゃいましたっ!」ビシッ
ムギ「ご迷惑じゃなかったかしら? これ、お見まいにお菓子持ってきたのぉ」
梓「澪先輩、お体の具合はどうですか? って、あ! ちょっと、律先輩!
すぐ帰るって言ったじゃないですか!? なんで勝手に上がっちゃってるんですか!?」
澪「いいよ、梓。熱はもうないし、律は、いつものことだから」
後ろから、さっさと部屋の中に入って行った律の声が聞こえてきた。
律「あれ? なんだ? 私宛の手紙が落ちてるぞ?」
私は全身から血の気が引いていくのを感じた。
『りっちゃんへ』
りっちゃんが、
私のためにつくってくれた、たくさんの冗談と、
私のために費やしてくれた、たくさんの時間と、
私のために流してくれた、たくさんの涙と、
私のために半分こしたくれた、たくさんの悲しみに、
ありがとう。
大好きでした。
りっちゃん、バイバイ。
律へ
これからも宜しくな。
大好きだよ。
澪
真っ白になって立ちつくす私の目に映るのは、
開けられたドアの外、いまだしとしとと降り続く雨だった。
私の部屋から聞こえるみんなの叫び声は、
聞こえない聞こえない聞こえない……。
チーン。
おしまい
最終更新:2010年11月15日 23:13