唯「憂に好きだって伝えたんだけどね、うん、駄目だったよ。もう、結構前の話だけどね」
唯先輩は私に何を伝えようとしてるのか、分かるような気がするし、でも分かりたくも無い気がした。
唯「純ちゃんはそこら辺はどうなの?」
純「私は…、伝えようとは思っていませんでした」
唯「それはどうして?えっと、聞いても良いよね?」
純「構いませんけど…」
唯「じゃあ、どうして?」
純「だって、やっぱりおかしいじゃないですか、同性同士なんて。そう思ってたんです」
唯「今は?」
純「今だって、基本的には…」
唯「でも、そう思ってたら、鳶に油揚げを攫われちゃったー、って感じかな?」
嫌な言い方…。
唯「ねえ、純ちゃん。私と付き合っちゃおっか?」
純「はあ…。何で急に?」
唯「ジ・アザー・トゥーって感じだから?」
純「逆に嫌な感じじゃないですか」
唯「そう?ラブラブをみせつけて憂とあずにゃんを羨ましがらせよう!」
純「羨ましがらないですよ、特に憂は…、そう言う姿が想像出来ないです」
唯「そうかなぁ?」
純「そうですよ」
唯「じゃあ、身体だけの関係」
純「何ですか、それ」
唯「同性愛者は…」
純「そう言う言い方嫌いです」
唯「純ちゃんはあの時凄い感じてたでしょ?
だから、こう言う形なら受け入れてもらえると思ったから」
純「何ですか、それ!あんな風に無理矢理しておいて…、
それ凄い酷い言い方って分かってますか?」
これは言い過ぎなんかじゃない。
まだ、穏やかな部類だ。
唯「ごめんね、ちょっと偽悪的過ぎたかも」
純「次言ったら叩きます」
唯「つまり、私達はお互いに寂しいもの同士だから…、せめて…」
純「そう言うのはお手軽で嫌だって…」
唯「でも、私達は同性愛者で、簡単にはその事を分かち合える人間を見つけられないよ?
その上、それを認めてくれるような友達はいるけれど、別の理由で相談する事も出来ない。
その分だけ、余計に辛くない?」
純「それでも…」
唯「それでも、あずにゃんが良い?」
純「は、はい、私は梓が…」
唯「そっか…」
今日、涙を流したのはこれで何回目になるんだろう?
・・・
唯「落ち着いた?」
純「は、はい、す、すいません、と、取り乱したり、し、して…」
やっと、涙は止まった。
しゃっくりはまだ止まらないけど。
唯「気持ち伝える気は無いの?」
純「ええ、これは伝えないんだってずっと決めてましたから。
梓が私と同じように女の子を好きであっても、それはまた別の問題です。だって…」
唯「うん、分かるよ。
一般社会との問題で、自分が梓に取って軛になりたくないって事だよね」
純「そうですね…」
唯「じゃあ、じゃあさ、仮にだよ?」
仮の話になんか意味が無いのに、唯先輩は一生懸命な力説を始める
唯「一般的な世の中の人は、純ちゃんのそう言う関係を咎めだてするような人は多いし、そう言う人や、そう言う人が多数を占める社会や、そう言う考え方が無くなったら、どうする?」
純「そんな事ある訳無いじゃないですか」
唯先輩はちょっとだけ、人を馬鹿にしたような顔になる。
唯「でもね、そんな事も起きちゃうかも知れないのがこの世だよ?」
私はちょっとカチンと来て、唯先輩のその仮定を無視して言葉を続ける。
純「でも、そんな事ある訳無いですし、やっぱり、梓の負担になりたくないんです…」
唯先輩は私の言葉を聞くとニッコリと笑う。
唯「そっか…、そこまで梓ちゃんの事を大事に思ってるんだね」
え?!
唯先輩はスウェットパンツのポケットから髪ゴムを取り出し、そして…。
唯?「って言うのが、純ちゃんの考えなんだって。聞いた?梓ちゃん」
え、何、どういう事?!
居間の扉を開けて、梓と憂?が入って来る。
梓と一緒に入ってきた憂?は髪の毛を止めていたリボンを解く。
憂?「て、純ちゃんは言ってるよ?あずにゃん?」
梓は俯いたまま、私の方に歩みよって来る。
純「梓…、どうして…?」
うぁ?!
私は一瞬、何が起きたか分からなかった。
ただ、すぐに頬がジンジンと熱を持ち始めたから、
だから、ああ、頬を叩かれたんだな、と理解出来た。
純「あ、梓…?」
梓「そんな気遣いなんか…、純の馬鹿!!純は分からんちんだ!」
梓は泣いているようだった。
それだけ言うと、梓はトトトと小走りに走ってまた憂?の後ろに隠れる。
唯?先輩は憂?の横に立つ。
そうしておいて、二人はクルクルと自分の立ち位置を変更し合う。
憂とは数年来の友達だった。
憂と唯先輩が同じ服装、同じメイクをして並んでいたって、
どちらが憂でどちらが唯先輩かを見分ける事なんか、簡単な事だとずっと思ってた。
だけど、今は二人のどちらがどちらかを見分ける事など出来なくなってしまっていた。
それだけ、憂と唯先輩はいつもと違う顔をしていたんだ。
憂?「私は純ちゃんに掛かってる規範意識を一つ外して上げたよ。
梓ちゃんもこう言う女の子だって、教えて上げたよね?」
唯?「わたしも純ちゃんに掛かってる規範意識をもう一つ外して上げたよね。
純ちゃんは女の子同士のセックスを経験したよね?」
純「ふ、二人とも何を言ってるんですか…?」
また、二人はクルクルと立ち位置を変更し合う。
憂?「あずにゃんも何か言ってあげなよ」
唯?「わたしにいつも相談して来てた事を純ちゃんに伝えて上げなよ」
梓は躊躇っているのか緊張しているのか、
身体全体を震わせながら、二人の後ろからオズオズと出て来る。
一秒、二秒…。
梓は言葉を発する事が出来ず、二人の方に助けを求めるように、顔を向ける。
唯?先輩と憂?は梓を勇気づけるように、梓の肩に手を置く。
梓はそれで決心がついたのか、息を大きく吸い込む。
梓「ねえ、私ね、ずっと純の事好きだったよ?
でも…、その…、勇気が無かったんだ」
梓…。
唯?、憂?「そうなんだよ?純ちゃん!」
ほんの半日前なら天国に昇る様な感動を得られたであろう言葉。
でも、この異様な状況のせいで、梓も私を好きでいてくれたと言う事実、
本当は凄く嬉しい筈の梓の言葉、それらを受け入れる事が出来なかった。
梓「だ、だから!あ、あの…、純が私の事を好きだって、
あんな風にまで考えてくれて、凄い嬉しかった…」
梓は、そのまま私の方に駆けて来ると私をギュッと抱きしめる。
唯?、憂?「And I~♪
…ってあれ?純ちゃん何で抱きしめ返して上げないの?」
唯「ちゃんと応えてあげないと、あずにゃんが可哀想だよ?」
憂「梓ちゃん、あんなに勇気を振り絞ったのに…、純ちゃんてば…、酷い…」
あはは…。
何これ…。
憂「そっか、純ちゃんはまだ『一般社会』の事が気になっちゃってるんだね?」
唯「それなら、しょうがないっかぁ」
憂と唯先輩は顔を見合わせる。
少しの間、見つめ合っていたかと思うと、
唯「じゃあ、やるしかないかぁ」
憂「仕方無いよね」
唯「憂はOK?」
憂「おねえちゃん、準備出来てるよ」
唯「いーち…」
?!
唯先輩が口を開いた瞬間にすっかり暗くなっていた窓の外が一瞬パァっと明るくなる。
でもそんな事にも構わず、唯先輩は数字を数え続ける。
唯「にーい、さーん…」
唯先輩が1つ数字を数える度に、窓は発光し、
窓の外は赤く明るくなっていく。
何時の間にか、数字を数えるのに憂も加わっていた。
私は梓の身体の感触が暖かいな、その輝きがキレイだな、
と思って、ぼんやり外を眺めていた。
唯、憂「…、ひゃ~くっ!!」
憂と唯先輩は遂に数字を百まで数え終える。
窓の外から差し込む光は、既に昼と変わらない強さになっていた。
ただ、その窓からの光は真っ赤で、
どう考えても太陽が再び昇ったからと言う感じでは無かった。
唯、憂「じゃあ屋上に行こう!これは私達二人から、
純ちゃんとあずにゃん(あずさちゃん)へのプレゼントなんだよ」
・・・
屋上の扉を開いた途端に、物凄い熱気と明るさが奔流となって私達を包む。
純「あ…?あぁぁぁ!!」
街は燃えていた。
この平沢家を除いた街の全てが。
屋上の淵に立った唯先輩と憂は満足そうに街を見回し、
そしてゆっくりと私の方に振りかえる。
唯「ねえ、純ちゃん、取り合えずはこの街だけだけど、
私達を咎めだてするような一般社会は無くなったよ?」
憂「もう、純ちゃんの選択を妨げるものは何も無いよね」
私の腰に抱きついている梓が私を見上げる。
梓「ねぇ、純…、これ、私達の門出を祝う炎だよね…」
唯「二人は炎の中で永遠の愛を誓い合うの!」
憂「素敵!」
梓は燃える街を見てうっとりとする。
梓「純、ほら、夜が炎の中に放り込まれる感じだよ?」
憂「あはは、『ハートに火をつけて』だね」
唯「『ゲットマッチハイアー』って感じ!」
違う…。
これじゃ、『ジ・エンド』じゃないか…。
唯「ねえ、純ちゃん、知ってる?」
もう、何も聞きたくなかった。
この二人の言葉は他人を狂わせる。
梓はきっと、狂わされてしまったに違いない。
私は腰にしがみ付いている梓の肩をギュッと掴む。
梓は私の方に顔を向けると、ニコッと笑った…。
梓…。
純「知りません」
憂「純ちゃんも知っておいて損は無いよ」
純「もう、憂と唯先輩の事なんか知りたくないよ!!」
二人は、苦笑して、もう私の許しなんか必要ないとばかりに言葉を続ける。
唯「数十年前までは同性愛者って、理解不能な怪物として扱われてたんだよ?」
憂「辺境の怪物…」
唯「秩序ある世界の外に住んでいる怪物…」
憂「秩序を壊す怪物…」
唯「だから、私達はそいつらの言う通りに、本当に怪物になってやったの」
憂「だから、簡単に世界も壊せたよ、こんな風にね!」
憂は炎に包まれた街の方を指し示すように手を振る。
その動きに合わせて、火の勢いは一層強まったように見えた。
唯「私達を無意味な規範で縛り付けるこの国を永遠に離れたいな、
私達の生まれた街を燃やしつくしてね、って思ったの。そしたら…」
炎は天を焦がすような勢いでその勢いを強めていく。
憂「ほら!私達の思う通りになったよ!
ほら!これが私達が怪物である証拠なんだよ!」
そこまで言うと、唯先輩と憂は笑顔を浮かべて私に向かって手を伸ばす。
唯・憂「私達の王国へようこそ」
何も無い筈の二人の後ろの虚空には…。
あれ?
何も無い筈なのに…。
唯・憂「ふふ…」
何故か私には、西の王国へと向かう王の道が伸びてるのがはっきりと見えた。
「The End」
自分の中では普通の百合のつもりで書いてました。
タイトルと街を燃やす下りはThe Stone RosesのThis Is The Oneの歌詞から。
ラストのところはThe Doorsのハートに火をつけてとThe Endから。
保守して頂いた方、読んで頂いた方全ての人にありがとうございます。
最終更新:2012年01月07日 22:17