もし、研究所突入前に澪が血を求め始めていたら――


唯「律わんの完成が近付いてるんだね」

律「じょーだんじゃないぞ!…とにかく急ごう!」

澪「…ごめん、律。ちょっと、待ってくれ…」ゼェゼェ

乾いた苦しそうな息の下で、澪が呻くように口を開く。律は慌てて彼女に駆け寄った。

律「どうした澪!大丈夫か!?」

澪「凄く、喉が…乾くんだ…。正直かなり、辛い…」

律「マジか…どうすっかな…」

肩で息をする澪。唯達も心配そうにそんな彼女の様子を見守っている。

さわ子「そこで転がってる男達からちょっと血をもらっちゃいなさい。それしかないわ」

腕を組んで考え込んでいたさわ子が、立てた親指で気絶した男達を指す。が、澪は小さく首を振った。

澪「それは…ちょっと…」

そりゃ見ず知らずの人、しかも男に噛み付けというのは、澪には少し酷な話だ。

律はしばらく口を閉ざし思考を巡らせ、意を決した様にみんなを振り返った。

律「ごめんみんな…ちょっとだけ外で待っててくれないか?」

梓「何するつもりですか?」

律「いや、その…私の血なら、澪も変な気使わなくてすむかなって…」

紬(Oh…)

澪「でも、律…」

律「苦しいんだろ?私のことは良いからさ」

澪は俯いて本当に囁くような声で、じゃあ頼むよ、と律に頭を下げた。

律「…そういうことだからさ、しばらく待っててくれ」

唯「りっちゃん…献身的だね…」

和「唯でもそんな言葉使えるのね」

唯「さすがに私に失礼だよ和ちゃん」

ぷう、と頬を膨らませつつも外へと向かう唯。他のみんなもあとに続く。

最後に紬がどこか後ろめたそうに外に出て、廃墟の中には律と澪、そして気絶した男達だけが残された。

律「ふぅ…さてと。さすがに何か小っ恥ずかしいからなぁ、血を吸われてるとこ見るのって」

澪「…ごめんな、律…」

律「ばーか、気にすんなって。仕方ないじゃんか」

澪「…うん」

澪を安心させるために明るく振る舞う。律は部屋の中を見回して、ぼろぼろのソファを見つけると、ホコリをいくらか叩き落とした後それに腰掛けた。

律「よっしゃ、じゃあ早く済ませちゃおうぜ。長引くと辛いだろ」

澪「あ、あぁ。…ど、どうしよう」

律「そうだなぁ…とりあえず腕にでも噛み付いて――」

袖をめくろうとして気が付いた。自分が今は半狼人間となっていることに。

腕は見事にふさふさの毛が生えそろっていて、牙をたてても皮膚に届きそうにない。

律「あっちゃー…そっか、腕は無理だな…」

さてどうしようか。律は考える。自然と頭に思い浮かべるのは、ホラー映画に出てくる吸血鬼の吸血シーン。…それは先ほど澪に血を舐められた時と状況が酷似していた。

律「あー…うぅ…」

急に恥ずかしくなって、律は顔が熱くなるのを感じた。横目で澪を見る。凄く苦しそうだ。

律(…恥ずかしがってる暇、ないよな)

律は一つ息をつくと、黙ってシャツのボタンを少し外し、首筋をはだけた。

律「ん。ひと思いにがぶっといっちゃってくれ」

澪「えぇ…!?そ、そんな本格的にいかなくても…」

律「つーかここぐらいしか良い場所がないんだよ。悪いな」

律は目を閉ざして、恥ずかしいのを必死に堪える。

そんな彼女の様子を見て、本気で考えてくれているのだと理解した澪は、ゆっくりと律の前に立った。

澪「――わかった。ごめんな律、ちょっと痛いかも」

律「…おう。大丈夫だから、気にすんな」

目を閉じたまま返事を返す律。澪は震える口から長く息を吐くと、律の肩に手をかけた。

澪「じゃあ、えっと…いただきます?」

律「…恥ずかしいからやめろ」

きめ細かくてすべすべした律の首筋に、澪は鋭くとがった牙をたてた。ぴくり、と律が反応する。

澪(…ごめん)

心の中でもう一度謝り、一気に噛み付く。皮膚を突き破って牙が侵入してくるのを感じ、律は小さく呻いて眉を顰めた。

じわりと血がにじみ、流れ出す。澪はその温かな血を、丹念に舌で舐め取った。

鋭いものが突き刺さる痛みと、首筋を舌が這いずるくすぐったさがない交ぜになって律の体を電流のようにかける。

律「は、ぁ…」

そのどうしようもない感覚に、自然と涙が滲み、息が荒くなる。

先ほどの傷口を舐められたくすぐったさとは、比べものにならない感覚だった。

澪(何だろ…凄い喉が渇いてたからかな…。――律の血、凄くおいしい…)

一心不乱に舌を這わせる澪。もっと、もっと飲みたい。もっとこの最高に喉を潤してくれる律の血を味わいたい。

その欲望が澪を支配し、彼女は滴ってくる血を舐めるのでは飽きたらず、直接吸い出し始めた。

律「――うっ…ぐ…」

またも経験したことのない感覚が律を襲い、律の体が小さく震えた。

牙の刺さった傷口からどんどん血が吸い出されていくその痛いようなくすぐったいような、言葉にできない感覚は、だんだんの律の思考を麻痺させていく。

律(なんだこれ…何か、変な感じ…)

たまらず大きく息を吐き出す。その呼気は澪の長い髪をくすぐり、揺らすが、それを意に介さず澪は血を吸うことに夢中になった。


澪(おいしい…もっと…)

律の肩にかけた手に力が入る。澪は律を先ほどと同様押し倒さんばかりの勢いで覆い被さっていく。

律「み、お…」

明らかにコントロールが効いていない様子の澪を抑えようとするも、体に全く力の入らない律は為す術もなくされるがままになってしまう。

澪(もっと…欲しい…)

牙がさらに深く律の肩口に食い込んだ。

律「――…つっ!あ、ぅ…」

走る痛み。さらに溢れ出す鮮血。それを吸い出し、飲み込んでいく澪。

澪「…ふっ…」

息をするのも難しくなるぐらい律の血を貪る。飲み損なった血が、口内に溜まった唾液と共に少しばかりこぼれ落ちる。

自分の血のにおいが鼻を掠め、律は涙が滲み霞んだ視界で澪を見た。

律(どれだけ…夢中になってんだよ…)

これがあの指を切ったぐらいでガクガク怯えていた澪なのだろうか。

夢中になって首筋に食らいつくその姿は、まさに映画で見た吸血鬼そのものだった。

律「はぁ…う、ぅ…」

何とも言えない感覚が全身を満たし、指を動かすのも辛いぐらい力が抜けていく。

そろそろ限界だった。頭もクラクラする。

律「み、お…澪……!」

何とか声を張り上げる。だが、澪は吸血をやめようとしない。

舌を這わせたり、吸い出したりを交互に繰り返し、無我夢中で血を貪る。

律(まず、い…)

完全に我を失っている。このままじゃ自分の命に関わってくる可能性もある。

律(澪…目を、覚ませ…!)

限界の体に鞭打って、律は腕をなんとか伸ばす。

律「がるる…」

歯を食いしばって必死に手を動かすと、つい喉の奥から狼のような唸り声が迫り上がってくる。

律はその手を澪の背中に回した。まだ自分の首に食らいついたままの彼女を正気に戻すため、律は強硬手段に出た。

律「ごめ、ん…!」

力を振り絞って澪の背中に爪を食い込ませる。

澪「――!あ、ぐ…!」

痛みに思わず悲鳴を上げ、澪の口はようやく律の首筋から離れた。

律(なんとか…成功…)

肩で息をしつつ霞む目で澪を見る。

死力を尽くした律は、安心したと同時に急激に気が遠くなるのを感じた。

澪の背に回した手がずり落ち、ソファの上に倒れ込んだ。

澪「いたた…あ――ご、ごめん律、私…律!?」

痛みで我に返った澪は、すっかり暴走してしまったことを思い出し、慌てて律に謝ろうとする。

だが、その律は完全に力尽き、ソファの上で崩れ落ちていた。

澪「律!律!!」

自分のせいで、律をこんな目に合わせてしまった。澪は半泣きになりながら律の体を揺する。

律「――…大丈夫…だから。…っへへ、狼人間の体力…なめるなよ…?」

澪「律ぅ…ホントに、ごめんな…」


その後、澪は外で待っていたみんなを呼び戻し、再び全員が合流した。

律「ごめん…まだちょっと、休憩させて欲しい…。若干貧血気味で頭クラクラする…」

ソファの上でぐったりとなった律、そしてその首筋に残る牙の後を見て、唯がごくりと生唾を飲んだ。

唯「おぉ…なんか、生々しいね」

梓「はい…何だかドキドキします…」

律「ホント凄いぞ…。きっとお前らが想像してるよりも遙かにいろいろ大変だからな」

澪「うぅ…恥ずかしい…」

和と紬に介抱してもらいつつ律は、一刻も早くワクチンを手に入れて澪を元に戻さねばと改めて心に誓うのだった。


おしまい。



最終更新:2010年11月20日 23:21