<同日・某所>


律「よお、みんな揃ってたか。」

澪「遅いぞ、律。」

唯「そーだよー。20分も遅刻。」

律「悪い悪い。ちょっとさ、色々あって。」

梓「色々って何ですか。遅れるなら連絡くださいよ。」

律「いや、ほんとにごめん。」

澪「…来たくなかったんだろ?」

唯「澪ちゃん?」

律「……」

澪「ま、気持ちはわかるよ。多分、みんなも同じだろうしさ……」

律「……」

梓「…今日で、最後なんですよね。」

澪「ああ…会うことはまた出来るだろうけどさ。でも……」

唯「ムギちゃん……」

律「そうだな。今日は…ムギにとってHTT最後の日だ。」

澪「せめてさ、もう少し明るく送り出してやらないか?」

律「何言ってんだよ。自分だって超暗い顔してるくせに。」

唯「うー…」

梓「ゆ、唯先輩! 暗すぎです!!」

律「まあでも、別に今生の別れってわけじゃないんだ。出来るだけさ…明るくやろうぜ」

唯「うん…そうだね。」

梓「私も、頑張ります。」

澪「ああ……」

ブーン

律「ん? メールだ……」

律「ムギからだ。」

唯「なになに? ムギちゃんから?」

澪「何だって?」

律「………」

律「!!!!」ガタッ

梓「り、律先輩? どうしたんですか、急に立ち上がったりして……」

律「…行くぞ。」

澪「行くってどこに…ておい! 律!!」

唯「りっちゃん、どうしたの…? 急に出て行っちゃって。」

梓「と、とにかく追いましょう!」

澪「ああ!」

律「ハァ……ハァ………」

澪「おい、律! 待てよ!!」

唯「み、澪ちゃ~ん! わたし、しんどい~!!」

梓「唯先輩! 大丈夫ですか!!」

律「ハァ……!!!!」

澪「おい、りっ……」

律「………」

澪「……む」

律「ムギ……」

紬「りっちゃん、澪ちゃん……みんな…」

驚いた。りっちゃんがまさか駅まで走ってくるなんて。
多分、さっき私が送ったメールのせいだろうか……

律「ムギ…どういう、ことなんだ?」

乱れた息を整えつつ、りっちゃんは私を睨みつけながら問う。
その後ろで澪ちゃんは、何が何だかわからにような顔をしてりっちゃんと私を交互に見る。

やがて遅れて、唯ちゃんと梓ちゃんが到着する。

私は、全員を見渡し、大きく息を吸う。呼吸を整える。

紬「……メールの内容通りよ。」

『そこに、私の場所はありますか?
 私は、みんなと居てもいいですか?』

紬「私ね…やめることにしたの。」

紬「……『琴吹』の一人娘を。」




紬母「何を…言っているの?」

紬「今申し上げたままの意味です。」

紬母「何を…まるで意味がわからないわ。」

母は焦った様子で私に問い直す。お母様に申し訳ない気持ちが湧いてくるが
私はそれを押しつぶし、言葉をつなぐ。

紬「私は…私の道を生きます。」

紬母「紬、あなた正気なの?」

紬「はい。」

紬母「そんな…琴吹の一人娘として無責任だと思わないの?」

紬「思います。」

紬母「なら…どうしてそんな変なことを!」

紬「お母様!!」

紬母「!!」

紬「ごめんなさい……私、ワガママすぎる娘で。親不孝な娘で。」

紬「でも…私は。私には……この道以外ありえないから…!」

紬母「っ! いい年して、そんなワガママが通ると思ってるの!!」

紬「通します!!」

紬母「っ!!」

紬「私は…この選択のせいで、これから破滅の道を歩むことになっても構いません。」

紬「それが私の…紬の選択です。」

紬母「こ、この子は…!!」

たとえお金がなくても…たとえみんなの為にお茶を用意できなくても。

これからの道、みんなが私を必要としてくれる。私はみんなを必要としている。

この先、もしかしたら。万が一。あり得ないことだけど。
みんなが私を裏切ることがあるかもしれない。

それでも構わない。私は、ただ今全力で生きたいから。

この道をみんなと歩き出せないくらいなら。

私は、その邪魔となるものは。どんな大切なものでも捨てるこを厭わない。

私はわめく母をの言葉を背に受けながら部屋を飛び出した。
部屋を出て廊下を走りぬけ私は玄関にたどり着く。
そこには、長年私に付き従ってくれた執事の斎藤が待っていた。

斎藤「お疲れ様です。お嬢様。」

紬「ええ、斎藤。後のことは……」

斎藤「ええ、私が何とか致しましょう。」

紬「ありがとう。」

斎藤とも今日でお別れだ。私が生まれた時から
ずっと面倒を見てくれた私のもう一人の父親…

紬「斎藤、元気でね。」

斎藤「ええ。行ってらっしゃいませ紬お嬢様。」

紬「ええ…」

斎藤は、いつもより穏やか寝顔で私を見ていた。
私は昔のことを思い出し、たまらず斎藤の胸に飛び込む。

紬「さい…とう……」

斎藤「お嬢様。お泣きにならないで下さい。」

斎藤は私の頭を撫でながら、20年以上もの間何一つ変わらぬ
優しい声で私を慰める。



『斎藤。私、結婚することになりそうなの。』

『左様でございますか。それは喜ばしいことでございます。』

『…本気で言っているの?』

『ええ。私は琴吹家の執事ですから。家の方の吉報は私にとっての吉報です。』

『斎藤…! 知らない! 出ていって!!』

『……かしこまりました。』

『っ……バカ……』

『……一つ申し上げるならば。』

『……』

『…もし私に娘がいたとして。同じ立場なら、私はこのような結婚は許さないでしょう。』

『……』

『…もし、お嬢様が琴吹の者でなく。』

『……』

『あなたのお父上の友人の一人として、私に力を貸して欲しいと仰るなら……』




――ひとしきり斎藤の胸で泣いたあと、私は彼がまとめてくれた
荷物を持ち上げ玄関の扉を開く。

斎藤「つむぎ!」

紬「…!」

斎藤「頑張って…きなさい。」

紬「ええ…ありがとう、斎藤!!」

私は重い荷物をモノともせず、すぐに走りだした。



斎藤「……ご主人。あなたは才のある方でしたが……」

斎藤「子育てだけはままなりませんでしたな……」

斎藤「…あの子のことを、天から見守ってやってください。」




律「なん…だよ。それ……」

みんなどうとも言いがたいような顔で私のほうを見る。

唯「ムギちゃん…また一緒に、バンドやれるの?」

紬「……みんなが。みんなが、許してくれるなら。」

一瞬の沈黙。

律「……バカやろう」

紬「……?」

律「何が許してくれるなら、だよ……こっちの気も知らないで。」

紬「りっちゃん……」

律「そもそも……怒ってすらいねーよ! バカ!!」

澪「律……」

俯いて、りっちゃんは泣いている。
何を言いたいのか、どう言っていいのかわからないのかな。
きっとそうだ。私も、他のみんなもそう。

再度の長い沈黙。

それを破るのは、やはり彼女だった……

律「…覚悟、しろよ……」

紬「…りっちゃん?」

律「もう…逃げることが出来ないようにしてやるからな!!」

紬「りっちゃん…?」

彼女の言う意味が、最初は理解できなかった。
でも、次第にその意味が頭の中で明確になってくる。

唯「ムギちゃん!!!」

急に唯ちゃんが抱きついてくる。
いきなりすぎる出来事に、私は一瞬反応が遅れる。

梓「ムギ先輩!!!」

今度は梓ちゃんも。

澪ちゃんはそんな様子を涙目で眺めつつ一言こう言ってくれた。

澪「おかえり…ムギ。」


―――ただいま。

私は、また彼女たちと同じ道を歩みだす。
これから先どんな困難があるかわからない。
今の私には身元の保証すらもない。

でも、それでも。

私の選択は絶対に間違っていない。
私が、私として生きていくためのこの選択は――――


大好きなお父様とお母様。

今まで育ててくれた恩をこのような形で裏切ることになってしまいごめんなさい。
許してください、なんてことは言いません。

斎藤。

私のワガママを聞いてくれてありがとう。面倒なことを全て押し付けてしまって
これから大変な目に会うかも知れませんが…許してください。



私は琴吹紬。ただの、琴吹紬です。



おわり



最終更新:2010年11月28日 21:45