梓編
ひらさわけ!

唯「お誕生日おめでと~、あずにゃーん!」
律「おめっとさーん」

 ぱぱん、ぱんとクラッカーの音が響く。
 正直、祝ってもらうのを期待してなかったわけじゃないけど、まさかこんな大袈裟なパーティになるとは思ってなかった。

澪「おめでとう、梓」
紬「おめでとう~」
梓「ど、どもです、先輩方」
憂「おめでと、梓ちゃん。お料理沢山作ったから、お腹一杯食べてってね♪」
梓「うん……ありがと、憂」

 祝ってくれる人がいるっていう事実だけで、幸せな気分になれる。
 学校でも、形ばかりだったり、割と本気だったり、色んな人からお祝いを告げられたけど……やっぱり、このメンバーからの言葉は特別です。

澪「ほら、律。早くしろよ」
律「お、おう……」

 律先輩が照れ隠しに頬をかきながら、後ろから袋包みを取り出した。

律「これ……まぁ、何だ。軽音部のみんなからの気持ちだ! 受け取れ!」
梓「は、はい、どうもです」

 うわぁ、何でこんな素っ気ない返事しか出来ないんだろ、私。
 中身が何であれ、気持ちが嬉しくて堪らないのに、つっけんどんで。

紬「早く開けてみて~? つまらないものだけど」
唯「つまらなくなんかないよ!?」
澪「まぁまぁ、こういう時は謙遜するものなんだよ」
梓「で、では、お言葉に甘えて……」

 可愛らしいラッピングをほどいて、中を覗いてみる。
 ギターの弦が、十セットくらい。

梓「弦……?」
律「ほ、ほら! がっかりしてる! だからエロ下着にしようって言ったじゃないか!」
澪「それは最悪だ」
紬「あら、がっかりはしてないと思うわよ~?」
唯「ふんす」

 憂がクラッカーの飾りを片付けている横で、どつき合ったり、踏ん反り返ったりしている先輩方。
 確かに弦は消耗品で、いくらあっても困らないですけど……って、あれ?

梓「……『真面目に練習します券』?」

 ノートを切って輪ゴムで束ねた、手書きの……唯先輩の字だ。

梓「これは一体?」
唯「その券を使うと、お茶を飲んだらすぐに練習するっていう約束のチケットだよ!」
梓「お茶は外せないんですね」
唯「……駄目だった?」
梓「いえ、弦もチケットも嬉しいです。特に唯先輩の練習チケットが」

 弦だって決して安物じゃない。
 普段の練習で気軽に使い倒せるモノじゃなくて、ここぞって時にしか使えないような代物だ。
 多分にムギ先輩が関わってるんだろうけど、それよりも、唯先輩のチケットの方が嬉しかった。


梓「……このチケット、よく見たら半分はコピーですね」
唯「あー、うん。急に思い付いたから、手抜きになっちゃって……ごめん……」
梓「いえ。コピーの方を使って、残りをまたコピーすれば……うふふ」
唯「のわー!?」

 にへ、と黒い考えにほくそ笑む。
 唯先輩が頭を抱えて悶える様が、ちょっと楽しい。

梓「……まぁ、そんなことしませんけどね」
唯「よ、よかったぁ」
澪「してもいいのにな」
唯「駄目だよっ!?」
憂「ふふっ……みなさん、お料理の準備が出来ましたよ」
律「おー。ごめんな憂ちゃん、全部任せちゃって」
憂「いえいえ。これは、私からの梓ちゃんへのプレゼントということで」
澪「今更ながら、唯の妹とは思えないくらい出来た妹さんだ……」

 泣いてないのに、涙を拭う仕草をする澪先輩。
 ムギ先輩といえば、どこから出したのか、いつから撮っているのか、ビデオカメラでその様子を撮影している始末。
 もう。
 先輩方ってば、いつでもどこでも変わらない調子ですね。

唯「んじゃあ、冷めないうちに……いっただっきまーす!」
梓「いただきます」
憂「どうぞ、召し上がれ!」
律「いただきまーす」
紬「あらあらあら、素敵なご馳走だわ」
澪「いただきます……ってムギ! カメラ置けよ!」
紬「待って、三脚に固定するから……」

 何だか、テレビに出てくるクリスマスのワンシーンみたい。
 友達や家族が集まって、プレゼントもらって、ご馳走を食べて……全部、私には縁のないことばかり。
 少し焦げたチーズが香ばしいグラタンも、大きなボウルに盛られたシーザーサラダも、夢にまでは見ないけど、密かな憧れではあった。

梓「美味しい……」
憂「そう? よかった、でも最後にケーキも用意してあるから、あんまり食べ過ぎないようにしてね!」
律「こんなに美味い料理を作っておいて何なんだ、その言い草はー。食べ過ぎるなって言う方が無理だろー」
澪「ケーキは別腹だから平気だろ。少なくとも私はちゃんと余裕を持ってだな」
紬「うぅん、美味しくてついつい食べ過ぎちゃう~♪ 憂ちゃん、お代わりもらえるかしら?」
憂「はいっ♪」

 美味しいご馳走に、楽しい雰囲気。
 あぁ、何ていうのかな、この気持ち……。

梓「憂……わ、私も、お代わり……くれる?」
憂「うんっ!」

 『お代わり』と言ってお皿を出せば、お代わりを用意してもらえる。
 ほっかほかのご飯。にぎやかで、笑いの絶えない食卓。

憂「っ……」

 こんなの、何年ぶりかな。
 『幸せ』なんて思ったの、随分と昔のような気がする。

唯「あずにゃん」
梓「は……はい?」
唯「どおしたの? 口の中、火傷しちゃった?」
梓「あ、あの……実はそうなんですっ。憂の料理が美味しいから、つい慌てて食べちゃったから……」

唯「大丈夫? 痛い?」
梓「え、ええ、大したことありません。ちょっとヒリヒリするくらいです」

 びっくりした。
 急に、私が落ち込みそうになったタイミングで、唯先輩が声をかけてきたから。

唯「もぉ~、あずにゃんって、意外と食いしん坊なんだねぇ」
梓「唯先輩にだけは言われたくないですけどね」
唯「んむー」

 ぷぅ、と頬を膨らませる唯先輩に、平気ですよ、と舌を出してみせる。
 すると唯先輩は安心したように、にっこり笑ってスープを飲み始めた。


うたげのあと!

唯「みんな、また明日ね~」

 ムギ先輩が、『遅くなったからクルマで送っていく』と言うので、先輩方はみんな甘えることにしたみたい。
 私はといえば、何故かひとりだけ唯先輩に引き留められてしまって。

梓「あの……?」
唯「ちょっと待ってね、あずにゃん。準備するから」
梓「準備?」

 わけもわからず立ち尽くす私にそう言うと、唯先輩は玄関口から家の中へ叫ぶ。

唯「うーいー! ごめんね、後片付けとかよろしくー!」
憂「うん、任せて。いってらっしゃい、お姉ちゃん」

 誰のだろう、と思っていた大きなバッグと、学生鞄。
 唯先輩はそれらを持って上着とマフラーを着ると、ドアに鍵をかけ、私の隣に並んだ。

唯「お待たせ。んじゃ、行こっか」
梓「……はい?」
唯「あずにゃんのおうち。折角のお誕生日なのに、ひとりで過ごすのは寂しいんじゃないかな、って」
梓「……いえ、そんなことは……」

 そんなこと、あります。
 みんなで騒いで盛り上がって、その後に待っているのは静かな夜。
 なまじ幸せな気分に浸っていただけに、落差が激しいなあ、とか思っていたところです。
 贅沢な考えだって、自分でもわかっていたんですけど。

唯「えへへ……本当は、みんな一緒に徹夜で騒ぐ予定だったんだけどね」
梓「それは、ちょっと、ご近所迷惑なんじゃ……」
唯「うん、憂と澪ちゃんにもそう言われた。だから、私が代表してあずにゃんのお宅訪問することにしたんだよ」
梓「……何で、唯先輩が?」

 念の為、家に電話をかけてみる。
 まぁ、案の定、わかっていたことだけれど、誰も出る気配がない。
 携帯をしまうと、唯先輩が少し寂しそうな顔で私を見つめていた。

唯「……私じゃない方がよかった? ムギちゃん達に電話する? 今ならまだ……」
梓「そ、そんなことは……ありません、けど……」
唯「けど?」
梓「いえ。唯先輩で、よかったです」
唯「……そっか。じゃあ、あずにゃんのおうちにお泊まりしても、いい?」
梓「はい」

 こういうことを考えるのは、唯先輩しかいない。
 ろくに練習しないくせに、変なとこに優しく気を回して、放っておいてくれれば割り切れるのに、それすらもさせてくれないんだ。

唯「あ、途中でアイス買ってってもいいかな?」
梓「もう結構寒いのに、それにケーキだって食べたのに、まだアイスまで食べる気なんですか」
唯「食べたくなった時になかったら悲しいもん」
梓「はあ……そうですね」

 てくてく、てくと家路を辿りつつ、横にいる唯先輩の顔を覗き込んでみる。
 にんまりって程じゃないけど、何故か嬉しそうに微笑んでいて、わけがわからない。

梓「唯先輩、何か嬉しいことでもあったんです?」
唯「うん? だって今日は、あずにゃんのお誕生日でしょ?」

 だから、どうしてそんなことで笑えるんですか?
 私は口うるさく練習練習って急き立てるただの後輩で、唯先輩には抱き着かれて、からかわれてばかりで……。

唯「ねぇ、あずにゃん」
梓「は、はいっ?」
唯「お風呂、借してもらえるかな?」
梓「どっ、どうぞ、遠慮しなくていいですからっ」

 お風呂……私のとこで入るんだ。
 うん、唯先輩の家で入っても、私の家に着くまでに湯冷めしちゃったら大変だもんね。

梓「お風呂、何か入れます?」
唯「え? いいの?」
梓「ええ、まぁ、折角ですし……」

 あれ、そういえば入浴剤、どんなのが残ってたっけ。
 一個もないってことはないと思うけど、唯先輩の好みに合うのがあればいいなあ。

唯「じゃあ! あずにゃんをお風呂に入れてあげる!」
梓「……はい?」
唯「折角だからいいんだよね! ねっ!?」
梓「屁理屈こねないで、ひとりで入ってくださいっ」
唯「ええー」

 もう……いきなり何を言うんですか、この人は。
 私、そこまで子供じゃないですよ。


あずさのへや!

唯「うぅ……それじゃ入ってくるよ……」
梓「はい。どうぞ、ゆっくりしてきてくださいね」

 なかなか手を放してくれない唯先輩を振りほどいて、お風呂の用意をして。
 お湯が貯まるまで、ホウキの柄で距離を取りつつ。

梓「……はあ」

 そろそろ服を脱いで、お風呂場に入った頃かなあ、唯先輩。
 最初に洗うのは腕かな、足かな、それとも……。

梓「はっ」

 何考えてるんだろ、私ってば。
 唯先輩がどこから身体を洗ったって、別に関係ないじゃない。
 なのに、ああもう、考えまいとすればする程に唯先輩の裸体が! 裸体が浮かんできちゃう!?

梓「…………」

 合宿の時の水着姿と、いつも抱き着かれてる時の感触から察するに、胸はこのくらいの大きさ……うん、うん。
 私から見ても結構どきどきするプロポーションなのに、もし、もしもですよ?
 唯先輩に裸でのしかかってこられたりしたら……私、どうなっちゃうかわかりませんよ?

梓「いやんいやん、急に迫られても困りますっ。せめて私もお風呂をっ」
唯「……うん。お風呂上がったよ」
梓「ひゃあ!? 唯先輩っ!?」
唯「そ、そんなに驚かなくても……うぅ、ごめんね、あずにゃん」
梓「違うんです、驚いたのは唯先輩にじゃなくって……やっぱり唯先輩なんですけど、とにかく違うんですっ!」

 唯先輩は、わけがわからずきょとんとしていたけど、私も自分がわからない。
 ただ単に、私が寂しくないようにってお泊まりに来てくれただけなのに、こんな失礼な妄想しちゃって、唯先輩に合わせる顔が……な、い?

唯「大丈夫、あずにゃん? 風邪引いちゃった?」
梓「あ、う……」

 まだしっとり湿ってる髪をかき上げて、おでこをこつん。
 近い、近すぎます、唯先輩。
 これじゃ、まるで……。

梓「ん……」
唯「よかった、熱はないみたいだね」
梓「あ……れ?」
唯「あずにゃんもお風呂入ってきて? 髪、乾かすの手伝ってあげるね!」
梓「は、はい……」

 恥ずかしい。
 私、ひとりで舞い上がって……キスされちゃうんじゃないかって、変な期待までしちゃって。

梓「それじゃ、私もお風呂に……」
唯「うんっ!」

 一刻も早く唯先輩の視界から消えたくって、私は着替えを抱えて、走るようにお風呂場へ向かった。


おふろ!

 かっぽーん。

梓「はぁ~……」

 頭が冷えない。
 お風呂なんだから、冷えるどころか熱を持つ一方なんだけども。

梓「んぅ……」

 ちょっと、さっきは残念だったかも。
 私が少しだけ顎を突き出していれば、偶然を装ってキス出来たかもしれないのに。
 ……いやいやいやいやいや。

梓「唯先輩には、そんなつもり……全然、ない……よね」

 ちゃぷ、とお湯から手を出して、指先で唇をなぞる。
 誰かにこんな風に触れてもらったり……キスしてもらったり、もっとすごいことも……興味がないと言えば、嘘になる。
 毎晩ではないけど、時々真夜中に妄想することだってあるし。
 その相手は、決まって唯先輩だったりするし。
 格好いい男の人……は、今のところ心当たりがないし、ということは、私ってば唯先輩が好き……なのかな、やっぱり。

梓「……うん」

 今日は私の誕生日なんだから。
 唯先輩からはお手製のプレゼントをもらったけど、もうちょっとだけわがままを聞いてもらってもいいよね。

梓「よしっ」

 湯船から上がって、脱衣場で身体を拭きながら考える。
 女の子は砂糖菓子で出来ている。
 血潮はシロップで、心は飴細工。
 ――そういう例え話を聞いたことがあった。
 だから、甘々に甘えたって変じゃないんだ、って。

梓「んくっ……」

 下着、パジャマ、化粧水やその他諸々。
 髪に巻いたタオルを取ると、まだ水気で重い。
 だけど、新しいタオルを巻き直して、そのまま唯先輩の元へ向かう。

梓「唯せんぱーい! ドライヤーこっちに置いたままですよー?」

 唯先輩も、ちゃんと髪を乾かしてなかった。
 だから、まず私が乾かしてあげて、お返しに乾かしてもらって。
 ……何だか、いい雰囲気になりそうな予感。

唯「あ……おかえり、あずにゃん……はぁ、はぅ……髪、乾かす、約束だったね……」
梓「…………」

 え?
 あれ?
 どうして私の枕に顔を埋めて、脚の間に手を挟んで腰をもぞもぞさせて、息を乱してるんですか、唯先輩?

唯「ドライヤー、貸して? あずにゃんの髪、さらさらにしたげるよっ」
梓「あの、唯先輩?」
唯「はい、ここ座って! ……ええと、コンセントは……」

 いえ、その、そんな興奮した感じの唯先輩の膝の上をぽんぽんとされても、座るに座れないというか。

梓「唯先輩、えっと……髪を乾かしてくれるんですよね?」
唯「うん、ついでに!」
梓「何のついでですか」
唯「やだなー、もお。言葉のあやだよ」
梓「……別にいいですけど。ベッドでもふもふしてた理由、聞かせてくれるんなら」
唯「うっ……き、聞くの?」
梓「聞きたいです。是非」

 もし唯先輩が、私と同じ気持ちでいてくれるんなら。
 だったら私も踏み切れる。
 遠慮せず思いを伝えて、ベッドや枕なんかじゃなく、私自身でもふもふしてもらえるし、私も唯先輩にもふもふ出来る。

唯「うん……まぁ、話せば短いんだけどね」
梓「じゃあとっとと話してくださいです」
唯「酷いっ!? 言葉じゃ伝えきれない気持ちが沢山、たっくさんあるんだよ!?」
梓「そっちは……髪、乾かしてからお願いします」

 虎穴に入らずんば……じゃないけど、唯先輩の隣にぽふんと座る。
 ええ、もう決めましたとも。
 だから私のこの身体、唯先輩にそっくりお預けしますね。

唯「あずにゃん……?」
梓「むぎゅ……さ、さあ、早く乾かしてくださいです」

 膝の上だと、唯先輩の胸に顔を埋められないから。
 丁度いい感じの高さにある膨らみの谷間を、思いきり堪能する。

唯「ん、ぅん……えへへ……あーずにゃん♪」
梓「ふも……はい、何ですかぁ?」
唯「えっとね、何から話そうかな、って」
梓「ん……とりあえず、髪を乾かしながら……お互いに知らないこと、教え合いませんか?」
唯「……うんっ♪」

 濡れ髪を優しくなでてくれる唯先輩。
 乾いたら、もっと心地よく感じられるハズ。
 きっと、もっと、ずっと。

唯「んじゃぁねぇ~……」

 ドライヤーのスイッチが入る。
 唯先輩は指先に私の髪を絡めるようにしながら、少しずつ手を動かして、頭をなでる。
 自分でするのと違って、とっても、気持ちいい。
 髪だけでこうなら……他のところを触られたら、私、どうなっちゃうのかな。

梓「んぅ……♪」
唯「そうだね、まずは私があずにゃんを好きになった話から……」

 恥ずかしそうで、だけど嬉しそうで、優しい声。
 ――ああ。
 私、こんなに幸せな誕生日は初めてです、唯先輩。

~おしまい!~



最終更新:2010年11月28日 22:41