――どれくらい泣いていたんだろう

泣いている間――
ムギの胸に顔をうずめて、声を出して泣いていた間
ムギは私の頭を撫でていてくれて……
それが心地良くて、涙も、気持ちも、少しずつ落ち着いてきました

「澪ちゃん……落ち着いた?」

ムギの顔を見ると――
目は潤んで赤く、頬は朱に染まり、幾つかの涙の跡
それをハンカチで拭うと、ムギは私に笑顔を向けます
だから私も、ムギに――

「うん……大丈夫」

――笑顔ではなかったかもしれないけど、大丈夫、と伝えました

と、ムギの顔を見ていると
部室の扉を叩く音と――

「澪ちゃーん、もうそろそろ鍵、返してもらっていいかしら?」

――その扉の先からさわ子先生の声

「……澪ちゃん、帰ろっか」
「そうだね……」

私はムギから離れて、窓を――空を見ると……
――途切れて少なくなった雲の合間から、少しだけ、星が見えていました


その日の夜――夢を見ました

それが夢だと分かっている夢……
名前があったと思うけれど、何ていうんだっけ……?
なんて考えていると――

「みぃーお♪」
「んなっ!?な、何するんだよ!」

背後から急に抱きついて来るのは唯か、もしくは――

「廊下で急に抱きつくな!危ないだろ!」
「あらあらみおしゃん、照れちゃって可愛い♪」

――律しか、いないよね

「寂しがってたと思ったからぁ、ぎゅうってぇ、してあげようとぉ、思ったのにー」
「なっ?!さ、寂しくなんか――」

――無い、なんて言葉には出せなかった

「あららー?みおしゃーん、寂しくなんか、なに?」

――でも、その律の笑顔を見たら

「寂しくなんかない!寂しくなんてない!」

――夢だからかもしれない
何もなかったように、あの頃と同じように……今は、律と話せる気がしました

「そんなこと言っても、澪の心の中なんて幼馴染の私にはお見通しだぞー」

と、言って律は私の胸を人差し指でつつきます
何度も律との夢は見ていたけれど――
抱きつかれたことも、今こうして律と触れ合うことも……
あの日の後に見た夢の中では……
今日初めて、律に触れること、触れてもらうことができました

そしてその手で私のお腹を掴んで――

「――ってあれ?澪、私の知らないうちに、もしかしてちょっと太った?」
「太ってない!!」

何気なく叩くことができた律の頭――
もちろん、いつも通りの強さで

「つうう……!寂しがり屋の澪への精一杯のスキンシップだったのに……」
「だから寂しくなんてないって言ってるだろ!」

この何気ないいつも通りの会話
いつも通りで何も変わらないやりとりが――すごく、楽しい

「ひ、人の頭を叩いて笑ってる……!澪はいつからSになったんだ!
 ……いや、前からどちらかと言えばSだったか?」
「うるさいな!!Sでもなんでもない!」

律もなんだか楽しそうに見えるのは……私が楽しいから、そう見えるだけでしょうか

「まー冗談はさておき――澪」

――律の顔
時折見せる、真面目な話をする時の律の顔

「な、なんだよ改まって……」

……と言っても、ここからまた冗談を言い出すのも、律だ

「ん、今日さ、澪……部室で、泣いていただろ?」
「な……」

……でも、横道にそれることは無かった
本当の事だからこそ、それに驚いた

「泣いてなんか……いないよ」
「へんなとこで強情だなぁ……さっきも言っただろ?私にはお見通しだって」

律は胸を張って言います

「やっぱ澪は私がいないとダメダメだね」

ずきり、と痛む胸の奥
――そうだよ

「……私は、律がいないと駄目なんだ」

「って、そこ少しは強がれよ!」

おどけて言う律だけれど
だって、泣いていたのは本当のこと……
それに律の事だったから……

「律がいないと……寂しいんだよ……」

いつもなら冗談で返せるのに
今日も返せると思ったけれど……

――嬉しかったから
――出てくる言葉を、気持ちを、思いを……抑えられませんでした

「す、素直すぎるぞっ!澪っ!」
「さっき……お見通しって言ってただろ……」
「だけどさ……」

困った顔の律
だけど、私の顔を見ると――

「うん、まあ、そうだな……」

律は私に手を伸ばして――

「澪が泣いているとこ見ると――心配なんだよ」

そのまま――私を、抱きしめてくれました

「本当、澪は寂しがり屋だな」
「……そうだよ」

――暖かい
触れている律の腕や体の温もり
心の奥から、触れ合う感覚の内側からも暖まるように……

律に抱きしめられていると……
心が、落ち着く……

「だから律、行かないで……」
「…………」

律は返事のかわりに、抱きしめる手を強くしてくれました

「これからも……律と一緒に……」

――バンド、やりたいよ

「…………大丈夫だよ」

――ずっと、これからもずっと……

「…………何泣いているんだよ、澪」

――だって、夢が覚めたら……律とはまた……離れたくない……ずっと律と一緒にいたいよ……

「大丈夫だよ、大丈夫……私はずっと――
 これからも、ずーっと……澪とは一緒だから――な?だから、泣くな……」

――でも

「でも!また夢が覚めたら……私は、律とは……!!」
「だーかーらー、私は、ずっと澪と一緒だって言ってるだろ?」

こうして抱きしめられているのだって……
時間が経てば、私は起きて……
そこには……律は……いないじゃないか……

「そうだな……でも――
 澪が、私と一緒だと思えば私はずっと、いつでも澪の側にいるんだよ」

 ――澪が喜べば、私も嬉しい

 ――澪が悲しめば、私だって悲しい

 ――澪が怖がっている時は……

 ――澪が怖がっているところを見ると……私は楽しい!

「私はもう、澪とはずっと一緒なんだ……澪が一人で泣かないように、ずっと見守っていてあげるからさ
 離れることなんてないから……大丈夫だ!」
「最後のは……納得行かない……」

律、らしいけどさ
軽く、律の頭を叩く

「ははっ、ツッコミ入れられるのなら、大丈夫だな……」

「さて……と」

律は私から手を、抱きしめていた手を緩めて――私から離れます

「律……」
「そんな悲しい顔しない、しない!」

――ぽんぽん、と肩を叩く律は笑顔だった

「夢からさめても、これからもずっとずっと――私と澪は一緒だよ
 あ、それと……私と一緒なんだから、もう泣くな?」

「……うん」

「毎日晴れる、私といたら晴れる♪ってね!
 あ、あと……もう一つ、私は……澪が、私のことで怒るのは仕方ないと思うけどさ
 私のことで謝ってる姿なんて……見たくないから!」

「あ……ご、ごめん……」

「……素直っていうかなんか今日は弱気だな……
 まー、そんな澪のギャップも可愛いとこの一つなんだろうけどさ」

「な……!」

「てことでさ、笑顔、笑顔!ね!――それじゃあ澪」

「律……!!!」

――またね!


――鳴り響く時計のアラーム

律の最後の声が、夢の中なのか、現実で聞いたものなのか
微睡みの中ではとても曖昧で……

夢だったけれど……まるでさっきまで起きていたかのように、眠気はもう無くて……
頭も、寝起きなのにいつもより冴えていて……

私は時計のアラームを止め、ベッドから起き上がりました

少しだけ肌寒い朝……

でもなんだろう……布団よりも、体が暖かい

夢の中だったけれど……律に……
抱きしめられていた感覚が、まだ残っているような感覚……


私はベットから降りて、カーテンに手をかけます

そしてそれを一気に、左右に――開きました

瞬間――
眩しい光がカーテンからあふれるように部屋に入り込み――

そこには――
窓の外は――

――澄み渡るように晴れた青空が広がっていました

――朝の、学校へと向かう道

昨日の雨のせいなのか、色付いた葉が地面にぱらぱらと舞い落ちていした

「澪ちゃん、おはよう」
「ああ、ムギ、おはよう」

いつも通りの挨拶だけれど、今日はまさか学校の外でムギと会えるとは思っていなかった

「澪ちゃん、今日は早いね」
「そういうムギだって――」

時間はまだ朝のHRが始まる1時間半も前……

「――いつもこんな早く来ているの?」
「ううん、私も今日は……なんだか早く学校に行きたくて
 澪ちゃんは?何か用事?」

特に何かあるわけでもないんだけれど――
でも、多分ムギと向かう場所は一緒のような気がする――

「……部室に、用事といえば用事かな」
「あ、やっぱり♪私もなの」
「実は、き――」

私が話すのとほぼ同じタイミングで、ムギも口を開きました

「昨日、私の夢に……律っちゃんがでてきたの」


二人で、律の話をしながら、部室の前まで行くと――

「ちがいます!唯先輩、この部分はこうです!」
「あずにゃん……す、少しきゅう、けいを……」
「駄目です!まだ初めて1時間も経っていませんよ!」

――中から、声がしました
扉を開けると……

「こんなんじゃ律せんぱ……あ、澪先輩にムギ先輩!」おはようございます!」
「おはよう、梓」
「梓ちゃん、おはよう♪今日は一段と元気ねー」

「先輩たちも、今日はどうしたんですか?朝練を?」
「まあ……そんなところかな」
「ええ♪」

「ふたりともおはよ~!
 ねぇ、あずにゃん、丁度二人も来たから一回休け――」
「駄目です!二人が来るまで待っていたんじゃないですか!」
「そ、そうだけど……」

「その、梓……今日は一段と張り切っているね」
「はい!だってり――」

梓は、しまった、という顔をして言葉を飲み込んだけれど――すぐにそれを出しました

「だって――その、信じてもらえるかどうかわかりませんけれど……
 律先輩が、昨日、私の夢に出てきたんです」

話を聞くと……
梓にも、唯の夢にも、昨日律が出てきたらしい

そこで梓には……

「昨日、律先輩が夢に出てきて、私に言ってきたんです
 あの歌を、もう一度みんなで演奏したい、って……」

と伝えたそうです
あの歌とは――それは律の歌でした

唯には……

「私も、律っちゃんを連れ戻そうと頑張ったんだけど……
 戻れない代わりに、明日はあのカセットテープを使って、って」

カセットテープ……律の歌が入っているあのテープ

「そしたら、朝部室に来たらあずにゃんがいて――」
「二人で、カセットに合わせて練習していたんです」

で、ムギはというと……

「私の夢には、澪ちゃんも出てきていたのよ」
「え……私?」
「もちろん、律ちゃんとも話したけれど……二人とも、やっぱり――仲が、よかったわぁ♪」
「夢で何を見たんだ?!」
「遠くで見ていただけなんだけれど……二人とも、抱き合っていて……♪」
「み、見られていたの……?私の夢を……!?」

「じゃあ……やってみようよ!」

律がいなくなってから、昨日まで何度も泣いていた唯も――
今日の笑顔は、晴れ晴れとしていて――
久しぶりに見た、笑顔でした

「準備万端です!」

梓だって、今まで表に出さなかっただけなのかもしれない――

「私も、大丈夫よ♪」

ムギの目もとても強くて――

「よしじゃあ始めるぞ――律!」

私だって――

律が、側にいるんだ
だから……私だって、曇った顔なんてしていられない

――律と一緒なら、晴れていないと、いけないんだ!

『――よし、じゃよろしくな! わん、つー、わんつー、すり、ふぉ!』


『毎日晴れる、私といたら晴れる!』

 ――律は小さい頃からいつも、笑っていたな

『そんな人でいたい!目指すのはハッピー!』

 ――律っちゃん、部活の時が一番楽しそうだったよね!

『譲れないポリシー、ひゃっくぱー!!』

 ――まあ、律は……前からずっと、バンドやりたがっていたからね

『おデコんなか、心んなか、フルかどう企画プレゼンっ!』

 ――あ、そういえばりっちゃんのおでこに澪ちゃんよく落書きしていたよね

『きみが笑う、みんな笑うことを探して』

 ――そ、そんなに私、落書きしていたか……?

『にぎやかしーで、お騒がせで、いなきゃ一瞬、平和で』

 ――唯先輩も、律先輩と一緒だとふざけすぎでしたよ……

『これでいいのか? 私のポジション』

 ――ええ!私、律っちゃんよりは静かだと思うけど……

『ジャージがクラス1 似合うくせしてなんだけど』

 ――どの口が言うんだ!どの口が!

『辞書の最初のページの言葉が、大好き!』

 ――でも、二人とも……ううん、梓ちゃんも、みんな律っちゃんのこと、好きでしょう?

『憧れてるんだ、ズバリ、愛!』

 ――もちろん……好きです
 ――うん!りっちゃんの事、大好きだよ!
 ――私だって律のことは……す、好き……だよ
 ――ふふっ♪私も、律っちゃんのこと、大好き!

『毎日晴れる、きみといれたら晴れる――』

 ――律っちゃんと過ごした毎日は、すごく、すごく楽しかった

 ――だよね!私もりっちゃんと一緒に軽音部で演奏できて、楽しかったよ!

『――そんな恋もしたい、目指すのはハッピー』

 ――私も、律先輩の少し走り気味のドラムが……好きでした

 ――律……私は律と出会えて、律がずっとずっと側にいてくれて……

『いつか叶え夢――』

  ――幸せ、だったよ!

『――オーライ!!』

 ありがとう!律!!



こんにちは、秋山澪です

ひとりだけ、途中でメンバーが欠けてしまった放課後ティータイムでしたが
今は、ドラムがいないバンド、として少しだけ学生の間では有名だったりします


……でも、ドラムはいないわけではないんです

ドラムは……私たちの中に――

唯にも、ムギにも、梓にも――

それに私の中でも――

今でもずっと――


――少し走り気味に、ドラムを刻む音が響いています

笑い声が聞こえてきそうなくらい、楽しく、笑顔で……

放課後ティータイム、軽音部の部長――田井中律は……
これからも、ずっと、ずっと――私たちと一緒です

そうだよな!律!

――どこまでも晴れ渡る秋の青空に、律の笑い声が響いた気がしました


 ~ 終わり ~





最終更新:2010年11月30日 01:28