憂「あ、勉強しなくちゃ」

純「わたしはこのままでいいから、ふたりでがんばって」

憂「純ちゃんもやるの」

純「えーっ、もう終わりー?」

憂「またあとでね」

純「ちぇー」ムク

梓(あとでって……)

チーン

憂「あ、クッキー焼けた」

憂「……今は、食べられないよね?」

純「うん、まあ…」

梓「食べる!」

純「!?」

憂「え、食べられるの?」

梓「食べられるから!」

憂「わ、わかった」

タタタ

純「あんた、さすがに無理でしょ」

梓「いいの」

純「まあ、いいけど」

梓「…」

カタカタ

憂「持ってきたよー」

コト

梓「いい匂い…」

純「おいしそう…だけど多いね…」

憂「張り切っちゃって」

憂「まだあるから、よかったら持ち帰る?」

純「うん、そうする…」

純(…で)チラ

梓「…」ゴクリ

純(汗垂らしてるし)

憂「梓ちゃんも、食べられないなら…」

梓「…っ」スッ

梓「憂!」

憂「へ?」

梓「あーん!」

憂(わ、わたしが食べるの?)

純(憂に食べさせるのか…)

梓「あーん!あーん!」ズイズイ

憂(もうお腹いっぱいだけど…)

憂「あんっ」パク

梓(やった!)

梓「おいしい!?」ガタン

憂「う、うん」

憂(自分の作ったやつだから、なんだか複雑だなぁ)

梓(ふー、できた!)

純(こいつのことだから、どうせぬか喜びしてるんだろうなー…)


純「こら、憂困ってたでしょ」

梓「おいしいって言ってたもん」

純「まずいなんて言うわけないじゃん」

梓「うるさいなぁ…」

梓「……膝枕してもらったくせに」

純(根に持ってるなー)

純「じゃあ自分でお願いすればいいでしょうが」

梓「うっ」

梓(そんなの……できないよ)

純「……さーて、勉強しよ」ペラ

純「…」

純(全然わからん…)

パタパタ

憂「片づけ終わったよー」

梓「あ、ありがと…」

憂「ううん。じゃあいよいよ勉強だね!」

純「憂!わたしもうしてるよ!」

憂「わ、珍しいね純ちゃん」

純「ひどーい」

憂「冗談だよぅ」

純「このーっ」ツン

憂「きゃっ」

イチャイチャ

梓「…」

梓「う、憂!」

憂「ん?」

梓「ここわかんないから教えて!」

純(む…)

憂「どれ?」

梓「…これ」

憂「じゃあいっしょにやろっか」

梓「うん」

純(ずいぶん積極的になったなぁ…)

憂「これは……」

憂「…っ」

梓「どうしたの?」

憂「ううん。ちょっとぼーっとしてただけ」

梓「そう?」


梓「…もう10時」

梓(今ごろ純はベッドの中か)

梓(憂は……起きてるよね?)

梓(……明日からテスト)

梓(終わったら、純が……)

梓「わたし、どうすれば…」

ガサ

梓「…」パク

梓(…おいしい)

梓「あ、お礼言うの忘れてた」

パカ

梓『今日はありがとね。おいしかった!』

梓(……いいや、これだけで)ピッ

梓(寝よ)


梓「…」

純「…太った?」

梓「…」コク

純「やっぱりねぇ。じゃあきっと憂もだよ」

梓「わたしのせいだ…」

純「そうだよ。無理に食べさせるから」

梓「だって…」

純「だってじゃありません」

梓(膝枕……)

純「…ていうか憂遅くない?」

梓「…そういえば」

純「もうホームルーム始まるのに」

梓(まさか…お腹壊しちゃったかな…?)オロオロ


タッタッタ

梓「はっ、はっ」

梓「…っ純!はやく!」

純「まって…」

純(わたし走るの苦手だってのに…)

梓「ほら」ガシ

純「ちょっ、…む、ムリ」

梓「うるさい!急ぐの!」

純「もう着いた!着いたから!」

梓「あ…」

純(……もう)

ピンポーン

梓「…」

純「…」

梓(寝てるのかな…?)

ガチャ

純「あ」

憂「はい……ってふたりとも?…えほ、ごほっ」

純「わわ、とりあえず中入っていい?」

憂「う、うん」ゴホ

梓「…おじゃまします」

憂「…待ってて、今お茶出すから…」

純「いいって!病人なんだから座ってなさい!」ガシ

憂「うわ…」ヨロ

…ストン

純「ほら、ふらふらじゃない」

憂「……大丈夫だよ、熱もちょっとだし…」

純「いいから」

憂「ごめんね…」

梓「……それで憂、大丈夫だった?」

憂「…うん、熱もだいぶ下がったよ」

梓「…よかった」

純「テスト前に風邪とか、ついてないね」

憂「あはは…けほ」

梓「憂のテストまで、またいっしょに勉強しよ!」

憂「うん、ありがとう」

純「……とりあえずもう寝なさい。部屋行こう」

憂「え…さっき起きたばっかり…」

純「寝たほうがいいの!」

憂「でも…」

ガシ

梓「憂、寝なきゃダメ」

憂「……わかったよぉ」


憂「zzz…」

純「ふぅ、やっと寝た」

梓(…かわいい)

純「あーあ、どうせわたしたちのせいだ」

純「憂に心配かけたから、余計にがんばっちゃったんだよきっと」

梓「…」

梓「ねぇ、純」

純「んー…?」

梓「…言うの?」

純「…これじゃムリだね」

梓「そっか」

純「今安心したでしょ」

梓「…ちょっと」

純「はぁ……なんなのよーもー」

梓(…ぼーっとしてたら危ないって、自分でも言ったのに)

梓(やっと危機感感じてる)

梓(憂が元気だったら、純は言ったんだろうな)

梓(…)

梓(憂も純が強引に迫ったら、いいよ、なんて言っちゃうかも)

梓(唯先輩は大丈夫だなんて言ってたけど、純だから…わからない)

梓(そしたらわたしは…)

純「…おーい」

梓「はっ」

純「寝てたの?」

梓「いや…考え事」

純「…ふーん」

純「…やっぱり」

梓「?」

純「憂だ」

梓「なにが?」

純「ううん。確認しただけ」

梓「なにを?」

純「自分……の、気持ち?」

梓「ふーん」

純「うん」

梓「…」

梓「わたしも、憂だよ」

純「そっか」

梓「うん」

梓「……かえろっか」

純「ああ、そうだね」

純「帰って勉強しなきゃ、せっかくの試験勉強が無駄になっちゃう」

梓「ひとりでできるの?」

純「……やる」

梓「がんばってね」

純「いいもーん。憂に元気づけてもらうから」

梓「わたしたちが元気づけなきゃダメでしょ」

純「じゃあわたしは憂に電話するけどあんたはしないでね」ガチャ

梓「なっ、……わたしもする!」

…バタン

純「はいはい…」

梓「なに!?文句でも…」

スタスタ…

憂「…」ゴソ

──
────

「……マラソン、延期かぁ…」

「この雨だもん。しょうがないよ」

「はーっ、つまんないの」

「あれほど嫌がってたのに?」

「あの時とは話が違うでしょ」

「……まあね」

「でもわたし、走るの苦手なんだよなー」

「自分で、『マラソンで勝ったほうが先』とかいったんでしょ」

「……やっぱやめない?」

「やだ」

「…だよね……憂は?」

「そろそろじゃないの?」

「…はやくこーい!」

──
────

「……ふぅ」

教室の窓から外を眺めるふたり。
寄り添うようなふたりのところに、ちょっと近づきづらかった。

窓を打つ雨音のせいで、ふたりの声は聞こえない。
遠いようで近いその距離に、邪魔するようで入れなかった。

笑顔を合わせるふたりの元に、わたしも駆けていきたかった。

「あ、憂だ」

あの時のふたりの話が、耳にくっついて離れない。

「……気づかれちゃった」

でも、そんなのどうでもよかった。

「もしかして……聞いてた?」

思うほどに、そんなに脆くはないから。

「ううん」

雨音を掻き消すように、心の靄が晴れていく。

「よかった……って純!」

ずっとここにいればいいって思ってしまうから。

「憂~…」

そんなのなんにも残らないけれど、

「もー、純ちゃん…」

でもそれでも構わない。

「……ぷっ、」

雨で隠されてしまいそうなわたしたちの距離は、

「…あははははは!」

わたしたちしか気づけない、雨と雨の間。



おしまい。



最終更新:2010年12月01日 00:53