──平沢宅──

和「来たわよ」

唯「いらっしゃい! さあさこちらへど~ぞ」

和「……憂は?」

唯「いるよ~。今盛り付けてくれてる」

和「そう…」


程なくして盛り付けも終わり、食卓に三人が介した。
和の前の左右に唯と憂が座っている。

和「これ……ほんとに唯が作ったの?」

唯「そうだよ! 憂にちょっとだけ手伝ってもらったけどね!」

憂「大体お姉ちゃん一人でやったよね。凄いよお姉ちゃん!」

唯「えへへ///」

和「……」

それはまるで憂からのメッセージにように思えた。姉は諦めずにやり仰せたのに……という。

和「……」

憂「……」

唯「……。ふふ、このじゃがいも見てよ。でこぼこだよね」

唯がスプーンですくい上げたじゃがいもは、確かに言われた通りでこぼこだった。カレーに入ってるじゃがいもはみな大きさがまばらで、剥く時に苦労したのが見受けられる。

唯「皮剥くのって難しいよね。手を切るのを怖がってると厚く切りすぎて勿体無いし」

和「……そうね」

唯「でもさ、こうしてちゃんとカレーが出来た。ヘタクソでも……ちゃんと出来たよ」

誰に訴えるわけでもなくそう呟く。

憂「お姉ちゃん…」

和「唯……」

唯「諦めずにやればきっと出来るよ。なんだって」

和「唯…あなた知って」

唯「さあ食べよ! せっかくのカレーが冷めちゃう! 見た目はイマイチだけど味は自信あるよ!」

和「唯……そうね。諦めたら…そこでもう出来なくなっちゃうものね。でも諦めない限り…出来る可能性は無限にあるもの」

憂「和ちゃん…」

和「食べましょう憂。いっぱい食べて、また明日から頑張りましょう」

憂「…うんっ!」

和「(ありがとう…二人とも)」


──金曜日──

己の筋肉がモノを言うこの世界にまた一人身を投じる!
生徒会で言わせたこのボディ、今自転車にフェードイン。
魂と魂が繋ぎ合ったような一体感! 腕に迸る汗と言う名の流水。
高まる心拍数を押さえつけ、精神統一を開始し、そして今スタートです!

スタートダッシュは緩やかで軽快だ。
しなる上腕二等筋。凛々しい姿勢が未だ維持されております。

ガタガタ……。

おっとここで揺れる揺れる。震度4と言ったところでありましょうか。不安と期待が体の中を駆け巡っております!

憂「離すよ……和ちゃん!」

そしてここで鎖から解き放たれます! この先はデンジャラスゾーン未知の世界。その道を己の足で進んで行かなければならない!

20m、30mを越えてきた!
トップの平沢に迫ろうかと言うところ!
40m……っとここでバランスが崩れた!
持ちこたえられるかーーーー駄目だっ!

ドシャーン──

和「った……惜しかった」

憂「もうちょっとだよ! 和ちゃん! 後はもう感覚を掴むだけだよ!」

和「ええ。今日中に乗りこなして見せるわ」


それから何回も何回も二人は押したり転けたりを繰り返した。
転けた数だけ前に進める気がした。
もうちょっと、

もうちょっと、

諦めないでやればきっと出来るんだって教えてくれた人がいた。

私の為に何回も何回も手伝ってくれる人がいた。

そうだ、人は一人だけじゃ成し得ないことも誰かとなら出来るんだ。
それが完璧である証になると言うのなら、私は喜んでその完璧を受け入れよう!
背中を押してくれる限り私は……もう絶対に諦めない!!!

憂「離すよッ!」


和「いけええええっ」

その時私は──


生まれて初めて自転車に乗った──

不思議だった。自分の足が回るだけで世界も回る。
茜色の空が私を映し出し続ける。

夕日に向かって漕ぎ進めたら、いつか行けるんじゃないか……そんな気持ちになる。

景色が流れていく。左を向けば川原があって、右を見れば土手がある。
そんな当たり前のことが今はとてつもなく嬉しかった。

軽快に回る車輪と体が一体化したような……不思議な感覚。

和「風が気持ちいい……」

こんな気持ちいい風があったんだ……。

前方にそろそろ道がなくなって来た。悲しいけどそろそろこの遊走行も終わりだ。

でもまた走ればいい。私はもう、自転車に乗れるのだから。

キキィー

景気のいいブレーキ音と共に停車する。振り返ると遥か後方に憂が手を振ってる姿が見えた。
何十、いや、何百mを駆け抜けたのだ。

和「やった……乗れたんだ! やった!!! やったよっ!!!」

それを見た瞬間嬉しさが込み上げてくる。
らしさなんて捨てて喜んだ。嬉しかった。乗れたことが、憂や唯に報えたことが。

駆け寄って来た憂と抱き合い、「乗れた! 乗れた!」 と子供の様にはしゃいだ。憂も「乗れたよ、乗れてたよ!」 とそれを祝ってくれた。

和「ありがとう憂! あなたがいなかったらきっと投げ出してたわ」

憂「ううん、和ちゃんが諦めなかったからこその結果だよ。私とお姉ちゃんはちょっと支えてあげてただけ。自転車の荷台を持ってあげてたみたいにね」

和「でも……支えてくれてなかったら…きっと倒れてたわ。私も、自転車も。だからやっぱりありがとう、憂」

憂「うんっ!」

すすり泣きながら答える憂を、私はもう一度優しく抱き締めた。


──木陰──

律「いいのか? 憂ちゃんきゃとられちゃうぞ?」

唯「今日は特別だからね。和ちゃんにきゃとせてあげるよ」

紬「私もきゃとられたいっ」

澪「ずっと…練習してたんだな」

梓「はい。火曜日に買い物行った時からずっと…」

律「なんだよ梓知ってたのかよ!」

梓「ええ、まあ。ここよく通るんで」

律「言ってくれたらみんなで手伝ったのにな~和のやつ水くさいぜ」

梓「そう言うと思って黙ってたんですよ」

澪「梓はよくわかってるな」うんうん

律「なんだよ~」

梓「あの調子なら日曜日には普通に走れるようになりそうですね」

澪「ああ。みんなこのことは知らなかったフリだぞ? いいな?」

紬「ええ」
梓「勿論です」
律「ああ」

唯「……」

澪「唯?」

唯「あ、うん。わかってるよ」

澪「ならいいよ。和のプライドに傷をつけないようにしないとな」


和「」
憂「」


唯「良かったね、憂、和ちゃん」

二人の笑顔を見て、心からそう思った。


──日曜日 駅前──

律「和のやつ遅いな~」

澪「まあまあ。まだ5分過ぎただけだろ。きっと何かあったんだよ」

梓「……凄い嫌な予感がするんですけど」

紬「唯ちゃん和ちゃんにちゃんと言ったの?」

唯「うん。メールしといたよ~」

澪「あ、あれ和じゃないか?」

律「ほんとだ、ってぇぇぇぇぇっ!!!!?????」


 和「お待たせ~」
自転車

澪「自転車の上に……立ってる!」

梓「雑技団ですかっ!?」

紬「次は倒立したわ!」

律「おおおおおそのまま片手で腕立て伏せしてるううううううううううう」

澪「まるで自転車と踊ってるみたいだ……!」

梓「可憐です……!」

律「そしてそのまま三回転半宙返りっ!!!!」

唯「自転車は駐輪場にどーん!!!」

和「お待たせ」キラッ

梓「か、かっこいい?」

和「ちょっと道が混んでたのよね。だからガードレール走って来たわ」

澪「凄すぎるっ」

律「上手くなりすぎってレベルじゃないな!!! やっぱり和は完璧だ!!!」

唯「でもなんで自転車で来たの?」

和「なんでって……そこに自転車があるから?」

唯「でもさ……」

ザアアアアアアアアアアアアアアア―――――――

唯「雨降ってるよ」

和「カッパ着てきたから大丈夫よ!」

唯「あのね…和ちゃん。今日電車で行くんだ」

和「……えっ」

唯「メールしたと思うんだけど……」

和「……」

律「じゃあそろそろ行くか」
澪「う、うん」
紬「タオル持ってるから……電車の中で体拭いた方がいいよ」
梓「自転車は駐輪場に置けば大丈夫ですし……」

和「……やだ」

唯「えっ」

和「やだやだ自転車で行きたい自転車がいい自転車で行きましょう自転車しかないわっ!!!」

澪「私達…歩いて来たし」

和「みんな乗せてあげるから!」

紬「六人乗りは危ないわよ和ちゃん」

律「そこ!? 突っ込むとこそこ!? まず乗れないだろ六人も!」

梓「雑技団なら……っ!」

唯「和ちゃん。めっ」

和「あっ……。うん。しょうがないわよね……。雨だものね……」

唯「また今度いこっ」
澪「いつだって乗れるんだからさ、自転車は」
律「そうそう」
梓「今度一緒にサイクリング行きましょう和先輩」
紬「はいっ! 私も行きたい!」

和「ふふ、そう…ね」

そう、もういつだって乗れるんだもの。
焦る必要ないわよね。

律「じゃあしゅっぱーつ!」

唯「おーっ!」

和「あ、そうだ。みんなに教えてなかったわよね。私の弱点」

澪「あるの!?」

紬「なになに?」

梓「なんですか?」

律「教えて教えて!」

和「私の弱点、それはね……憂と唯よ」

律澪紬梓「納得」

唯「えへへ///」

───

憂「くしゅんっ」


おしまい



最終更新:2010年12月04日 03:45