ゲロ唯「澪ちゃん。あの子に会いたいなら、私の家に行って」
澪「……いいのか?」
ゲロ唯「いいか悪いかは、澪ちゃんがそこに行って、考えることだよ」
ゲロ唯「でも、何も考えないで、義務だと思って連れ帰るのはだめ。そんなことしたら呪うから」
澪「……わかった。約束するよ」
ゲロ唯「ふぅーっ……」
澪(唯の身体が透けてきた……)
澪(輪郭だけ残して……硝子の像みたいになっていく)
和「……」
ゲロ唯「ありがとう、和ちゃん……」
ゲロ唯「新しい私にも、優しくしてあげてね? みんなにあたられて、戸惑う事ばかりだと思うから」
和「当たり前じゃない。唯の願いだもの……」
ゲロ唯「おねがいね……任せたよ」
澪(もう、唯が見えない)
澪(でも和の腕の中には……いるんだろうな)
ゲロ唯「バイバイ、和ちゃん。澪ちゃん……」
ゲロ唯「えへへ。人の腕の中って……あったかいんだぁ」
和「……」
和「……」
澪「……唯は?」
和「……唯の家にいるって言ってたじゃない」
澪「そう、だったな……」
澪(私も今頃……?)
和「……」
澪「和、その……」
澪(なんて言ってやればいいんだ……?)
和「……なによ」
澪(唯はまだ『他にいる』。けど、今たしかに……和にとっての唯は死んだんだ)
澪(ただの、鏡にうつした虚像? 違う。もっと重い……命だ)
和「何もないなら行ったら? 一刻も早く戻らないといけないんじゃないの?」
澪「……ごめん。もう行くよ」
澪(私には……適当な慰めの言葉が浮かばないよ)
澪(帰る方法は、別の誰かに聞けばいい。……)
ガチャッ
澪(……帰る、のか?)
澪(じゃあ、鏡の中に残される律はどうするんだ?)
澪(私の分身も、きっともう消えてしまっているのに)
澪「お邪魔いたしました」キィッ
パタン
澪「……」
テクテク
澪「唯の家……」
澪(立ち入っていいのか? 私は……)
澪(唯は……消えてしまった唯は、憂ちゃんに好かれたと言ってたな)
澪(鏡の法則に当てはめると……憂ちゃんは、唯のことを)
澪(……くそう)ギュッ
澪(ごめん、律……みんな。唯のこと、連れて帰れそうにない)
澪(いいだろ? この世界の人達だって生きてるんだから……)
澪(律たちは、まだ学校にいるかな?)
澪(私も……律の家に行くべきか)スタスタ
――――
唯「それじゃあ……」
憂「たぶん、とっくに消えちゃってると思う」
唯「なんで……」
憂「……」
唯「ひどいよ、そんな大事なこと黙ってるなんて……」
憂「それは、現実の私がお姉ちゃんをどう思ってるかってこと?」
憂「それとも、お姉ちゃんが消えること?」
唯「どっちも……かな」
唯「別に元の世界に帰りたいとは思わないよ。こんな事聞いたら、なおさら」
唯「でも、ただ……その前に考えたかった」
唯「これじゃあ、何かしてあげられることがあったんじゃないかって、後悔しちゃうよ……」
憂「……けど、何か出来ることはあった?」
唯「無いよ。きっと無い……だけどさっ!」
憂「お姉ちゃんはもう消えたの」
憂「今日からお姉ちゃんが、お姉ちゃんに代わってこの世界で生きるんだよ」
憂「ここなら幸せだから……ね、お姉ちゃん」
唯「憂……」
憂「私もついてるよ。愛してるよ。だから……お姉ちゃんのためにも、後悔なんてしてあげないで」
唯「……ごめん。たしかにそうだね」
憂「わかってくれたならいいの。……お姉ちゃん、大好きだよ」
唯「ん……」
チュッ
唯「ねぇ憂ぃ」
憂「なあに?」
唯「私、幸せかなぁ……」
憂「……」ギュッ
チュッ
唯「ふ……ういぃ」
憂「……後ろめたさはあるよ」
憂「違和感だって、たくさん感じる。でも……お姉ちゃんは幸せにならなきゃいけないよ」
憂「お姉ちゃんから、幸せを託されてるんだから」
唯「うん……」ポヤー
唯「うい、もっと」
憂「……」クスッ
憂「お姉ちゃんの幸せって、こういうこと?」
ツン
唯「ン、う……」コクコク
憂「お姉ちゃんのえっち。……それじゃ、たっぷり幸せにしてあげるね」
唯「うん。憂ぃ……」
――――
律の部屋
律「驚かすなよなー、まったく」トントン
澪「ごめん、まさかもう帰ってるとは思わなくて……」
律「いいさ。スティック投げつけられるよりマシなもんだ……うし、消毒完了」
律「痕になったらごめんな?」
澪「平気だよ。律に会えた証になる」
律「なーにを言ってんだか……」フッ
律「ほんとに帰っちまうんだな?」
澪「あぁ。……私には、元の場所も、鏡の中も捨てきれない」
澪「だから、こっちに唯を残していく。唯のことを大事にしている人がたくさんいるから……」
律「……澪は」
澪「私は帰らないと。私が幼馴染としてずっとやってきた律は、あっちの律だ」
律「……」
律「だよな。しょうがないさ」
澪「……ごめん。身勝手だよな」
澪「私たちが来たせいで、唯も私も消えてしまったのに」
律「なんだ、私の心配してるのか?」
澪「そりゃあ、だって……寂しいだろ?」
律「そっちのりっちゃんと一緒にするなやい。相手は他にもいるっての」
律「心配だってんなら、澪がちゃんと、今まで通りにあっちの私と付き合ってくれりゃあいいんだ」
律「そしたら澪のことをすぐ忘れられるはずだからさ」
澪「……だな。律はそういうやつだよ」
律「ははっ……そんじゃ、いくか」
律「そこの鏡の前に」
澪「ああ」
カタ
澪「鏡の中の鏡の世界……ってあるのかな」
律「さあ、どうだろうな? あるとしても良いものじゃないだろうけど」
澪「……そうか?」
律「ああ。澪だって嫌だろ? 自分の気持ちが意図せず人を傷つけてしまうなんてさ」
律「誰かを好きになることさえできやしない……後ろめたさが付き纏うんだ」
澪「……律」
律「どうした?」
澪「おまえの辛さは全部私が請け負うよ」
澪「だから……律の想いたい人を、好きになっていい」
律「……ばっかだなぁ、澪」
澪「……」
律「目を閉じろ。鏡の中に入れてやる」
澪「ん……」
律「目開けるなよ。鏡の隙間に閉じ込められるから」
澪「それは……嫌だな」
律「んじゃ、いつかな!」
澪「ああ……」
チュッ
澪「……んなっ!?」
律「っはは、ホラ行ってこい!」ドンッ
澪「騙したなぁ、律ー!!」
ゴオオオォッ…
澪「……まったく」
澪(ほっぺた……か)クスッ
澪(元の世界に帰ったら、律になんて言われるやらわかったものじゃないな)
――――
元の世界 律の部屋
ドサッ
澪「っつう」
澪(……律の部屋か)スック
澪(外も薄暗くなってる……)
澪「……」
パカ カチカチカチ…
プルルルルッ プルルルルッ
律『澪っ!?』
澪「……もしもし、律」
律『もしもし……じゃねーよっ! お前、今どこだ!』
澪「どこって」
澪「律の部屋、だ……」
律『……なんで私の部屋にいるのかね』
澪「……私に言わせれば、律がこの部屋にいないことのほうがよっぽどおかしい」
律『お前と唯を探してたんだよっ! ……あ、そうだ唯は!』
澪「……説明が難しいな。一旦帰ってこい。そこでみんな話すから」
澪「だから、急いでくれ」
律『わかった。すぐ帰る』プツンッ
プー プー
澪「……」
澪(間に合うかな……)
澪(……バカ律)
澪「……」
トトト…
律「澪っ!」ガチャッ
澪「りつ……」
律「……」スタスタ
ギュウッ
澪(……)
律「馬鹿ぁ……本気で心配したんだぞ?」
律「二度と私に黙って消えたりするなよ。わかったか?」
澪「……うん、わかった」
律「よし」パッ
律「で、どこ行ってたんだ? 私の部屋にずっと籠ってたわけでもないだろ?」
澪「……唯と一緒に、パラレルワールドに行ってた」
律「……」
澪「本当だ」
澪「鏡の中に入って、鏡を通って帰ってきた」
律「そうか。……それで、唯は?」
澪「唯は……あっちに残してきた」
律「……え」
澪「そうするのが一番いいと思ったんだ。唯のためには」
律「……唯にとっちゃ、そのパラレルワールドで暮らすほうが幸せだってか?」
澪「それは分からない。でも、そうでなかったとしても大丈夫さ」
澪「あの世界にも、帰りたい人を帰してくれないような意地悪はいないからさ」
律「いまのところ、唯は帰りたがってないんだな……」
澪「だと思う。……これからもきっと」
澪(一人の命の上に、唯は立ってるんだから)
律「……はぁ」
律「いい友達だと思ってたの、私たちだけなのか」
澪「……さあ。かもしれない」
澪「でもそれが唯の選んだことならしょうがないと思う」
律「……」
律「そうかぁ……唯が」
律「梓が……泣いて悲しむな」
澪「自分のことを棚に上げてそう言うのはよくないぞ」
律「……みおだって」
澪「そう……だな」
澪「……ふ、ふふっ。あー、律の気持ちもわかるな」
律「え、なんだ?」
澪「こっちの話だよ。大事な人に二度と会えないって……こんな辛いんだなって思ってさ」
律「やなこと言うない……信じろよな」
澪「……ごめん」
律「……あー」バタッ
律「天井が抜けて、空が見れないかな……」
澪「なんだよ、それ」
律「わからん。そんな気分だ。……なぁ、澪ぉ」
澪「ん、どうした? 律」
律「あの日の返事……今から変えることってできるか?」
澪「……あの日って」
律「澪が私に好きって言った日。で、いいのかだめなのか?」
澪「……」
澪(そんなやけくそみたいに言われても、嬉しくないよ……)
澪(でも、そんなのは我が儘だよな)
澪(それが『律』の心を癒すんだったら……)
澪「……どう変えるんだ?」
律「決まってるだろそんなの。野暮だぞ」
律「……澪。今回のことで気付かされたよ。えっと、なんていうか」
律「私も、澪とおんなじニュアンスで、澪のこと好きなんだって」
澪「……ほんとに言ってるのか?」
律「本気だ! 私だって、いきなりだと思うけど……」
澪「……律。私、すっごく嬉しいよ」
律「私も……なんか変かな。けど嬉しいかも」
澪(虚無感を補うための、か)
澪(それは、誰しも同じなのかも……)
澪「好きだぞ、律」
おわり
最終更新:2010年12月04日 21:31