そして、先輩たちとも別れ、純たちも帰り、私は一人で部室に向かっていた。
唯先輩が待っているから。
唯先輩には先にやることができたと言っておいたが、もしかしたらずいぶん待たせているかもしれない。
急いで部室のドアを開くと、唯先輩がギー太を弾いていた。
唯「ところで、話って?」
来た。
梓「…その話をしながら、ちょっとセッションしませんか?」
唯先輩は訝しげな顔をしたが、すぐに
唯「うん、いいよ」
と言ってくれた。
梓「そしたら、今の唯先輩みたいに即興でメロディーを作って、それを交互にどんどん繋げていく…ってのがあるんですが、それやりましょうか」
唯「よっし!」フンス
梓「それじゃ私から…」
そして始まった。私のこの半年間の、答え合わせが。
梓「今日ライブを終えたとき、ようやくわかったんです。唯先輩に言われたことが」
唯「そうだね、そんな顔してたもんね」
梓「唯先輩の言ったとおり、この半年間でいろんな出会いがありました。驚きの連続でした」
唯「でしょ?もっと先輩の言うことを聞かないと!」
梓「ふふっ…すいません、でもちゃんと言われたことも守りましたよ」
唯「みたいだね。結ちゃんと率ちゃんも、あずにゃんを慕ってたし」
梓「そして、唯先輩の言ったとおり、心が揺れることも度々ありました」
唯「そりゃそうだよ。誰かと出会うっていうのは、そういうこと」
梓「その上で、言います」
ギターを弾く手は、いつしか止まっていた。
梓「唯先輩、私はあなたが好きです」
唯「…」
唯先輩は、ギターを弾き続けている。
この空間を、彩るように。
梓「私、結に告白されたんです。好きですって。正直、私の気持ちは揺れていました」
梓「でもさっき、ここに来る前に、断ってきました」
梓「唯先輩、私には、やっぱりあなたしかいないみたいです」
唯先輩はギターを弾き続けている。
しかし、それがだんだん、覚束なくなってきて、
突然、泣き笑いした唯先輩が、抱きついてきた。
梓「唯先輩、泣かないで。それとも、それも汗ですか?」
こんな軽口を叩いてしまう私は、やっぱり素直ではないようだ。
唯「ううん…これは、嬉し涙。あずにゃんと一緒に歩けることに。これまで待ち続けて、本当によかったと思ってるから」
私は、唯先輩が泣き止むまで、その体を抱き続けていた。
…私から抱きつくなんて、合格発表のとき以来かな。
しばらくして泣き止んだ唯先輩は、今まで見た中で、一番綺麗な笑顔で言った。
唯「ありがとう。よろしくね、あずにゃん」
帰り道。
私と唯先輩が、並んで歩いている。
手をつないで。
唯「でも、どうして私を選んでくれたの?」
梓「それは…ひ、秘密です」
唯「何でー!?あずにゃん、白状しなさい!!」
唯先輩がわき腹をくすぐってくる。
梓「ひゃっ!?ゆ、唯先輩!止めてください!」
何されたって、絶対言うもんか。
結局選ぶきっかけも、あなたからもらったなんて。
結「りっちゃん」
率「ん?」
結「私、梓先輩にふられちゃった」
率「…そうか」
結「話、聞いてもらってもいいかな」
率「当然だろ。私たち、友達なんだから」
結「…ありがと」
校舎裏
結「…梓先輩」
梓「…結」
梓「この前の、告白の返事をしにきたよ」
結「…はい」
梓「…ごめんなさい。私は結とは付き合えない」
結「…」
梓「…ごめん」
結「…理由、聞いてもいいですか?」
梓「…うん」
梓「私は部長としてみんなの姿を見てきた。もちろん、結のことも」
梓「そして、今日ライブが終わったとき思ったのは、結たち一年生のことだった」
梓「私たちがいなくなったら、軽音部は二人になっちゃう。それはきっと、私たちのときより大変だと思う」
梓「まだどっちが部長になるかはわからないけど…でも、来年来るだろう新入生を、大事にしてほしいんだ。私たちが、結たちにしたように」
梓「結、あなたにはこれから、やるべきことがたくさんあるんだよ」
梓「これからも、いろんな出会いがある。私と結が出会ったように。…私と、唯先輩が出会ったように」
梓「その出会いを大切にしてほしい。どんな人と出会うかはわからないけど、どれもきっと結にとって大事なものになる」
梓「だから…私は結とは付き合えない。今は私の言葉が理解できなくても、きっといつか、わかるときがくるから」
結「…って言われちゃった。やっぱり、唯先輩には勝てなかったみたい」
率「…なるほどね」
結「?」
率「そうだな、今回は、相手が悪かった」
結「うん。私も、そう思う」
率「でも梓先輩の言うとおり、来年新入生も勧誘しなきゃいけないし、やることはたくさんあるよ!」
そのぶん、出会いもたくさんあるはず。
率「前を向こう、結。高校生活、まだ始まったばっかじゃん」
結「…そうだね!ありがとう、話聞いてくれて!」
そして、学園祭が終わり、軽音部を引退した私たち三年生は…やっぱり先輩たちと同じように、部室で受験勉強をしている。
憂「やっぱり部室は落ち着くよねー、もうすっかり馴染んじゃった」
純「憂のお茶もあるしね!」
こら。
そんなやりとりをしてると、結とりっちゃんが入ってきた。
結「こんにちは!」
率「こんちわっす!梓先輩、純先輩ちゃんと勉強してますか?」
純「失礼な!ちゃんとしてるよ!」
たしかにしてるけど…後輩に心配されちゃダメでしょ。
あれから、結と気まずくなるようなことは、一切なかった。
私が思っているよりも、結は大人なのだろう。
結「梓先輩たち、唯先輩たちと同じ大学行けるといいですね!」
つまり、そういうこと。
私たちは、唯先輩たちと同じ大学を目指して勉強している。
憂なんかはもっと上の大学にいけるはずだが…みんな一緒がいい、と珍しく駄々をこねた。
まあ、せっかくだしね。
今、一年生の二人はこの時期から新入部員を探しているらしい。
主に帰宅部の子に声をかけてまわっている、とのことだ。
梓「新入部員、入るといいね」
結「はい、優しくする相手がいないんじゃ、話になりませんからね」
…びびった。本当にいきなりこういうこと言い出すんだから、この子は。
でも、こういうことを言えるようになったってことは、もう心配はないのだろう。
…結には、幸せになってほしいと思う。
私が言っていいことなのかは、わからないけど。
あと数ヶ月で、私たちは卒業してしまう。
しかし、部長としての役割は終わったかもしれないが、私にはまだ先輩として、 二人に残して行かなきゃいけないことがまだある。
私と唯先輩は互いに想いを伝えあったが、その…いわゆるデートとかは、まだしていない。
私がちゃんと卒業してから、と自分で決めた。
唯先輩も、最初は嫌がっていたが、私の考えを理解してくれたのか、賛同してくれた。
だから、それまでの間、みんなとの絆を深め、この部活をもっと好きになってもらいたい。
…もちろん、勉強もちゃんとするけど。
二人は、これから新入部員の確保のために、すごく苦労すると思う。
でも、きっと大丈夫。
このバンドを好きでいれば、その思いは伝わるから。
春のキミたちみたいに、きっと誰かが来てくれる。
だから、がんばって。
そして、4月。
唯「あずにゃん、待ってたよ」
おしまい
最終更新:2010年12月08日 02:26