和「で、無くなってるものはない?」

律「ドラムはちゃんとあるし……」

紬「キーボードにも異常は見られないわ」

澪「特に盗られたものはなさそうだけど……」

梓「ああっ!?」

純「うわっ! ビックリした! 梓、いきなり大声出さないでよ」

澪「梓、何か盗られたのか!?」

梓「と、トンちゃんの餌が袋ごと無くなってます」

紬「トンちゃんの餌が?」

梓「はい、あ、私の物は特に無くなっている物はありませんでした」

和「被害は、亀の餌だけ……?」

律「……みたいだな」

和「その辺に散乱しているマンガで何か無くなってる物は?」

律「確認してみたけど、ちゃんと持ってきてたやつ全巻揃ってる」

和「そう……」

純「へんな泥棒ですね」

和「窓は全部閉まってる?」

澪「うん、ちゃんとロックも掛かってる」

和「だとしたら……」

梓「犯人は窓から逃げたんじゃなく、校内に潜んでいる可能性もありますね」

紬「ちょっと待って! 犯人は窓に何か細工をしたって可能性も捨てきれないわ!」

律「どういうことだい? ムギ田一君?」

紬「ええ、犯人はまだ校内にいる。そう私たちに思わせることで窃盗犯は容易に逃げ出すことが出来る」

純「じ、じゃあ……」

紬「これは、密室トリックを逆手にとった犯人の知能的な犯罪!」

律純「な、なんだってーーーー!!!!」

澪「こんな状況でよくそんなおふざけが出来るもんだな」

梓「もう! 真剣にやって下さい!」

紬「ごめんね、こんな状況なんて滅多にないもんだからつい……」

純「でも、窓から逃げた形跡がないんだったら
  本当に校内にいるかもしれないんだし結構危険じゃないですか?」

和「とりあえず、犯行時間がわからないわけだし、もし夜中に泥棒が入ったんだったら
  もう既に、遠くまで行っちゃってるでしょうね」

梓「亀の餌を盗りにわざわざ泥棒しますかね?」

澪「それに、唯がいないことも気がかりだ……」

和「ええ、私たちが考えても仕方のないことだわ。だからここはやっぱり先生に……」

律「あれ? なんだこれ?」

澪「どうした律?」

律「いや、なんだか散らばってたマンガに動物の足跡のようなものが……」

紬「本当ね、このサイズだったら猫か小さめの犬?」

和「えっ!?」

律「どうした? 和。変な声出して」

和「い、いや。何でもないのよ」

和(もしかしてあの子、生徒会室から逃げ出したのかしら)

紬「これは、事件解決の糸口になるかも!」

律「よし! ムギソン君。捜査続行だ!」

紬「はいっ! リツムズ探偵!」

和「あの……、じゃあ私先生に報告に行くね」

澪「ああ、頼む和」

和「悪いけど、憂を保健室に連れて行ってくれるかしら?」

梓「はい、任せて下さい」

純「あとで私にも気絶させる技教えて下さいね!」


和「泥棒なんて最初っからいないんだわ」

和「あの子が逃げ出しちゃって軽音部の部室で暴れまわっちゃったのね」

和「だから、何も盗まれた物がなかった」

和「亀の餌は食べられると思ったから持って行っちゃったんだわ」

和「早く探さないと、先生に見つかったら大変なことになるかも」

和「でも、どこに……」

和「あれ? 何かが点々と落ちてる……?」

和「盗っていった亀の餌かしら?」

和「これを辿って行けばきっと見つけることが出来る!」

和「見つけた!」

和「人があまりいない部室棟の校舎の方で良かったわ」

犬「ハッハッ」

和「もう、大人しくしてなきゃ駄目じゃない」

犬「ワン!」

和「小さな声で」

犬「わふ」

和「あれ? さっきは気付かなかったけどあなた頭に何かついてるわよ」

犬「わふ?」

和「こ、これって、唯がいつも付けてるヘアピンじゃない!!」

犬「わふわふ」

和「……」

犬「ハッハッ」

和「ちょっと私、今から変なこと言うけど、別に頭がおかしくなったとかじゃないからね」

犬「わふ」

和「あなた、もしかして……唯?」

犬「ワン!」

和「し~~~~~~~っ」

犬「わふ」

和「……ほ、本当に?」

犬「わふわふ」

和「いやいや、まさかそんなことがあるはずないわ」

和「でも、これで唯がいなくなった辻褄が合うって言えばそうなるのよね」

和「何よりも、このヘアピンが証拠」

和「だけど『この犬が唯なの!』って言って澪たちに信じてもらえるかしら……」

和「~想像中~」

和「駄目駄目! 私のイメージが崩れること間違いなしだわ」

犬「くぅ~ん……」

和「はっ! こ、この瞳……」

和「これは、唯が私にいつも何かをおねだりするときの目にそっくり」

和「……わかったわ」

和「朝、私があなたに会った時、唯と見間違えた」

和「でも、見間違いだと思ったことがそもそもの間違いだった」

和「見間違いなんかじゃなくって、あなたが、あなたこそが本物の唯!」

犬「ワン!ワン!ワン!」ペロペロ

和「ちょっと、くすぐったいわよ」

犬「わふ」

和「気づいてもらって嬉しいの?」

犬「ワン!」

和「でも、なんで犬になっちゃったのよ?」

犬「わふ~?」

和「わからないの?」

犬「わふ」

和「そう……」

犬「ハッハッ」

和「お伽話なんかでは、こんな呪いをかけられたら王子様のキスで元通りってのが相場だけど」

和「現実はそうはならないわよね~」

犬「わふわふ」

和「まぁ、すごい非現実的な出来事であろうものが今まさに私の目の前にいたりするんだけど……」



 3年2組 教室

和「とりあえず、唯がなんらかの原因でこの犬になったってことを皆に話さないとね」

犬「くぅ~ん」

和「大丈夫、最初は頭が変な奴だって思われるだろうけど、必死に訴えかければ信じてもらえるはずよ」

犬「ワン!」

     ガチャ!!

澪「あ、和、聞いてくれ……」

和「その前に、私の話を聞いて貰えるかしら?」

澪「え、ああ、うん」

律「なに、その犬」

和「よくぞ聞いてくれたわ。唯が突然姿を消した原因がこれなのよ!」

紬「和ちゃん、何を言ってるの?」

和「ええ、わかってるわ。そんな反応が返ってくるなんてのは想定内よ」

和「実は、この犬こそが唯なのよっ!」

犬「わふ!」

澪「は?」

和「信じられないってのはわかるわ。でもこれが事実なのよ!」

律「ち、ちょっと待った和」

和「朝ね、私この子を唯と見間違えちゃったのよ」

和「最初はただの犬だって思ってた、けどやっぱり違うの」

和「見て、この何かを訴えかけているような瞳!」

和「まるで宿題を忘れてきた唯がノート写させてって言ってくるときの目にそっくり」

和「それに、このヘアピン。これはまさしく唯の物よ!」

和「きっと、悪い科学者なんかに変な薬を飲まされて犬にされちゃったんだわ」

和「某高校生探偵が薬を飲まされて子供にされちゃったみたいに」

紬「和ちゃん、ちょっと落ち着いて」

和「落ち着いてなんかいられないわ! 親友が犬にされちゃったのよ!」

澪「唯がいなくなってそうやって現実逃避するのはわかるよ」

澪「けど、それは犬で唯は……」

和「現実逃避ですって!? これだけこの犬が唯だって熱弁したのになにも信じてもらえないのねっ!」

和「いいわ、信じてもらえなくてけっこう! 結局あなた達は唯とはここ2、3年の付き合いですものね」

和「だけど私は小さい頃から唯とはずっと一緒だったの」

和「もうあなた達には何も頼むことはないわ!」

和「私一人でもこの子を人間に戻す術を見付け出してみせる!」

律「お、おい和! どこに行くってんだ!? もう次の授業始まるぞ!」

和「授業? そんなもの受けてる暇なんてないわ!」

澪「だ、誰か和を止めろ!」

紬「和ちゃん大丈夫よ。唯ちゃんは無事だから」

和「嫌っ! 離してっ! あなた達もそのマッドサイエンティストの手先なのねっ!」

律「あの、聡明な和がここまで取り乱すなんて……」

澪「精神的にすでにやられちゃってるのかもな……」

犬「キャン! キャン!」

和「唯! 逃げて! また何か変な実験に使われちゃうかもしれないわっ!」

律「だからそれは唯じゃないってば」

澪「もう唯はすでに……」

   ガチャ!!

唯「は~、スッキリした~」

和「えっ?」

紬「唯ちゃん、さっき学校に着いたところなの……」

和「えっ?」

律「それでとりあえずカバンだけ置いて、漏れそうって言ってトイレに行ってたんだよ」

和「えっ? ええっ!?」

唯「あ、和ちゃん、おっはよ~」

和「じゃあ、この犬がしてた唯のヘアピンはいったい……」

唯「あ! 朝のわんこ!」

犬「ワンワン!」

唯「お~よしよしよしよし」

和「唯、この犬知ってるの!?」

唯「そうそう、聞いてよ和ちゃん。聞くも涙、話すも涙だよ~」

唯「朝学校行く途中でこの子に出会ってね。前に私が髪型変えたとき和ちゃんに犬みたいって言われたから
  逆にこのわんこに私が付けてるヘアピン付けたら私に似るのかな~って思って」

唯「それでヘアピン付けたら急にこの子が走りだしてね。一生懸命に追いかけたんだけど途中で見失っちゃってさ~」

唯「気づいたらなんだか知らない道に出ちゃって……。携帯の電池は切れるわで、やっとこの時間になって学校に来れたって訳」

和「……」

律「の、和もなかなか面白いやつだよなぁ~……」

澪「そうそう、唯が犬になったって冗談言うなんて
  あまりにも熱が入ってたからツッコミ損なったよ~。あ、あははは……」

和「!?」

和(これじゃあ私ったらちょっと頭が可哀相な子ってクラスの皆に思われちゃうかも)

和(ここは一つ……)

和「ハーイ、アタイ犬のワンコ、チェケラッチョイ」

犬「わふわふ!」

澪律紬「!?」

和「今日は友達の和ちゃんに会いにきたんだワン」

唯「和……ちゃん……?」

和「……」








和「じゃあ私、心療内科に通院するね」

澪「お、お大事に……」

何よりも、スベったことに対して深く心に傷を負った和であった

おしまい



最終更新:2010年12月09日 23:54