全力で遊んでいたら時間があっという間に過ぎていった。
海と空はいつしかオレンジ色に染まり、太陽が海に落ちていく。
二人並んでビーチに座りそれを見ていた。
流石に疲れたな。
おまけにこんがり焼けちゃったよぅ。

唯「小麦色だねぇ」

梓「……まずいよねコレ」

唯「すぐ戻るから大丈夫だよ」

梓「だといいけど……」

唯「そんなに黒いと夜になったら見えなくなっちゃ――」

梓「うるさい。それより夕日が綺麗だよ」

唯「だね~。まさにサンセット!」

唯「ほんと綺麗だよね」

梓「うん……」

心地よい疲労感がいつまでもここにいたいと訴える。
だけどそろそろホテルに帰らないと。

梓「疲れたね、そろそろ戻ろうか」

唯「そだね。美味しいごはんも食べたいし!」

やっぱりとことん元気な人だな。

唯「しかし……」

梓「何?」

唯「女二人がビーチにいるのに誰にも声かけられなかったね」

梓「声かけられたかったの?」

唯「まさかぁ」

ですよねー。日本刀構えてましたもんね。

唯「でももったいないよね、スーパーギタリスト達と過ごす常夏の夜だよ?」

梓「スーパーギタリスト達? 私以外に誰かいるの?」

唯「ええっ!? しどい……」

梓「うそうそ」

ホテルに着いて一休みした後、私たちはスペシャルなディナーをいただいた。

唯「……うぷ」

梓「大丈夫?」

唯「なんとか……うぷ」

どうしてそんなになるまで食べるんだ。

唯「だって美味しいんだもん……」

これで本当に太らないのかな。

唯「なんだか眠くなってきたかも」

梓「今寝たら誕生日の瞬間を逃しちゃうよ?」

唯「だよね……」

今回の旅行は何と言っても誕生日を祝うのが目的だからね。
27日まであと僅か。
なんだけど。

梓「眠い……」

唯「んが……」

疲れてお腹いっぱいになったらそりゃあ眠くなるよね。
そだ。

梓「お風呂入ろ?」

唯「おふろー……後でいいやぁ」

梓「ここのお風呂海が見えるようになってるんだよ。全室オーシャンビュー」

唯「いいねえ」

食いついた。

割と大きな浴室に二人で入る。
これで少しは目が覚めたかな。
ただオーシャンビューなんだけど夜だから海は殆ど見えなかった。
そのかわりホテルのプールがライトアップされてて綺麗だ。

唯「明日はプールにも行こうか」

梓「うん、行きたい」

唯「はあ~……」

梓「はふ~……」

二人でのびのびする。
足を伸ばせるお風呂って最高。

唯「きもちいねぇ……」

梓「だねぇ……」

ああ……極楽。
ちょっと身体がヒリヒリするけど。

お風呂上がり。
さっぱりしたところで喉の渇きを潤したい。
二人で冷蔵庫を覗いて、私達の意見は「飲もっか」で一致した。

梓「何飲む?」

唯「甘いのがいいな」

グラスを出してトロピカルフルーツなカクテルを注ぐ。
何となく私も同じカクテルにした。

梓「入れたよ」

グラスを渡そうとすると

唯「ちょっと待って」

と言い、照明を薄くして窓のカーテンを開けた。

唯「こっちで飲も?」

部屋は暗めに、ほのかな暖色がベッドの脇に一つ。
窓際で二人寄り沿いながらグラスを傾ける。

梓「星が綺麗だね」

唯「うん、綺麗。普段はあんまり見れないからねえ」

梓「都会だからね。山に行けば見れるんだろうけど」

唯「夏フェスとかね」

梓「そうそう」

いつかの夏フェスで見た星空もよかったけど異邦の地で見上げる星空もいい感じ。
ただ星を見ているだけなのに、何物にも代え難い時間だ。

不意に――

唯「あずさ」

梓「っ……何?」

名前で呼ばれてドキッとした。

振り向くといつもの笑顔とは違う慈愛に満ちた表情で

唯「誕生日おめでとう」

私の誕生日を心から祝ってくれた。

梓「う、あ、ありがと……」

いきなり真面目になるからこっちとしては恥かしさが先行してしまう。
照れて顔を背けると部屋の時計に目が行った。
時刻は間もなく0時。
そうだ、今度は私が心を込めてお祝いしなきゃ。
せっかく独り占めしてるんだから。


私は向き直り相手の目を見る。
あれ、思ったより恥かしくない。
さっきまでの恥かしさが不思議となくなっている。
普段の私だったら見つめるだけで恥かしくなるのに。
おめでとうって言うのも照れくさいのに。
今ならきっと自然に言える。
普段出来ないこともごく自然に出来そう。

なんでだろうと考えて、ふと『この場所だから』かな、なんて思った。
この南国でならいつもより素直な私でいられるのかもしれない。

理由は分からないけど――。

梓「ゆい」

唯「うん」

梓「誕生日おめでとう」

唯「ふふ、ありがとね」

優しく微笑む。

つられて私も微笑んでる。

普段は自分からなんて滅多にしないけど、ここにいる私なら自然に出来る。

私は甘酸っぱいカクテルの入ったグラスを置いて、改めて唯と向かい合い――



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梓「……んあ」

頭がぼーっとする。

梓「今何時……?」

のそのそと起き上がって時計を見る。

梓「12時……うそっ12時!?」

昼の12時って……いくら疲れていたとは言え寝過ぎだ。
とりあえず私の隣で気持ち良さそうに眠っている人を起こす。

唯「ふえ……? くぅ……」

梓「ほら起きろー」

しつこく頬をペチペチしてたら嫌々起き上がった。

唯「……痛い」

梓「おはよう」

唯「……おはよ」

梓「ほら、早く準備しなきゃ! 今日で帰るんだから」

唯「あー……もう帰るのかぁ……」

梓「二泊三日じゃ少なかったかもだね」

唯「一週間くらいは居たかったなぁ」

梓「だね。今度来る時はそうしよ?」

唯「うん」

梓「じゃあ急いで準備して。早くしないとお土産買う時間なくなっちゃうよ」

唯「それはまずいねーみんなに怒られちゃう」

梓「ちょっと……口ばっかりで身体動かしてないじゃん!」

その後どたどたと忙しなく準備をしてホテルのチェックアウトを済ませた。
急ぎつつもしっかりお土産を購入して空港へ向かう。
疲れたけど飛行機の時間には間に合った。

唯「今度来る時は海の上に泊まりたいな」

梓「ああ、水上コテージの事?」

唯「そうそう! なんかいーよねぇ」

梓「だね」

唯「はぁー、帰りたくないや」

梓「はは」

唯「常夏の香りが遠ざかってゆく……」

梓「大げさな」

唯「いや、こんなところから常夏の香りが……くんくん」

梓「はいはい、離れてね」

飛行機に乗ると、私の相方は疲れていたのかすぐに寝てしまった。
私は窓からどんどん小さくなる街を眺めて、それが見えなくなったところで目を閉じる。

うん、すっごく楽しい旅行だった。
来年も私達の誕生日旅行やりたいな。
今回は誕生日当日を私だけと過ごしてくれてありがとう。
独り占めしちゃったけど、それがすごく嬉しかった。

また一つ思い出が胸に刻まれる。
こうして出来たいくつもの時間の彫刻を大事にとっておこう。

っていうのは隣で爆睡してる人の受け売りなんだけど。

梓「ふあぁぁ……」

そんなこんなで、せっかくだから今回も肩を貸してもらおう――。



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唯「あれー、パスポートが……」

梓「ふざけてないで早く出して! 次私達の番だよ!」

唯「いや、ふざけてるわけじゃ……」

梓「急いでっ!」

唯「時に!!」

梓「!?」

唯「『観光ですか?』って聞かれるかな!?」

梓「なんで帰国してるのにそんなこと聞かれると思うのよ……」

大きい声でわざと聞こえるように……何がしたいんだこの人。


唯「ええー!? そんなぁ!」

梓「ほら、順番回ってきたよ」

職員「観光はいかがでした?」

や、優しい人だ……。


何で黙ってるんだろう。
あ、サングラス外した。

唯”No......combat!”

キリッ。
後ろに並んでいた外人の『ワァァオ……』が頭から離れない。
こうして余計な思い出も刻まれてしまいましたとさ。



END



最終更新:2010年12月11日 04:16