――――
それからは、憂とは口をきかない生活が始まった

ほとんど口をきかない。話しかけられても「嫌い。黙って」と言えば憂は口を閉じる

憂は日に日に顔色が悪くなっていった

仕方ないんだよ、憂。憂が私を嫌いになるまでだよ

はやく私を嫌って、とっとと彼氏を作ってよ
あずにゃんとダブルデートでもしててよ

お願いだよ…心からのお願いなんだよ

だって…そうじゃなかったら…

はやくして
――――


……

梓「ういー!ういー!」

憂「おはよう、梓ちゃん」

純「おはー憂」

梓「きいてきいてー」

純「きかなーい。あ、憂はやく着替えよー」

憂「朝から体育だなんて…やだよね」

梓「憂、顔色悪いけど…平気?」

純「ここんとこ元気ないよねー…なんかあった?」

梓「…ごめん、私が浮かれてたから…イヤんなっちゃった?」

純「それだ」

憂「ち、違うよ。梓ちゃんの王子様話、好きだよ」

梓「そ、そう?えへへ…///」

純「マラソンだるいわー」

梓「マラソン大会、桜工業の前とおればいいのに」

純「憂!はしろはしろ!」

憂「うん…」

タタタタ…

純「はぁ、はぁはぁ…、つかれてきた…」

梓「あと、何分…?」

純「はぁ、はぁ…あと、10分…」

梓「…まだ、五分しか、走ってなかった…はぁ…」

憂「…はあ、はぁ…」

タタタタ…



律「一発目古文からかよ」

唯「やだよね~」

澪「予習したのか?」

律「……あ、二年は体育かー。いいな」

唯「だね、りっちゃん!」

澪「…おい受験生」

キーンコーン


先生「始めるぞー席付けー」ガラッ


先生「であるからして…源氏は…」ブツブツ

唯(眠い…つまんないよー。まだ20分もある…)

唯(?グラウンドで誰か…運ばれてる…)

唯(誰だろ…貧血かな……かわいそう…)

唯(携帯いじってよっかな…)

唯(バレないよね……)カチカチ

唯(………?メール?)

唯「え…」

唯「え…うそ…」

姫子「…?」

唯「せんせい!保健室行ってきます!!」ばんっ


ダダダダ…


律「ちょ、唯!?」

先生「…えっと……。続けようか」



唯「はぁ、はぁ、はぁ」

梓「唯先輩…!憂が」

唯「うい!うい!うい!」

純「大丈夫です、落ち着いてください」

梓「なんか体調不良だったみたいで…」

唯「そっか…はぁ、はぁ…よかったぁ…」

梓「唯先輩授業は?」

唯「知らないよーそんなの…」

純「さすがですね…」

純「…梓、そろそろ戻らないと」

梓「でも…憂のとこに」

純「唯先輩いるじゃん?それに…うちら、先生にサボりだと思われるよ?」

梓「でも…」

唯「いいよ。私いるから…」

梓「…すいません」

純「憂が具合悪くなったの梓のせいですから」

唯「そうなの!?」

梓「…私が…のろけすぎたから…」

唯(…違うと思う…)

唯(……憂…目を覚まして…)

唯(…って、憂が目を覚ましたら…私がここにいる理由をなんて言えばいいの?)

唯(…憂が心配でつい来ちゃったとか言ったら…今までの努力が水の泡だよ…)

唯(…ど、どうしよう…)



憂「…うぅ…ん…」

唯「…憂…お、起きた…?」


――――
「…うぅん………って、…おねえ…」

目を覚ました憂は私を見るなり目を大きく開いた
最近はろくに顔もあわせていなかった
帰ったらすぐ部屋にこもる
ご飯も一緒に食べてないし、話すなんて論外だった

…大丈夫?お姉ちゃん、すごく…心配だったよ。

「……具合悪いのになんで走ってんの?」

…お姉ちゃん、憂が倒れたってメールをあずにゃんからもらってすぐに来ちゃったんだよ。

「み、身内だから呼ばれたんだよ」

…お姉ちゃん、憂がどこか遠くに行っちゃうと思って。

「…め、覚まさないで欲しかったんだけど」

……目をはやく覚まして欲しかったんだよ。



知らないうちに悪口は得意になってた

嫌い
大嫌い
目覚まし時計
ご飯まずい
料理ロボット
掃除マシーン
出てってくれない?
一緒にいたくないんだけど
奴隷みたいだね

だんだんと度を過ぎていく悪口

なんでこんな思ってもないこと言えるのか自分でも驚いていて

目の前で涙を浮かべる憂を見て
私はすぐに部屋にこもる毎日

部屋で泣く私
最低な私

電気もつけない毎日
明かりのない…毎日

理由はもうとっくにわかってた

本当は…気付いてはいけないことに気付いた私がいけなかった



私は…実の妹に、恋をしてしまった。

笑えない話だった。気持ち悪い話だった。

憂が笑うと幸せだった。憂のそばに、永遠を信じたかった。

憂と私が手を繋いで、未来を歩く姿を考えてしまった。

「おかえり!お姉ちゃん」

「お姉ちゃん、ご飯おいしい?」

「お姉ちゃん、朝だよー」

「お姉ちゃん、今度一緒に買い物に…え?いいの?」

「ありがとう…お姉ちゃん」


ドキドキしてる毎日。キミが私に微笑んで、キミが私に尽くしてくれる。
…気付くと早かった。あり得ない速度で恋に落ちて、意識しだす私。

あぁ、憂がずっと私のためにいてくれればいいのに。

――――憂が誰かのものになんて、ならないでくれたらいいのに――――

私は妹の未来を奪ってしまいそうだった。もう私は姉でいられなくなっちゃいそうだった。
――――


唯「…目、覚まさないで欲しかったんだけど」


唯「…なんで笑ってんの?」

憂「…え…?」

唯「なんで笑顔なの!!なんで嬉しそうなの!?」

憂「私…笑顔…?」

唯「なんで…なんでこんなに酷いことしてるのに…どうして…どうしてなの!?」

憂「…お姉ちゃんと…久しぶりに話せて……よかったぁ……」

唯「意味わかんない!意味わかんない!意味…わかんないよぉ……」

憂「お姉ちゃん…」

唯「それ以上優しくしないでよぉ!!」

憂「……お姉ちゃん…」

唯「私を呼ばないでよ…呼ばないでよぉ…」

憂「………」

唯「…好きになっちゃうよ…もうやめてよ…やめてよ!!」

憂「…え……」

唯「これ以上、好きにならせないでよ…あずにゃんみたいに彼氏作ってよ…!」

唯「期待しちゃう毎日がイヤ…で…」

唯「憂が可愛いくて…憂の未来を奪いたくて…」

唯「私以外の人に優しくしてよ!」

唯「もう……悪口、言わない……から…」

唯「お願い……ぐすっ、お願い…だから…っ」

唯「…私を…嫌いに…なって…」

――――
憂は可愛い。
本当に、可愛い。彼氏くらいあっさり作れそう。

浮いた話が無い憂は、私に淡い期待を抱かせる。

姉失格。家族失格…。

私は憂に嫌われる道を選んだ。憂は幸せな女の子になれる。
どこかにいる、憂が好きになる人と家庭を作って欲しい。

憂が私を嫌いになれば。私はキミを諦める。だから…だから。
――――


憂「お姉ちゃんを嫌いになんて…なれないよ…」

唯「…うい…ういっ…!」

憂「お姉ちゃん…つらかったんだね…」

唯「う、ういの方がつらかったでしょ!?」

憂「うん…つらかった。毎日、お姉ちゃんが私に悪口を言ってきて…」

唯「悪口ってレベルじゃなかったでしょ!?」

憂「うん…でもね、お姉ちゃんの目でなんとなくわかってたから…」

唯「…なに…を…?」

憂「…本心からの言葉じゃないって…わかってたから」

唯「……本心からのわけ…ないじゃん…ひっぐ、憂がかわいそうで…仕方なかったよぉ…っ!」


憂「…お姉ちゃん…」

唯「ひっく、な、なにっ…?ううっ、…」

憂「泣かないで…。」

唯「だ、だってぇ…っ…」

憂「…好きになって、いいよ」

唯「え………」
憂「…お姉ちゃん」
唯「や、やめてよ!それだけは…」
憂「……お姉ちゃん…」
唯「それだけは…だめだった、のに…」

――――
気付くと私は憂を抱き締めていた
胸の鼓動と少し汗の匂いがする髪が、憂がちゃんと生きているんだっていうのを教えてくれた
毎日、ちゃんと頑張って生きている憂
だからこそ幸せな未来を選んで欲しかった私
…憂に恋した、私


それでもキミは私を抱き締めてくれる
憂も私を好きだと言う
そういう意味の好きじゃない
家族がしている愛じゃない
何度も言うのにキミは言う

私のことが大好きなのだと
いつからだったか度を超えたシスター・コンプレックスを抱いていたと

…ああ、私はバカだな。
こんなに優しくて私を好きなキミを、傷つけることしか知らなかったなんて。

大好きだよ、お姉ちゃん。

キミの声が耳で響いた。
――――

唯「…本当に?」

憂「本当だよ…信じて」

唯「……わ、私の好きは…ちゅ…ちゅー、したい好きなんだよ!
冗談でするやつじゃなくて…舌…か、絡める…あれ…とか…」

憂「お姉ちゃん…顔、真っ赤だよ…」

唯「…だ、だってぇ…。…あずにゃんの王子の話聞いたりりっちゃんたちみてたら…し、したくて…」

憂「……お姉ちゃんっ」スッ

唯「憂?…えっ?……………」

憂「んちゅ…っ、ん…」

唯「……んんっ…。っ、はぁ、ん…」



―エピローグ―

紬「お茶にしましょ?」

律「さんせー…といいたいけど…」

紬「いやなの?」

律「いや…そうじゃないんだけど」

梓「ー♪」キラキラ

律「ほらみろよー、あのいかにも今日も話すことあるぞオーラ全開の梓…」

梓「早くお茶にしましょう!みなさん!」

澪「あ、ああ…」

梓「それでですねー、昨日の放課後デートの話なんですけど…」

澪「いい詩のアイデアになるよ」

律「王子様ねぇ…」

紬「…つまんないわ」

梓「夜空と私、どっちが好きってきいたら……お・ま・えって言ってくれて!!」

律「…はぁ…」

唯「……なるほど…」

律「はぁ?」

唯「あ、いや…」

梓「私の王子様かっこいいですよね!澪先輩!」

澪「そうだな…」

唯「…お姫様も可愛いよー」

律「…なに?なんのはなし…」

紬「…唯ちゃん…それは…」

唯「…あのね…みんなには知っといて欲しいことがあるんだ」

梓「な、なんですか?」

律「どーせろくでもないことだろー」

澪「おい、律…かわいそうだろ」

律「ごーめんごめんって…」

紬「で…なにかしら、唯ちゃん…」

唯「…うんとね…私、憂とね…」





END



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最終更新:2010年12月13日 21:24