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3月1日、先輩達は無事卒業した。

4人とも第一志望の大学に合格し、今では立派に大学生である。
この前先輩方に会ったときなど、

「どう?あずにゃん!大学生オーラ出てるでしょ!」

などと、一年前と何も変わらない唯先輩から言われ、思わず笑ってしまったものだ。


さて、軽音部の事だが―――――


結論から言うと、廃部することなく今も続いている。

あの後、憂と純が軽音部に入ってくれたからだ。
この二人には感謝してもしきれない。


そして次の新入生歓迎会ライブは完ぺきとはいえないながらも無事成功。新入部員も無事獲得できたというわけだ。


―――今は2月。もう私たちは引退し、受験シーズンへとはいっていた。



…つぎは私の番か。そう考えると、すこし緊張する。


憂からは、
「梓ちゃんあんなに頑張ってたし、絶対受かるよ!」
と言われてしまったし、純など

「だーいじょうぶ!本番になるとできるようになるんだって!」
などと、どこかで聞いたことのあるようなことを言っていた。


ちなみに言うと、この二人もN女子大を受けるのである。


憂はともかく純は意外だったが、なんでも
「大学でこそ澪先輩の下でベースを教えてもらうんだ!」
などとすっかりその気になっていた。


まったく、面白い縁だな―――――――素直にそう思ったものである。


そして――――――今日がその試験の合格発表日。


―――正直に言うと、合格発表を見ずに途中で帰ってしまおうかとさえ考えていた。
まあそれは憂と純に止められてしまったのだが。




駅から降り、大学に向かって歩き出す。

憂と純と三人で他愛もない話をしながら、私はいろいろな事を思い浮かべていた。



例えば、私によく抱きついてきた唯先輩の事。
例えば、クールなようでおちゃめな所のある澪先輩の事。
例えば、いつもぽわぽわしていて、かわいい一面のあるムギ先輩の事。


そして―――――――――――――

いいかげんで、大ざっぱな、われらが部長のことを。


番号の書いてある板の前に立つ。



―――――あるのだろうか、受かっているのだろうか

―――――――――――また、あの頃のように、みんな一緒に居られるようになるのだろうか


脈動が速まる。口から心臓が出てきそうだ。緊張して動く事が出来ない。



「―――――――――あった!」
隣りから声が聞こえる。純だ。
「私もだよ!やったね純ちゃん!」
憂からも歓喜の声が漏れる。


その中で私は―――――



緊張のあまり、うつむいたまま、番号を探す事すら出来ていなかった。


「だ、大丈夫?梓?」
心配する親友の声が聞こえる

「だいじょうぶだよ!梓ちゃん!頑張って!」
耳に声はとどく。だがまるで右から左へと流れ出ていっているようだ



―――――――もし、受かっていなかったら。
―――――――もし、落ちていたら。
―――――――もし、もう彼女たちと共に居られないのだとしたら―――――



だめだ、だめだ、だめだ

だめだだめだだめだだめだだめだ
だめだだめだだめだだめだだめだ
だめだだめだだめだだめだだめだだめだ――――――――――


ひょい、と私の手から受験票が取られる




「へ?――――――」
思わず顔を上げる。そしてそこには―――――――



「○○番、○○番っと……」




「――――――なんだ、あるじゃん。なーにやってんだよ、梓」
いままでと変わらない、律先輩の顔があった。



「え?律先ぱ、なにして、ていうか、番号、あった――――?」

「まーったく、相変わらず表情の硬い奴だな―。そうだよ、受かってるよ」
思わず呆然とする。


「やったねあずにゃん!」
いきなり、後ろから抱きつかれる。
「唯先輩!?」


「おめでとう、梓」
「おめでとう、梓ちゃん」

「澪先輩にムギ先輩まで!?」
一体、どうしてここに―――――?


「合格発表が今日だって知ってたからなー。憂ちゃんから何時頃見に来るのか、こっそり聞いてたんだよ」
ごめんね梓ちゃん?と憂の声がする。なるほど、そういうことだったのか

いや、いまはそれどころじゃない、そうじゃなくて。
わ、わたし、が、受かって、る―――――――――?


「まあとにかく―――――――」
「合格おめでとう、梓」


その瞬間。
ピシリ、と、何かが崩れる音がした。

もはや、私の意志では止められない――――


「う、う」
「うあ、あ、――――――」



「―――うわあああああああああああああん!!!」
「あああああああああああ!!!」
「あああああああああああ!!!」

…ダムの決壊とでも表せばわかりやすいだろうか
周りにたくさんの人がいるなか、私は、泣いた。ただ、ただ、泣いた。


「おーよしよし、ホント甘えんぼさんだな、梓は」
「いくらでも泣いていいからね?あずにゃん」


二人の先輩から抱きつかれ、二人の先輩が見守り、そして、ふたりの親友からの拍手を受け、


――――――私、中野梓は、
――――――今日をもって。無事、大学生になりました――――――


それから十数分たって、ようやく落ち着くことができた。
―――恥ずかしい姿を、見せてしまったものだ。
すこし、反省する。


でも後悔は、しない。


ただ、後で律先輩と純から、そのことをよく茶化されるようになった。

――――――やっぱり、少し、後悔した。


その後、私たちは唯先輩が一人暮らしをしている場所へと行った。

なんでも、私たち三人の合格祝いを用意していたそうだ。
なんとも気が早いというか、なんというか。


部屋に入ったとき、唯先輩から

「へっへーん。どう?意外にキレイでしょ?」

と言われた。そうですね、と相槌をうつ



――――――――実は憂から、受験前にも関わらず、唯先輩の家の掃除を手伝った話を聞いているのは内緒である。



その夜、私たちは大いに盛り上がった。


あれこれ質問してくる純に慌てて答える澪先輩とか。

憂が唯先輩に抱きついたかと思ったらいきなり泣き出したりだとか。

それらをいつもの微笑で眺めるムギ先輩だとか。

そして―――――いつも通り調子のいい律先輩だとか。





――――今ここは、まさしく。





軽音部で、軽音部だった――――――――


そろそろ、と澪先輩が言って会はお開きになった。
とても遅い時間になっているのだと、その時気づく。


憂は唯先輩の家に泊まっていくそうだ。
まあ、憂らしいといえば憂らしい。


純のほうは、心配した親御さんが迎えに来るらしい。
良い親御さんだね、というと純は

「過保護すぎるのよ」、と文句を言っていた。

まあ、これも純らしい。




そして今私は―――――――律先輩と共に、駅へ向かっている。

「夜は危ないし、一応駅まで送ってくよ」

「いやいや、私一人で十分だよ。私に任せとけって」

と律先輩は、私の見送りをすると言ったのだった。




さて、今の私には言うべき言葉がある。
それは、あの時の約束だ。



―――――彼女は立派な人になったのだろうか。
見たところ、あまり変化はない。多分、内側も変わってはいないのだろう。




――――――でも、
――――――その方が、律先輩らしいよね――――――


そう思って、律先輩の方へ顔を向ける。
去年のような愚はしない。言えることは、思ったときに言うものだ――――




「律先輩」


「『これからもよろしくお願いします』」




蛇足終了。



最終更新:2010年12月18日 16:07