澪「……」
澪が足音を鳴らして、近付いてきた。
澪「勝手だな、律は」
律「うん、勝手だ、最低だよ。……だけど澪のそばにいたいの。友達でいたいのっ」
律「澪……お願いだ」
澪の手が、私の肩にのった。
すっと優しく力が入って、私は顔を上げさせられた。
澪「……勝手すぎるよ。どれだけ辛かったか知ってるのか?」
律「……ごめんよ」
澪「律に嫌われてさ……唯に慰められたって、ちっとも心の傷が癒えないんだ」
律「ごめん」
澪「何度も何度も機嫌を直してくれって、私言ったよな! 許してまた友達になってって!」
澪「そのたびに無視して……その理由が、律が私の邪魔だから? ……何なんだよ、それ」
澪は身を細かく震わせながら、つーっと涙を流していた。
私の肩がぎゅっと掴まれる。
澪「それだったら私だって、もっと昔に律に別れを告げてなきゃいけなかっただろ」
澪「……友達になるのに、条件なんかいるのか? いらないだろ!」
律「うん……だよなぁっ」
自分のものとは思えないくらい掠れた声がでた。
澪「ただ一緒にいたいってだけでいいじゃないか」
澪の手が肩をおりて、背中に回される。
体が倒れこむように近付いてきた。
澪「私は今でも、律と一緒にいたいって思うよ」
律「……澪ぉ」
いつぶりか分からないけれど、私は澪に抱きしめられていた。
私もおそるおそる、澪の背中に腕をまわしてみる。
澪「まったく。……バカ律」
昔は胸を痛めたその言葉も、今は何ともない。
開き直ったから、だけどさ。
律「……ありがとう、澪」
澪「別に……いや。どういたしまして」
赤ん坊をあやすように、澪は私の身体をゆっくり揺らした。
ゆりかごに乗せられたような。でも、澪のぬくもりがする。
律「……あれ?」
ちょっと待って。
私はもちろん、これっぽっちもやましい気持ちはないけれど、
この状況ってちょっとまずくないか。
澪「どうした?」
律「やっ、あの。いま唯が帰ってきたら、これどう説明しようかって」
その時、首筋になにか冷たい刺々しいものが押しつけられた。
「誰が帰ってきたらって? りっちゃん」
押し当てられた側面がちくちくする。鋸刃のような形状の金属板か。
そこまで想像したころにはもう、唯の手がすっと真っ直ぐに引かれていた。
律「痛い痛い痛いっ!」
首の血管がグリグリ言った。
猛烈な痛みに振り返ると、キーホルダーから鍵をぷらぷら下げた唯がにんまり笑って立っていた。
律「ってー……」
澪「唯、聞いてたと思うけど、律は……」
唯「うん、わかってるよ澪ちゃん」
なにこれ、どうなってるの。
唯「りっちゃん、正気に戻ったんだね!」
律「へっ?」
正気っていっても、前もけっこう考えてたつもりなんだけど。
と言う前に唯が飛びついてきて、私は床に押しつぶされる形になった。
怒っている様子じゃないのは確かだけれど、わけわからないし痛い。
澪「えっと。実は、唯もいたんだけど……ちょっと外に隠れててもらったんだ」
澪が一緒に押しつぶされながら、懸命に言う。
律「なんで、んな事……」
唯「怖かったから。りっちゃんのこと……おかしくなっちゃったりっちゃんが怖くて」
おかしくなった。
確かに私の行動はそう思われても仕方ないレベルだったな。
澪「唯には、律が普通に戻ってるなら連絡して、帰ってきてもらうつもりだったんだけど」
唯「やっぱり気になって……立ち聞きしてました!」
律「……そっか」
どうでもいいよそんなの。
いまさら正気に戻った私を、どうしてこんなに暖かく迎えてくれるんだよ。
なにもなかったみたいに、水に流してくれるんだ。
唯「あっ、りっちゃんまだ泣くのー?」
律「う、うるせ……いいじゃんかよぉ」
うじうじ悩んでた自分が、どれだけ卑小だったか。
私はじぃんと広がる心地よい痛みを感じていた。
律「ほんと、お前らには泣かされっぱなしだよ!」
蒸し暑いなぁ。
廊下でも人が集まるとこんなに暑くなるのか。
私は涙を飛ばすように、大きな声で言ってやった。
澪「ほんとだな。律の泣いてるとこなんて、全然見たことなかった」
唯「だから澪ちゃん、役者目指そうって!」
澪「もう劇はこりごりだって!」
唯「またステージで澪ちゃんにちゅーしたいのー!」
おい、私をほっといてイチャイチャするな。
私が見えてるだろう。
律「なぁ、これは私へのあてつけか?」
唯「んん? あれぇりっちゃん、まだ恋人いないの?」
律「……いるわ!」
いない、と言いそうになって、慌てて訂正する。
澪「えぇ!?」
澪が慌てて飛び起きた。
これはもう引き下がれないな。
唯「いるの!? 誰っ、どんなひと!」
私はひと呼吸おいてから、にやっと笑って二人の顔を見てやった。
律「……澪にとっての、私みたいな人だ」
二人は互いに顔を見合わせ、首をかしげる。
澪「私にとっての律?」
唯「って誰?」
どうせ、答えはすぐにやってくる。
解説するのも面倒だ。
律「ま、すぐに分かるからさ」
そう言って、私は勝ち誇った顔で二人を思いきり笑ってやった。
おわり
最終更新:2010年12月18日 16:24