唯「ふっ……ん」

 いまはそんなこと、関係ないかもしれません。

 少なくとも、こんなキスをするのは初めてなのですから。

憂「ん……はぁ、ちぴゅ」

唯「あふ……ん、ちゅむ……じゅっ」

 憂とくちびるを吸い合って、つばの味を求めあいます。

 溺れるように柔らかくて深い、熱烈なキス。

 一生離れたくないと思うものの、息がすぐ苦しくなってしまいます。

唯「ぷはっ! ……はー、はーっ」

 すこしだけ離れて、息継ぎをして、また憂の唇に向かっていきます。

憂「まって」

 私のほっぺたをぐいっと押し退けて、憂が顔をそらしました。

憂「お母さんたちの車の音がする……気がする」

 真剣な目で、憂は言います。

唯「ほんと……?」

 耳を澄ましますが、シャワーを出しっぱなしにしているのでよく聞こえません。

 すぐにシャワーを止めますが、やっぱり車の音は聞こえてきません。

 そもそも、両親が帰る予定日は今日ではなかった気がしますが、

 かといって安心もしてはいけないと、早すぎる心臓のリズムが訴えていました。

 私は憂から指を抜いて、立ちあがります。

 深くに刺さっていた憂の指も、ぽとりと抜けていきました。

唯「ちょっと、見てくる」

憂「うん、お願い……」

 床に倒れている憂をそのままに、私は浴室を出てタオルを巻くと、

 濡れた足跡が残るのも構わずにガレージへ向かいました。

 ドアを開けると、そこにはもちろん車なんてなく、いらない荷物が積み重ねられているばかりでした。

 拍子抜けです。


 ドアを閉めて、外の空気にあたってすっかり湯冷めした体を震わせます。

 思えば――私たちは、なんてことをしてしまったんでしょうか。

 先ほどまでしていたことを思い出し、顔がかーっと紅潮するのではなく、

 血の気が引いていくのを感じます。


 姉妹であんなことをするなんて、間違っています。

 私から仕掛けたことだけれど、そう思いました。

 憂のもとへ、お風呂場へ戻り、浴室の戸を開きます。

憂「どうだった、お姉ちゃん?」

 ちょこんと椅子の上に戻っていた憂がたずねてきます。

唯「かえってなかった……けど、もう」

憂「そだね……」

 憂も冷静になる時間があったようで、顔を伏せてそう言いました。

 わかっているなら、なにも止めようなんていちいち言わなくても大丈夫のはずです。

唯「体流して、あがろっか」

 私は笑って言い、浴室に入って戸を閉めると、シャワーをきゅっと開けました。

 お湯がびちびり床に撥ね、いろいろ流していきます。

憂「……お姉ちゃん」

 憂がぼそっと言いました。

唯「ん?」

憂「また……生えてきちゃったら、剃ってね」

唯「……」

 悪いことをした人は、それに対して罰を与えられるまで、

 同じ悪いことを繰り返すものなのでしょう。

 たとえ悪いことだとわかっていても、それをやめられるかどうかとは無関係なのかもしれません。

唯「……いいよ。いつでも言ってね」

 その夜は、シャワーの音がずっと耳から離れませんでした。



――――

 【2012年3月9日 憂たちの部屋】

憂「それから私は、毛が伸びてくるたびに、お姉ちゃんにそってもらうようお願いしてた」

憂「……もちろん、剃ってもらうだけじゃ済まなかったよ」

梓「……唯先輩には、生えなかったの?」

憂「そうだね。一回くらい剃ってあげたいなぁ、なんて思ってたけど」

梓「よしッ!」グッ

純「あずさ……イタいよ」

純「……でも、いま唯先輩って憂と離れて一人暮らししてるんじゃないっけ?」

憂「うん、そうだよ」

純「じゃあ……なんで憂、毛が生えてないの?」

梓「あっ、そうだよ。唯先輩に剃ってもらってたんじゃないの?」

憂「……そもそも、どうしてお姉ちゃんが一人暮らしを始めたかっていう話なんだけどさ」

憂「私たち、もう大人になろうって思ったんだ」

純「大人?」

憂「そう。立派に陰毛をそろえて、大人だって言えるように」

梓「ようするに、パイパン恥ずかしいから毛を生やしたいってことでしょ」

憂「ちょっと違うかな。わたしは……私たちは、言い訳したくなかったから」

憂「陰毛が伸びてきちゃったから、なんて子供っぽい理由でエッチしたくない」

憂「ほんとうの意味で、お姉ちゃんと結ばれたかったから」

梓「子供っぽくはないと思うけど」

憂「子供っぽいよ……素直になれないんだから」

純「まあつまり、憂は毛を伸ばさなきゃいけないのに、自分で剃っちゃってたんだ?」

憂「うん……お姉ちゃん、大人になった私を楽しみにしてるって言ってくれたのにな」

憂「やっぱり寂しくて……自分で剃って、しちゃうんだ」


純「……」

梓「なんていうか……」

純「うん……」

憂「怖いんだ。やっぱり私たちは姉妹だから……素直に、セックスしようって言うのが」

純「あのー、憂? こう言っちゃなんだけど……くだらな」

梓「勇気だしなよ、憂!」

純「あれっ!?」

梓「女の子同士だとか姉妹だとか、そんなの関係ない! 恋する気持ちを恥ずかしがっちゃだめだよ!」

憂「梓ちゃん……」

梓「私たち、憂を応援するよ。誰にも文句言わせないから!」

梓「だから……陰毛剃るなんてひどいこと、しないであげてよぉ……」グスグス

純「泣いちゃった」

憂「……ごめんね、梓ちゃん! 私がんばる!」


憂「私これから、一生懸命陰毛伸ばすよ!」

憂「それで……お姉ちゃんのとこに行く!」

梓「うん! いろんなことあると思うけど……負けないで、憂!」

憂「ありがとう、梓ちゃん……」ムギュ

梓「うい……!」ダキッ

純「……」

純「えっウソっ、終わり?」


  お  わ  り



最終更新:2010年12月20日 22:17